第二回は 物差しと階段についてです。
大学に入るまでは物差しについて深く考えることはなかったです。
強いて言えば、私が初めて小学校の授業に持っていった物差しは
30センチに2ミリ足りなかった、
ということだけですね(笑)
大学に入って物差しについて考えるようになったのは、
周りの人の影響と、村上春樹の小説によるものです。
周りの人と村上春樹の物差しは人と自分の距離を測るために使われるものを指すようです。
私が言いたいのは自分の人生を測る物差しです。
これは私なりの考え方で、やっと何とか固まり始めたものなので
十年後、二十年後には変わっていくと思われます。
でも、二十代のうちは何とかこれでやっていけるような気がします。
私にこの物差しを気づかせてくれたのはアンコールワットです。
カンボジアに行ったとき、ものすごく感動した、アンコールワット。
昔の王様が、ここが宇宙の中心だといった気持ちが分かる。
私という人が本当に小さいこと。
そしてこんなに大きな宇宙の中で、私は小さくても存在する、ということを
何も言わずに感じさせてくれました。
その中で、私の悩みなんて、私よりもずっと小さいものだってわかりました。
私はまだ、20代前半でこれから80歳まで生きるとすれば、
まだ60年ぐらいあるんだよね。
じゃあ、どうやって最後まで楽しく生きていこうか、と思うと
悩む方向変わってくるし、すごく重かった悩みが小さく感じられませんか?
つまり私の物差しは、今生きている時間と、これから生きる時間を計っているんだよね。
とするとその中で時間をどのように使うかが大事になってくる。
ぼーっと過ごしてもみっちり働いて過ごしても一日は一日だからさ。
で、階段。
目標があるときはね、焦って、階段を飛ばしそうになるんですよ。一個飛ばし。
一番上にあるドアが気になって、その場からジャンプして、中を覗きたくなるんだよ。
それだと、私はどんどん焦っちゃうの。で、どんどん悪い方へ転がっていくことがある。
一歩ずつ、なのよね、やっぱり。そんな悠長な、って思う人もいるかもしれない。
でもね、一個ずつ小さな小さな目標たてて
クリアしてけば少しずつドアには近づくじゃない?
休んだっていいと思う。ドアを諦めなければ、また上れるし。
階段の一段の高さをどんどん低くしていけば、上れるはずなんだよね。
悩みも同じようにクリアできるかな、と思います。
一日一日を低い低い階段上ったり休んだり。そうやって過ごしていくんです、私(笑)。
これを読んで、関係ないなって思う人いるかなー?いるよね?
でも、私は悩みやすいタイプなので地道な考え方して目を開けないとだめなのよ。
書くことは一生を通じて出来ると思うから、
よけいこういうゆっくりじっくりな考え方なのかもしれません。
現実は甘くないぞ、と言われても、今はこういう考え方で行こうと思ってるからね。
現実に出たら、また、いろいろ修正しようかと思います(笑)。
誰かの何かの参考になれたでしょうか?