銀のクルス(20)
「司祭ッ」
 十河は渾身の力をこめて、司祭の膝元までにじり寄って行った。
 一瞬司祭のやわらかく熱い手が十河の頬に触れた。
「十河、さん、アリの町を、潰してはいけません…。アリの町には、十河さんが必要です」
「司祭っ!」
 十河は両腕が自由なら、いまこそ司祭を力いっぱい抱きしめたいと思った。 
「おっと、そこまでですっ」
 高一郎に肩を思いっきり蹴り上げられ、また無様に転ぶ。
「アーッ、十河さんっ」
 司祭が細い悲鳴をあげた。  
 見れば、高一郎にソファーの上で組み伏せられている。
 畜生ッ! 畜生ッ!
 もがいて起き上がった十河の視線の先に、靴が転がっていた。
 ナイフを隠してある左の靴だ。
「神父さんは、アリの町のため、いや…、十河のためなら、自分はどうなってもいいと?」
 高一郎のヤツ、司祭が抵抗するのを楽しむように、押さえつけたまま僧服の腰に巻いているサッシュを解いた。
「高一郎ッ、テメー何やってるんだ。お前そういう趣味があったのかよっ」
 モデルあるいはホストなみの容姿で、いろいろと遊んでいるらしい噂は聞いたが…。
「大学出てビジネスマンとしての修業でニューヨークに三年ほどいまして、その時に目覚めたのですよ。本来の自分の姿に…。だから、そういう臭いには敏感なんです」
「だからって、司祭はお前の相手じゃないっ!」
 指先だけで靴の中を探るっていうのは、思ったよりも難しい。
「ねえ、神父さんって、元々からホモなんですかね。カトリックの神父さんは一生結婚できないんでしょう?」
 高一郎がとんでもないことを言い出した。
「シスターは修道院へ入る時に、キリストとの仮の結婚式をあげると聞いたことがあります。生涯キリストを夫として布教と奉仕に一生を捧げるそうですが…、神父さんの場合もそれと同じことが言えるんじゃないですか?」
「そ、そんなっ、わ、私はっ…」
 司祭は唇をわななかせた。
「おや、違うとでもいうのですか? あなたは神に仕える身で嘘もつくのですね」
 高一郎が言葉で司祭を追い詰めながら、僧服の前ボタンをゆっくりと外している。
 もう十河の指先は痺れて思うように動かなくなっていたが、どうにかインソールをはがし、ナイフを掴むことができた。
「やめろっ、高一郎っ! 俺が…、司祭のことを勝手に想っているだけだっ」
「と、十河さん…っ!」
「うるさいッ。…十河、お前が男もいけるなんて、思いもしなかったよっ…」
 高一郎がなぜかショックを受けたように十河を睨んだ。
「こうなったら、ますます二人の絡みの写真でも撮らなければ、私の気が収まりませんね。まずは、十河が愛した神父さんのきれいな身体を見せていただきましょうか」
「いやだっ」
「やめろッ。クソ高一郎っ」
 司祭の苦しそうな息遣いに、十河のナイフを握る手が汗ばみ、気が焦る。
 鋭い切っ先とカーブしているブレードにロープを引っ掛けるようにしながら、先ほどからもう何十回となくロープを切る作業をしていた。 
 クロウナイフは中央の穴に人差し指を通し、握り込むようにできているので安定して持つことができるのだが、何分にもロ−プの位置が近すぎて力が入らない。
 ようやく、プツッ、という感じで最後のロープが切れたっ。
 固いロープに散々擦れた手首の皮膚は破れ、Yシャツの袖口が血だらけだ。十河は指を開いたり閉じたりして感覚を取り戻し、すぐに膝と足首のロープにかかった。
「…ッ、いや、ですっ」
 司祭が高一郎の唇から必死で逃れようとしている。
 高一郎がこちらを見ないうちに、早くしろよっ。落ち着けっ。十河は自分自身にゲキをとばしながら、音を立てないように、固く撚り合わせたロープを切るのに集中していた。
 やがてどうにか膝のロープを切り、足首のロープを切ることができた。
 きつく縛られていたために、血行が悪くて少し痺れていたが、十河は立ちあがりざま、ソファーの上で司祭を組敷いている高一郎に飛びついた。
「両手を上げて、司祭から離れろっ」
 高一郎の喉にクロウナイフの切っ先を当てた。
 ギクッと身体を強張らせた高一郎は、司祭を離すとゆっくりとこちらを向いた。
「さすがは、十河組の次期組長、手抜かり無しってとこですか」
 高一郎が口惜しそうに十河とナイフを交互に睨みつけながら、キザなポーズで両手を上げてゆっくり立ちあがった。
「司祭っ、だいじょうぶなのか?」
 十河は急いで司祭に駆け寄り、手首の縛めを切り、いやでも目に付く滑らかな白い肌、きれいな胸…それらから目を背けるようにして、高一郎に乱された下着を直した。
「……十河、さんっ」
 悲痛な司祭の叫びに視線の先を見れば、髪を乱し異様に目を吊り上げた高一郎が、撃鉄を起した拳銃を司祭に向け構えていた。
「十河っ、お前の大切なモノは、私が全部壊してやるッ」
 高一郎が叫びながら引金に指をかけた。
 やめろーッ! 十河が叫びながら右手に持っていたクロウナイフを高一郎の胸めがけ投げつけたのと同時に、引金が引かれた。
 パンッと乾いた音がして、瞬間十河のこめかみに衝撃が走り、身体がグラリと揺らいだ。
「十河さんっ!」
 司祭の悲鳴が響いた。
「十河さん、十河さんっ! ああっ、主よ!」
 ぬるい液体が頬からから顎へと流れ落ちていく。
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