リレー小説(8)
琴音の後についてバスに乗った。
時間帯が悪かったらしく、席が空いていなかったので二人でつり革につかまる。
「琴音。何処に行くの?」
「私の電話の相手の家に行くのよ」
なにやら楽しそうな琴音。でも、それあんまり答えになったないような気がするんだけど…。
「相手って誰?何かの先生?知り合いの先輩?」
「行けば全てがわかるわ」
琴音は意味ありげに笑って前を向いた。
全てが……?何の?
『行けばきっとわかるよ』
さっきと同じ声。男の人の。
あたしはばっと顔を上げて辺りの人を見まわす。ヘッドフォンをしている若い男の人。本を読んでいる女の人。外の景色を眺めている子供。
話しかけてきた人はおろか、喋っている人もいない。
「じゃあ、一体誰が…」
誰があたしに話しかけるのだろう。
そのとき、右肩を軽くたたかれた。
「だっ、誰?」
過敏に反応して振り返ると、驚いている琴音がいた。
「何だ、琴音か」
「私以外にだれが知白の肩を叩くのよ」
笑ってそう言う琴音。それもそうだ。
でもあたしはさっきの男の人の声の持ち主かと思った。
逃げなければ、と思った…。
「大丈夫?」
あたしの顔がこわばっていたからか、琴音が見てくる。
「…うん…多分」
「多分って…知白自身のことで…、あっ…」
「………琴音?」
途中で言葉が切れたので不思議に思って名前を呼ぶ。
融合やらなにやら言っていたことは変に思っていたけれど、今は別の普通の会話じゃないの?
だけど琴音はごまかすように、笑う。
「…何でもないのよ」
「…そう」
また、何でもない。
さっき保健室であたしも言ったけど。
琴音の今までの言葉や様子も、あたしのさっきからの様態もどこが何でもないというのか。
でも何でもない何でもないと思っていれば、本当に何でもないと思えるのだろうか。
分からない。琴音は何でもないという単語をどんな意味で使ってるんだろう?
何でもない。何でもないってなに?
ナンデモナイ。
ねぇ、琴音?ナンデモナイってどんな意味?
『知白、大丈夫かい?』
ねぇ、アナタは誰?
どこにいるの?
『ここに』
彼が微笑むのが分かる。
なぜ?
分からない。見る、という感覚じゃない。
感じる、のだ。
そうだ。あたしは知っている。見なくても分かる。
彼はここにいる。
あたしには見える。彼の姿が見える。
「知白。降りて」
「……え。あ、うん」
琴音が緊張してる・・・・・・?
なんで?
バスから降りたもののここはどこだか分からない。
「歩くわ」
琴音がボソリと呟いて歩き出す。
あたしもそれを追う。
琴音はかなり速く歩く。いつもの二倍のスピードだ。
追いつくために小走りになる。
五分ぐらい歩いて着いたのは、五階ぐらいあるマンションだった。
新しいのかずいぶん綺麗な建物だ。
あたしはなんだか気後れしてしまうけど琴音はすたすたと歩いていく。
まるで辺りを見ていない。
入るとすぐエレベーターがある。
こちらも真新しく、綺麗だ。
「どこ行くの?」
「……五階」
琴音の声が低い。
こんな琴音初めてだ。
そういえばここ最近琴音の新しい面ばかり見ているような気がする。
あの日まであたしと琴音はただのクラスメートだったのに。
そうだ。あの日あたしがあんなことしたから。
――――――あの日?あんなこと?
何、それ?…いつ…のこと…?
分からない。思い出せない。
そこだけ記憶がない。
遠い昔のような。だけど近い気もする…。
いつ?
記憶があやふやで。
分からない。
『コウ様ッ――――!!』
誰?彼ではない。
誰?
あたしを呼ぶのは誰?
何でそんなに切羽詰っているの?
何に絶望しているの?
――――――血……?
――――――琴音が。ないて……る……?イカナキャ、琴音ノトコニ。
「知白?どうしたの?知白!?」
琴音の声?ここは。エレベーターの中……?
今は夏……だよね?
雪を見た気がしたのに。
「ねぇ、ちょっと知白!!」
「な……に……?」
「大丈夫?変よ。どうしちゃったの?」
琴音があたしの顔を覗き込む。
「大丈夫。大丈夫だから
間抜けな音を出してエレベーターが止まる。
どうしたんだろう。
「……琴音?」
「行き、ましょ」
琴音の歩く足がぎこちない。
それでもあたしは琴音について行く。
分からないけれど、ついていかなければ。そのほうがいいと、誰かが言う。
嫌な予感がするのに。
胸がざわざわするのに。
――――――自分で歩を進めている。
「ここよ」
琴音がある扉の前で足を止める。
表札を見たが、名前が記されてなかった。
ピンポーン……。
琴音がチャイムを鳴らす。静かなのでよく響いた。
そういえばさっきからあまりにも静かだ。昼間ならばもっと人の気配も感じるのに。これじゃあまるで…。
「まるで、真夜中に訪れたみたいでしょ?」
にやりと笑って琴音が言う。何かを楽しんでいるように。
あたしは考えていたことを言われたのでひどく驚いた。
そう、それは。そのフレーズは。
口癖。
誰かに対する皮肉な形容。
でも、誰かって…誰?
ガチャ……。
扉が開いた。
雰囲気に圧倒され、緊張して相手の顔を見た。
見た?
そこにあったのは部屋に続く廊下。
………いない?
じゃあ扉を開けたのは?
「あら、ナツメ君。ここ(この家)にいたの?」
琴音が扉の下のあたりを見て言った。
ナツメ君?
『アイスクリーム、食べてるから』
「え、食べちゃったの?また買ってこなくちゃならないじゃないの」
『…何でそんな嫌そうな顔するんだ。食べるためにあるんだろうアイスクリームは』
きっと話題がアイスクリームだし「ナツメ君」は生意気そうな男の子なのだろうと思っていた。
「何言ってるの?アイスクリームって言うのは運んでる途中で溶けるし…」
琴音が「ナツメ君」に反論している間に、あたしは「ナツメ君」を拝見しようと脇から覗き込んだ。
だけどそこにいたのは…。
「溶けるし…、重いのよ。しかもあたしがここの冷蔵庫を整備している理由はナツメ君じゃなくて…」
そこで琴音と言い争っていたのは…。
『まぁ、とりあえず中に入れば?』
「ちょっとナツメ君?!…もう」
琴音からあからさまな言い方をして逃げて、今琴音の目の前をだるそうに歩いているのは…。
『知白も入れよ』
なぜかあたしの名前を知っているくまのぬいぐるみだったのだ。
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