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 Hungaryへ・・

 

 

 

これは、2001年7月にハンガリーに一人旅をした時のことを

2002年6月1日より書き始めたものをまとめたものです。

 

 

 

 

その1.ハンガリーヘ!!

 

関空から直接飛び立てる便はちょうどなかったので、結局伊丹から、成田行き、伊丹から、フランクフルト空港、そして乗り換えてブダペシュトに行くことになっていました。

成田でも待ち時間がかなりあったので、成田で、樹里ちゃんにお手紙を書いて、ポストにいれ、銀行のおじさんに騙されて(?)とりあえず、ドルならどこでも使えるとか言われて・・ばかだったGenmomでした。

ドイツで、マルクに替え、オーストリアで、シリング(?忘れた・・)に替え、ハンガリーでフォーリントに替え、手数料いっぱい取られたよ・・(勘弁してくれ!)

それでも時間いっぱいあって、待合でぐっすり寝た!!!

なにせ、取り柄が「どこでも、いつでも眠れる」ことなのだ。

元気百倍!!さあ、出かけるぞ!!って感じでした。

 

 

 

その2.私は飛び立つ!!

 

やっと、フランクフルト空港へ飛び立ったのは、1:30で、次回はどんなことがあっても関空発にしてもらおう!と思っていた。

機内で映画を2本見た!「ダイナソール」(?)、と、「New York in autumn」(?)だったかな〜

何回も寝て起きて、トイレに行って、機内食を食べて・・

たしか11時間かかったんではと思う。

しかも一人で恐ろしく長い時間が過ぎていくような気がしていた。

その長い空の向こうに私を待っている何かがあるのだ。

結局、私は長い間、家庭、家族の庇護(言いすぎかな?そんな良いものでもないか?)の下で暮らしていたような気がしていた。

もちろん、自分の仕事も持っていたり、子供のPTAの役員もやったりはしていたが、なにか違うのではないかと思っていた。

10年間という妻の立場、10年間という母の立場、それぞれの考え方の中でしかものを考えられなくなっているような気がしてならなかった。

だから、一人で考えて一人で決め、一人で出かけていくことにした。

それでなにが変わるとは思わないが、とにかく出かけて見ることにした。

「WSS」のマリアではないが、「そう、なにかよ!」それを見つけに行くのだ!

すみません、酔ってる!失礼しました・・

 

 

 

その3.だけど〜

 

昨日はあんなかっこつけた話になりましたが、ひとりで行くってたって、そこは友人が待っているハンガリーだからねってことなんです。(たいしたことないね〜)

友人の一人は、「ハンガリーまでに、ヨーロッパマフィアに捕まって、売り飛ばされたらどうする?」ってな心配までしてくれましたが、「まあ、年が年なんで、そんなに高くは売れないってことで、だいじょうぶだろう・・」などど言う結論に達したり、、

私は高く売れないのか?と思いつつ、実際にヨーロッパマフィアってあるん??などと、

あほな疑問に一晩囚われたりしたのでした。

一番最初に動いたことと言えば、樹里ちゃんの千社札をもらって旅行かばんの3面にバンバンバンって貼り付けたことでした。

これがとっても、よく目だって効果的だし、ちょっとばかり寂しい気分になってる空港でも、

樹里ちゃんの千社札を見つけると、にやにやしてうれしくなってしまう・・

ただ、いざ、伊丹に着いて帰りのモノレールや電車の中ではじろじろ見られましたが、

それはそれで「ふん、私は樹里ちゃんファンだよ!どこが悪い?」って開き直って、すんなりクリア!(笑)

 

 

その4.フランクフルト空港にて

 

フランクフルトは日本の7時間ビハインドになる。だから一日が31時間になる。

ここでも待ち時間がいっぱいあった。私はまたもや、樹里ちゃんに手紙を書くことにした。

樹里ちゃんにとったらいい迷惑だろうが、書いた!!

