リレー小説(7)




「あれ?もうこんな時間?」
末葉が先程の知白に負けないくらいの声量で言った。
「ごめんねあたし用があるの。もう帰んなきゃ。じゃあ知白、お大事にね」
急ぐように力いっぱい扉を閉めて末葉が出て行った。
「末葉…確かプールの時もあんなこと言って帰ったのよね」
そこを凝視しながら琴音が呟く。
「……へぇ」
琴音が知白の声だけど知白のモノじゃない声を聞いてベッドを振り返ると、そこには知白だけれど、知白じゃない人物がいた。
「末葉は…アナタを恐れているのよ。アナタがポン吉にいたときから」
知白に話しかけているとはいいがたく、普段より数段冷たい琴音の顔、声色。
「何もしないのに」
知白も冷たく笑った。
「今はまだ、でしょ?お兄さん」
「そう、今はまだ……ね。来る時がくるまでは」
「じゃあ、来る時まで眠っててください」
「おやおや。冷たいねぇ。ポン吉の中で私があんなに静かにしていたのだから、少しぐらいは出てきてもいいじゃないか」
その言葉を聞いて琴音は静かに笑った。
「まだ、最終兵器をお見せするのは早いでしょう?カイ様も怒ってらしたわよ」
「ふん。カイか。私が体を失ってから偉くなったものだな、あいつも」
自嘲するかのように鼻で笑った。
それをよそに琴音は静かな笑みを見せたまま言葉をかけた。
「そういわずに。終わりは近いわ。そしてそれは、始まりでもある……」
「仕方が無い。それまで準備をしておくよ」
そう言い残して知白はまたベッドに沈んだ。
「早く終わりの時がこないかしら」
琴音が笑う。
凍りきった目で。



目が覚めたとき、見覚えの無い白い天井が見えた。開け放たれた窓からは風が舞い込んで淡い水色のカーテンをはためかせていた。
――――――ここ…どこだっけ…?
頭にぽっとパウンドケーキが思い浮かんだ。
「知白…?」
琴音が座っている。あたしは体を起こして、聞く。
「パウンドケーキは?」
「へ?」
「家庭部の!!パウンドケーキもうできちゃった?」
琴音があきれているとも安堵しているともいえる表情になった。
「何も覚えてないのね…」
「何いってんの?それよりパウンドケーキは?」
「倒れたくせに元気ねー知白」
いつの間にか保健室の戸には数人の女の子が立っていた。
「どうしたの?みんな」
琴音が不思議そうに聞く。
「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれました。二人ともあたしたちに感謝しなさいよ。これぞ……「パウンドケーキを持ってきたのよ」
最初に声をかけた女の子が腰に手を当て、何やら偉そうに話そうとしたが肝心なところで横の女の子が言ってしまった。
「ちょっとっっ!!人が話してんのにぃぃー」
「だって鈴鹿(すずか)さん無駄が多いんだもの」
「だってだってだってあたしがせっか「それで松原(まつばら)さん、頼んだものは入れてくれた?」
鈴鹿と呼ばれた女の子の声が今度は琴音によって遮られる。
それでも鈴鹿はめげなかった。
「いれたぁーたっくさんいれたよ!ね?松原ちゃん」
「琴音はあたしに聞いてるのに何であんたが答えるのよ……
あれは琴音専用よね?あたしは食べたくないわ」
松原がいやそうな顔をする。
琴音は何を入れるよう頼んだのだろう。
「そ…それでそのパウンドケーキはまともなのよね?」
おそるおそる聞いてみた。
「…こいつが何もしていなければね」
「そーなの。これあたしがつくったんだぁ〜」
「「え!?」」
琴音とあたしが同時に言った。
「あたしパス」
琴音が片手をあげて拒否したことを示した。
「あたしも。自分で作りたいなぁ」
「なによぉ。みんなしてぇー。大丈夫だよぉぉ」
「「「大丈夫じゃない」」」
あたしと琴音と松原の声が重なった。
「はい、知白。あんたは病人だから特別に国本君が作ったパウンドケーキをあげよう」
松原が琴音の箱よりも小さい箱を渡した。
「国本くんって男の子なのにものすんごい料理がうまい人?やったぁ。松原ちゃんありがとう!」
「ちょっとーあたしもそっちがいい」
琴音が不満そうな声をあげる。
「琴音は細いんだからたくさん食べなくちゃね」
松原がぽんぽんと琴音の肩を叩いた。
そうして二人して去っていった。
「そういえば、琴音が頼んだものってなんだった?」
「え……あれ?……パウンドケーキよ」
「そうなんだぁ」
「うん。まぁね」
……なんだか琴音の様子がおかしい。
どうしちゃったんだろ?
「まぁいいや。ねぇ琴音、パウンドケーキ食べよう!あたしお腹すいてお腹すいて」
言って、いそいそと箱を開ける。もちろん国本くんの作ったほうね。
「えっ…だって私は千明の作ったやつなんでしょ……」
琴音は横目で鈴鹿千明の作ったパウンドケーキの箱を見る。
「……」
「……」
二人で無言で箱を見る。千明は料理が苦手だ。いや、下手なんてものじゃない。この世のものだなんて思いたくないものが出来上がる。
まだ入学したばかりのころ、部活でシュークリームを作ったとき千明は見事に甘いシュークリームを激辛に作ったのだ。試食した数人(あたしを含む)は数週間舌が痛くて回らなかった。しかも一緒に食べたはずの当の本人はけろっとしていて“おいしい”と全部たいらげてしまったのだから驚きだ。彼女が料理上手になるにはまずその味覚を何とかしなければいけないようだ。
料理部の全員が各々苦しげにため息をついた。
その上厄介なことに、千明はいたって真面目なのだ。本気で断るのが申し訳なくなるほど彼女の料理に対する熱意は本物だ。相手が内心嫌がることを承知で差し出す菓子は恐らく数十回の試行錯誤の末のものであろう。
このパウンドケーキにしたってそうだ。そしてもちろん、私たちはそんな千明の努力を気持ちを踏みにじることはできない。要するに食べる以外に道はないのだ。

