水平線の向こうに陽が落ちて数時間、星空が厚い雲に隠された夜の闇の中
静かな海原を一隻の帆船が西へと進んでいた
帆が風を含み船体が緩やかに揺れる
その船は3本のマストを持つ大型の貨客船で、大陸南端の海沿いの大都市を巡る定期船であり
この航海でもたくさんの旅人や行商人を乗せて西に向かっていた。

シャルタはその船の自分にあてがわれた客室で、眠りにつくべく簡素なベッドに横たわっていた。
細身で中背の青年だ。
まだ幼さを残す端正な顔立ちは、少し長めのダークブラウンの髪と相まって
背の高い女性にも見えなくない。

4日程前まで、彼はその優しげな外見に似合わず
傭兵として大陸南端の二国間で起きた国境沿いでの紛争に参加していた。
幾度かの戦闘の末に、ここ数週間の間は
両軍が国境を挟んで睨み合いや、小競り合い程度を
繰り返す小康状態が続いていたのだが
最終的にそれは互いの国の上層部の外交努力により政治的解決をみていた。

傭兵隊の解散が告げられて報酬を受け取ると
すぐに彼は西へ向かうこの船に乗り込んだ。
大陸西方の国ザレムで、国内を跋扈する魔物や盗賊山賊のたぐいに
業を煮やした国王が、それらに対抗する組織を作るために
大々的に強者を募っているとの噂を聞いていたからである

シャルタは普段なら徒歩で旅をすることが多かったが
ザレムまでは大陸をほぼ横断する事になるため
さすがにそれでは余りにも時間がかかりすぎた。
傭兵の契約を終えたばかりで懐が潤っていた事もあり
今回はこの定期船を使う事にしたのだった。
運賃は多少値がはったが、その甲斐あって旅の日程もかなり短縮できた。
あと1日か2日もすればザレムに着けるだろう。

新しく創設される組織では
武勇や知性に特に秀でると認められた者は
家柄や血筋に関係なく騎士団への登用もあるという触れ込みだった・・・が、

(まあ、そんなうまい話は人集めの為の方便だろうけどな・・・)

シャルタはそんな話は信じてはいない。
騎士や貴族に求められるのはどこの国でも家柄か財力だ。
それにシャルタ自身は特に出世を強く望んでるわけでは無かった。
それよりも彼にはどうしても自分の心身を鍛えねばならない理由があった。
それ故に故郷の村を出てからは傭兵として剣を振るっていた。
しかし彼は生来の穏やかな性格故か、人間相手の戦いには
どうしても抵抗感が拭えなかったのだ。

戦争という行為でも大量の死者は出る。
しかしこの世界において人間にとってその存在を脅かす真の脅威とはやはり魔物であった
特にオークやゴブリンといった亜人種の非道さ、残虐さはこの大陸に住む者なら誰もが知っている。
これからの戦いはそれらとの戦いが主となるだろう。
そんな邪悪な魔物相手なら自分も躊躇はしない。
そして自分が戦うことによって救われる人間もきっといるはずだ。
ザレムに着いたら、今までの己の為だけに続けてきた戦いに、違う意義を持てるかもしれない。
若干19歳の青年は、ささやかな希望を胸に抱いていた。


(・・・・・・・・・!!)

遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえたような気がして
シャルタはベッドから上半身を起こした。

「・・・・・・気のせいか?」

空耳かと思い、もう一度横になろうとしたその時、警鐘が鳴った

「海賊だー!!!」

見張りの絶叫が空気を切り裂いて耳に届く。

シャルタはベッドから飛び起きて舷窓に駆け寄る。
彼が窓の外に見た物は、何時の間にこれほどの距離を詰めて来ていたのか
今自分の乗っているこの船に並走して進む中型のガレー船だった。

そして相手の船からこちらの船の甲板に向けて何かが飛んで来た。
シャルタは目を凝らす、それは鉤爪のついたロープのようだった。
船をさらに近寄らせて渡り板を出し、こちらに乗り移る気だろう。

