銀のクルス(19)
「おい、二人ともいつまでもウンウン言ってないで、十河を縛りあげろ」
まだ床に転がっている部下に命令する。
「しゃ、社長…、チャカ持ってたんでしたら、どうして、最初っから使ってくれなかったんすかーっ」
金髪が痛みに顔を歪めながら、恨めしそうに言った。
「バカヤロー、お前達が弱すぎるから仕方なく出したんだ。十河の野郎にヤクと拳銃を持ってることが分かっちまっただろっ。十河の弱みを掴むどころか、こっちの方が不利になるところだっ」
イライラと高太郎が叫んだ。
「こうなったら、ますます二人をこのまま帰すわけにはいかないな。とにかく、ギチギチに縛りあげておけっ」
司祭の手に拳銃を押し当てたまま命令する高太郎に、ノッポと金髪は痛みに脂汗をかきながら、荷造り用のロープで十河の両手を後ろに回して縛り、蹴りやパンチを入れながら、膝と足首にもロープをギシギシときしむほど、きつく巻きつけられた。
ケガさせられたことへの怨みのこもったロープは、ズボンの上からとはいえ皮膚に食い込んで、少し動いただけでも痛みが走る。
しかし、手首の方は力を入れて固く拳を作り、両手の親指どうしをくっつけた状態で縛らせたので、力を抜き手の甲どうしを合わせるようにゆっくりと回すとロープに少しゆとりができる。
身体中を探られて、コマンドナイフと携帯電話、ピッキングケース、財布まで取り上げられ、携帯電話は電源を切られて乱暴にソファーの上へ放り投げられた。
「やくざの看板張っていながら、一番おいしい麻薬をやらないって、変な組だよなあ、十河組ってのは」
高一郎が縛られている十河を見おろしながら、バカにしたように言った。
「表向き素っかたぎの面して、裏でヤク流してるアンタの方がずっと変なんだよ。俺たちゃやくざであって、マフィアじゃないんだから、チャカもヤクも扱わねえんだよ」
親父が何かにつけて言っていたセリフを、そのまま高一郎に言った。
「ハッ、言ってろ。時代遅れの任侠気取りが」
高一郎が十河の足を蹴り上げた。
畜生っ! 手出しできないと思っていい気になるなっ。
腹の中で悪態をついてみても、手足を縛られ床に転がされているというのは、なんとも無様なものだ。
司祭は依然気を失ったまま、背もたれに力なく身体を預け、クスリのせいで上気して汗ばんでいる額や頬に、やわらかな髪がいく筋か張り付いている。
苦しそうにひそめられた眉と小さく開かれたピンク色の唇が、十河の視線をくぎ付けにする。
そんな場合じゃないのは分かっている。早く縄を解いて、司祭を救い出さなければ…。十河の気は焦るがどうしようもない。
「お前達、もういいから傷の手当してこい。掛かりつけの医者、知ってるだろ? 今から電話しておいてやる」
もう用済みだと言わんばかりに、二人をシッシと追い出した。
事務所の電話を使って、高一郎が医者と話をしている。用件が済んだ後は、お互い共通の趣味であるらしい競馬の話で盛り上がっている。
司祭は気を失っているし、十河は手足を縛られて芋虫状態だから、と安心しているのか、二人に背を向けて競馬談義に花を咲かせていた。
いまのうちに何とか靴の中のナイフを取り出したいのだが、十河の身体は生憎と柔軟性に欠けていて、なかなか思うように動いてくれない。
それでも何とか両足を擦り合わせるようにして靴を脱ぎ、靴に手が届くように少しづつ身体をにじらせ回転させていった。
もう少しで靴に手が届きそうだっ…、と思った時、高一郎のヤツがタイミング悪くこちらを向いた。
「…あぁ、先生、また近いうちに電話しますから、では…。オイッ、なにやっているんだ」
よくもまあ、器用に声のトーンを使い分けできるもんだ。
「ロープを解こうとしても無駄だよ。残念ながらあいつらの縛りは念が入ってるんでね」
「たしかにな、ちょっと動いただけで皮が擦りむけてしまったぜ」
はははっ、と高一郎が高笑いする。
「さあて…、どうしましょうかねえ」
もったいをつけながら、高一郎のヤツゆっくりと司祭の横に座った。
「本当に、きれいな人だ。それでいてちゃんと男なんだよな」
線をなぞるように高一郎の指が、司祭の身体の上を滑っていく。
「やめろッ! し、司祭に触るなっ」
「はははっ、いいねえ。神父さんがそんなに大切なんだな。十河の弱みはやはり、神父さんであるらしい」
高一郎のよく手入れされたキザな指が、司祭の髪の毛をかきあげ、細く上品な鼻筋を撫で、やわらかさを愉しむように何度も唇を往復している。
「畜生ッ、やめろったらやめろっ」
少しゆるんできた手首のロープから何とか手を抜こうと焦るが、骨太のごつい手はなかなか思うようにいかず、固いロープに皮膚が擦れて傷が広がっていくばかりだ。
「十河さん、交換条件といきましょう。年が明けたらいよいよ《アリの町クリーン計画》が実施に向けて動きだします。新年度の地方予算を諮る市議会にかけるべく、いま市長達と計画実現のために策を練っているところなんですよ。アリの町を取り壊すことに同意していただければ、神父さん共々あなたも無傷でお帰りいただきます」
勝ち誇ったような高一郎の顔を睨んだ。
「あんたは、アリの町の人達のことを、なんだと思ってるんだ?」
「さあ、なんとも。私はあんな所で遊んだことありませんし、なくてもじゅうぶん間に合っていますから。あの掃き溜めのような町が無くなれば、いっそスッキリと風通しがよくなるんじゃないですか」
「もしも、同意するのを拒否したら、どうするつもりだ?」
とたんにスッと表情を無くした高一郎は、ことさら冷たい声で言った。
「そうですね。地元やくざと神父とのホモスキャンダルを、派手に世間に流します。写真入りでね。そのうえで、十河組若頭の麻薬と拳銃所持、アリの町での人身売買と搾取の実態。いくらでもデッチあげられます。それら悪の温床となるアリの町を取り壊すクリーン作戦は、きっと市民の共感を得ることでしょう。ああ、それからこちらには、市長はじめ市議会議員や警察の幹部など、大勢親しい人間がいますからね、訴えても無駄ですよ」
どうせソイツらも山高の策略に乗せられて、色恋沙汰か賄賂絡みで弱みを握られているに違いない。
「なあ、高一郎。俺は十河組の息子として生まれた時点で、否応なくアリの町とは関わってきた。アリの町と一緒に消えるのも俺の運命だと諦められる。だがな、司祭は違う。上の命令しだいで、またどこの教区へ行くか分からない身なんだ。司祭だけはどうかこのまま帰してやってほしい。頼む…」
山高の人間に頭を下げるなど考えただけで胸糞悪くなるが、いまの十河には司祭のためだったら、高一郎の靴を舐めろと言われれば、躊躇わずに舐めることもいとわないだろう。
「…十、河さん…」
見ればいつ気がついたのか、司祭が、縛られたままの両手を十河の方へ差し伸べている。