『冬の夜の出来事』
ここは長野の白骨温泉にある、小さいけれど趣のある宿。
木の温もりがある和風の旅館で、食事も奇をてらわず旬の食材を味わわせてくれる。
氷室夫妻が結婚記念日に選んだ宿である。
さて、夫氷室零一はと言うと、『ただいま貸し切り』と書かれた札を前に
白骨温泉のにごり湯の様に頭の中が真っ白になっていた。
貸切風呂といえば、家族やカップルが仲良く一緒に入れるお風呂である。
今は家族となったバカップル二人にはうってつけのはずなのだが・・・。
― か、貸し切りだと?これしか風呂はないのか!?
零一が入口で立ち尽くしていると、
「お客様?あの、そのお風呂は只今貸し切りのためご利用いただけません。
ご利用になるようでしたら、ご予約を承りますが。」
仲居さんが背中越しに声を掛けてきた。
「いえ、結構です。」
即座に断る。
貸切風呂の意味するところは、わかっている様だ。
いや、解っているならば予約をしても良さそうなものだが
― 混浴など、きっとは嫌がるだろう・・・。
じっと我慢の子である。
仲居さんの言葉に、予約をしなければ入れないのなら他の風呂もあるはず、
と気を取り直し、部屋へ戻った零一だったが
「あ、。今、仲居さんに貸切風呂の予約が出来るって言われたから
お願いしといたよ♪」
「なっ!・・・そ、そうか。」
奥様には敵わない。
いまさら何を照るのか。
心の動揺を隠しながら、零一はタオル片手にいざ出陣である。
「わぁ、見て!雪が降ってきたよ。」
貸切露天風呂へと向かう途中、丸い窓から眺める景色は
既に銀世界だった。
そこに、純白の雪が次々と静かに舞い落ちている。
零一はそっとの肩を抱き寄せ、しばらく雪景色を眺めていた。
「冷えるねぇ。そろそろお風呂であったまろうか。」
の声に一瞬固まったものの、
「そうだな。」
顔は平静を装い、暖簾をくぐった。
しかし、中に入ると零一の予想を裏切り
二つの引戸があり、それぞれにご婦人、殿方と書かれた暖簾が下がっていた。
― 混浴では、なかったのか・・・。
安堵とも落胆とも取れる表情を浮かべつつ、
「では、後で・・・。」
殿方の戸をガラガラと開ける。
「あ、・・・うん。」
ははにかみながら、扉の向こうへ消えた。
浴衣を脱衣籠に入れると、無意識のうちに小さなため息を吐いて
零一は露天への扉を開けた。
岩で覆われたお湯は、白く濁り、効能がありそうな雰囲気である。
左側にある大きな岩の側まで進むと、零一は
冷えた体を湯の中に沈め空を見上げた。
「なかなか風情がある・・・。」
呟いた後、零一はゆっくりと目を閉じた。
舞い落ちる雪の冷たさを頬で感じていると、突然耳元で
「、寝てるの?」
の声がした。
零一は、瞬間かっと目を見開き、の姿を確認すると、咄嗟に体を岩にへばりつか
せている。
「!?なっ、どうやってここに!」
「どうって・・・、お風呂繋がってるから。」
言われてよく見れば、零一がへばりついている岩は、湯舟の端までは届いておらず
向こう側へと続いていた。
「そうか、やはり混浴だったのか。コホン!しかし、何もこちら側に来なくても・
・。」
嬉しいくせに、反論をする零一に
「だって、が後でって言ったから・・・。なかなか来ないから、様子を見に
きたの。」
不思議そうな顔で答える。
「私は、風呂から出た後でと言う意味で言ったんだ。」
風呂に浸かっているせいか、はたまた他の理由でか、零一は真っ赤な顔で言った。
「そうだったの?!やだぁ、じゃぁ、向こうに戻るね・・・。」
は来た時同様、肩まで湯に浸かった状態で、そろそろと風呂の中を進み始めた。
「。」
バシャバシャッ
大きな水音と共に零一がを後ろから抱き寄せ、耳元で囁く。
「戻らなくてよろしい、ここにいなさい。」
「・・・。」
「折角の雪景色だ、一緒に愛でるのも悪くはない。」
そして、零一はを後ろから抱き締めたまま、岩に寄りかかった。
時々お湯をの肩にかけてやりながら、二人でぼんやりと
雪がお湯に溶けるのを眺めていると、
「来年は、石和温泉に行ってみたいなぁ。」
が振り向きざまに、言った。
「フム。そうだな、・・・いや、確か石和温泉は単純泉だったと記憶しているが。」
「多分そうだと思うけど、単純泉じゃイヤ?」
遠くを見るように考えをめぐらす零一の首に、は腕をからませ
小首を傾げて聞いた。
「その、”イヤ”ではないのだが・・・・・・。」
零一はもごもごと続ける。
「じゃぁ、石和温泉でも良い?」
「コホン!私は構わない、その、君が単純泉の多くは
無色透明である事を念頭において話しているのならば。」
あっ、と小さく呟いた後、は真っ赤な顔で俯き
「えっと、じゃぁ、違うとこにしよう・・かなぁ。」
もじもじと言った。
その顔を見て、ふと零一の顔に意地の悪い笑顔が浮かぶ。
「何故だ?」
「だって・・・。」
零一は、うつむいているの頬を両手で挟みこみ、自分の方を向かせる。
「はっきり言いなさい。」
なんとも艶っぽい瞳で見詰められ、は更に言葉を失ってしまう。
「あの、だから・・・、もぉ〜っ、の意地悪!」
自分の胸をぺしぺしと叩くの姿に、零一は思わず笑ってしまう。
「フッ・・・、来年はやはり石和温泉に行くことにしよう。良いな?」
「えぇ!」
「"えぇ"ではない。君が言い出したんだぞ。」
「そうだけど・・・。」
「温泉から見える景色はさぞかし美しいことだろう・・・、今から楽しみだ。」
意味ありげな笑みを浮かべる夫と、その傍らで『絶対行かないから』と叫ぶ妻。
こうして次の予約客の迷惑も顧みず、言い合いを続けた二人が
その後湯当たりをしたのは当然の結果と言えよう・・・。
新婚と呼べる1年目を過ぎた二人の頭上に、純白の雪が舞落ちて
今も変わらぬ愛を象徴しているような、そんな冬の夜の出来事。
Fin
★「Private Lessons」のポポ様から9000ヒットキリリクSSとしていただいちゃいました〜♪
先生と露天風呂・・・想像しただけで、は、鼻血が〜!!!
素敵なSSアリガトウございました。萌え萌えvvでございます♪