『特等席』

「氷室先生! あの、これ、バレンタインのチョコレートです!」
我が氷室学級のエースであるが私を呼び止める。
・・・全く君は・・・。教師に贈るチョコレートは職員室の『チョコ受付箱』だと何度言ったらわかるんだ?」
「分かってます・・・でも、あの・・・やっぱり受け取っては・・・もらえないですか?」
上目使いで首を傾げて私を見る君はとても可愛らしい。
「・・・貸してみなさい・・・」
私がそう言うと、君はおずおずと小さなチョコの包みを差し出す。
それを受け取り、丁寧にラッピングされた包みを開ける。
中を見ると一生懸命作ったであろう手作りのチョコレートが入っていた。
「立派に出来たじゃないか・・・苦労したろう?」
そう労うと、君はとてもうれしそうな顔をした。
「いえ、その、だって、氷室先生に食べてもらいたくて・・・」
・・・そうか、私の為に一生懸命作ってくれたのか・・・。
「・・・今回は特別に受け取っておく・・・くれぐれも口外しないように」
緩みそうになる頬を引き締め、彼女のチョコを包みごと背広の内ポケットにしまい込む。


君が私の生徒だった頃はバレンタインデーは毎年、このようなやりとりの末、君からのチョコを受け取っていた。
では、君が卒業し、私の恋人となった今年のバレンタインデーはどうなるのだろうか。





『特等席』





いつものように私が学校から帰宅すると、恋人であるが私を出迎えてくれた。
「零一さん、おかえりなさい!」
「あ、ああ。ただいま。来ていたのか、・・・」
無論、彼女が来ていることは珍しいことではない。
私は合鍵を渡しているのだから。
いつもと違うのは、今日が週末ではないということだ。
「はい、だって今日はバレンタインデーですから! 零一さんにどうしても今日チョコレートを渡したくて!」
そ、そうか。確かに今日はバレンタインデーで、学校でも生徒たちが一同にチョコを渡しに来ていたが・・・。
事前に連絡もとっていなかったし、今日中には彼女からのチョコレートをもらえるとは思っていなかった。
・・・・・・ちょっと待て。
今日私は教員全員に公平に配られた、生徒からのチョコレートを紙袋に入れて持って帰ってきていたのだ!
私は甘い物はあまり食べないし、あとで甘い物好きな義人にでもやろうと思っていたのだが・・・。
しまった、帰りに寄っていけばよかった・・・!
このような他の女性(女子生徒だが)のチョコレートを見て、が何とも思わないはずがない!
女性はとにかくこういう物に気分を良くしない、と義人からも忠告されていたではないか!
しっかりしないか、氷室零一! この愚か者が!
しかし、はうろたえている私を更にうろたえさせることを言った。

「わあ、すごいですねえ、零一さん。これ、全部今日受付箱に贈られたチョコレートですか?」
「!? う、うむ。教師全員に公平に配られたので、私の分を持って帰ってきたのだ」
「零一さん、全部食べなきゃダメですよ、女生徒のほとんどが零一さんにチョコをあげたいから受付箱に贈るんですから!」
「!!?」
「運良く零一さんのところに回ってきたチョコレートなんですから、ちゃんと食べてあげて下さいね」
首を傾げて可愛らしく微笑む・・・怒っているようには・・・見えない・・・が。
私が混乱していると、は気にもしていないように言った。
「零一さん、上着かけてきますから貸して下さい」
「あ、ああ・・・」
私は言われるがまま、いつものようにコートを渡し、背広の上着を脱ぎ、こちらも彼女に渡した。

