対林檎牌個人用電脳奮闘日記
沼袋浣太郎は昨夜の可楽OK屋での声の不調が気になりながらも、 午後になって
おもむろに起床し、いつもの週末と同様に、 ただ今回は息を殺して拾七吋型映像
出力装置に向かっていた。 今日はいつもとは全く違って緊張が漲っていた(いつ
もは 酩酊促進液に浸かっていたが今日ばかり全くのしらふで あった。 それには
深い訳があった。)。 通常は指南書はおろか、「乞最初読了」すら、構わず飛ば
し 直ぐに導入用軟具を二重押圧する浣太郎であったが、さすがに 今日に限って
何はともあれ先ずはおもむろに硬具の使用者向け 指南書から読みにかかった。
次に思い出深い過去の固定記憶 に一つ一つ別れを告げながらも、最後には結局男
らしく「えい、 やっ、ままよ!!」で、あっと言う間に記憶喪失状態に至った。
昔の基本円盤操作方式並びに九八用三点壱版窓式基本操作軟具向け装置だと 速くて
も1時間程も掛かっていたであろう強制記憶喪失作業も 林檎牌個人的電脳には数
秒しか要しなかった。 何と いとも簡単に過去の遺産が消え去ることか! これは、ある意味でめったに味わえない快感でもある。 浣太郎は次に予め参点伍吋式離脱可能
記憶媒体に分別記憶化 しておいた、堀医師とは打って変わって優しくて能力のある
脳屯博士の盤検査を実施し、おまけに速盤も行い、その芸術的 に綺麗な記憶領域地
図の色相を観察することの出来る唯一の 至福の時を、林檎牌個人的電脳用基本操作
軟具を導入する前 に迎えようとしていた。 国際蜘蛛巣状態網関係の軟具一式を組み
込みながら、やはり 一つ一つ脳屯博士の援助を受けていた。 今回は異常とも 言え
る位慎重であった。 一通り組み込むのに約半日を要 した。 時折、身体は酩酊状
態を欲したが、我慢した。 合計数十回の再起動を掛けることになった。 それでも、
その 度に脳屯博士の優しいお慈悲にすがりつつ固定記憶装置に乱調 がないか確認し
ながらも、一つづつ一つづつ着実に機能拡張 されていくのが、今回は楽しかった。
起動画面の下に次々と 展開される模様群を見続けることに、じっと耐えて待つこと
に、 浣太郎はむしろ喜びすら感じ始めていた。 ほぼ最後の導入作業が終了し、個別
特徴的机上状態を取り戻し た時には既に深夜に突入していた。 電話回転板音がやた
ら耳 うるさく感じられた。 今回は無償軟具、共有軟具を除けば すべて正式挙認可
具が固定記憶装置に導入されていることも 浣太郎に深い満足を与えていた。 でも、
まだ始まったばかり だ。 これから、浣太郎は喪った過去の回線接続時限定取得 可
能軟具を一つづつ取り寄せる為の長い旅に出かけなければ ならなかった。
-------------------- それにしても思い出すのは二週間前のこと。
浣太郎は友人の 兼太郎の引っ越しを手伝い終わった後、久しぶりにT駅<ー> S駅
間を越える範囲に珍しく行動半径を拡げていた。 その 某県都でやおら拾萬もの大金
をおろしたのが不幸の始まり だった。 なんやかや、数巻の軟具を購入した浣太郎は
次の日 も会社が休みだったので、帰宅後直ぐに、それも一気に導入 作業を済ませてし
まった(購入時から約一週間以上を経て最後 の軟具を導入するのが常であったのに!)。
それも、新しい ものを一杯買って貰った子供の時の様な幸せを自ら分かつため に硬紙
箱詰封入焼酎壱升を自宅近辺で購入したことも災いして いた。 完全泥酔状態の浣太郎
は、変復調器の電源が入ったまま になっているのすら気付かないまま、いつしか机に伏
していた。 翌日なぜか寝台で目の醒めた浣太郎は、これまたやはりいつも の様に拾七吋
型映像出力装置に向かっていたが、電子郵便に 不具合を感じ始めていた。 それが不幸
の前兆であった。 それからと言うもの毎晩会社から帰る度に不具合は益々急速に 拡大し
ていった。 よせばいいのに微軟社式参点壱版窓式基本 操作系統に自信を深めていた浣
太郎は、毎晩深みにはまって行く 自分に気が付き始めていたが、もう遅かった。 約二
週間もの間、 浣太郎は会社でも深刻な睡眠不足による生理的不具合に起因 する業務の遅
れを重ねていった。 個人用電脳硬軟具は蒐集・所有することが目的なのではなく、やはり 利
用し、創造する為にこそ存在することを浣太郎はいつの間にか 忘れ去っていた。 援助心
旺盛な周囲の同僚たちの心暖まる助言 に基づき、蒐集家気味だった沼袋浣太郎は、やっと
ゲイジツ作品 に取り組むことに専念しようと初心に還りつつあったのである。