銀のクルス(8)
空の色が、抜けるような青から少しずつ鈍い灰色がかった色に変わり、吹く風にも少しづつ冷たさが加わってきたころ、山高組の意図せんとすることが分かってきた。
十河組最高幹部市村の愛人というより一生涯のパートナー、弥生こと芸妓の美津弥姐さんによってもたらされたものだから信頼できる情報だ。
任期満了にともない退陣した前市長に代わって、"清潔な政治、清潔な町、明るい未来"という謳い文句と、クリーンなイメージを全面に押し出し当選した新しい市長北条正道は、まだ四十九才という若さといかにも清潔そうな笑顔とで、有権者の半数を占める女性、特に主婦層の絶大な支持を得ていた。
この市長が、アリの町を全面的に取り潰して整地し、跡地にマンションや大型ショッピングモール、シティホールなどを建設して、整然とした都会的な街にするというものだ。
この話は市長や助役、山高組の社長など、内輪での酒席で出たということだが、市長が行政の名のもとに、これから掲げていく大きな政策の一つに間違いない。
もちろん姻戚関係にある山高組にとっても、大きな建設を請け負うことができるうえに、一番のシノギの場であるアリの町を失い、弱体化した十河組を叩き潰すことができる、願ってもないチャンスだろう。
むしろ、そう考えると、市長が案を出したというよりも、山高組が市長をたきつけた、と見るほうが妥当だ。
主婦達にとっても、遊興と歓楽のメッカ、アリの町は敵みたいなものだ。
建て増しや改築を繰り返してきたアリの町は、見た目にもゴミゴミとしていて、閑静な住宅街に住んでいる人達から見れば、まるで、はき溜のスラム街としか映らないかもしれない。
『アリの町、クリーン都市計画』と名づけるらしい五年がかりの都市化構想は、きっと市長の株を上げることになるだろう。
しかし、そう簡単にアリの町を潰されてたまるものか。
他から見れば眉をひそめるような町かもしれないが、ここに住んでいる者にとってはかけがえのない生活の場所だ。
アリの町を追い出されて、替わりに市営住宅の一室を与えられたところで、働く場所を取り上げられて、どうやって生活をしていけっていうんだ。
それにごみごみとして狭そうに見えても、アリの町を全部潰して更地にしたら約三ヘクタールの広さがある。
そこを全部建て替えるとなったら、莫大な金が要る。たぶん小さな町の財政の歳出分に相当するだろう。
こんなことのために、そう豊かでもない市の財政、市民の血税を使うなど許されてたまるか、と十河は腹が立った。
しかし、いずれ案がまとまったら議会に諮られることになるだろう。その前になんとか手を打たなければダメだ。
十河は弥生さんに、今度、山高や市長関係でなにか会合があるようだったら、知らせてほしいと伝えた。
それから一週間ほどして、弥生さんから来週の土曜の夜、隣り町の料理屋で山高組の会合がある、と市村に連絡が入った。
さすがに山高関係の者は、アリの町の料理屋で酒を飲むなど危ないことはしないが、他の町で芸者をあげるときも、芸妓はアリの町にしかいないために、料亭やお茶屋の女将から検番を通してお呼びがかかる。
十河は即刻女将に山高組のすぐ近くの座敷を予約しておいた。