『風花』



窓から吹き込む風が柔らかく彼女の髪を揺らす。

気持ちよさそうにソファでうたた寝している顔は夢見るように幼い。

初めてこんな顔を見たのはそう、補習授業の時だったか。

あのとき彼女は私も眠っていたと言っていた。

私が人前で居眠りするなどあり得ないとその場は否定したが、

少し疲れもあった時期だったので本当に少し眠っていたかもしれない。

そのとき開いたノートの上に肘をついてまどろむ彼女を見たとき、

ある予感めいた感情の風が私の中を吹き抜けた。

彼女は私に変化をもたらすだろうと。

それまでの私は感情を表に出すのが苦手だった。

アンドロイドという陰口があることも知っていたが全ての生徒に公平な指導を

するためにはポーカーフェイスも致し方ないと思っていた。

それがいつの頃からか視線が彼女を追うことが多くなった。

なんの気なしに眺めていた学園の桜の花は、美しいけれども彼女との

別れの時期を残酷に知らせる使者に思えた。

花は散るからこそ美しいという言い方はいかにも使い古された言い回しだけれども

できるなら永遠に散らない桜のなかで彼女を見ていたいと愚かに思ったりもした。

それが今は・・・

穏やかに流れる時間を共有することが出来る。

一つ一つ思い出を重ね未来につなげることが出来る。

春先の強い風に舞い散る花びらは、来年もこの景色を見ていたいという希望を与えてくれる。

一瞬、強い風とともに数枚の花びらが部屋に舞い込んできた。

その花びらは少し赤みがかった彼女の髪の上に、ふわりと落ちる。

そっと指で髪を梳き、花びらを取ってやると彼女がパチリと目を開いた。

「・・・・ん、あたし寝ちゃってました?・・」

「ああ、気持ちよさそうに口を開けて眠っていた。」

「えっ?ホントに?」

みるみる真っ赤になって口元をごしごしとこする姿は自然と私を微笑ませてくれる。

「・・・冗談だ。」

「もうっ、いじわる〜。」

クルリと背を向けてしまった彼女を背中からそっと抱きしめた。

「今日は、花見に行くのではなかったか?」

「そうでした!早くしないと暗くなっちゃう。」

腕のなかで急に振り向いたものだから、あまりにも近い距離に顔がある。

ドキッとした瞬間、小鳥がついばむようなキスが私の唇をかすめた。

一瞬言葉を失った私の顔をいたずらっ子のようなキラキラした瞳が覗き込む。

「さっきびっくりさせられたお返しですよー。」

そう言い残し、軽やかに玄関から駆け出していく後ろ姿。

エレベーターホールでやっと追いつき、一階へと向かう。

夕暮れには少し早い、穏やかな日差しが残る道をゆっくりと歩いた。

ふと気づくと、彼女が道にしゃがみこみ何かしている。

「ほら、早く来なさい。」

右手を差し出すと子犬のようにじゃれついてくる。

「ね、見てくださいこれ!花がそのまま落ちてたんです。桜は綺麗ですね、やっぱり。」

「桜なら学園にいくらでもあっただろう。」

「んー、でもやっぱり零一さんと二人だけで見る桜は特別な気がします。」

「・・・そうか?」

そういって髪の毛をくしゃくしゃっと撫でると極上の笑顔が返ってきた。

「そうですよ。」

ふと視線を遠くにやれば、高台に朧に学園が見えた。

校舎を囲む桜の花々がまるでヴェールのように霞んでいる。

私たちが初めて出逢った、どこよりも美しいと感じられる桜の園。






fin.