銀のクルス(11)
秋はとくに各地神社での祭りが毎日のようにあり、夜店や縁日で賑わい、十河組のテキ屋としての仕事も忙しくなる。
 神社側や土地の持ち主との交渉や露天商の世話。各店の地所の割り振りは一番難しい仕事だ。
 ベテランの片岡がテキ屋の責任者となって仕切っているが、このところ特に客とのイザコザが多いという訴えが店側から出ている。
 例えば綿あめの中に蟻が入っていたとか、たこ焼きに砂が混じっていたとか、つり銭が足りないなど、因縁をつけてくる客が多いと言うのだ。
 他のお客さんの迷惑になるので、穏便に済ませるため代金を弁償して、下げたくない頭を下げお引取り願うのだが、明らかに嫌がらせだと分かっているだけに口惜しい。
 弁償金は十河組が出すことで、露天商側とは話をつけたが、問題は夜店や縁日で収まらず、アリの町でも客とのトラブルが増えてきたことだ。
 談合の座敷に乗り込んだことで、面子を甚だしく傷つけられた山高親子は、十河組へのいやがらせを一段と強めてきたようだ。
 挑発に乗って暴力沙汰にでもなれば、山高組の思うツボだ。
 山高組の執拗な嫌がらせは毎日のように起きて、アリの町の住人や十河組の男達を苛立たせた。
 なんとなくキナ臭くなりつつある状況のなかでも、十河はやはり週に一、二度くらいの割で教会へ行った。
 いや、こんな状況だからこそ、司祭の顔を見、声を聞きたかったのだ。
 何度か山高組の者だろうと思うが、尾行されている気がして教会へ行くのをやめたこともあったが、クリスチャンが教会へ行くのは当たり前のことじゃないか。と心のうしろ暗さを自分で否定しながら、教会へ通うのをやめなかった。


 今日もいろいろと面倒な仕事をやり過ごし、ポカッとできた僅かな時間。気がつけば足が自然と南に向かっていた。
 今日はアキラ達もイベントの整理係に駆り出され、腰巾着がいないから気楽だ。
 猥雑なアリの町を通り過ぎた南の外れ、緑に囲まれた青い三角屋根に少し左に傾いた白い十字架が目に入る。
 俺の天使がいる、俺の聖域。
 十河はそれを見上げただけで、先ほどまで眉根に寄っていたしわが無くなり、口許まで緩んでくるのが自分でも分かる。
 白い柵越しに目をやれば、日当たりのいい庭先に珍しく司祭の姿を見つけた。
 十河の心臓がトクンと高鳴る。
 黄色く枯れた芝生の上で、司祭は歩き始めた幼児達を遊ばせていた。
 芝の上に膝をつき両手を差し伸べている司祭めざして、一人の幼児が歩いていく。
 重い頭をぐらつかせながらヨチヨチと歩を進め、神父の腕の中へよろけるようにして辿りついた。
 転ばずに歩けた褒美だろうか、司祭が頭をやさしく撫でて高く抱き上げると、おさな子はキャッキャと笑い声をあげ、司祭は明るい笑顔でなにかを語りかけている。
 周りにいた子供達も司祭に抱いてほしいのか、それぞれが小さな手を差し出した。
 明るい日溜りの中で、きれいな大天使とかわいい天使達がたわむれ遊んでいる。
 十河は…、なんとなくこの柵から中へ入ることができなくて、その様子をじっと見つめるだけだった。
 しばらくすると、居宅の方からシスターの呼ぶ声がした。
「はーい、いま行きます」
 司祭が明るい声で応える。
「ホラホラ、おやつの時間ですよ」
 そう語りかけながら、おさな子を両手に抱きあげた司祭に、少し年長の幼児達が彼の僧服を左右から掴んでまとわりつき、歌うように語らいながら家の中へと入っていった。
急激に陽が翳ってしまったように感じる庭を、十河はまだバカみたいに柵を掴んだまま眺めていた。
 司祭の楽しげな姿を見かけることができてラッキーだと思うべきなのに…、十河の心にはなぜだか寂しさだけが残ってしまった。
 司祭に対する自分の気持ちがだんだんと貪欲になっていくのを十河は感じていた。
 ついこの間まで、ただ、その姿を見たり声を聞いたりしただけで、安らぎを得て満足していたのに…。
 もういまでは、十河の司祭への想いは、心の奥に深く沈めようがないくらいに募って、少しの振動でも溢れてしまいそうだ。
 苦しい気持ちのまま、柵にもたれてタバコに火をつけた。
 タバコを一本吸い終わり、そろそろ帰るか、と吸殻を靴で踏み潰し、教会の方を何となく振りかえった。
 一人の男がキョロキョロと慣れない様子で庭を横切り、居宅の方へ行った。
 なんだぁ…、あの男。
 そう思った時、短い悲鳴が聞こえた。
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