==========================================================================          浅香 瀟 作品集   「思・索・脳・吐  その 1  (Рассвет)」                   (Copyright 1989.09.25 Sho Asaka) ========================================================================== 夜明け 冷たき 水粒の中にて ひび割れたる鐘が 鳴り響く 夜明け しかも ほうぷれすの 夜明け 巨人の足の裏に ただ ひっそりと 隠りて 何の抵抗も企てず また 時は過ぎ行きぬ (1974・10・10) 悪魔 宿主のいない くもの巣が 張り巡らされ 私の心の中は なま暖かい 洞穴のよう 隅には 老いぼれた悪魔が 巣喰っていて ときどき 自分の頭から くもの糸の ビオロンを弾く すると 透明な音が 辺り一面に広がり 突然 彼は歯を剥き出して 笑い出す (1974・10・18) 秋の夜の独白 曲がりくねったトランペットや 歪んだビオロンの織りなす秋の夜は もの寂しげです 柱時計の音は   悪魔の怒号 真っ暗な空は   永遠の墓場 突然、 古代の荒れ果てた戦場から 耳うるさい蜂どもがやって来て 私の脳裏をかすめる 水色の死体は疲れ果てて もはや臭気を発散せず 地球を吊す赤い神経繊維は 無限の苦しみに耐えかねて プツリと切れる 曲がりくねったトランペットや 歪んだビヨロンの織りなす秋の夜は もの寂しげです (1974・10・21) 暗がりの隅で 白く輝く靄の中で、 俺は何をしてきたんだ。 そんなに楽しい事でもあったのか。 爽やかな風に触れた時のように 何かしら胸の鳴りを感じたのか。 海辺に寄せる波が いかに快く 耳に響いたとて、 山の緑が 視線を押し返すほど鮮やかに 目に映えたとて、 日向のとぼけた平穏さに いかに深く 溶け込めたとて、 嗚呼、 伸び過ぎたばねは 再び縮む事はないのだ! 朽ちてしまった心のかけらに いくら呼びかけても 無駄なのか。ーーー (1976・06・24) 地下街 さまざまの色が病的に せわしく動き回っている。 出口のないのも知らずに。ーーー ワッハッハ。 これこそ文明の勝利なのだ。 全身のけだるさと 地獄からの笑いが溶け合って 虚栄心をくすぐる。 (1976・06・27) 非歴史的振子 暗闇の中で    大きな振子が搖れている 鎖のきしむ音も    鉄球が空気と擦れ違う音もなく 茶色のじめじめした 生暖かい空気を呼吸しながら しばらくそれを眺めていたら 鉄球の表面に    悪魔に憑かれた様に 僕に向かって    怪しげに微笑んでいる ガリレオの顔が見えた 突然 搖れがすこし遅くなったかと思うと その振子は 不自然に速く 搖れ出し 何やら 超次元的な図形を 描き始めた それは 次第に僕に近づいて来る様だったが もはや 危険らしきものは感じ得ない 次の瞬間 その搖れは僕の鼓動と ぴったり一致した様な 気がした。 (1976・06・29) 最期の遠吠え 痩せ細ったパブロフの黒い犬は 口から赤い舌を出して 息も途絶えがちに金の涎を流す 再来の地獄は前のそれを 凌ぐほどの物凄さで 彼のカトリック的未来に迫る 悪の風に追い詰められた黒雲が 稲妻と共に荒れ狂い 胡椒の粉を撒き散らしながら 金の涎は床を伝って四散し 床とーーー、彼の足をも 溶かし始める。