まず、絵ハガキを買いたいので、マルクにちょっとだけ替えることにした。

 

しかし、何があってもドイツ人は皆、笑わないね〜、自動販売機で切手も買った。

なんだかおもしろくなってきた。調子に乗って、ビールも飲んでみた。

ドイツのビールだっておいしいはずだよ・・でもなんだか、生ぬるくて、おいしくない!(損した気分・・)

 

まだ時間がある・・家に電話しようとしていたら後ろから「日本の方ですか?」って男の人の声がする・・

(えっ!まだフランクフルトだから早いよ!)って・・(何が早いんだろう??笑)

「そうです!」って振り帰ったら、(えっ!高校生?)に見える男の子が立っていた。

(ちょっと、残念!なにが?・・)

「あの・・困ってるです!」って・・

「どうしたんですか?」って聞くしかない!

「4時に、ロシアから来る日本人の友達とここで待ち合わせているんですが、会えないんです。」

「え?何時に?」

「現地時間で4時です。」

「もう、7時ですね!!」

はい、なので困ってるんです。」

私は何をすればいいのか、しばらくわからなかった・・

 

しばらく考えて、「空港で呼び出してもらった?」と聞いたらまだだというので、そうすることにした。

でも、現れない・・

次に考えたのは、彼の友人の飛行機が実際にフランクフルトに到着しているかどうかだ。

聞きに行った。あっさりまだだと言われた。

なんだか、ほっとして、待ち合わせ場所のマクドナルドで待つ・・私はまだまだ時間がいっぱいあるのだ。

「失礼ですが、おいくつですか?」と聞いた。「23歳です。」思わず、「高校生かと思いました。」と素直に話した。

 

 

 

 

その5.ロシアからの飛行機は・・

 

二人はお医者さんの卵で、まだまだ勉強の身だけど、卒業旅行らしい。

(私がもっと若かったらなあ!笑 なんでやねん!と自分で突っ込んどくか〜)

結局、彼の友人が乗っていると言う飛行機は言われた時間になっても彼を乗せて来なかった。

困った!最初の夜、泊まるという友人の知り合いのドイツ人の家の電話をしてみたが、不在だった。

この結末は私じゃなくても、興味津々ですよ〜(と思う!)で、この結末をメールで教えてほしいと頼んだ!

(人が困ってるのに・・とは思ったがそれ以上にこの結果が聞きたい!!、

彼らはもっとすごい運命に弄ばれることになっていたのです。

(むっちゃ、ゆがんだ表現です。あしからず・・)

 

この後、ドイツの知り合いに電話がつながり友人も定刻に到着して、彼を探していた。

で、彼らが会えたのは、なんと10時過ぎ!だったんだって。

その理由は、『フランクフルト空港には、マクドナルドが二つある!』ってことだった。

一応マクドナルドはここしかないですよね?って案内で聞いたのにな〜

 

それから、まだ彼らはドイツでさまよっていた。

その友人宅へ行くために電車に乗ったはいいが、乗り換え地点からの電車には、乗せてもらうことが出来なかった!

なんかすごいドイツのおばちゃん車掌が理由はわからないがとにかく「駄目!!」の一点張りで途方にくれたらしい。

そんな人がまだいたらしく、皆でフランクフルトに引き返すことになったらしい。

なぜか?そこはひどい田舎らしく泊まれそうな場所が皆無だったらしく、フランクフルトになんとか戻って、ホテルを探してなんとかホテル(らしきもの)を見つけたのが深夜2時過ぎだったって報告でした。

長い話だった・・・

 

しかし、さまよえる日本人はここにもいた!

結局私も友人と会えたのは、深夜1時を廻っていて、友人宅で用意してくれたベットにもぐりこんだのは2時半は廻っていた。

 

 

 

その6.ブダペシュトへ・・

 

友人と会えない彼を一人残して、どうなるんだろ??って後ろ髪を引かれつつ、私は自分が乗る飛行機を待っていました。

ハンガリーって国もかなり混血の進んでしまった民族なのでは?と思う・・

蒙古にも侵略を繰り返し受けているし、チンギスハンの末っ子(誰だったけ?)に支配された時代もあるし、

「エリザベート」で宝塚ファンは皆さんご存知の通り、オーストリアにも支配されていた。ドイツにも侵攻さて、

最近ではハンガリー動乱まではロシアに支配されていた。

日本の学校で英語を第二外国語のしているように、ハンガリーではそれまでロシア語を習っていた。

 

ヨーロッパの国の中のエイリアン?宇宙人?って呼ばれてなかったっけ?

(いい加減なので信用しないで下さいね)

なぜだか、ハンガリーには十二干支があるし、家紋に似たものまである?

