『あなたがいるから』




某大型CDショップにて。
とある一角に、うら若きから妙齢まで様々な女性たちが群がっていた。
「やっぱり素敵ねぇ」
「私、もう一枚保存用に買っちゃおうかしら」
などと、語尾に"はぁとまぁく"をつけながら彼女達が手に取るのは、
鍵盤をたたく端整な横顔が載っているCDジャケット。
ワゴンいっぱいに盛られてあったCDの山はみるみる低くなっていく。
その上には"『春のクリフトフェア』若き天才ピアニストがあなたに贈る愛の名曲集"
と書かれたポスターがはためいている。


「すごい人気ねぇ」
と、そんな様子を遠巻きに眺めていた茜色の髪の少女がつぶやく。
「お店の方の宣伝が上手いだけですよ。天才だなんて、、、私にはもったいない言葉です」
と、傍らにいる長身の青年が返す。
そんなことない。と少女は思う。だってほんとに彼のピアノは素敵だもの。
それはずっと一緒にいた自分がよく知っている。それに、、、
少女は蘇芳色の瞳をジャケットと同じデザインのポスターに向ける。
それに、、、この容貌ですもの。本人は全く自覚がないみたいだけど。
女の子達に人気があるのも仕方ないわ。
「どうかしましたか、アリーナ?」
急に黙ってしまった自分に心配してしまったのだろう。青年が声をかけてくる。
いつもと同じ穏やかで、でもこんな時はちょっと陰った表情で。
もっとも今はサングラスに隠れて見えはしないのだけれど。

彼のピアノが認められて人気もあるのは、もちろん嬉しい。
でもあの写真はちょっと面白くない。
演奏中の真剣な彼。そんな表情を間近で見ることが出来るのは、
いつもそばにいる自分だけだったのに。
だからつい、ちょっとだけからかいたくなって。
「なんでもないわよ。クラッシック界の貴公子さん♪」
「その呼び方は勘弁してください。私はピアニストの一人に過ぎないのですから」
「あらっ、それにしてはずいぶん素敵な写真じゃない。
 もしかして、ポーズとったりしたの?」
「あ、あれは演奏中に撮られたものです。ポーズをつけるなんてとんでもない!!」
「ふふっ、わかってる。あなた写真撮られるの苦手だものね。ごめんね、クリフト」
「からかわないで下さいよ、アリーナ」

クリフトがふぅと肩で大きく息をして、アリーナに視線を戻したその時、
「あの、、、ピアニストのクリフトさんですよね?
 よろしかったら、ここにサインを頂けませんか?」
買ったばかりなのだろう。クリフトのCDを手にした女性が声をかけてきた。
ほら、やっぱり女の子が放っておかないじゃない。
アリーナはまた面白くなくなって、そっとクリフトのそばを離れてそっぽを向く。
クリフトはきっと断らないだろう。彼はみんなに優しいから、、、
「申し訳ありませんが、今は連れがおりますので。本当にすみません」
えっ?と顔を向けたアリーナの手をとって、
「行きましょう」
二人は店を後にした。


「ねぇ、いいの?」
先を行く青褐色の髪に呼びかける。
サングラスをしたままのクリフトが立ち止まって、振り返る。
「何がですか?」
「だって、断っちゃうなんて、、、」
何だか彼らしくない。
「すみません、元々あのようなことは苦手なんです」
「そうじゃなくて、、、」
自分があんな態度をとったから?そうしなければあの子もサインがもらえたのに。
ファンが減っちゃうよ、クリフト。私のせいで、、、
陰ってしまったアリーナの瞳をやさしく見つめて、
クリフトはいつもの穏やかな笑みで答える。
「気になさらないで下さい、アリーナ。私がそうしたかったんですから」
アリーナの気持ちを知っているかのように。そして続ける。
「多くの方に聴いて頂きたいとは思っていますが、
 人気者になるために私はピアノを弾いているのではありません。
 それに、私のピアノを一番聴いてほしい人は、、、」
クリフトの顔に朱が走る。はっきりしていた口調が急にトーンダウンして、
その小さなつぶやきは、アリーナの耳だけにようやく届いた。
“あなただけです”



「お、お茶でも飲みませんか」
「そ、そうね」
何気ない会話をしている青年と少女。
でもその顔は二人とも真っ赤で。
それはしっかりと握り合っている手のせいだろうと、
道行く人は初々しい恋人達を微笑ましく見送る。
そんなのどかな昼下がり。



Fin.