リレー小説(10)



2学期のはじめ、現生徒会長である泉聖也(いずみせいや)は夏休みに琴音の言っていたとおり、生徒会の運営による料理大会を実施すると言った。
生徒の大半が聖也のその一言に驚いて声も出なかった。
料理だ。球技大会や文化祭といったものとは違う。料理大会など、ブラウン管の向こうで芸能人がやるようなものだ。
みんなが唖然としているなか、国本直樹は、教壇の上でにこりと微笑む生徒会長をいぶかしげに見ていた。
あの生徒会長が意味もなくそんなことを言い出すはずがない。きっと何か企んでいるのだろう。
直樹は学級委員であり、聖也の本性を知る数少ない人間であった。



「平澤先輩、料理大会のこと、知っていましたか?」
直樹は泡だて器でボールの中の生クリームを手際良く掻き回しながら、隣にいた家庭部部長の平澤静(ひらさわしずか)に今まで気になっていた話題を出した。
「え、あたしは知らなかったけど…」
静はきょとんとした顔で言う。
「先輩、文化委員長でしたよね。生徒会から何も知らされていないなんてなんかおかしくないですか?」
腕組みする直樹。
「あたしはあなたが家庭科室(ここ)にいることのほうがおかしいと思うわ。弓道部の国本君」
静は半眼で言うが、無理やり追い出そうとはしなかった。
「まぁいいじゃない。国本君料理うまいしさー」
後ろでクッキーを作っていたショートカットの少女が話の中に入る。そう、直樹は料理がうまく、家庭部の人たちをフォローしたりとなかなか役に立つので、無下にも出来ないのだ。
「でも、部活にはちゃんと行かないと…」
良心が許せないらしい静に少女がわざとらしくため息をついた。
「静は真面目だからなー」
「何よ。加奈(かな)が不真面目すぎるんじゃない。出席日数、本当に大丈夫なの?」
「駄目」
「えっ…」
静かの動きが止まった。
ちなみに彼女ら二人は三年生である。
しばらくして加奈が馬鹿にするようにハナで笑って言った。
「嘘だって。卒業しないとどうにもならんでしょ。静ったらまたすぐ信じるんだから」
「まぁ、だから平澤先輩は真面目なんでしょう」
フォローしているのかしてないのか判らない台詞を言いながら直樹はまた手際よく泡を立てている。
「加奈…あんた規律委員長なのにそんな不真面目でいいと思っているの?」
「あたしはなりたくてなったんじゃないし。本当に、いつの間にかなってたんだってば」
クッキー作りを再開して、加奈は言った。
「それって訳分かんないよね」
マフィンの種をオーブントースターに入れながらぼそりと呟いた。
「ふふん」
加奈は嬉しそうに鼻で笑った。
「加奈先輩、嬉しそうですね」
きちんと自分でつくったスポンジを二つに切り分けながら直樹が言った。
「あ、分かった?まーねぇ。ふふふっ」
「不気味ー。気持ち悪いわー」
「何がよ?」
「ふふふって笑うとこ」
後はもうマフィンが焼けるのを待つだけなので洗い物を始めながら、静が本当に嫌そうな顔をした。
「いやねぇ。そんなのいっくらでもやってあげるわよ」
加奈もクッキーをオーブントースターに入れて、ふふふっと何度も笑ってみせる。
「二人とも何遊んでるんですか。僕の話聞いてくださいよ」
「国本君何の話してたの?」
加奈が不思議そうに首をかしげた。
「だから、生徒会長のことですよ」
「あぁ。あいつの考えることなんてあたしたちにわかるわけないじゃない」
「でもですねぇ……」
「大丈夫だって、慧(けい)や霞(かすみ)や末葉がいるんだからー。琴音たちを倒せるわよー」
「そういえば、末葉、この学校に転入するんですってねぇ」
ボウルを洗いながら静かが言う。
「え、うそ?末葉が?」
ぱっと顔を上げて聞き返す直樹。その間も手は止まることなくカステラの表面にはたっぷりと生クリームがつけられていく。
「何〜?嬉しいの?国本君」