でもね、エリザベスには、かなりはっきり人種の区別が付くのです。

言われると、なるほど!とは思うですが、きっと日本人でも、あの人は九州出身ね。か、東北じゃない?ってくらいの差にしか思えないんだけど・・

そうでした。ブダペシュト行きの飛行機には定刻に乗り込んだんですが、上空の天候が悪いとかで出発しないんです。

またもや、眠り込んでしまって何時間たったことやら?

もう電話とかもかけられないし、着いたら電話するか、タクシーにでも乗るか〜と悠長なGenmomでした。

 

夜中の12時を過ぎたのに、飛行機って飛ぶのね?(笑)伊丹、羽田ばかり飛んでると、8時半が最終に思えてくる・・

とてもまずいハムが出てはきそうだった・・(ごめんなさい、正直に書いてしまった!)

それでも、エリザベスは待っててくれました。もう泣きそうな顔してた!

(ヨーロッパマフィアに捕まったのかしら?って思っていたのかと、ふと思った!)

やっぱり、抱き合うのが常套でしょう!良かった!会えて!!って真っ先に言われた。

ほんとにありがとう。何時間待っててくれたのかしら?とにかく携帯のバッテリは切れたそうだ。

ブダペシュトの町を日産の車で走りぬける。彼らの家は山の手の住宅街にあるそうな。

新しく買ったのだそうだ。

とにかく帰ろう!ほっと一安心でした。

 

 

 

その7.ブダペシュトの朝

 

とても静かな朝だった。鳥のさえずりで目が醒めた。

ああ、ここはハンガリーだとため息をひとつ・・さすがに頭が重い。

でも時差ぼけとかは私にはないらしい。

どこでも寝ちゃうし、飛行機が飛ばなくて何時に着くかわからないのに、寝込んでしまうあんたはすごい!と日本に帰ってから家族に言われた。

「まあ、いつものことだからね、長生きするよ、まったく!」だって!ひどくない?(笑)

ハンガリーの一日は早い!

会社や仕事は8時前から始まるが、その代わり仕事は3時半とか4時には終わるので、その時間が帰りのラッシュ時間になるし渋滞もその時間だ。

そんなに早く終わって何するのかって?そりゃ決まってる、家族と恋人と仲良く過ごしたり、夜遊ぶのさ!

 

朝食とお昼ご飯を、ペーターがお昼ご飯を食べに帰って来た時一緒に済ませた。

昼からはブダペシュトの町をエリザベスが案内してくれることになっていた。

夜は9時から野外クラシックコンサートに連れて行ってもらった。

野外といっても、英雄広場の市民公園と言われている場所の建物の中庭でのコンサートだった。

バイオリニストとしても有名な大学の先生の愛弟子たちとで行われた。

 

この夜、樹里ちゃんにあてた手紙にも書いたが、

バイオリンの音が引く人によってこんなに違うんだということをつくづく思い知らされたコンサートだった。

樹里ちゃんにハガキばかり書いているみたいですが、同じようにちゃんと家族たちにも書いていましたよ〜(笑)

 

終わったのが11時過ぎで、今日の帰りも午前さま!(ふるい〜)

夕飯は、夜のバルコニーで、きれいな器に花とろうそくを浮かべて(蚊よけでもあるらしい)、

ドイツのソーセージとプラハの瓶ビールだった。とにかく静かだ!

こんな時間なら永遠に続いて欲しいと祈った・・来て良かった!(涙)

 

 

 

 

その8.ブダペシュトの街

 

エリザベートは、ガイドの試験に受かっていた。

私は最初のお客様(?)になるらしい。

(もちろん私は無料だけど!)ブダ王宮、三位一体広場、マーチャーシュ教会、漁夫の砦など、いわゆうる観光ガイドブックの一番最初に出ているような観光スポットへ連れていってくれた。

ご存知のとおり、ブダペシュトは、ブダ地区とペシュト地区から成っており、その間にあるドナウ川にかかるのが、有名な橋、くさり橋、マルギット橋、自由橋、エルジェーベト橋(これはエリザベート橋だと思う)・・

たしかブダペシュトは「ドナウの真珠」と言われていましたよね?(あまり信用出来ないですが・・)

 

ドナウ川のほとりに建てられた国会議事堂はそれは美しかった!