ーーーー (1976・7) 茶色い戦 暑い日差しの中に 干涸びた茄子一つ 琥珀色の歪んだガラスを 通して見た 死臭を匂わす 濃い紫の肌は鈍く光り 重い、余りにも重い過去を 反射する ーーー 空襲警報が厳かに鳴り始める。 (1976・08・15) Меланхолик 黄色い花瓶の水が 溢れそうになった時 ふと、もの悲しくなった 腐った水は 過去の全ての罪の上にのさばり 嗚呼、息が詰まりそうだ 陽気なアヌトンどもの 複眼的嘲笑は 僕の耳をつんざき 万華鏡の冷たい 板硝子は僕の 悲哀さを増幅する 孤独な僧侶よ 仏蘭西王よ 鹿鳴館の夜毎の踊りよ あざ笑え!あざ笑え! 俺は 所詮 乙女のピアノ弾きではないのだ・・・・ (1976・09・12) 都会の夜の咽び泣き 歓喜の真っ直中の 恐ろしくも深遠なる悲哀感を 全て知り抜いた屍に 日毎迫り来る ダークホースは 最後の弔いをする その轟は次第に高まり 娘たちの天然色の笑いも 消し去った どうしようもない イブの罪と共に・・・・        サナガラ、ーーーー        ヨルノ、ロウバノ、        センタクノゴト (1976・09・19) 疲労      ー 月に光はメダルのやうに        街角に建物はオルガンのやうにー              (中原中也) 薄暗い町に燻し銀の日が点り 水色の朽ちたベンチが目に入る 嗚呼、今宵 街は吐息でうち蒸し 誰もが痩せ細った皮膚に注目する 終電車はあらゆる希望と絶望とを秘めて 暗闇に向かって徐に歩み始める 総天然色の豆電球が目に滲みる (1976・12・04) 郷愁 I 表に馬車を横付け 声を限りに叫ぶ御者 さあ 運べ運べ収穫だ 今年も豊年満作で 一際明るい父の顔 祖母もそばから盗み見す 母は飯炊きてんてこ舞い 今日は御馳走 猪の肉 何かとはしゃぐ子供たち 烏もカアカアうれしそう オレンジ色の夕日背に 煙棚引く苫屋かな 酒に飲まれた男衆 夕日もとっぷり暮れ落ちて 秋の夜長の始まりだ II 蹄がしくしく哭いてます 何も悲しいないけれど 静かに静かに哭いてます その鳴き声は暗闇の 中に吸い込まれて行きます ほんとに静かな秋の夜だ 遠くのせせらぎ聞こえます 今日の疲れを皆流し 水車の音も途絶えがち 蛙も呆気に取られたか 今夜はとても静かです 時々蟋蟀鳴くばかり 柿の木、栗の木もうねんね 明日も喉かな秋晴れだ ああ そうだ 僕は 生きていた! (1976・09・20) 悪夢 静寂、ーーーーーーー 暗く細長い空間に 僕の足音は満便無く浸透する 彼方で水滴の音 それとも悪魔の遠吠えか 歩き疲れた頃ーーーーー 行き止まり いや 出口が! 重いドア ギ、ギ、ギ、ギ、ギーッ 燦然と輝く眩しい光 天使が空を舞っている 僕は急ぎ出て ドアを後ろ手に閉める その瞬間辺りは 真っ暗になった しつこい水滴とか黴臭い誇り 何という非化学的混合! ああ、息苦しい!! 