Blue Rose
ある昼休み。
「先生、氷室先生」
職員室で抜き打ちテストの問題作成にいそしんでいた私の横にやってきた彼女の呼びかけが、私の平穏な時間を破壊した。
彼女は何故か大きな赤い薔薇の花束を抱えていた。
「その薔薇の花束は・・・?」
唖然としながら呟いた私の問いかけに彼女はすらすらと回答する。
「頂いたのです」
「誰から?」
「名前を名乗ってくれないのでわからないですけど・・・。
丸い眼鏡で、ヒゲを生やしていて、ダンディーな感じの・・・」
私にはその人物が容易に特定できた。
天之橋理事長。
最近私が担任するクラスの周辺をうろうろしているとは思っていたが、まさか理事長が彼女に興味を抱いていたとは知らなかった。
「知らない人物からプレゼントをもらうのはあまり感心しないが・・・。
それで、その花束はどうする気なのか?」
もし何も手を打たなければ。
まだこれから午後の授業や部活動もある彼女を待っている間に、この花束はしおれてしまうだろう。
(それでも私は構わないのだが)
私は心の奥でそっと呟いた。
「教卓に置かせて頂きたいですが、よろしいでしょうか?できれば持ち帰りたくないのです」
彼女の言い分はこうだ。
知らない人から貰ってしまった物でもあり、家に持ち帰るのは少し恐い。
かといって花をただしおれさせるのは可哀想である。
出来る限り自分で世話をするので、教卓の上に置かせて貰いたい。
「よろしい」
私は彼女の意見に賛同した。
そこには
(理事長からのプレゼントを自宅に持ち帰って欲しくはない)
そう思う私の意志も混じっている。
彼女が気づいているのかはわからないが。
「ところで」
私は何気ない風を装って話しかけた。
幸い昼休み中の教室には、私達以外誰もいない。
「その人物から、花束と一緒に何か誘いをかけられたのではないか?」
私は彼女に話しかけながら、水の入った花瓶を注意深く教卓の中央に置く。
「はい。『今度の日曜日、一緒に食事に行きましょう。』と言われました」
彼女は器用に花束の包装を解きながら私の問いに素直に答える。
「それで、君は何と?」
今度は彼女は薔薇の花を一輪ずつ花瓶に生け始めた。
その姿も花のように美しい。
「青い薔薇の花束を持ってきて頂けたら考えます。と」
青い薔薇。
それは実際に存在しない物。
英語で「blue rose」がありえない事、という意味もあるのは有名な話である。
「あの人と食事には行くつもりがないからそう答えたのですけど、向こうは喜んでいましたよ」
薔薇好きの理事長が青い薔薇の話を知らないはずがない。
(それは彼女の答えが気に入ったからだろう。ウィットに富んでいるとかレディにふさわしいとかいう理由で)
私はこっそりため息をついた。
私の思いも、もしかしたら青い薔薇と同じなのかもしれない。
あってはならない思いー。
私が自分の思いにとらわれている間に彼女の作業は完了した。
「先生、花瓶はもう少し手前にした方が見栄えがいいですよ」
彼女の言葉に私は花瓶の位置をずらすためにしゃがみ込んだ。
その瞬間、彼女の唇が私の頬に当たった。
耳元に彼女の優しい声が響く。
「でもー」
君が最後に私の耳元に囁いたセリフは、きっと私の聞き間違いだろう。
「氷室先生となら青い薔薇の花束なんか無くても、誘いがあれば一緒に出かけるのですけど」
このように聞こえてしまったのだから。
★とってもウィットに富んで可愛い主人公ちゃんだったのでお言葉に甘えてお持ち帰りさせて頂いたSS。