その姿がドナウ川に映るの〜エリザベスはハンガリーの話をするたびにこの国会議事堂の話をしていたっけ・・

ほんとにきれいだった!ハンガリー人の誇りなんだろうね。

その途中で、王宮の丘の「シシイ」というレストランを見つけた。

すごい入りたかったんだけど、エリザベスが「高いからだめ!」と言うので、泣く泣くあきらめた。

ガイドブックにも載っているし、日本に帰ったら、宝塚友達にも話しても喜ばれそうなのになあ・・

もう、エリザベスのけち!(ごめん!)

 

 

 

その9.アティラ、ごめんね・・

 

昨日の空港事件から、末っ子のアティラはおばあちゃんに預けてくれたらしい。

(ごめんね、アティラ!)

私はアティラには写真でしかあったことがなかった。

エリザベート一家がハンガリーに帰ってから生まれたのだ。

その後、日本にエリザベスが来てうちに滞在した時も連れて来なかったし・・

 

アティラはおばあちゃん達とバラトン湖の別荘にいるということだ。(別荘!!すごいなあ・・)

聞いたらハンガリー人の80%以上は親戚か誰かが別荘を持っていて夏には必ずそこへ出かけると言う。

ペーターの両親になる訳なんだが、もちろん、長男のアダムと長女のヴィヴィアンもそこにいた。

とても古く小さいし、私は近くのホテル?ペンション?に泊まってねと言われた。(ほんとにその通りだった。)

コンサートの夜は更けて、部屋に帰ってから家族一人一人、樹里ちゃん、友人、そしてこの旅行の間私の仕事の代講をしてくれている友人達にも感謝の手紙を書いた。とにかく、全ての人に感謝!

(でもこの時は、樹里ちゃんは大劇場で花組「ミケ・VIVA!」に出演中だった。)

 

(樹里ちゃんに限らず、専科さんはどこに出演するのか発表されるのが遅いので、こんなときにはとても困るんですよね〜

歌劇団の上層部の皆さん、そこんところ、よろしくお願いしますよ〜などど思いながら・・)

 

 

 

その10.センテンドレ

 

次の日は、センテンドレに連れて行ってくれた。

日本で言うと、江戸村とかになるのだろうか?

1752年に建てられたブラゴヴェシュテンスカ教会(名前が長くて覚えられないよ〜)にはイコンのコレクションがある。

イコンといえば、「星組・イコンの・・?」ですよね!

とても見事!?う〜ん、とにかく古くて、日本だったら、国宝とかになっているのだろうか?

すごいガラスケースに入ってそうなんだけどそのまま、バシバシフラッシュ撮影OKだって・・(信じられへんでしょ!)

もし、ハンガリーに行かれることがあっても、ハンガリーの中世の生活に興味がないなら、ここはパスをお勧めします

。(私は2度と行かないと思います。笑)

 

この日の夜にペーターが仕事から帰って来たらおばあちゃん達のいるバラトン湖の別荘に行くことになっていたので、

帰りに市場で買い物をした。

私も一品作ることにしていた。3時頃に市場に行った。

「ロールドポーク・ハワイアン」って言うのを作ることにしていた。

ハンバーグのたまねぎのみじん切をパセリに変えたネタを薄切り豚肉で巻いて、

焼き色をつけるためにフライパンで焼いてあとは、コンソメで煮て、パイナップルの汁を最後に入れて煮詰めるってやつ・・

まあ、安くて見栄えがして、失敗がない?ってことで決めたんだけど、

日本ではどこでも見かける「薄切り」ってやつがない!

そんなのはどこにもないって、肉屋のにいちゃんに言われて、途方にくれた!

肉のかたまりからあの「薄切り」を作るなんて想像だに出来ないが、くそ〜やってやる!ってことで、かたまりを買った。

肉屋のにいちゃんに「Good luck!」などと言われてまたまた闘志がわいた!(ハハ〜)

 

肉屋だろうが、魚屋だろうがまんまボンって置いてあるの・・

野菜も大きなバスケット?、樽?に山盛りになってるから欲しいだけはかりに載せてグラム・いくらで買った。

日本はパックに入れ過ぎだよね。

そのパックが全部ゴミになるんだもんね。とか、日頃考えないことも考えた・・

 

 

その11.バラトン湖に行く〜

 

その日、ペーターは約束の時間よりも2時間くらい遅れて帰って来た。

出あった時は、「ヘレント」の陶器を扱っていたが、

今は日本のバイク(中古も扱っているらしい)を輸入してハンガリーで売っているらしい。

よくわからないが、会社は大きくなったそうだ。

 

え?と言うことは、社長?堂々たる起業家なのだ!