片隅にぼんやりと 病つれ果てた赤子 もう片隅に 痩せ細った老婆 二人は病的な鋭い 眼差しを僕に向ける そして真っ赤の砂と共に 何やら訳の分からぬ 言葉を吐きながら 僕ににじり寄る (1977・04・07) オレンジ色の中で ある春の夕方 僕は港に行った 風は爽やかで 開放的だ 沖で貨物船と 遊覧船が握手してる 紙テープも今は悲しくない 黄金の海は あらゆる懺悔を受け入れ 巨大な円盤を飲み干す 汽笛も今は悲しくない 真っ赤な空に リボンをなびかせ 娘達は 恍惚になる 僕もいつしか時空に 吸い込まれていた (1977・04・08) 孤独なピエロ 俺は月夜の一瞬の 唯一瞬の英雄だった 天からリボンもひらひらと 操りピエロも浮かれ出す 時計の悲鳴も電車の怒号も 昼間の焦りも何処へやら 遠くの方から甲高い 電子音さえ聞こえ来る そんな月夜の一瞬の 唯一瞬の英雄だった (1977・04・12) 閑居、或は悲哀 人気のない古びた町並みに 精霊が飛び交う 煉瓦造りの家に 夕日が差す 誰も坐っていない ロッキングチェアが搖れる 暖炉の灯は 相変わらずこうこうと・・・・・                ナススベモナク、タエガタク                タダ ヒザマズキ いくら哭きたくても 涙はとっくに 渇れてしまっているのだ!                ニンゲンノカナシミハ                ムゲンナリ 神の授けた涙だけでは 所詮足りるはずが なかった! 枯葉の山の頂から 言い知れぬ吐息が ずり落ちてくる・・・・ (1977・05・16) 百円で花束買って つむじ風が落葉をカアルし 光の中へと戯れる スピイカアから流れる音は 暢気に坂を転がって行く 茶色のセエタアはむず痒い 耳に好く似合うんだ 僕の想いは胸の上をスキップする ホップ、ステップ、ジャーンプ!            ー サスガノテンシモ              アキレタカ!?ー (1977・11・06) 土 その浮腫み上がった土壌に目を転じよ せり上がる悲壮の行進が 最後の安息をその土壌に託して ひび割れた表皮に凍て付く様を 渇き切った涙よ 干涸びてしまった笑いよ 嗚呼、近代的不安の群れどもよ (1977・12・17) 一日 I それ君の聴覚は 空虚の壁で遮断され 朝方の無心の雑踏 ひとり妖精たちの 嘆息だけが君の 虚ろな魂を突き抜ける 噛み合う事を知らない 君の心の中の歯車は 夫々勝手に廻り始める 夕べの酒宴も狂乱も 煙草の煙も何処へやら 唯一瞬の爽快か 既に冷めやる水の面 波紋も消えて隔たる感覚 今はただ虚空の時なるや II 木の葉が震える 瓦がきらめく 水がしたたる 君の廻りで世界が 忙しくたち働いている 小学校の運動会 地球は自転する 銀河系は浮遊する 君の外周は回転する クルクル回る グルグル回る 永久の目眩の不連続環 それなのに君の心の中は 悲しいまでに透き通っている III 真っ暗な砂漠の涯で 一粒の砂から凝縮された 涙が滲み出る 昼間の情熱を忘れ去った 沈黙の大気は ただシンシンと 悪魔の冷気が 滑降し 君の 吐息と衝突する ドライアイスの夢想は 君の表皮を駆け巡り 君は何度も目覚めさせられる 花瓶に重く伸し掛かった コスモスから花びらが 一枚ひらりひらり       ー アトハ タダ         フウリンノネ         バカリナリ ー (1978・09・03) 虚無 あはれ涙雲流れ 強圧の空間に たゆたう紙風船 耳鳴りの止まぬ 歪曲建築の群れ 灼熱の太陽の下 ざわめきたる 広葉樹の圧迫感 移ろい行く 砲煙の虚脱感 埃っぽい午後の日溜りの 行き着く処 重苦しい不吉な大気 ただひた走る 鋭角的戦慄 こみ あげる のど の けしき (1978・09・18) 女 夕陽差す窓辺にて 疲弊した女は 歌を歌うだろう 虚ろなるその眼は 空間の一点を 凝視するばかり 揺るぎなき時空に ただ無言の絶叫が 拡がり行く 滲み出る悲しみに 女は 泣き 濡れるだろう しなだれた髪の 一本一本が 恋焦がれるように 遥かなる喧噪は 自らの生活を 反復する (1978・12・14) 仰角 見よ、南方の空を! 