「海賊・・・か」

シャルタは呟きながら、一瞬考え込んだが
決断するのに時間はかからなかった。
ここは逃げ場の無い海上だ、戦わねば自分の身も危うい。
この規模の船なら護衛の傭兵くらいは雇っているはずだった、
だがそれらがもし海賊に敗れてからでは自分一人で戦うのは苦しい。
船の戦力が残っているうちにそれに協力して敵を倒す。
同時に体が動いていた。
すでに部屋のランプの灯は消しており真っ暗だったが、
彼にはそれが全く行動の苦にならない様だった。
荷物に駆け寄ると、着ている短衣の上に荷物の横に置いていた皮鎧を着込み、
腰のベルトの後ろに愛用の2本の武器を差す。
残りの荷物はここに置いておく事にした。
海賊相手ならどのみち上で負ければ荷物も命もあるまい。
仕度を終えると彼はドアから廊下に出た。
シャルタの部屋は船の右舷側にあった。
壁に掛かっている数個のランプのやわらかい灯りに
一瞬目を細める、すぐに目が慣れると廊下では
何人もの乗客がドアを開けて不安そうな様子で外を伺っていた。

武装して部屋から出て来たシャルタを見て
そのうちの一人、行商人らしい中年の男が話しかけてきた。

「おい、あんた、さっきの鐘の音はなんだ?
 一体何が起きてるんだ!! その格好は?」

シャルタの五感はそれらの良し悪しが生命の明暗を分ける
冒険者の中でも飛び抜けて良い方だ
だが一般人とはいえさっきのあれだけ大きく鳴り響いた
見張りの叫びと警鐘の音がが聞こえていなかったはずは無い
聞かれてシャルタは一瞬怪訝な顔をした。
が、すぐに思い至る。
男は状況が掴めていないというよりは、信じたくないのだろう。

「海賊のようです。ドアに鍵をかけて部屋から出ない方がいい。」

ゆっくりと、しかしはっきりとシャルタが答えると

「なんてこった!ああ神様・・・」

男はガタガタと震えだし頭を抱えてその場にへたり込んでしまった。
シャルタは軽く嘆息しながらその男を立たせると
相手の部屋へといざなってやりドアを閉める。
そして他の乗客にも同じように警告を与えながら
上へ行くべく階段に向かった。
歩きながら彼の並外れた聴覚は、普通の人間なら決して届かないであろう
船の甲板上での騒乱をとらえていた。
それは聞き間違えようはずがない
ここ数年シャルタの耳になじんだ、戦場の雄叫びであった。

シャルタのいた客室は船の中層ほどにあった。
甲板に上がるために階段を駆け登る
そして一つ上の階に上がったところで、彼は思わず両手を腰の武器にやった。
廊下を自分のいる階段の方に向かって歩いて来る人影があったからである。
それは巨木の様な体躯を持つ大男であった。
年のころは22、3才といったところか、自分より幾つかは上に見える。
その身長は、グレーの短く刈り込んだ髪が廊下の天井につきそうだ、2mは下るまい。
そして身体を分厚い筋肉に包まれた体重は120Kgを軽く超えるだろう。
シャルタの倍はあろうかという巨漢だ。
左腕には盾を通していて、普通なら両手で持つ戦斧を右手一本で持っている。
体に身に着けているのは金属鎧の下に着ける薄手の皮鎧の様だ。
シャルタは船内に入り込んだ海賊かと思わず身構えたのだが、すぐに緊張を解いた
男の身なりや装備はどう見ても海賊の物ではありえない。
それに甲板には船員達がいる、海賊が乗り込んできているとしても
まだここまでは降りてはこられないはずだ、
おそらくこの巨漢も自分と同じ考えで上に向かうつもりなのだろう
そこまで思い至ったとき男の方から話しかけてきた。

「その格好は、あんたも上に加勢に行くつもりかい?」

どうやら向こうもこちらに対して同じような推論を得たようだ

「ああ、考えてる事は一緒みたいだね。」

シャルタが答えると

「そうみたいだね、俺はガレフ、よろしくな」

ガレフと名乗った男はにっと笑った。
この状況を全く恐れていない、自然な良い笑みだった。

「僕はシャルタ、よろしく」

シャルタも軽く笑みを返して答える。
そして二人は階段を上へと急いだ。