銀のクルス(15)
アキラの途切れ途切れの記憶を辿りながら、スティールグレイの車を走らせる。
「車が止まった所はたしか地下駐車場だって言ってたな?」
片岡に電話で確認する。
『はい、それは間違いないでしょう。ビルの入り口から長いスロープをグルグルと下っていったって言っていましたから』
「片岡、この町全体で地下駐車場のあるビルってどれぐらい有るか分かるか?」
『そうですね。都会と違って土地が安いぶん、平地での駐車場が多いですからね。パーキングタワーや地下駐車場を備えているところはそんなに多くありません。まず、駅東出口にある山高所有のマンション。二つとも地下駐車場になってますけど、地下一階だけです。アキラの話ではだいぶスロープが長そうだったから、地下二階ぐらいあるでしょう。それだと市立病院かルナホテルのどちらかだろうと思いますけど…』
「ルナホテルか…。そこも山高組の経営だな。たぶん間違いないだろう。よし、分かった」
冬の夕暮れは早くとっぷりと日が暮れて、駅の反対側にある山高組が支配する町一帯は、商店街を中心にバブル期に建てた、高層マンションやホテルが威容を誇っている。
しかしこの地域は、主要都市と地方都市を結ぶ幹線道路から外れているために、目玉となるような観光地も名物もない平凡な町には、バブルがはじけて以後活気はなく客の姿もまばらだ。
景気回復を狙い市長とグルになって、大掛かりな建設計画を立てたのが、『アリの町クリーン計画』なんだろうが、俺達の町を潰す理由を捏造するために、俺の弱みを探り出し、俺の心の拠り所であり大切な存在である司祭を騙して連れ去るなど絶対に許せない。
十河はふつふつと沸き上がる憤りを胸に抱えながら、表情はあくまでも冷たく冴え冴えとしていた。
やがてパールトーンのタイルに覆われた、十二階建てルナホテルが近づいてきた。
なんといってもこの町で一番高い建築物だ。三階まではデパートになっていて、その他にブティックやレストランなど、さまざまなテナントが入っていて、小さな窓が並んでいるだけのホテル部分と違っておしゃれな外観だ。
ホテルの正面を通り過ぎ、東側の道を少し行った所に地下駐車場へ入るゲートがある。
ゆるい右回りのスロープを慎重に走らせながら、薄暗い駐車場内を見まわした。
テナント専用が地下一階でホテル関係は地下二階になるようだ。
やがて右側のずっと奥に、エレベーターの扉が見えた。
扉の上部の階数を見ると地下二階から四階までしかない。
四階はルナホテルのフロントになっているはずだから、四階から十二階までのエレベーターは、客室専用としてホテル内に別にあるってことだな。
このエレベーターは買物客専用だ。デパートとなれば荷物や従業員専用のエレベーターがあるはずだ。
もう少し余裕があれば、敵陣の見取りや内容の把握ぐらいしてきたのだが…。
「ホテルの事務所ってだいたいフロントの奥あたりにあるもんだろ?」
片岡に携帯から確認をする。
『俺もこの面だから、敵さんのホテルなんぞに行ったことないんですが、三年ほど前に新装オープンを派手に宣伝してた時、全館の案内図が書いてあったんですよ。たしか四階がロビーとカフェバー、フロント、その奥が事務所、五階から上が客室になっていたと記憶しています』
とすれば、やはりホテルの事務所といったら、そこだろうな。
取りあえず目の前のエレベーターに乗り四階を押す。
チンッと開いた先は、落ち着いた色調のフロアで、正面にルナホテルとデザイン文字で書かれた、大きな全面ガラスの自動ドアがある。
ドアの向こうは広いロビーになっていて、大理石のモザイクと分厚い絨毯が、広い床に敷き詰められている。
ロビーの中には、ビジネスマンらしい男達や待ち合わせの男女などが十人ほどいる。
スッと開いたドアから、ゆったりとフロント目指して歩いて行った。
一応イギリスブランドのモスグレー系のスーツを着てきたので、ホテルの中でも別段見劣りはしないだろう。
フロントにいた女性社員が、いらっしゃいませ、とにこやかに出迎えた。
「こちらに山本高一郎氏がおいでになると伺ったのですが」
俺もにこやかに、カマをかけてみる。
「あ、あの、お会いになるお約束、されていたのでしょうか?」
少し頬を赤らめたフロント嬢が、俺を眩しそうに見上げた。
「たしかに今日の夕方、こちらにおいでになると…」
「いえ、今日は一度もお見かけしておりません。あの、誰か他の者に聞いてみますので、少しお待ちいただけますか?」
彼女が電話を取り上げた。
「いや、それにはおよびません。一応確認のためにちょっとオフィスを覗かせていただけますか?」
不審に思われないように、じつはオフィスへ来るように言われてたんですよ。と付け足した。
どうぞ、と案内されたフロント奥の事務所は、広くすっきりとしていて、八人ほどの男女社員がOA機器に向かっていた。
「どうも、いないみたいですね。このホテルの事務所ってここだけなんですか?」
「はい、この奥が支配人室になっておりますが、あと五階に社員食堂と休憩室、六階に仮眠室があるだけです」
親切なフロント嬢の胸に、矢澤と書かれた名札がついている。
「矢澤さん、どうもお手数をお掛けしました。もう一度連絡してみます」
そう礼を言ってロビーから出た。
こんな社員や客がいる所へ、敵方のチンピラを連れ込んで、寄ってたかってボコボコにしたとはとても考えられない。
下のショッピングセンターからならホテルの裏側を通る階段か業者用のエレベーターへ行けるかもしれない。そっちへ行ってみよう。
都合よく止まっていたエレベーターに乗り、三階で下りる。
ドアが開いたとたん目の前がお花畑になる。三階はファッションコーナーになっているらしく、見渡すかぎり若い女性向きのかわいいランジェリーや洋服がヒラヒラフワフワと眩しいかぎりだ。
広いフロアの中央は、エスカレーターを中心に仕切無しのワンフロアだったが、端の方は喫茶店やファーストフードの店、ヘアーサロンやエステの店などが入っていて、各店を間仕切りで遮っているのでちょっとした迷路だ。
喫茶店の角を曲がったとたん、狭い通路いっぱいに広がって歩いてきた五、六人の若者とぶつかった。