幼い日の情景




 「すてきなお話だと思わない?」
そう言って笑うアリーナの方が素敵だとは言えない男は、彼女の微笑みに対して
同じものを返した。
「そうですね。」








 サントハイム城はいつもと同じく晴天。
そのテラスでお茶を飲むのはクリフトとアリーナ。
かたやいっかいの神官で、かたやこの国の第一王位継承者。
しかし、今は先生と生徒。
14歳の少年は目の前でほころぶ9歳の少女を愛おしそうに見つめていた。


 「でね、わたしもそうしようと思うの。」
アリーナはクリフトの心など知らず、無邪気に魅力を撒き散らす。
それをまともに食らいながら、クリフトは眉を上げて返事を返した。
 先ほどから授業などいっさい行っていない。
ただただ、アリーナのお話。
それを微笑んで受け止めるクリフト。
2人はそうやってサントハイムの太陽を占有していた。
「ほら、来週ブライの誕生日でしょ?わたし、何かしたくって、考えてたところなのよ!」
「それで、ケーキを焼きたいと。」
「そうなの!わたし料理なんてしたことがないけど、なんだかすてきでしょ?」
「ええ。」
「わぁっ!なんだか今から楽しみよ!ブライ、きっと喜んでくれるわよね?」
「もちろん。お喜びになられますよ。」
「うれしいっ!」
アリーナは先ほどからはしゃぎっぱなし。
その笑顔は何よりも輝いていて。
そうしてクリフトは『やられて』いった。



 妹に対する感情だ。
クリフトはそう自分に言い聞かせている。
しかし、この笑顔。
妹に対しても、このように『眩しい』と感じるものなのか。
クリフトは自嘲ぎみに心を笑う。
 その暗い心の中で、やはり笑うは彼女。
無色の清らかな光で、クリフトの心を照らしてくれていた。




 「でね、でね。クリフト、ちょっと・・・。」
アリーナは椅子から下りていて、何時の間にかクリフトの側にいる。
慌ててアリーナを向くクリフト。
そこには口元に手をあてて、今から内緒話をしよう、という悪戯っ子の目で待つ
アリーナがいた。
「何ですか?」
クリフトは椅子から下りて身を屈める。
すると、彼の耳に小さな手があてられて、鈴の鳴るような声が耳に、吐息とともに届く。
「あのね、あのね、クリフトにね、ケーキの味見をしてほしいのっ。一番に食べてっっ。」
愛らしいお願い。
クリフトは苦笑して、身を起こすと、優しく見下ろしながら言った。
「ブライ様の誕生日なんですよ?私が一番に食べてはいけないのでは。」
「でも、おいしいものを食べてほしいもの。それに、クリフトにも食べてほしいもの。
だからアリーナ考えたのよ!」
頬をぷーっと膨らませて、アリーナはクリフトを睨んだ。
それさえ可愛らしい仕草に見えるクリフト。
しかしそんな様子は微塵も見せず、亜麻色の髪に手をあてる。
「自分のことを名前で呼ぶものではありませんよ。」
「ぶーっ。わかってるもん! ・・・で、わたし、のケーキ・・・味見なんて言ったけど、
食べてくれる?」
膨らんだ頬は急にしぼみ、最後は小首を傾げてちょっと上目遣い。

 クリフトは完全にやられていた。

 「いいですよ。」
「やったぁ!クリフト、じゃあ来週の今日、午前中に、ね!!」








 サントハイムの太陽は、彼らを眺めて、見飽きることはなかった。







 そうして、来週の今日、クリフトはアリーナの『伝説のケーキ』を食すこととなる。
見た目は火山のように真っ黒で、中はマグマのように生地が生。
『伝説のケーキ』。

 それでも食したクリフト。
彼は完全にアリーナにやられていたのかも、しれない。