あとで出会う日本人の原田さんもペーターの商売人としての腕をすごい絶賛していた。

ペーターの出身はイスラエルなのだそうだ。

やっぱり・・なのかもしれない!彼の親戚は世界に散らばっているらしい。

 

ペーターのママが教えてくれた。もちろん、イスラエルに親戚もたくさんあるし、

イタリアのフィレンツェのもママのお姉さんがいて、ペーターのお姉さんはドイツ人と結婚してフランスに住んでいて、

もう一人のお姉さんはイギリス人と結婚してイギリスに住んでいる?(すごい国際結婚だよねえ〜)

 

ちょうど、大劇場では「ダビデ」が登場していたので、「見た?」って聞いたら、

去年イタリアに家族で行ったらしいので、全員「見た!!」って言われた。

フィレンツェへでも車で3時間くらいで行けるらしい。

ちょっと(行きたいな)と心が揺らいだ。

 

 

 

その11.バラトン湖にて

 

バラトン湖は日本で言うなら、軽井沢みたいな避暑地なのだろう。

ドイツからや周りの国からもたくさんの人が訪れて滞在しているらしい。

ここで、初めて私は、「わあ、東洋人だ(外国人だ)!」と視線をいつも感じた。

出歩くたびにじろじろ(そんなにひどくないけど・・)見られた。

これは自信過剰とかじゃなくてそこでは唯一の東洋人だったと思う。

 

でも何回もスーパーに一人で買い物に行った。

レジのお兄ちゃんがにっこりしてくれるようになった。

やった!勝ったぜと思った。(何にかわかんないけど、そんな気持ちだった。笑)

 

すごい寒くて、7月の終わりだったんだけど、エリザベスのセーターを着てさらにジャケットを着ても震えるくらいだった。

泊まるところは「エリカパンジオ」って民宿(?)で、1泊2000フォーリントだったから、2500円くらい?安いよね〜

次の朝、コーヒーを庭のテーブルでごちそうしていただいた。

しかし、寒いのだ!

 

もちろん、ここからも家族一人一人と樹里ちゃんにハガキを書いた。

2泊目の夜にふと気が付いた。

私がここに来ていることを、連絡してなかった!

もし日本でなにか起こって私に連絡しようと思ってもどこにいるか、わからないじゃない!)

それは、もう夜中の12時を廻っていて、かなりあせった。

 

次の朝、電話を入れたが、なにも起こっていなくてほっと安心した。(涙)

ペーターのママとパパの話もしたい!

見た目は普通のおじいちゃんとおばあちゃんなんだけど、かなりおもしろい経験をしていて、ずっと話していた。

 

 

 

その12.イヴとリューズ

 

ペーターのママはイヴ、パパはリューウズ(?)と言う名前だ。もうひとつ発音がわからない・・

リューウズは、チェスの選手で、すごい名前の知れた人だっていうんだけど、もうひとつ信じ難い。

キューバのカストロからトロフィーをもらったことがあるって聞いたってそうそう信じられないでしょ?(ごめんなさい・・)

彼の活躍した時代はそれこそ社会主義の世界だったから〜と言われたら、少しはそうかなあとも思うんだけど・・

(あなたはこの事実を信じますか?ってくらい信じ難いです。ハイ・・)

だって、ほんとに普通のおじいちゃんとおばあちゃんなんだもの・・

 

樹里ちゃんがおばあちゃんになって、孫(?)におばあちゃんは昔タカラジェンヌって言う仕事をしていて、人気者だったのよ〜っていうのとは違うか〜う〜ん・・・

ママは英語の先生だったそうだ。

あの時代、英語なんて許されていたんだろうか?

需要はあったにちがいないとは思うが・・なので、ペーターも英語が達者なのだ。ハンガリー人の語学力はすごいと思う。

普通の人でも、2、3ヶ国語は話す。ペーターはハンガリー語、英語、日本語、スペイン語、ロシア語、チェコ、スロバキア語、イタリア語が話せるそうだ!

