えるちゃんの砂糖(仮)2.
しばらくノートをとっているとLに異変が現れ始めた。
微妙にゆらゆらと揺れているのだ。まるで目の前の羽虫を追っているかのように。
「何やってるんだコイツ」
リュークはLの顔を覗き込む。勿論リュークは常人には見えないのだからLにこれといった反応はなく相変わらず揺れ続けている。
Lの上半身は振り子のように段々と大きく揺れていく。
「すごいな」
その尋常でない動きにリュークは目を剥いた。
不安定な体勢のまま眠っているから重心が取りにくいんだろう、だからゆらゆら揺れるのだ。
(もうすぐ起きるな…)
確信した月はリュークには応えずシャーペンの頭をカチリと押して芯を出す。
Lの体は一際大きく傾いて月のほうへ倒れ込みそうになった。
(うわ、こっちに倒れてくるなよ!?)
月は咄嗟に身を引く。
月とLの肩が密着しそうになったその時、Lは突然むくりと体を起こした。
まるで霊が憑依したかのようなLの動きに不覚にも月はビクリと体を竦ませた。
「おや」
Lは開き切った目をぱちくりさせる。
目線の数十メートルほど先にははっきりしない声をした教授が講義をしていた。
「寝ていました」
誰に言うでもなくぼそりと呟くと、手元の真っ白なノートに目を落とした。
「昨夜は遅かったのかい?」
月はシャーペンをノートに走らせながら声をかける。
「えぇ、まぁ」
教科書をめくりながらLは答える。まるで汚いものを摘むかのように親指と人さし指だけで一枚一枚をめくっていく。
「28Pだよ」
講義しているページを探しているように見えたのでそう答える。するとLはそっけなく礼を言って所定のページを開いた。
そしてシャーペンを握るでもなく前を見るでもなく膝に両手を乗せて教科書をじっと見つめる。文を読んでいるというより教科書の形状を眺めているように見える。
本当に不可解な奴だ。横目でLを見て、月はそう思う。
(これで僕と張り合う頭の持ち主なんだよな…)
天才肌とはこのことか。
月の頭に、舌を出してひょうきんな顔をしているアインシュタインの写真が思い浮かんだ。
「夜神君」
いつの間にか手に持ったシャーペンでノートに何やら書きながらLが話し掛けて来た。
「何?」
やっと真面目に書き始めたか、とノートの中をちらりと見ると何故かそこには「の」という字ばかりが何行も書かれている。
「今日、昼まで授業ありますか?」
話しながらもLの白いノートに「の」の字が増えていく。
「…確か、あるけど」
意図を掴めず月は答える。いつも通りの平坦なLの物言いには、その言葉の中に何の感情も感じられない。
「じゃあ…お昼一緒にどうですか」
ほんの少しだけ月が目を細めた。
やはり一日中月を監視するつもりなのだろうか。しかし何故?今の時期に?
(−−−まあどうであれLからの接近に受けないわけにはいかない)
ヘタな警戒は疑惑を招きかねない。
「うん、まぁいいけど」
どこかで待ち合わせる?といつものにこやかな笑顔を返す。
Lのノートに散らばる「の」の字の侵略がぴたりと止んだ。
月は綺麗なリノリウムの床を歩く。
(確かこの辺に食堂があったはず…)
実は学校の食堂を使うのは初めてだったりする。
「なあ、月。リンゴ。リンゴ食べたい」
リュークは右手の通路の奥にある食堂を指差す。
(あそこか…)
月は右に曲がって食堂へ足を向けながら小さな声でこたえる。
「何言ってんだ、食べれるはずないだろ。流河がいるのに」
昼時だというのに廊下の人通りは少なく、月が喋っても誰も振り向くことはない。
「それより、構内では話し掛けるなって何度いったら…」
食堂に近づくにつれて、入口に、「アップルパイ」という文字の書いてある黒板ののった小さなイーゼルが置いてあるのに気付いた。
(なるほど、だから突然リンゴなんて)
さっきの距離では、月には字はおろか黒板に気付くこともないだろう。
(「死神の目」というのはやはり物凄く遠くまで見えたりするのだろうか)
そんなことをつらつらと考えていると後ろから肩を叩かれた。
Lかと思って振り向くと知らない顔が、「よう、夜神」と声をかけた。新入生の誰かだろう。
「何?実は甘いもの好き?」
唐突な台詞に首を傾げる。それは流河だろうと口を開きかけたところで目の前で指をさされた。
その先に顔を向けると先ほどの、「アップルパイ新発売」の文字。
「いやにじーっと見てたから」
(いやそれはリュークが言うから…)
言いかけてはたと思い直す。リュークって誰だよ。突っ込まれてはかなわない。
「いや、リンゴが好きな奴がいてさ、」
そうお茶を濁す。
「え、コレ?コレ?」
男は小指を突き出した。案の定の誤解。
(しかし古い表現だな…)
月はちょっとだけ笑った。
「そんなんじゃないよ。あ、」
目の端にLの姿を捕らえた。話していた男も「ん?」と振り向く。
「じゃあ僕はこれで」
月はLに向かって歩き出した。
しかしLはなんだか遠くを見ているようで、月に気がつかないので仕方なく声をかける。(いや、Lのことだから意外と近くをみているのかもしれないけれど)
「流河」
「…」
が、反応がない。
なんなんだ一体。
怒っているのか?
