銀のクルス(4)
入り口の左側壁沿いに、司祭が入る小部屋を挟んで左右に二つ告解室がある。
十河は何となく得手のいい、右側の小部屋へと入った。
一、三平方メートルぐらいの四角い空間。身体の大きな十河が入ると本当に窮屈な感じになる。
司祭の部屋との仕切りの中央から少し下がったところに、黒い格子の入った小窓があり、スライド式の扉で遮断されている。
小窓の前の棚には古びた聖書が置いてあり、さらに、ずっと下の方には傾斜した横木が渡されている。
横木には弾力のあるカーペットのような生地が貼られていた。十河は横木に膝をつき、棚の聖書の上へ手を置き司祭を待った。
ふと横の壁を見ると、《平和を求める祈り》と書かれた、アッシジの祈りの一文が張り出されていた。
神よ、わたしを
あなたの平和の道具としてお使いください
わたしが、憎しみのあるところに
愛をもたらすことができますように
神よ、わたしに
慰められることよりも 慰めることを
理解されることよりも 理解することを
愛されることよりも 愛することを
望ませてください
わたしたちは
自分を与えることによって あたえられ
すすんでゆるすことに ゆるされる
…………………………
………………………………
渇いていた心にこの言葉が沁みて、十河の胸を温かく潤していった。
やがてゆるやかな足音が聞こえ、静かにドアが開閉して隣りの部屋へ司祭が入った。椅子が微かに軋む音にも、聴覚は敏感に反応する。
目の前の小窓はまだ閉まったままだ。
十河は組んだ手の上に額を預け、目を閉じて全神経を小窓に向けた。
スーッと小窓の扉が横に引かれる。
約十五センチ四方の小さな窓からは、小さな机の端と、椅子に腰を掛けた司祭の膝、その上で重ねられた手だけが見えている。
小窓に向いて跪いた十河に対し、司祭は横を向いた形で椅子に座っている。
十河は膝の上に置かれた司祭の白い手と形のいい爪を、格子越しに見つめた。
きれいな手だった。
男の手にしては細く長い指と薄そうな爪。さくら貝のような淡いピンク色の爪だ。
十河は目の前にある自分の手を眺めた。
暴力慣れした手の皮は分厚く、指の間節が盛り上がり、傷跡だらけの武骨な手だった。
告解室に入ってから無言の数分が経過していたが、司祭は十河が口を開くのを辛抱強く待っている。
十河はやっとの思いで、胸の中に溜めていた言葉を吐き出そうと大きく息をついた。
軽い咳払いのあと口をついて出たのは…、懺悔の言葉ではなかった。
「司祭…、俺は、司祭の名前をまだ知らない。司祭の名前を…聞かせてほしい」
司祭は、告解の第一声が自分への質問であることに驚いたのか、少しの沈黙のあと、
「…私の名前は、雪村真心、と、申します」
よく分かるようにゆっくりと答えた。
「ユキムラ…シンジ…」
「はい。降る雪の村に、まことのこころ、と書きます」
「真の心で真心か…。いい名前だ…」
本当に姿と雰囲気にふさわしい名前だと思った。
「はい。…私を拾って育ててくださった、神父さまに付けていただいた名前です。私もそのようでありたいと…、日々心に問いかけながら生活しております」
「………」
十河が息を詰めた。
真夜中の教会、小さな明かりが天井についているだけの薄暗く寒い小部屋で、小さな格子窓を挟んで、また沈黙が流れた。