リレー小説(1)
目覚ましの音がうるさい…。
弟のわめき声がうるさい…。
「ねえ、何で朝からゲームしちゃだめなの?」
母の怒鳴る声がうるさい…。
「うるさいわねぇ。姉ちゃん起こしてきてよ」
「やだー。起きないんだもん」
「もう」
今にも角が出てきそうなほど母さんは怒ってあたしの部屋に来る。
「知白(ちしろ)っ。知白ー。いつまで寝てるの?」
タオルケットをはがされる。でも真夏のこの暑さの中ならば、むしろその方が嬉しいぐらいだ。
母の怒鳴る声が遠くで聞こえる。でも何を言っているのかわからない。あたしの頭はまだ理解しようとしていない。
「起きなさい!ほら早く!」
カーテンと窓を開けられた。強烈な光と穏やかな風が部屋に駆け込んでくる。そうしていると昔のことが走馬灯のように思い出される。
クリスマスのとき作ったケーキ上手に出来たなあ。(焼いたのは母)
…でもその後、弟とけんかして弟にぶち投げたっけ。
あぁそう…去年の今日みたいなムシムシ暑いときに、友達と海で遊んだんだよなぁ。すっご〜く楽しかったなぁ。
…でもあたし確かおぼれちゃって。
あぁ…そういえば。
私。泳げないんだ。
「ちーしろー。電話ー。ちーしろー!電話!路香(みちか)ちゃんから!」
「あー。うーん」
寝ぼけ眼で子機を受け取った。
「もしもしー。路香ぁー」
眠い目をこすりながらも電話に向かって喋り始める。
「知白ぉ!何してんのよあんた!」
突然電話の向こうから言葉の雨が降る。
「……はぁ?」
口から変な声がもれた。路香のいってる事がわからない。
「約束したじゃん!約束!何よ、忘れたの?」
路香の呆れ声が聞こえる。あたしは路香と約束なんかした覚えがない。
「したっけ?約束なんか」
「したよ。ほら、月曜日の夜に電話で…」
まったく覚えてない。寝ながら電話にでもでたのだろうか。
「…何の約束したっけ?」
罪悪感を覚えつつ聞いてみたら意外な答えが返ってきた。
「今日の10時に駅に集合して海に行く約束」
路香の声がオクターブ下がっていた。
目の前の目覚まし時計は10時半をさしていた。
あたしが駅に着いたときには琴音(ことね)しかそこにいなかった。
琴音はぬいぐるみ好きの変な子だ。無口でほとんどしゃべらない。
本当に、何でこんな子が私たちといるのかわからない。
今も、胸に変なぬいぐるみを抱いている。『ポン吉』というらしいが、この『ポン吉』にはすばらしい伝言機能がついている。
琴音が私たちと会話できるのもこいつのおかげだ。(面と向かって出来ないが)
あたしは『ポン吉』の再生スイッチを押した。路香の声が聞こえる。
『知白ー?あんたのせいで電車乗り遅れたから海、行けなくなった。だからプールに予定変更。以上』
それにしてもケータイ使えばいいのにわざわざ琴音をここにおいてったのは路香のひそかなイヤガラセだろうか。
「ん、ありがと」
決まり悪くてそっけなく言葉を返した。
「うん…」
「……」
「……」
会話がない。あたしは何か言わなくちゃいけない気がするのに何もいえない。
ふぅ。心の中でため息をついてかばんの中を探り始めた。
水着とかサイフとか手帳とかを詰め込んできたナイロン製のバックの底からケータイを取り出す。
琴音を正面においてリダイヤルを押した。
3コールして路香がでる。
「もっしもーし。琴音に会った?」
「うん。ねぇ、プールってどこのプール?あたしと琴音で行けばいーの?」
「えっ?プール?そんなの市民プールに決まってるじゃん。学校のなんて汚くて泳げないでしょ。じゃ、がんばって琴音と来てね」
[え?あ、…うん」
ブチリ。唐突に切れたケータイを手にしてあたしは琴音を見てしまった。
正面にいたはずの琴音はいつの間にかあたしに背を見せるようにしてしゃがみこみ、なにやら熱心に地面の方を見ていた。
「琴音?どうしたの?気分悪いの?」
あたしは心配して琴音の顔を覗き込む。
琴音は振り向くと聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいた。
「……アリの行列」
一瞬、目の前が真っ白になった気がした。
市民プールは小学校への道のりを進み、T字路を左に曲がったところにある。したがって小学生が異様に多い。だから普段は海に行くことにしているのだが、今日は時間がないので仕方がなかった。
「チシロちゃーん、おはよー。おっそいよー。もー」
「ごめーん。ちょっと寝坊してさぁ」
愛想のよい顔をして答える。だけどあたしはこう思っていた。
誰コイツ?
道かに、誰でも誘っていいよ、と言ったからだ。どうやら路香もそう言っといたらしい。
「路香、今のヤツ、誰?」
「あれ?会ったことなかったっけ?あたしのいとこ」
「はぁ?知らないよ」
「ふーん。じゃ、紹介するね」
そう言ってさっきの女の子を呼び出す。
「んと、あたしのいとこの末葉(まつは)。で、あんた知ってるけど、路香ね」
つり目がちの目と卵形の輪郭。黒髪を高いところでひとつにしばった髪形は彼女によく似合っている。
黒猫みたい。「魔女の宅急便」に出てくるジジっていう猫みたい。
ジジが笑った。にこって。
「あたし、金井(かねい)末葉。末葉って呼んでね。よろしく」
さし出された手を握ってよろしく、と呟いた。
「仲良くしてね」
ついでにお世辞も足しておく。
「もちろん。それよりなんか元気ないね。具合悪いの?ホント路香から聞いた話そっくりそのままだねー。いや、悪い意味じゃないよ。あ、そうだ、"知白"って呼んでいい?"ちゃん"つけるの好きじゃないんだよね、他人行儀なかんじがして」
一息にそこまで喋る。その間もまん丸の目がせわしなくくるくる動いてる。
よく喋る子だなぁ。
「……で、どう思うー?」
「へっ!?」
ボーっとしていたら話を聞き逃してしまったようだ。なんだかちょっと頭がいたい気がした。
「もーっ。聞いてなかったの?」
「ナスビとダイコン、漬物にしたらどっちがおいしいかって話なんだけど〜知白はどぉ思う?」
「はっはぁ?」
「ねぇ、知白っダイコンだよねっ」
「違うよ。ゼーッタイナスビなんだから」
なぜプールにまで来て漬物なのだろう。
それにあたし、野菜嫌いなんだよね。
「……琴音に聞いてみれば?」
あたしは逃げた。二人の視線が琴音にうつる。
「ねぇ、琴音ー。漬物はナスビとダイコンどっちがおいしい?」
路香は琴音を引っ張ってきて聞き出す。
ごめん琴音っ!
あたしは謝りつつもほかの友達と一緒に流れるプールに入ってしまった。
その後、琴音がなんて答えたか、あたしは知らない。
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