憔悴したその頭を持ち上げて。 凝視せよ、侮恨に満ちた鈍い光線群を! 淀み切った皮膚を緊張させて。 敗残兵の隊列は、 張り詰めた背筋の後方に 首を置き忘れたまま 今日も足踏みを続ける。 遥かな深淵の中で 軍靴の響きは相変わらず空転し、 陰惨な心臓はその鼓動を停止してから久しい。 幻の足跡は既に水平思考を放擲し、 地表にこびり付いた砂塵と共に 虚空を欲していた。 大きく見開かれた眼球の谷間で 景色が炸裂し、 中隊長の蛸壷と化す。 泥寧に失墜した天空の破片は、 罪を懺悔する指紋の様に冷え切ってしまった。 年輪の擦り減った唾液は、 暗黒の岸辺で尚も抵抗を繰り返す。 滲んだ間隙を無数の手足が占領し、 湿った合成樹脂は軍服の膨らみに踵拝する。 (1978・12・25) 幻影 薫風寄する天井界の一角より 遥かなる牧場を見下ろすと 昼下がりの間延びした長閑さが 下界を透明色に畳み込む 穏やかなる羊の群れは豊満な 陽光を浴びて緑に反射し 湧き起こる泉の水は糸となって 小川のせせらぎと語り合う 今や隔たりある歓楽の舞は 微笑の笑顔に異邦人の悩みをもたらし その耳の生きざまを益々鈍化させる ・・・報いなき戦いに夢中の戯言 (1979・01・15) 沈黙 木枯し舞う窓辺には 四角柱の孤独がよく似合う 夜の静寂を縫って怪しく動めく 木琴は銭苔色の歯並びか ひ弱な小枝の幻想と冷厳なる 大気の白々しさが重複する時に 歪な風船から垂れ下がった金糸は 亡霊の様に微笑んでいた 裸電球の眩しさも毒蛾の 羽ばたきも凍てついてしまった今 遥かに感覚するは永遠に 口を開こうとしない地平線ばかり (1979・01・18) 鶏の挽歌 I 平穏な日々と滑らかなる水音 麦藁はすいすいと大空きって 窓枠は白々しくも スイトピーを吹く 坂道ではみんな息急き切って 都会の空間の三角錐の中へと消えて行く 生温かい水滴を肩に帯びて 人々は電話線と街路樹の 琴線を初めて認識する アンダースローされた黒砂が 楕円を蔽い尽くす日々も知らずに 鈍色の鋳物は沫を吹き 地上の静寂を掻き消す 黒龍と毒蛇の蝕む天地の狭間 だが雷鳴は革命を躊躇する II 純白の机上は眩し過ぎた あの上擦った肩巾の中に 隠蔽されたものは真実と虚偽との こんぽうねんとではないか 所詮屋根裏部屋の陰影には 微粒子の憂鬱な雰囲気だけが 漂っているのだ その煌びやかな煤とともに 私の前にはまぼろし色の せろふぁん模様 そして麗しの眼には 妖しげなアイシャドウが 珈琲色の苦悩と 迫り来る孤独 故郷を忘れ去った 水色の水滴・・・・・ (1979・07・11) 赤煉瓦の不貞 白帆の糸の結び目が 今日は何故だか穏やかだ 木目のかもめが夢を見る 風と波とのしむふぉにぃ 照りつけられた水面の 初々しさがなつかしい 牡牛の虚偽と戯れた 彼の綿雲の冗長よ ひまわりと共に消え失せろ 小羊と共に消え失せろ (1979・07・12)      街角 失墜の間隙に 苛められ 夜毎苛められ 自らを傷つけ過ぎた 歪んだ真珠は 虹色の夢を食む 泥水で満たされた風船には やがて天使の囁きが 訪れるのだろうか 滞った井戸水と キリストに調べの中で 