人類が増え過ぎた人口を宇宙に移民させるようになって既に半世紀。

 地球の周りには巨大なスペースコロニーが数百基浮かび、人々はその円筒の内壁を人工の大地とした。

 その人類の第二の故郷で、人々は子を産み、育て、そして死んでいった。

 U.C.(宇宙世紀)0079年。

 地球からもっとも遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に対し独立戦争を挑んだ。

 開戦当初の一ヶ月あまりの戦いで、ジオン公国と連邦軍は総人口の半数を死に至らしめた。人は自らの行為に恐怖した……。

 こうして始まった戦争は後に【一年戦争】と呼ばれ、ジオン公国の無条件降伏で幕を閉じた。

 その戦争の中、年端も行かぬ数多の少年少女たちが戦場に駆り出され、その多くは帰らぬ人となった。

 彼らは戦争という人の狂気が生み出した犠牲者である。

――元ジオン公国突撃機動軍 特殊部隊【NERV】所属
第03試作MS実験小隊 通称【血風扇】
旗艦ザンジバル級機動巡洋艦【ゴルゴダ】艦長 赤木カグラの日記より抜粋










――チルドレン、並びにNERV設立に関する中間報告書(第28次)――

U.C.0070:第1次木星船団出発。


U.C.0072:船団で隕石の衝突による爆発事故が発生。死傷者数百名を数える大惨事となる。


U.C.0070〜0074:木星船団内部で、不思議な力を持つ者たちが確認される。彼らは常人より遥かに高い認識力と直感を持ち、船団に起こる事故や遭難などを言い当てたりした。

 だが、そのことが原因で彼ら自身が不幸を呼ぶのだと囁かれ、迫害の対象となった。

 なかでも特に幼い子供たちほど強い力を持ち、そんな彼らは【チルドレン(悪魔の子供たち)】と呼ばれ恐れられていた。


U.C.0074:第1次木星船団帰還。乗員の多数に精神障害が見られ、原因究明のため彼らは研究所送りにされた。そこにはあのチルドレンの姿も多数あった。

 同年、研究所内にてチルドレンを専門的に研究するセクション【ゲヒルン】が設立される。天才と呼ばれた【碇ユイ】博士が指揮をとる。


U.C.0075:新型のマン・マシーン・インターフェイスの実験中に事故が発生。この事故で実験を行っていた碇ユイ博士は死亡。

 碇ユイの死後、ゲヒルンの所長には副所長であった【六分儀ゲンドウ】が、繰上げで就任。


U.C.0075:7月、ジオン公国は【MS-05ザク】の量産を決定。着々と戦争準備が整って行く。これを受けてゲヒルン所長のゲンドウは、チルドレンの高い認識・直感能力を利用し、優秀な兵士を人工的に作り上げる【使徒(Apostle)計画】通称【A計画】を提唱。

 チルドレンに対する軍事的な訓練・教育を施し、それと平行して薬物投与と記憶操作を行い、能力の拡大とその制御のための実験・研究が繰り返し行われる。

――以上。内容は極秘につき、読後焼却の事――





 ……時にU.C.0078年8月。物語はここから始まる……










機動戦士ガンダム外伝
〜セラフィック・チルドレン〜


prologue 「黄昏の庭園」










「バカな事をおっしゃらないでください、赤木ナオコ博士!!」

 通信機に向かって怒りの表情も露に叫んでいるのは、白衣に身を包んだ二十歳前後の女性だった。

 この女性の名は【赤木リツコ】。

 キリリと釣上がった目には強い意志の光が宿り、金色に染められた髪、スマートな顔立ちと相俟って、彼女を一言で表現するとしたら『クールビューティー』と称するのが相応しいだろう。