(チェコ語、スロバキア語はほとんど関西弁、名古屋弁とかの差らしいが・・)私にはうらやましい限りです。

ビンセントラターシュラ!(何語だよ〜ハンガリー語でバイバイ)

 

 

 

その13.エリカパンジオ

 

ペーターのママの別荘に着いたのは、ほとんど10時近くだったが、

まだ夜ご飯は皆食べていなかったので、皆でベランダで食べた。もう、ずっとハンガリーでは二食だった。

昼ごはんを2時くらいに食べて、夜ごはんを9時過ぎから食べる・・

 

う〜う、朝ごはんをいつもどんなことがあっても食べる私は、つらい!

11時に起きたとしてもまず食べる!12時になったら昼ご飯もちゃんと食べるの!1

2時だいぶ過ぎて、民宿?ペンション?に連れて行ってもらった。

「エリカパンジオ」と言う名前だ。

 

夜から雨だった。

雨の音で何度も目がさめた。寒い!明日はなにするんだろう?

ダブルベットでごろごろしていた・・何時頃、ペーターたちの所に行けばいいのかな・・とか・・

でも日本のことは何も考えなかった。思いつかなかった。

アダムはすごいハンサムになっていた。ヴィヴィアンもかわいい!

アティラは文句なくかわいい!

 

早く明日になればいいと心から願って・・

 

 

 

その14.バラトン湖には

 

バラトン湖には近くの国々からも遊びにやってくるらしい。

スーパーでは訳わからん言語が飛び交っていた。ここで2泊した。

その間、アダムとヴィヴィアンはご飯を食べに帰ってくるだけでずっと、遊びに行っている。

いいな〜、いいな〜と思う。

 

でもね、この別荘はほんと古いんだよ〜

ペーターのママのおばあちゃんが買ったものらしいから。

日本だったらすぐ立て替えなくちゃ!とか考えるかもそれないけど、いいじゃん、古くたって!

年に2,3回しか使わないならね・・(そういう問題じゃないよね。)

 

そうそう、ここで思い知ったこと、

『Genmomは、黒髪、ラテン系男にめちゃくちゃ、弱い!!

会ったとたん、フェロモン全開しそうやった・・

それでや〜、それで、樹里ちゃん・カルメンや〜ってことで。』ってことでした。

ここの湖のほとりのレストランに食事に行って会ったのです。

その黒髪ラテン男の子に!メニュー持って、注文を取りに来た彼、すん〜ばらしかった!

今思えばトッティみたい?(思い出は美しい!!笑)

 

 

 

その15.ハンガリーの住宅事情

 

バラトン湖に着いた次の朝から異様に寒くて、

7月の終わりだと言うのに、シャツ着てセーター着て、ジャンバーもはおっていた。

寒いよ〜(泣)

 

いろんな様式の別荘があって楽しい。

ここはドイツ人の家、ここはルーマニア人の別荘・・といろいろ教えてもらい、その違いがどこなのか一人で考えてみてもまったくわからない!!

でもさすがにハンガリー政府も外国人が安いから土地をハンガリーで買うのは、あまり気持ちよく思ってなかったようで、

かなりの制限を始めているそうだ。

思わず私もこっちに家を建てたい!(お金もないのに・・)と思ったけど、だめらしい。

だってね、エリザベスの3階建ての家、全ての階にトイレ、バス付き。そしてガレージ付き、地下室付き、庭だってかなりの広さがあって、りんごの木と桃の木もあって、800万だったって聞いたら、

お金かき集めて頭金だけでも払って買おうかとか思うっしょ??(笑、むちゃくちゃやけど〜〜)

じゃ、別荘ならいくらなの?って・・

聞いてない・・(失礼しました)

 

ここで2泊した。エリカパンジオのオーナーはいつもとびっきりの笑顔で「おはよう」と「おやすみ」を言ってくれた。

また、戻ってこよう!と密かに思うGenmomでした。

そして、3日目、、

ヴィヴィアンはそこに残して、アダムとアティラとエリザベスとペーターと私でウィーンに向かったのでした。

 

 

 

その16.「エリザベート」と言えばウィーン!!