ニヤニヤと笑って加奈は言う。
「違いますよ。末葉がくるってことはやはり琴音さんで間違いないってことですよねぇ」
加奈の挑発をさらりとかわしてかんがえこむ直樹。
「冷静な顔したって分かるわよー。嬉しいのねぇ?」
「何言ってんですか。いつまでも……。あ、そうだ。加奈先輩にお手紙があるんですよ」
直樹は生クリームをつけていたヘラを置くと、制服のポケットから白い封筒を取り出した。
「手紙……?誰からよ?」
加奈は真面目な顔で直樹から白い封筒を受け取る。
「……」
封筒と一緒に加奈も白くなっ……(ならないならない)
たように見えた。
「どうしたの?誰からだったの?固まってないで説明してよ」
静かがまくし立てる。
「今、うわさの生徒会長」
「うそっ?!」
「ほらまたすぐ信じちゃうんだから」
「え、嘘なの?」
「それはもってきたひとにきいてみれば?」
さめた顔で直樹をみる加奈。
「え?何で怒っちゃうんですか?」
それでも見られた本人はニコニコ笑っている。
間にいる静かが怖がっていたのはいうまでもない。
「いや、なーんか腹立っちゃって」
「あ、部長まだいたーっ」
鈴鹿千明が家庭科室のドアを勢いよく開けた。
「すっ……鈴鹿さん。今日は部活ないのよ……?知ってる?」
「はいっ!知ってますよー。きちんと。でも部長宛のお手紙もらっちゃったんですよぉー」
「あたし?」
「誰からだと思います?」
「さぁ?……だれ?」
「ふふふ。……生徒会長、泉聖也さんからです!!」
「え…マジ……?」
「はいっ!あたし初めてあんな近くで見ちゃいましたよぉぉー。もーうっ!めちゃめちゃカッコイイです!どうしよう。キャーッッ。カッコヨカッタヨぉぉー。キャーッッ」
一人浮かれる千明を残し三人は顔を見合わせる。
その誰もが嫌そうな顔を隠そうともしない。
「鈴鹿さん。ありがとう。……手紙は……?」
「はい。これです」
千明は加奈が持っているのと同じ封筒を差し出す。
静かが汚いものでも触るかのように白い封筒を受け取った。
「…鈴鹿さん。ありがとう……」
静かの笑みが引きつっている。しかし千明は全く気付かずに元気に帰っていった。
「ねぇ、これどうしよう」
テーブルに置いた二つの白い封筒を静かが困ったように眺めた。
「この際開けちゃったらどうですか?」
「「じゃあ国本君が開けてよ」」
加奈と静かの声が見事に重なった。
「何言ってるんですか。手紙を他人が開けるのは失礼でしょう?」
真面目な顔をして直樹はいったが彼も封筒を開けて区内と思っていることは一目瞭然だった。とはいえ、直樹の言っていることは正しい。
「ま、直接会うよりはまし、よね?」
白い封筒をぴらぴらと揺らして加奈は言った。
「そうよ。取り合えず開けてみましょう。いい知らせかもしれないじゃない」
無理に笑って静かが答える。
「まさか、人を苛めて遊んでいるような人ですよ。ありえないです」
「誰のことだい?」
いつの間にか三人の前には恐ろしいほどの笑みを刻んだ泉聖也本人が立っていた。
「「「!!」」」
同時に聖也から飛びのく三人。
「な、何でここにいるんですかっっ?!」
静が驚きからか、少々どもりながら尋ねる。
「ん?そんなの。ここは学校で僕はこの学校の生徒なんだから当たり前じゃないか」
「そーゆーことじゃなーくーてぇー!!」
わざと的外れな答えを返す聖也に短気な加奈が軽く切れた。
「やっぱりこの人サドですよ」
ぼそりという正樹。
「で、何なの?直接来るならこの手紙は必要ないはずないじゃない」
明らかに嫌そうに加奈は目を細めて聖也と封筒を交互に見る。
だけど聖也はそれにひとつも動じなかった。
先刻と一つも変わらぬ笑みで口だけが動いて言葉が紡ぎだされる。
「重大発表は口で言うよりも紙に書いてあったほうが驚きが増して楽しいじゃないか」
――え、そうなの?
