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 強い日差しと喉の渇きで目が覚めた。
 ベランダの遮光カーテンを片方閉め忘れ、真夏の強い光がベッドのすぐ横まで伸びている。目を眇めて見た時計はもう正午を廻っていた。
 重い頭と気怠い体を起こし、俺の下敷きになっている物体に気がつく。どうやら昨夜、ケンジの上に突っ伏したまま眠ってしまったらしい。
 前後不覚に陥るほど我を忘れるようなセックスをしたのは、多分初めてだ。
 手首の縛めもそのまま、うつ伏せのケンジは俺の巨体に押し潰され、壊れた人形のように横たわっていた。
 体は白ちゃけて見え、殺してしまったかとヒヤリとしたが、息を確かめ鼓動を感じ安堵の吐息をつく。
 縄を解きそっと上向かせようとして、俺のモノにコンドームが被さっていないのに気がついた。
 そうっとケンジの中を指でまさぐり、どうにか輪っかを引っ掛けズルッと引きずり出す。ケンジが「うっ」と痛そうに呻いた。
 中は俺が出したものと血とで、どろどろになっている。
 抱き起こすと、シーツに吐いた跡がある。ゆうべ俺が無理矢理飲ませたビールのようだ。
 さっとシャワーを浴びた後、洗面器に熱い湯を汲んで、ケンジの体を拭いてやる。
 手首から先が血行不良を起こし色が悪くなっている。熱いタオルで包んでゆっくりとマッサージを施すと、白っぽかった指先に、ほんのり血の色が戻ってきた。
 手首の擦り傷、腋と肛門の傷に抗生物質の入った軟膏を塗り、シーツを肩口まで掛けてやる。
 そしてケンジの憔悴しきった顔を眺めた。
 俺が殴った頬がまだ腫れていて、触ると痛そうに顔を歪めた。慌てて引込めた手をさまよわせた後、短い のに柔らかな手触りの髪を撫で、そっと寝室を出た。
 紅茶とシリアルを軽く腹に入れて着替えた後、一息つく間も無く、俺は仕事に取り掛かった。
 リビングのテーブルに、書類や資料の山をどさっと築き上げる。
 この資料収集と現地調査の為に、この数週間は休日も取れないほど忙しかったのだ。
 それも一段落着き、今日からはデスクワークに入れる。
 ケンジを十日間と期日を決めて買ったのも、この十日間は自宅に居ても出来る書類作成の仕事だという理由からだ。
 しかし、資料の整理から始まって実地調査の検討、鑑定評価の試算、価格調整、各省庁へ提出する書類作成まで、なかなか精密で気骨の折れる作業ではある。
 それだけに、俺は仕事に没頭しだすと時間の感覚が無くなり、食事も忘れ、他の雑音も耳に入らなくなる。
 手元が暗くなったのに気がつき顔を上げると、もう窓の外は暮れかかり、部屋の中はオレンジがかった暮色に包まれ始めている。
 仕事に一区切りがついたところで明かりを点け、ケンジの様子を見に寝室へ行く。
 もうとっくに目が覚めていたらしいケンジが、ドアの音にギクッとこっちを振り向いた。
 首と肩の強張りをコキコキとほぐしながら近づいた俺を、ケンジはおびえた瞳で追いながら、胸元のシーツをかき集めるように両手で強く握り締めた。
 スタンドの明かりを点けると、ケンジはまるで光から逃れるように起き上がろうとして、呻き声を放ち、また ベッドに突っ伏してしまった。
「無理するな。静かに寝てろ」
 我ながら白々しい台詞を吐き、皺になった枕とシーツを直す。
「何か食うか?」
 俺の問いに、ケンジは口の中で小さくイエと言ったまま目を閉じた。ゆうべから何も食べていないのに、衰 弱死でもされたら困る。
 取りあえず、インスタントのスープとクラッカー、ミネラルウォーターを枕元に置く。
「ほら、食えっ」
 ケンジは少し目を開けて見たが、またダルそうに閉じてしまう。
「なんだ、食わせてやらなきゃ駄目なのか?」
 頭の位置が高くなるように枕を直し、ホラ食え、とスプーンを口元へ持って行く。
「いえっ、いいです。自分で食べます」
 心底嫌そうに顔を背けるケンジの体を、シーツごと抱き起こし枕にもたれさせ、膝の上に盆を置いた。
 俺は基本的には自分で料理をしない。仕事柄、接待や義理の会食が多く、家で食事を摂るという事が殆ど無いからだ。
 従って今も覗いた冷蔵庫の中は、酒類とミネラルウオーター、チーズやベーコン、卵にしなびたレタスというお粗末さだ。
 明日は久しぶりに何か買って来よう。


 夜、壁にすがるようにして、ヨロケながらトイレへ行こうとしているケンジを見かけた。
 俺は戸惑うケンジを抱き上げ、トイレと浴室へ連れて行った。少し大きいが俺のTシャツを着せ、ベッドのリネンを全部取り替え寝させてやると、ようやく人心地がついたのか、ケンジは穏やかな表情になった。

裏葉草が揺れる頃(4)
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