 

「エリザベート」と言えば、ウィーン!

そこで、市内観光バスに一人で飛び乗り、3時間の間、見知らぬ人々とウィーンを廻りました。

もちろん、すべて、街全体が私の想像を超えた世界でしたが、

フランツとエリザベートの住んでいた「シェーンブルン宮殿」!!

ほんの30分程しか時間をとってくれてなかったので、中まで入って見学することが出来なかったのが悔やまれてなりません。

例えば、フランツとエリザベートの寝室とかね・・(笑)

 

すごく広くて、動物園、大温室、オランジェリー(コンサートホールらしい)などなど、想像も出来ないほどの噴水を仰ぐと、そこには、壮大なグロリエッテ(展望テラスらしい・・)がそびえたっている・・

 

絶対もう一度、この地に立つ!と誓って、後ろ髪を引かれつつバスに乗り込んだのでした。

このバスツアーが終わる時間にハンガリー人の友人とウィーンオペラ座の前で待ち合わせて、

どんなにすばらしかったを夢中になって話したのでした。

友人は、なんとエリザベスって名前なんですよ!!

エリザベスは、この後、だんな様のペーターにひたすら文句を言い続けたのでした。

それは、「私があんなにいつも連れて行って!言っているのに・・」

「すごいよかったって、Genmomがいってるじゃない!!」・・

6才も年下のペーターはひたすら「わかった、わかった!」と謝っておりました。

この夜は、友人宅に帰るべく、高速を150kmくらいで飛ばしてブダペシュトに、夜の12時過ぎに着いたのでした。

 

 

 

その17.その夜・・

 

そして、150kmくらいで、高速飛ばしてガソリンを入れるためにパーキングに寄りました。

ペーターはトイレに行ってなかなか帰って来ない・・。

しばらくすると、なんか怪しげな男の人と一緒に話しながら帰って来ました。(かなりあやしげなんだな〜)

ハンガリー語は赤ちゃん語くらいしかわからないので、エリザベスに聞くと、

反対車線にガス欠で立ち往生した車の運転手で、ガソリンは買ったが、車があるところまで乗せて要ってくれと頼まれたとのこと、、

 

エリザベスはかなり怒ってはいるが、

どうも、車椅子の卓球の選手たちがイタリア(?)で試合をする為に走っているとか?

まあ、ペーターはいつもそうらしい。(やさしい!)

ところが、そのガス欠の車は行けども行けどもないのです。

 

150kmくらいで走っているのにね・・しかし話はほんとうで、車椅子をいっぱい積んだ車が待っていました。

日本だと、どうも疑ってしまって(あまり近寄らないようにしようとかしちゃう・・)。

でも、それでかなり遅くなってしまいました。

 

まだハンガリーは、国を越えるときは入国、出国の手続きがいる。

これが傑作だった。

オーストリアに入国する時は、ペーターとエリザベス、息子2人の4人分のパスポートを渡したはずだったのだが、エリザベスは自分のパスポートの代わりにその時連れていなかった娘のパスポートを出していた。

なのに、すんなり通っちゃって・・(笑)

まあ、エリザベスの顔を何度も見ていたなあとは思ったGenmomでした。

 

 

 

その18.国境を越えた!

 

日本には、土地続きの国境がない!

考えて見れば、土地続きで国境を越えるのは初めて??

それは、なんの感動もない国境越えだった

。エリザベスは多少じろじろ見られたが・・高速の料金所で、

お金を払うように、ニコリともしないおにいちゃんにただパスポートを見せて、指で「行きな。」ってな感じに指差されて終わった・・

(しょんぼり〜)

 

まあ、「車から降りろ。持ち物検査だ!」なんて言うよりよっぽどいいよと自分で納得させた。

帰りは、まったくおんなじ!ただ、パスポートがね、エリザベスは通過できるのだろうか?とかなり心配したが、

あれは、なんにも見てないね!ただ、ばんばんとはんこ押してただけだよ!

 

そして、帰りは、ちょっと寄り道!サービスエリアでなにか飲むことになった。トイレにも行かなくっちゃ!でも、トイレおばさんがいるんだ。一回いくらだったか,忘れっちゃったけど、お金を払った。

エリザベスは、末っ子の3歳のアティラの分もお金を取られたと言って怒っていた。

 

ふ・ふ・ふ〜 ここで飲んだのが、「バドワイザー」。アメリカのとは訳が違う!う、うまい!