いや、そんなはずはないはずだ。
それはおかしすぎるだろう。
待たせたのはそっちじゃないか…いや、そんな待ってないけど。
一般的に怒るとすれば、僕のほうだ。
でないと変だろ。
いや相手はその、変わった変なやつだしな…。
普段よりはとても無駄なことに思考を動かしていると、リュークが『月、月〜♪』と普段よりも楽しげに話し掛けてくる。
今日は「邪魔するな、死神!」と言うほどまでに切迫した状況ではないので、リュークのほうをみると、彼はLの後ろでふよふよしていた。
(なんだよ、リュ……ッ!)
誰も見ていないだろうと、リュークを睨み付けようとした視線がそのままLにぶつかる。
(いつの間に……!)
びっくりして、変な顔になってそうだ。
「すみません夜神君…待たせましたか?」
いつから僕のほうを見ていたんだろうか。まさか、これも策略だったのか?
月は睨み付けようとした顔と驚いた顔をできるだけもとに戻して冷静に対処する。
「いや、待ってないよ?」
「そうですか、なら行きましょう」
(…………は?)
結局、月は釈然としないままにLと食券を買いに向かった。
券売機の前に、二人(+1匹)並ぶ。
「何にするんだい?」『俺はアップルパイが食べたい』
「そうですね、私はアップルパイにしましょうかね」
『えっ!?』
何故かショックをうけているリュークをほっといて、月はLに眉をひそめる。
「…昼ご飯にかい?」「頭を使ってますから、糖分が必要なんです」
(授業なんてほとんどうけてないのに?)
そう思いながら、Lが猫背でポケットから小銭をつまんでちまちまと食券を買うのをみとどけると、月は券売機に硬化を投入した。
「じゃあ、僕は日替わり定食で」
『な!らいとぉぉお!』
「中は結構まだ、空いてるみたいだね」
リュークの悲痛な叫びが、月の頭の中で響き続けた。
(勘弁してくれ…)
甘くておいしいアップルパイを食べているときも、Lは気が気ではなかった。
本来ならばそれは、大好きな友達とはじめての学食だからというドキドキからなのだが、今は違う。
月が黙々とキレイに魚をほぐしている間も、それをしっかりみているのを忘れて(あやしい)、悶々としてしまう。
(アップル好きの奴って誰…?)
そう、Lには先ほどの『アップルパイ好きな奴』の話が聞こえていたのだ。
地獄耳で。
月の呼び掛けにも気付けなかったのは、そのときもアップルパイがぐるぐると頭の中をまわっていたから。
よって、頭を使ってますからのセリフが飛び出した。
(そう、そうなんだ!毎日毎日、頭をつかうのも(妄想)、全部ライトのせいなんだから…っ!)
「ちょっと気になってたんだけど」
「…なんですか?」(あぶないあぶないっ。またぼーっとしてた!いつまでもこの調子じゃライトにあきられちゃぅ!)
「そんなに食べて、大丈夫かい?」
月の視線には10袋ほど机に山盛りになっているアップルパイ。
「大丈夫です。甘いものが好きですから」
(私もそれだけアップルパイが好きなんですッ!!)
今、Lの頭にはただ一つしかない。
打倒、アップルパイの奴。
「へぇ…この魚とかおかずの臭いの中で食べれるなんて、すごいな」
妙な誤解から生まれた対抗心は、月には届かない…。
2005/03/06
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