「あたしも食べてあげるから」
あたしが琴音の背を叩く。二人で食べれば負担が減るし、千明も傷つかない。
「それでいいじゃない」なんていって、バスケットの中のパウンドケーキを手で半分に折る。
あたしも所詮お人よしなんだ。
「そっ…そんなことだめよ。融合できなくなるわ」
あたしの手をじっと見ていた琴音は少しあせってわたしの手からパウンドケーキを奪った。
「ぇ?」
あたしの小さな声に、はっとした琴音は自分の口を手でふさぐ。
「融合?」
「……」
沈黙が訪れてしまった。
聞き流してしまえばよかったのかな?
そうすればこの気まずい雰囲気から逃れることはできた?
だけれど聞き返さなければならないと心のどこかで思った。はずだ。
いや、ホントは聞いておけば良いと言われたから聞いただけ。

『聞いておいた方が良いんじゃないのかい』

誰かがそう言った。
どうして?
なぜ?
「……さっきのは琴音の冗談にしとく…それじゃぁ駄目なの?」
あたしの言葉に驚いて琴音がこちらを目を見開いて見た。
「あ…あれ?」
そうされたときに、あたしはやっと気がついた。
あたし…誰と話してたんだろう。

「観月さーん!川原さーん!」
あ、部長だ。
「具合どう?」
明るい部長が来て何とかその場の雰囲気が明るくなる。
「あ、もう平気です」
「そう。じゃぁもう帰っていいわよ。部活も終わっちゃったから」
「「さようならー」」
あたしと琴音の声が重なった。
部長が行くとまた雰囲気が悪くなった。
「帰ろ」
琴音がそっけなく言ってかばんを持った。
「うん……」
あたしもかばんを持つ。
――――――チャンチャーンチャンチャーンチャチャ♪
いきなりグリーンスリーブスが流れ出た。
あたしはびっくりしてかばんを探ってみる。
――――――あたしのじゃない。
琴音がかばんをかき回してやっと携帯を取り出した。
「はい。琴音です」
あれ?『琴音』って名のる?
まぁ…知ってる人か。
「……はい。了解しました」
あたしが考え事をしている間に琴音の電話は終わっていた。
「誰だったの?」
聞いちゃ悪いかなぁと思うんだけど、琴音が敬語を使う相手が誰なのか知りたい。
「知りたい?」
「うん」
「じゃあ、一緒に来てほしいところがあるの」


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