もともと、プラハのビールなんだよね?

実は、ウィーンに行くか、それともプラハにビールを飲みに行くか、Genmomは究極の選択をしたわけで、

すごい〜〜悩んで・・

ペーターが、最後にブダペシュトにあるプラハのビールを出すバーに連れて行ってくれると約束してくれたので、

ウィーンを選んだGenmomだった。

(情けないが、本当です。)

 

一応、帰りの国境は越えました。もう少しでエリザベスの家です。

 

 

 

 

その19.プラハのビール!!

 

ビール!!

なんでそんなにプラハのビールが飲みたかったかと言うと、プラハのビールは世界一おいしい!と言う話を読んだだけのことである。でも、最近(もう去年だが・・)ビールの350mmの缶が空けれなくて、悲しい思いをしていた。(?)

だから、飲んでものんでもおいしいと思えるビールだと聞いて、たまらなく飲んでみたくなっていたのだった。

ここでも、すごい〜〜おいしかった!

 

次にオーストリアのビールを頼んでくれたけど、比べ物にならなっかた。

本当なのか?プラハのビールは世界一なのか?(笑)

そして、ペーターが、「Genmomは食べたことないだろ?」って頼んでくれたのが、フォアグラのステーキ!

はい、ありません!!最高においしかったです!

でも、日本円で1000円位だった!めちゃ、安い!

ペーターが言うには、今どんどんインフレになっているので、次来た時には、3000円くらいだろうって・・。

だめだ・・食べ物の話になると、きりがない・・

 

 

 

 

その20.そして、二人の息子・・

 

はあ〜、

やっと、エリザベスの家にたどりつきました。

もう、12時半は廻っていて、すぐ寝ようってことで、皆の意見も一致でした。

この日は、エリザベスの二人の息子も一緒だったので、なかなかすぐには眠れそうにない状況!

ひとりは、前出のアティラ、3歳になったばっかり!私に、へんなハンガリー語を教えようとしているらしい。

アティラとしゃべっていると、もうひとりの息子のアダムが、「違う、違う!」と直してくれるのだ。

このアダム、去年の日記にも出演してたんだけど、覚えていらっしゃるだろうか?(笑)

 

『わかったことがある。

Genmomは、黒髪、ラテン系男にめちゃくちゃ、弱い!!

会ったとたん、フェロモン全開しそうやった・・

それでや〜、それで、樹里ちゃん・カルメンや〜ってことで。(チャン、チャン!!)

金髪・ハンガリー男にはなんともなかったです。

(ウイリアム王子風、アダム君でもダメ!)』

 

そう、めちゃくちゃ、ハンサムなんだ!!若い時のウィリアム王子に似てるの〜(嬉)

私がハンガリーにいる間でも2人の女の子に付き合ってほしいと言われてたよ!

 

その21、次の日

次の日、私は遅くまで寝ていたが、ペーターは朝早くから仕事に出かけていた。よく働くハンガリー人だ!

その日は、子供電車って言う、子供たちが運営しているトロッコ電車みたいのに乗りに行った。
それからエリザベスの友人のルーマニア人の家に遊びに行った。
さすがに言葉がまるっきり通じない・・・(涙)
彼女たちは英語も日本語もまるっきりわからない!私はハンガリー語や彼女たちの話す言葉も(ルーマニアの言語はいったい何語だってこともわからない)まったくわからず、エリザベスやアダムの通訳してくれるのをひたすら待っていた。
イーディゴと言うのだか、色が透けるように白くて、髪の毛の色も白髪に近い金髪で、すごく背が高い!ってことは、出身は北欧か??
わからないけど、聞けないよ、、トホホ。
ダンナ様は今はイギリスで勉強中のお医者さん(産婦人科)で、エリザベスがアティラを生んだ時に取り上げてくれて、ペーターからバイクを買ってくれたとかだったかな?
しかし、よくわからないけど、エリザベスとペーターって、けっこうすごい友達がいるんだよね、、、
私、肩身が狭いわとちょっと思った・・・
その夜は、ハンガリー人の妻とハンガリーで優雅に暮らす日本人の原田さんの家に連れていってもらいました。。。。