銀のクルス(26)
駅の北側にある事務所から、俺が大股でゆっくり歩いて約十分少々。アリの町のはずれに緑に囲まれた一画が見えてきた。
青い三角屋根と少し傾いた白い十字架。白い柵越しに見れば、暖かな日溜りの中で小さな天使達が群れ遊んでいた。
「ほら、大丈夫かい。ああ、強いね」
白いセーターとブルージーンズ姿のシンジが、転んだ子供を抱き上げ、こちらを見た。
シンジはあのあと、相当苦しんだようだったが、今年のクリスマスのミサを最後に僧服を脱いだ。
そして修道会の方へ司祭としての退任届を出し、カトリック教会から除籍され、司祭ではなくなった。
責任の片棒を担う者として俺もつらかったが、
「かえって今の方が、組織が作った神の教義に縛られず、自由な心で神を信じ、人を愛することができて幸せです」
と、明るさに強さを感じさせる微笑を浮かべた。
そのまぶしいほどの笑顔さえ見られれば、俺は…もうそれだけで幸せだ。
そして今は、愛着のできたアリの町の人々や子供達と少しでも関わっていたいと、一ボランティアとして、保育園の仕事をしている。
「そろそろおいでになる頃だと思って、おやつを食べるの待ってもらってたんですよ」
そう言って、シンジがやわらかく微笑んだ。
「さあさ、おやつですよ」
シスターの声が聞こえると、わらわらとそちらへ向かう子供達の後から、十河はシンジと一緒に並んで歩く。
「シンジ、土曜日の夜…待ってるからな」
身体を屈めて十河がこっそり耳元で言う。
「十河さんっ。子供達のいるところで…! ダメですよ」
シンジが、頬を赤らめながら上目遣いに睨んでくる。
そのあまりにも無自覚な色っぽさに、十河の心臓はドキンと波打ち、下半身がズキンと疼いた。
だぶっとした僧服とは違い、ジーンズの腰の細さがやけに目について、十河をますます悩ませる。
日曜はアリの町も大抵の店は休みになるので、日曜は保育園も休みだ。だから、土曜の夜中から月曜の朝までは、俺の家で二人きり水入らずで過ごすことにしている。
『アリの町の教会』も今のところ司祭不在のまま置いてある。
アリの町のみんなは今もシンジのことを慕っていて、そのシンジがいる以上、新しい司祭などいらないと思っているようである。十河も当然同じ気持ちだ。
ゆくゆくは、教会の裏の雑木林を切り拓き、もう少し大きい児童も受け入れる施設を作り、アリの町で地を這うようにして働いてきた人達が、最後のひとときを心安らかに暮らせるような、そんなホスピスを建設する計画も立てている。
そんな未来設計の中心には、大きくシンジが存在している。
「とがわのおじちゃん、ここよ」
おしゃまな女の子が十河に、隣りのイスに座れと指さしてしている。
おじちゃん、か。
小さな子供の正直な言葉にちょっぴりショックを感じながらも、
「あ、いや…、俺はこっちの方が…」
と、つい十河も正直にシンジの横のイスを確保する。
しかし、小さな天使の抗議の瞳にはとうてい逆らうことができず、渋々と天使達の中に混ざった。
僧服を脱いだいまも、天使であることに変わりはないシンジと違い、まだまだ天使の側は緊張し過ぎて、ひどく居心地が悪い。
十河はそんなことを思いながら、自分には少し甘過ぎるミルクティーの湯気越しに、美しい天使の姿を眺めた。
幸せそうに微笑むその天使の胸に、銀の十字架がキラリと揺れて輝いた。