 だが良く見れば全体的に柔らかな印象も見受けられ、幾ばくかの齢を重ね、あるいは穏やかなる微笑みを浮かべるなら、慈母と呼ばれる事もあるかもしれない。

 一方、リツコに怒鳴りつけられた女性は、困ったような表情を浮かべていた。

 リツコと良く似た姿、こちらも白衣に身を包み少し年をとったような、そっくりの顔立ちをしている。ただし髪の色は青みがかった黒である。

 彼女の名は【赤木ナオコ】。その苗字からも外見からも予想がつくであろうが、リツコの遺伝子の半分を構成する人物である。

 これだけは譲れないとばかりに自分を睨みつけてくるリツコに対して「はあ〜」と深く溜息をつくと、頬に手を当ててこう言った。

「でもねリッちゃん、これはもう決まった事なのよ? あんまり子供みたいな我侭を言わないで、ね?」

 その娘を諭す母親のような態度が不愉快だったのかリツコは更に視線に込める力を強めてナオコに食って掛かった。

「彼らはまだ9歳と12歳なんですよ!? そんな彼らを戦場に送るつもりなのですか!? 人殺しをさせるとおっしゃるのですか!?」

「……それは仕方がない事よ。彼らは元々そのために造られたのだから。それはあなたも良く解っているはずでしょう、赤木リツコ博士?」

 だがナオコには、これ以上不毛な議論を重ねる気はなかったようだ。それまであった僅かな躊躇いの色も消え、冷徹なる科学者の視線でリツコを見据えると、ピシャリと言い放った。

「――っ、」

 それは上位者としての命令であり、リツコは逆らう術を持ち合せてはいなかった。何かを言いかけ、しかし開かれた口からは何の言葉も紡ぎ出される事はない。

「…………了解しました」

 長い沈黙の後、大きく息を吐き出すと俯きモニターから目を逸らせたまま、悔しげに唇を噛み締め、ゆっくりと首肯するのであった。

 彼女が命令を受諾した事でナオコは気を良くしたのか、冷徹な表情から一転、笑みすら浮かべると嬉しげにこう言った。

「そう、解ってくれたのね! そんなリッちゃんに良い知らせよ。あの二人の配属先はあなたが以前に希望していたように、カグちゃんの所――【ベツレヘム】だったかしらね?――になったわ」

「……そうですか。それは確かに朗報ですね」

 確かにそれはリツコにとっては良い知らせであった。ナオコの手前、努めて冷静を装っていたが、そうでなければ小躍りしていたかもしれない。

 だが続くナオコの言葉に、浮ついた気持ちは一度に吹き飛んでしまった。

「これも六分儀司令が取り計らってくれたおかげよ。感謝しなくてはいけないわね」

 そう言って恍惚の表情を浮かべるナオコとは対称的に、リツコは苛立たしげに舌打ちをする。彼女にはあの怪しい髭面男が何を考えているのか手に取るように解ったからだ。

(感謝? 冗談でしょう? あの男、厄介者を一まとめにして葬り去ろうという魂胆でしょうに。今頃はまた怪しげな笑みを浮かべて悦に入っていることでしょうね)

 そして同時に、そんな事すら見抜けない目の前の女に呆れと軽蔑と哀れみの混ざった複雑な視線を向ける。

(ほんと、バカな人……)

 だが当のナオコは自分がそんな目で見られているとは気付きもしないで、上機嫌で話を続ける。

 彼女の語る所によると、10月に発令される国家総動員令に伴いネルフはMS特殊部隊として正式に軍に組み込まれるらしい。

 それに先立ち9月の末日、【赤木カグラ】中尉が艦長を務めるムサイ級軽巡洋艦ベツレヘムが、ここサイド3・13バンチコロニー【ジオフロント】を訪れ、赤木リツコ技術少尉指揮する【第03試作MS実験小隊】は、赤木カグラ中尉の指揮下に入る。

 リツコはそういった事を聞き流し、時に適当な相槌を打ち、その後の会見は実にスムーズに、かつ有意義に行われた。

 そして別れの挨拶を告げ、いざ通信を切るという段階になりナオコは不意に表情を曇らせると、何気ない素振りで、しかし隠し切れない期待をその眼差しに込めて言った。

「……そういえば、リッちゃんは一度も『母さん』て呼んでくれなかったわね?」

「…………それは申し訳ありませんでした『赤木ナオコ博士』」

「…………またね、リッちゃん」

 その確認と言う形を取った要請を完全に無視して見せたリツコ。そこに自分に対する明確なる拒絶の意志を感じ取ったナオコは諦めたように首を振り、未練がましい台詞を残して通信を切った。

 照明が落ち暗闇に閉ざされた通信室。今はもう誰の姿も映らないモニターを前に、リツコは俯き立ち続ける。

 だが固く握り締められた拳は小刻みに震え、その震えはやがて腕、二の腕、肩を通って全身に広がって行く。

 僅かに開いた唇からは、堪え切れない嘲りの笑い声が洩れ聞こえてくる。

「――フッ、傑作ね――」

 顔を上げた彼女は怖いほどの無表情で、瞳には何の感情も浮かんでいなかった。



ダンッ!!