疑問を持ちながらも静は封筒を開けようとしている。
「ちょっと!何で普通に読もうとしてるのっ」
「だって…加奈。だって生徒会長変だし、キモいし、笑顔だし、嫌だし、なんだかわかんないし…」
静が半泣き状態で混乱している。
「ほら、加奈君も静君に見習って封筒を開けてまえ」
いまだ満円の笑顔を崩そうとしない聖也を加奈は怨念の篭った目で睨みつけた。
「もう開けたらどうですか?」
呆れように直樹が横から口を出した。
ちなみに彼はさっきから自分で作ったケーキを真っ白な皿に金で縁取りされたケーキに盛り付けるのに真剣だった。
それでもきちんと話だけは聞いているらしい。
「国本君……!あなたは他人事だからいいけど……」
「おや、直樹君は他人事ではないよ?」
上着の中からまたまた白い封筒が出てくる。
「はい。どうぞ」
聖也が直樹に封筒を握らせた。
「……ありがとう」
直樹も負けじと笑ってみせる。
そして、破った。
「…全く君たちは……。分かったよ。僕の口から直接言おう」
聖也が椅子にどかりと座ってこめかみを押さえた。
「いいかい?よぉーく聞くんだよぉ?三人は料理大会でチームを組んで優勝して欲しい。ちなみにチームは五人で一チームだからほかに末葉と路香を入れてくれ。それから、静、家庭部から一チーム出るってことで琴音を家庭部のチームに入れるんだ。出来るなら鈴鹿も入れてくれ。……あと、知白もね……」
聖也がふふふ、あははははっと笑った。
「何で……優勝しなくちゃいけないのさ?」
直樹がゆっくりと口を開いた。
「何で?それはね、優勝したチームは一つだけ願いが叶えられることが出来るからだよ。
「……」
「というわけで、参加の希望は明日からだから五人で提出するように。二人には、言っておくから。静、家庭部のほうよろしくね」
聖也がくるりと優雅にターンして消えていく。
「あーあ。めんどー」
加奈がオーブンの中を覗き込む。
「あ、出来てる」
加奈は手近にあった付近を使ってクッキーを取り出す。
するとこんがり焼けたクッキーのいい香りが部屋に立ち込めた。
「あれ?チョコレート嫌いじゃなかったっけ?加奈」
チョコレートの甘ったるい香りがしたので聞く静。
「は?チョコレートなんか入れてないわよ。国本君じゃないの?うぅ、気持ち悪い……」
加奈はチョコレートの香りに手で鼻を押さえる。
「違いますよ僕だって本居(もとい)先輩がチョコレート嫌いなことくらい知っていますよ。もちろんその理由もね…」
「えっ。加奈って何でチョコレート嫌いなの?」
「それは…」
「あっ!!もうすぐ三時だわー。ティータイムにしましょー」
加奈は直樹の口元を抑えてテーブルまで引き摺る。
「なによぉ。教えてくれたっていいじゃないぃぃ。親友でしょう?」
静がふくれる。
「いくら親友でもこれだけは勘弁。静、紅茶ついで」
引きつった笑みを浮かべて言う加奈。そんなに知られたくないことなのだろうか。
「じゃあ、何で国本君はそんなこと知ってるのよ」
紅茶メーカーに葉と湯を入れながら、ケーキをきっている直樹に聞く静。
「そうよ。何であんたが知ってんのよ!?」
かなはクッキーを盛りながら同じく聞く。
「僕ほどの情報屋をつかまえてなに言ってんですか。そんなのお茶の子さいさいですよ」
カラカラと笑う正樹。二人は危機感を覚えて後ずさった。
「実は泉より性質(たち)が悪いかも」


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