銀のクルス(18)
しまった! と壁に背を預けてそっと様子を窺えば、手下二人が司祭の左右からナイフを突きつけ警戒するなか、高一郎が周囲に鋭い目を光らせている。
「どこからか入り込んだネズミが、こそこそと隠れているみたいですね」
人質を取って優位な立場にあるという自信からか、どこか楽しそうな高一郎の声に十河は腹の中で舌打ちをした。
「おとなしく出て来ないと、司祭のきれいな顔や身体に醜い切り傷がつくことになりますよ」
十河はナイフを右手に握り締め、どうすれば司祭を傷つけずに救い出せるか間合いを計っていた。
「どうやら、素直には出て来てくれそうにないですね。仕方ない…、やれっ! ただし殺さない程度にな」
ヒッと司祭が息を飲む声に十河は我慢しきれずに、バンッとドアを開けて飛び出した。
司祭の首と顔に二人がナイフの切っ先を当てている。
「やめろーッ!」
身を低くして飛び出しながら、
「司祭を放せっ!」
と叫んだ。
「おやおや、これは大きなネズミだ」
うれしそうに高太郎が笑った。
いつか十河を見張っていた二人組が、ナイフとドスの向きを司祭から十河へと変えた。「持っているナイフを捨てていただきましょう」
幸太郎の声に持っていたコマンドナイフを床に捨てた。
勝ち誇った顔のチンピラ二人の向こうで、大きく肩を喘がせながら、司祭がまだ夢と現実の狭間にいるような、表情の乏しい顔で十河を見つめていた。
司祭…。
「他に武器を持っていないか調べてみろ」
高一郎の声に手下二人がナイフをちらつかせながら近づいてきた。
チンピラ二人は髪を後ろで束ねていたノッポの頭が、ギザギザのショートカットになっている。
金髪の方は、両耳の派手なピアスがなく、耳たぶがちぎれて血がジャンパーの衿を汚していた。
司祭に逃げられた責任を取らされたのだろうか。二人とも殴られたような傷がある。
サディスト高一郎の仕業だ。
普段はやさ男の高一郎だが、一端キレると酷く残酷なことでも平気でやってしまう。
そんなボスを持った二人に少し同情したら、逆上していた十河の頭が徐々に冷静さを取り戻していった。
武器の捜索に協力するふりで、上着の前を内ポケットもよく見えるように大きく広げ、ゆっくりと脱いで左腕に持つようにして巻きつけた。
ノッポが片手でナイフを十河の顔に突きつけ、片手を伸ばしてズボンのポケットを探った。その不安定な姿勢を狙い無防備な顎に強烈なパンチを見舞った。
グアッと不気味な声で片膝を床についた・
キエーッ! と奇妙な声を張り上げて、金髪がドスを両手で握り、十河の胸を狙い突きかかってきた。
とっさに後ろへ身体をひねり、上着を巻きつけた左腕でドスを叩き落としておいて、勢いあまって前屈みになったヤツみぞおちに膝を思いきりめり込ませた。
ギャアーと派手な悲鳴をあげて、床の上を転がる。
落ちたドスを素早く拾い、すかさずノッポに向き合った。
ノッポが腰を落とした構えで、ときおりサバイバルナイフを器用に手の中で弄びながらジリジリと迫ってくる。
コイツはだいぶケンカ慣れしているようだ。
ゆっくりと後退しながら十分間隔をとって、相手の出方を待った。
ジリジリと詰めよりながら、ときおり目潰しするように、ナイフの切っ先を十河の顔面めがけて繰り出してくる。
ナイフで跳ねのけながら払った左手にショックがあった。巻き付けていた上着がスパッと切れて、Yシャツに血が滲む。
ニヤリと笑ったノッポが、なおも長いリーチから素早い動きで切りつけてくる。十河の攻撃をかわし、バックハンドで払ったヤツのナイフが十河の首をかすめた。
痛みが首の右側に走ったが、大したことはない。
ヤツの身体が開き、体制を立て直す前に、十河は大きく踏み出している右の太股目がけ、力いっぱいナイフを突き立てた。
「ウッ、ウッワァーッ」
悲痛なうめき声をあげながら、ノッポがガクッと膝を折った。ナイフを引き抜くと、おびただしい血が流れ出す。
「こっ、こ、このやろうっ!」
金髪が後から十河のがっしりとした腰に組みついた。
「しつこい奴だ」
十河はその腕にドスを突き立てた。
「ギャーッ!」
けたたましい悲鳴があがった。
先ほどまでの勢いのわりには二人とも血に弱いのか、それぞれが慌てて腕や太腿の付け根をベルトなどで縛り、止血している。
「テメッ、倉本と三井っ。そんな応急処置は後回しだっ。十河をやるのが先だっ」
高一郎がノッポを蹴り上げ、金髪の頭を殴り、非情な命令を下した。
「ま、待ってくださいよ。俺、出血多量で死んじまいますよう」
ノッポが情けない声を出す。
二人とも動脈は避けてある。命に別状はないはずだが…。なんとも情けない連中だ。
ドスについた血を、上着の袖で拭き取った。
「あぁっ…」
司祭の小さな悲鳴が聞こえた。
そちらを見た十河は、ギクッと身体を強張らせた。
「オイッ、十河。ナイフを捨てろっ。携帯も他の武器も全部だ」
高一郎が司祭のこめかみに、黒光りする拳銃を突きつけていた。
「神父さんのきれいな顔に傷つけるのは、私としても不本意なのでね…」
そう言いながら、司祭の白く細い手首を持ち上げた。
ゆったりとした白いウールの僧服の袖がめくれて、初めてその両手首がきつく縛られているのが分かった。
「テメーッ、司祭に、なんてむごいっ」
十河の頭の血がまた逆流する。
高一郎のヤツ冷笑を浮かべ、司祭の手のひらに銃口を押し当てた。
「もう一度言う。ナイフを捨てなさい。でなければ、敬愛するキリストと同じように、神父さんの両手のひらに大きな穴が空くことになりますよ」
脅しじゃないぞ、とでもいうように撃鉄をカチャリと起した。
ああッと小さな悲鳴をあげて、気を失ったらしい司祭が、ゆっくりとソファーの背もたれに倒れこんだ。
クソッ!
高一郎の足元の床に、十河はナイフを突き立てた。