 だが次の瞬間、彼女の握り締められた拳は、通信機の傍の壁を力任せに殴りつける。そのままの姿勢で固まったリツコの瞳は、間違えようのない『怒り』に冷たい輝きを放っていた。

 ――痛いほどの静寂が辺りを包み込む。やがて拳を引き、真っ赤に染まったそれを白衣のポケットにしまい込むとリツコは身を翻し、のろのろと通信室の出口へと歩を進めた。

 扉に辿りつき開閉スイッチに触れる寸前、一度だけモニターを振り返ると、痛みを堪えたような泣き笑いの顔で吐き捨てた。

「……あんな『女』の顔を見せつけておきながら、何が『母さん』なのよ?」



カシュ――



 乾いた音が響き、開いた扉から光が差し込む。リツコは今度こそ振り返ることなく足早に通信室を後にした。

 再び乾いた音が鳴り、通信室は完全なる闇に閉ざされる。完全防音の室内には、まだ近くで鳴り響いているはずの苛立たしげな靴音すら聞こえようはずもなかった……





 ……暗闇に閉ざされた通信室。白衣を身に纏った女性の姿がそこにあった。

 両手を白衣のポケットに突っ込み、ぼんやりと先ほどまで娘の姿を映し出していたモニターを眺めている。

 不意にポケットからお気に入りの銘柄の、かなりキツイ煙草の箱を取り出す。箱から一本抜き出すと口に咥え、反対のポケットからオイルライターを取り出す。慣れた手つきでふたを跳ね上げ、ゆっくりと火を着ける。

 紫煙をくゆらせる彼女は、娘を『赤木リツコ博士』と呼んだ時よりも更に冷たい顔をして。ライターをポケットに戻そうとして、ふと思い止まる。

カチッ、ボッ――

 赤々と燃えあがる炎を見つめる。瞳に揺らめく炎は、容易く煌々と輝く情念となる。

 何故、六分儀司令は娘の希望をああもあっさりと受け入れたのだろうか? 司令は自分に一度でも逆らった者に容赦はしなかったし、これからも容赦はしないはずだ。

 何故、彼女の娘は例外なのか。娘は司令の何のなのだろう。

 自らの腹を痛めて生んだわけではない、しかし確かに自分の血を分けた愛しき娘にすら邪推する。

 いみじくもリツコが指摘したように、彼女は『母』ではなく『女』の顔をしていた……。





 沈む太陽。

 赤い。でも朱い。

 昼と夜の狭間。僅かな時間だけ見ることができる黄昏色の情景。

 まるで永遠という名の牢獄に囚われてしまったかのような、そんな錯覚に陥る瞬間。

 世界の終焉とも見紛うばかりのこの光景が、少年にとって特別な意味を持った。

 年の頃は10歳にも満たないであろう。黄昏色に沈んだ小高い丘に膝を抱えて座り込むその姿は、およそ存在感と言うものがなく、酷く儚い。

 漆黒に染まった髪の色と、同じく漆黒の瞳。だがその瞳には何の感情も浮かんではいなかった。ただそこに在る深く虚ろな闇、それが少年の心に宿る全てであった。

 底知れぬ闇を抱えた瞳は、病的なまでに白い肌、その小さな身体を覆い隠す白い服と相俟って、まるで不治の病を患って療養中の患者のような印象を受ける。

 それはある意味正しくて、ある意味間違っていた。その少年はチルドレンであったのだから。

 【サードチルドレン】そして【碇シンジ】。それが少年に与えられた名前である。

 そんな少年の背後に、足音を忍ばせて近付く影が一つ。黄昏色の草原に蹲る少年と同じ、怖いほどに白い身体を白い服が包み込んでいた。

 ただし、こちらの方が僅かに年上のようで――実際、彼は12歳だった――。

 その髪はアッシュグレイ。あるいは銀。夕日を浴びて、黄昏に染まる。

 そして瞳の色は赤。そして朱。その瞳もまた漆黒の瞳の少年にとって特別な色を、そして意味を持つ。

 その朱い瞳に宿るのは、この上なき愛情。暖かく包み込むような慈愛。漆黒の少年にとって彼が特別であるように、彼も少年を特別に想っていた。

 【フィフスチルドレン】、【渚カヲル】。

 彼もまたチルドレンと呼ばれる存在であった。





「またここにいたんだね、シンジ君。こんなに冷たくなってしまって……寒くはなかったかい?」

 蹲るシンジの背後にそっと腰を下ろし、両手を回して後ろからその小さな肩を抱き寄せる。夏とは言え長時間風にあたっていたせいか、その身体は冷え切ってしまっていた。

 シンジはカヲルの問いかけに小さくコクンと頷く。触れ合った肌から感じられる彼の温もりが心地よいのか、そっと目を閉じると全身の力を抜き、その身体を彼に委ねた。

 彼ならば、何も言わずとも自分を支えてくれる事を知っているから。無条件に自分の全てを受け入れてくれる事が解っているから。彼の心からは、何時だって暖かな想いが流れ込んでくるのだから。