街路は暮れ行く 埃っぽいスカートの 漂うこの夕べ 瀕死の胸倉が徘徊し 私は無害な 砂糖水 になる 加速度の横町を 右に曲がるとそこはもう 踊り子たちの陽気な 悲恋の ふき さらし 椅子に凭れた妖精が 頬杖ついて寝ようとしない 子供らを見守る 喇叭を吹き鳴らしながら 馬車が通り 過ぎて行く (1979・07・13) 愚弄する黒鍵 毒々しい窓灯を 縁どる舞踏会の飛沫 茶目っ気な万国旗が しゃしゃり出て アングロ・サクソンの竪笛が 軽気球のように跳ね返る 圧延された偶像と 音楽室の自動オルガン 拘泥するフットライトに しつこく舐め下がる衣擦れか 浮気な蝶は 花から花へ 黄色い洗濯物が波打つ 従順なる雑踏 暗澹たる夜更けの中を 偉大なリボンが駆け巡る (1979・07・15) 湿度 セルロイドの 項は枯尾花 月夜の中 原形質の石段を上る 街角の木漏れ日が 指の間を 摺り抜けて 川面に反射する エッフェル塔の 共鳴箱は どんなに莫大か 計り知れない 妖怪どもよ シルエットの 晩鐘を 打ち鳴らせ さもないと蒸気の 甘い囁きが 私の脳細胞を 震動させ 私の体を構成する 微細な粒子は 驚嘆の原子空間を 徘徊するのだ 真っ赤なレインコートが 霧雨の様に目に滲み 斜行した石畳は 私の落ち度を限りなく模索する 月夜の橋桁は 大木の陰で苦笑するが アンとルネの恋は 永遠に実らない (1979・07・20) 出発 取り残されたネオンの 優越感を羨みつつ 宵闇の中 走り去る情念の館 項垂れた駅員が 片腕を振り上げ 甲虫の輝きに 刃を向ける 男と女の夢が交錯する その震動の空間に 白けた長いプラットホーム 繰り返す空砲 厳かに儀式は 揺るぎなく進む (1979・07・25) 晩夏の館 地上を舐め吹く 神々しき強圧の舞い 万物皆砂を感じ 螺旋はラルゴ 紺青の水面は 太古の昔から 不安を吐き続け 跪く枯れ葉を牽き止める 半球の接する 優雅な調べの中では 円弧の振り回す哀しみも 巨大な淡色を包み込む 解放された入道雲は 哲学者を弄び 冷や汗をかきながらも 今一人の自己に頭を垂れる 拍手とどよめき の嵐の中 空間の一点が 冷笑を浴びる 突き落とす下駄の 鼻緒に火を灯すは 呪われた座標か・・・。 晩夏の館か (1979・08・17) 無 題 不図した崖っ淵の 張り出しから 私の中で 凡てが始まった 煌めく光と影 優しい立ち暗み 何かの把握を予感する 緊迫の筋と筋 原始の壷が震え 襞は合唱する 打ち解けた髪の毛は 継続的名詞と同じ位 頼りにならないのを 君は知り過ぎているはずだ (1979・08・19) かあぼん 君よ その冷たき泉の前にて額付き 清廉なる水を以て 魂を洗浄し ひたり来るカーテンの 襞をも気に止めず 唯流れるままに歩め 一夜明けても景色は不変 逆立ちした蓮の大群は 尚も押し寄せるが しかし一時のステッキを しっかりと携え 茶色の嵐を待て 度重なる殴打の陰に タブーを忘れた暫しの饒舌は 梨の歪な表皮を撫で回す 青ざめたるペン先の礼儀と 埃を被った板の傾きを 彼女らは一向に理解しようとせず 鳶色の冷気を背に 手袋を探り続ける 暴力とキリストの重なり合う 硝子戸の夕べ 無意味な逆円錐の頂点から 飛散する蝶々よ その絡み付く真鍮の糸を 振り解けるか     ー スイチュウカラザイモクノ       カイワガフンシャスル ー (1979・09・12) 幸福 I 砂の塊り 陽を浴びて 昔の国へと 