最近感動しなくなった、と言ってから久しい。

 あの、イタリアの映 画監督がいまやなつかしい。 映画が終わった後、ホールでみんなを 待っているとき私は何度か感涙を押さえるのに一人で苦闘していた。

 ビートルズには何度も感動した。 いまから思えば、わずか二百数 十曲の曲目しかないのである、私は。 その後、ジャズ、特に、 ニューオルリンズには底なしの感動を感じた。 音楽の、そして、 人間の歴史の根源を見開いた様な気がした。 巷ではデキシーと言う呼称が通りがいい為か、いわゆるデキシーバンド のプロの方々ともつき合った。 それは、私が社会人になってからの話 である。 もっぱら音楽の話をしていたが、それが唯一の生き甲斐で あった。

 世の中を渡り歩くのは難しい。 そりゃー、同類項とのみつき合うこと が許されるのであれば、それに越したことはない。 でも、世の中には 色々な人が一緒に生きているし、だから、世の中が成り立ってもいる。

 西洋の世界は、基本的にギリシャを基としている。 その世界には 東洋と違って奴隷が存在し、必要である。 なぜなら、ギリシャ人 すべてが理想的に自ら手を汚さないで、哲学を語ることが生きること の基準であったからだ。 メードとお手伝いさんは基本的に異なる ものである。

 世の中で「トイレ掃除」は絶対に必要であるが、これが好きな人は 余りいない。 出来れば、同じ時間があれば、自分の好きなこと (これが、文化創造であったりもする。)に専念したいものである。 でも、やはり、トイレ掃除が必要な事に変わりはない。 これは、 世の中がどんなに進歩しても変わりがない。

 そもそも、世の中が 進歩するなんて事があるのだろうか? 科学技術が進歩することは あっても、やはり、人間は太古の昔から同じ様に孤独に悩んでもいる し、人間関係に辟易しているし、この状態は決して変わっていないし、 変わるはずもない。 世の中が進歩していると思い込んでいるのは 人間の勝手である。 ただ単にどうでもいいことのスピードが科学 技術とやらのせいで速くなっただけで、それが、かえって、自らの 首を絞める結果となっているだけなのだ。

私は、トイレ掃除に挙手したい。 アルバイト情報誌のコマーシャルにこんなのは如何?

- ゴンドラに乗った高層ビルの窓拭きの女性がこちらを見つめる。
- 私は何気なく、彼女に文字通り窓越しにキスを試みる。
- 彼女はごく自然に何の躊躇もなくそれに応える。
- お互いの顔が厚さ五ミリのハイテクガラス越しにデフォルメする。

ここで、「テング通信社の<日刊バイト情報>は駅やお近くのコンビニでどうぞ。」

チャンチャン!

てんぐ

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*上記の社名、雑誌名は架空のものです。(TENGU)