 そんなシンジに、カヲルの笑みがまた深くなる。無表情に見えて、しかし良く見ると僅かに緩んだ口元。それがシンジの笑顔であった。自分を含めて、この宇宙で三人しか見ることのできない無垢なる微笑み。

 それに何よりシンジが無条件に甘えてくれるのは、全てを曝け出してくれるのは、自分に対してだけだったから。

 シンジの温もりを直接肌に感じ、自分がシンジにとってかけがえのない存在であると実感できるこの時間、零れ落ちる砂時計の一粒は、如何なる宝石にもかえがたいものであったから。

 だからカヲルは微笑む。世界中の幸せを独り占めした子供のように。それは喜び。それは歓喜。



「――? カヲル君?」

 ふと気が付くと、シンジが無表情に、しかし期待を込めた眼差しでカヲルを上目遣いに見上げていた。カヲルと二人きりであるのにシンジが声に出して呼びかけていることから、少し喜びに浸り過ぎていたのかもしれない。

「ふふっ、かわいいね、シンジ君は」

 シンジの瞳に少し拗ねたような色を見つけて、思わず優しい笑みが零れる。

「ボクね、あ、あの――」

 それを見たシンジは頬を赤らめる。カヲルはシンジのかわいらしい反応に、クスリと笑みを零すのであった。もちろん、シンジが拗ねてしまわないようにこっそりと。もっとも、また無表情に戻ってしまったシンジを見る限り、バレバレであったのかも知れないが。

(やれやれ、本当にかわいいね、シンジ君は。でもこれ以上いじめるのはかわいそうだねぇ?)

 カヲルの雰囲気が変わったのを悟ったのか、シンジはゆっくりと瞼を閉ざすとカヲルの胸に凭れ掛かった。

 カヲルもそれを見届けると、自らもその朱い瞳を閉ざす。そして茜色に染まった空を仰ぎ、徐に歌い始める。



"O Freunde, nicht diese Tone! sondern lasst uns angenehmere anstinmmen, und freunden vollere."



 そは限りなき歓喜の歌。黄昏の中、響き渡るは優しき調べ。

 やがて黄昏の世界が終焉を迎え、月の蒼く冷たい光が世界を包み込むまで、その歌が途切れる事はないだろう。

 カヲルの温もりに包まれ安らかなる眠りに落ちる寸前、シンジはそんな事を考えていた。





 穏やかに過ぎ行く時は、しかし嵐の前の静けさであると、後にこの時を振り返った人々は口にする。

 この時期を境として歴史の流れは激しさを増し、やがては地球圏全体を巻き込む濁流となる。

 時にU.C.0078年、過ぎ行く夏の日の出来事であった……





後書き、あるいは言い訳
H-1「prologueとあるが、これは読み切り短編のつもりだ。最近本編が煮詰まっていて、何処からともなく謎電波を受信してしまった」
ω「病んでますね」

グサ
H-1「くっ、それを言うな。というか、この話はそれが全てだろうに」
ω「そうですよね。何しろ【ヒーロー=渚カヲル】はまだ良いとしても【ヒロイン=碇シンジ】というのは謎電波以外の何物でもありませんからね」
H-1「まあ、言い訳をするなら、これは『家族愛』をテーマにした物語という事だろう。前半のリツコとナオコの会話を見れば解っていただけると思う」
ω「後半は全く別の話ですけどね」
グサグサ
H-1「……まあいい。とりあえずまた本編が煮詰まったら気分転換にこっちの続きを考える。ただ間違っても禁断の地には足を踏み入れる気は無い」
ω「本当ですか?」
H-1「勿論だ(キッパリ)」
ω「……………………ちぇ、」
H-1「……おい、今何か言わなかったか?」
ω「ククク……、さて、どうでしょう?」

補足説明
H-1「ちなみにカヲルが歌ったのはベートーベンの第九”喜びの歌”。その子守唄アレンジバージョンと言った所か」
ω「歌ですか……」
H-1「? ……何か言いたい事でもあるのか?」
ω「いえ。ただ私は歌と相性が悪いのですよ」
H-1「……そういえば、そうだったな」