舞い降りる 南の木片 ころころと 狭い時空に 流れ込む 熱い隔たり 越え行けば 堆積し切った 雰囲気が 覆された 真実を 朧気ばがら 想起する そんな駱駝の 戯言を 誰か聞いては呉れまいか II ドアをノックしなさい 小太鼓たちの戯れが やがて広間の隅で 憔悴して 透明な階段を 胡散臭そうに 上って行くのが 見えるでしょう そりゃぁ時たま 太くて鈍い 頭痛が邪魔する かも知れません でも落ちついて ドアをノックしなさい 穏やかな 正方形の窓枠が 街角に明け放たれ 高い大気の音色に 跪く時も 来るでしょう ひたひたと 衣擦れの興奮が 人々の頭上を 掠めても こんなに元気な 鮒の尾鰭は そうあるものじゃ ないですよ ガラスじみた 陳腐の束の 行き先を考えても 御覧なさい 藁の隣にはいつも 運命の正確さが 満ち溢れて いるものなのです (1979・09・14) 街角 近代的通りを 巨大な純白の三角形が 徘徊する 水銀灯の粗雑な微粒子は ベンチに反射し 夕霧の水滴をチェースする 日没間際のあの瞬間に 街は何時も地球最後の 様相を呈するが 茶色いセメントの香りは 忘れもしない浴場の中で 跪く滞る 美化されたマッチ箱の中に 帆掛け舟、天窓の 望遠レンズを慈しむ 柑橘の志しは バージンをも疲弊させ 自らキューポラの夢を見る 過去を忘れ去ることの 儚さと甘美さと ーーーーー  ーーーーー (1982・02・11) 変革ありや 君、命知るべき時 猫目石の鈍き光と その甘き角度の所以 潮騒の冷めたる、行きつ戻りつ 尚も、異国の夢を 楕円に反射しつつ 全ての終焉の陰に 砂の笹鳴き 澱粉質の空を見上げた朝 何時になく斑点の 重苦しく伸し掛かる日 (1982・04・24) 日常 I 古びた貸家の片隅に はびこる不吉の影を 彼女らは誇らしげに 語っていたが その琴線の響きは 突然虚偽を現わにした 縦横に彷徨う 鉛管の穏やかな呻き 毒々しい柱に縋り付き 唯 涙の嗚咽を 唯物的時空に噴射する 迫り来る豪雨を前に ひ弱な肋骨・・・ II 硬化した海老茶の 絵の具の塊を 小刀で削り落とす その粉は鉢植えの 常緑樹の上に落ち しかし湖からの 溶ける様な風の力で 吹き飛ばされた 窓辺の陽光を 精一杯受けて 若者の肩に 重圧はないか 中年の紳士の見栄に 疲労はないか 奥方の眼鏡の縁に 錆はないか (1983・05・06) Hへ ソナタノムネヲ ウツスグル コヨイコダマノ ザワツキニ ソハイニシヘノ ヒトトキノ ケガレノトリデ ハカラズモ ミジカライズル ウミイズル ホゴロモイロノ シハブキカ イケノホトリニ ワレタチテ ミズノオモテノ ミズカサニ メレナルコノハ マイシズム トメドナキナミ アハレナミ コノアメツチノ ハザマヘト トケユクココチ ハルカナリ (1983・11・01)      支配 砦に押し寄せる 敵軍の振幅を 血管に感受し 古代バビロニアのひ弱な 手腕は真の勇者の 間をさ迷い続ける 煙の鎧と化す夕べ 粘着性の釣り糸は それでも苦痛を忍び 白百合の毒々しい 花粉は全都市を ことごとく掌握する (1984・02・21) 史遷 水色の三角錘の対角を 泳ぎ廻るシーラカンスよ なだらかな斜面の裏側に潜む 燃え盛る金剛石の砂利道よ 栗毛色のパルテノンを犯した 初な天使の頭を締め付ける 月桂樹の強圧を知らないまでも 我と共に絹のハンカチで 涙を払い神の前にて 敬虔にも額き給え そして叫ぶのだ 