「CHOCOLAT CHAUD」
暖かな部屋で零一さんの帰りを待ちながら、私はふと高校時代に思いをはせる。
今頃の季節はいつもそわそわしていた。
どんなチョコを渡そう、どうしたら受け取ってもらえるだろう、『先生』に・・・。
一年生の時は悲惨にもチョコ受付箱行き。
二年生の時はかろうじて受け取ってくれて、
三年生の時は「・・・苦労したろう?」と労ってくれた。
あのときの、それこそ天にも昇るような気持ち、今も忘れてない。
尽と二人、ほとんど徹夜で作り上げたチョコ・・・。
眠気もいっぺんに覚めるほど嬉しくて、思わず涙ぐんでしまったほど・・・。
こうして零一さんのお部屋で帰りを待つことができるなんて、あの頃は想像すらできなかった。
卒業間際のバレンタインはもう目の前に迫る『卒業』という別れに怯えてすらいた。
不安で、切なくて、毎日が苦しかった。
そんなあの頃に想いをはせて、今私が作っているのはChocolat chaud。
極上のショコラ・ノワールを刻み、暖めたミルクと生クリームに溶かす。
お砂糖はごく少量、そう、微かな甘さの熱々のホットチョコレート。
木枯らしが吹く寒さの中、帰宅するあの人のために。
部屋の中が柔らかな甘い芳香で満たされてゆく。
耳を澄ませばコツコツという規則正しい足音。
十メートル、五メートル・・・もうすぐドアの前に立つ。
私は蒼いリボンを付けた小さな鍵をそっとバッグから取り出した。
大学の近くに借りたアパートの鍵。
こんなプレゼントを渡したら零一さんはどんな顔をするだろう?
困った顔をされちゃうだろうか?「全く君は・・・。」と怒られちゃうだろうか?
ドアが開く気配がして、良く通る声が私の名を呼ぶ。
私は慌ててポケットに鍵をしまい、返事をしながら玄関へと向かう。
零一さん、カップから立ち上る湯気の向こう、今年も貴方に告白したい。
大好きですと、ずっと傍にいたいと。
これからもずっと貴方を、貴方だけを見つめていたいと。
この小さな鍵を貴方の大きな手のひらに乗せながら・・・。
fin.