我らは絶対的価値を 目前にしつつ ーーー ーーー (1984・02・21) 春の断片 芦の群れ 春風になびき 砂利道に 砂埃が舞い上がる 波の向こうに 貨物船 フルートの音の上下する ヨットの日溜まり 結い髪に 紫紺のリボン その日私は真紅の ザリガニを目撃した (1984・02・21) DJANGO 窓辺に三角錐の光の束が 直線的に差し込み 一片の古びた紙のラウンドした 片隅に君の歴史を垣間見る 粗っぽい鷲ペンのペン先を するりと抜ける不甲斐なき意志よ 鍵盤を渡り歩く軽薄な情緒よ 鈍い光影の中で懐古する後悔よ 真紅のバラの花びら の中で飛散しろ 彼岸の状況はもう 僕には不用なのだ 今は 牧場する心の 営みだけを 追いかけ回せ 嵐も、海も、大渦巻も 僕には応答しない 唯、無心の欲情を掻き 乱すことが先決だ 僕の 疲れを 看守して 呉れ給え! 嗚呼、流浪の感情よ 嗚呼、永遠の普遍的真理よ (もしそれが存在するなら) 今すぐ発起せよ! (1984・09・27) A へ 紺碧の瞳に瞬く 清廉さと若干の厳しさと・・・・ 貴女の前にて額ずきたる私は 永劫に跳躍出来ずにいる 時々やるせなき想いに 怒涛の様に語る 貴女の姿を見てみたくて 小悪魔を送ってみたくもなる が、貴女自身が既に 小悪魔的天使で 送り込んだ小悪魔と共に私も また困惑の洞窟に佇むかも 更紗の襞にほのかに燦く 一条の微光の果てで しかし、私は身を 休ろう事が出来る (1985・06・30) 水平に!そう、水平に!! 大海の水面に麦藁の茸が生え 夕凪をいぶかるかもめの背筋よ 水平に、そう水平に それとも空が悲しいか 立ち上がる水蒸気の群れは 回転体のはずだ 円周を解明する縄の 出で立ちをするりと振り解き 我がタンブリンの 泥寧とした波模様を 通過出来るのは 台形の芝生だけだ タクトの先細りを懐かしむ 音楽室の窓際の風情 そして万国旗と鼓笛隊の 荘重な流露の中で 小猫共のあどけない マーチに併せて 前進する足どりの 何と爽やかなことよ 身じろぎもせず悪魔の棲息する 洞窟の中で茶色の生活に 尚も拘泥し人生を 叩き示そうとしながらも 自らの浮遊する感性に嘔吐し そもめくるめく都会的不安に閉ざされたまま 紅葉の金切り声だけは鋭敏にも 察知する青年将校よ! 仰々しい日没を嫌悪し 土色化したその空間と腐食した オレンジの谷間を充たして呉れ給う 金剛の真理に焦がれつつ 水平に!そう、水平に! それとも空が恋しいか (1987・05・16) 舞 黒と白のまだり合う この夕べ つぶらな素粒子のかち合う 賑やかなダンスパーティー ピンクの衣装はうす汚れているが 十字に そして様々に交差する その か細い腕 柱が蜘蛛の巣に 犯されようとも この息吹は 何物にも代えられない 想像以上に上下する身体の 全箇所がうきうきし そして 全関節が呻いている 暗がりの中の 埃の中の 軽やかな震動 君の魂はすいすいと 足元の絡まりも気にせず 時空を滑り抜けて行く アコーディオンの調べの中に我が身は躍り コルネットの響きに乗じ 何時になく浮かれ騒ぐ我がハート 君の手が 指が 叫ぶ 全宇宙的震動の中で 僕を 心地良い夢想に浸らせる その夢想は過渡的で しかも 常に終焉に近い この重圧は確かに耐え難い が、陽気な黒色の本源を寄せ集めれば これは つまり 魂の叫び 滞った粘性の情緒は 快晴の天空と万国旗の下に 余りにも見え透いてるとは言え (1987・05・24)