その日は何事もなく過ぎ去ったが、私の心はこの時から沈んだまま、晴れることはなかった。







「んでー? 彼女に手作りのチョコも貰ったんだろ? 何沈んでるんだよ、お前」
「・・・ああ・・・」
「『・・・ああ・・・』じゃねーって。可愛い彼女からのプレゼントだけじゃ足らないっていう気か?」
「・・・はあ・・・。」
「溜息ついてるんじゃねーってば。これからちゃんに会うんだろうが。デートなんだろ? ほらほら、何があった?」
あの衝撃のバレンタインデーから数日後の休日。
今日はとのデートだ。私の友人である義人の店で待ち合わせすることになっていた。
は少々遅れると連絡が入っていたので、私は義人と話をしながら待っていたのだが。
あまりに沈んだ私を見かねて、私の相談にのってくれているのだった。
「お前が以前言ったようには、は嫉妬とやらをしてくれないのだ・・・」
「へ?」
「自分以外からのチョコレートを袋入りで持って帰って来ても、嫌な顔するどころか『自分で全部食べて下さいね』と心配そうに言われてしまったのだ・・・」
「ほおー」
「なあ、義人。俺は彼女に何とも思われていないのではないだろうか・・・」
「はあ!?」
「だってそうだろう? おまえは以前言っただろう。女性は自分以外からの、自分の恋人への贈り物にいい顔はしない。それが愛情表現なんだから、煩わしく思うなと」
そうだ・・・私が「愛している」だなどと言ったから、彼女は元教師である私を振るだなどということが出来ずに、私に合わせてくれていたのではないだろうか・・・いや、そんなことを疑ったら彼女に失礼ではないか・・・。
いや、しかし。
「れ、い、い、ち、君」
「何だ」
おどけた呼びかけに反して、義人は真剣な顔で私に問いかける。
「今、お前、ちゃんに対してとっても失礼なこと言ったの、わかってる?」
そ、そうだ・・・確かに私は彼女の気持ちを疑うということをしてしまった・・・。
しかし・・・。
「・・・分かっている・・・だが、俺は不安なんだ・・・」
元教師と生徒であり、11歳の年の差があるというのは・・・。
「まあねえ、お前の気持ちは分からんでもないけどね・・・。何でも型に当てはめちゃ、いけないってこと。確かに俺はお前らが付き合い始めたときに、そういう忠告はしたけどな、それはほんの一例だ。大体お前が惚れた彼女なんだろ? そんで、お前に惚れてくれた彼女なんだろ? 普通に考えない方がいいと思うけど?」
どういう意味だ、と思いながらも、こいつの気持ちはありがたい。
「そんなに不安だったら、ちゃんに直接聞いてみたら?」
「それは・・・いや、しかし・・・」
それが聞けたらこんな苦労はしていない!
・・・私はこんなに臆病者だったのか・・・。無様過ぎるぞ、氷室零一。
「あーあ、見てられないねー・・・。だ、そうだけど? ちゃん、そこんとこどうなの?」


・・・・・・。
何?
今、こいつは何と言った?
「まさか、ここに、いる、のか?」
私はかすれた声で、問いかける。


店の奥から、心配そうな顔をして、がおずおずと出てきた。
「・・・・・・」
では、遅れてくる、というのは。
「ご、ごめんなさい、零一さん。あの、私、零一さん、ずっと元気ないから・・・聞いても答えてくれないし、どうしたらいいのか分からなくて・・・だから、義人さんにお願いしたんです・・・」
「そういうこと。けど、お前はそんな健気な恋人に心配してもらってるのに、こともあろうにその恋人を疑ってるんだもんなあ」
私が二の句が継げずにいると、は私の側に来て、微笑んだ。
「零一さんは、ちゃんと特等席を空けておいてくれたから、嫉妬する必要なんてないんです」
「特等席?」
特等席、とはなんのことだ?
不思議そうに自分を見る私の問いに答えるように、は続ける。
「私がまだ高校生の頃『氷室先生』は絶対に生徒からのチョコレートを受け取ってくれませんでしたよね。でも、内緒で私からのチョコを受け取ってくれた時、先生は必ずそのチョコをある場所に隠すんです。そんなところに入れたら溶けちゃいます、って言っても『家まではここに仕舞っておく』って言って下さるんです」
私は目を見開く。
「バレンタインの日、零一さんの背広の内ポケットには何も入ってませんでした。だから、私はうれしかったんです」
確かに私はからのチョコは内ポケットに仕舞っていた。
溶けると言われようが、何だろうが、他のチョコレートと同じように袋に入れることはしたくなかったし、不意打ちでチョコがこっそりと入れられている鞄にも入れておきたくなかった・・・。
彼女からのチョコは誰の目にも触れられないように、背広の内ポケットへ。
だとすると。
「・・・で、では、。私がその、背広の内ポケットへ仕舞いやすいように、大きくならないものを私にくれていたのか・・・?」
そう私が訪ねると、彼女は少し顔を赤くして照れたようにうつむきつつ、答えた。
「あの、その・・・ええと。・・・・はい、実はそうです・・・」
そうだったのか・・・。
嫉妬してもらえないほど想ってもらえていないのではなく、嫉妬するほどのものではなかった、ということだったのか・・・。
愛おしいという思いが一杯になり、つい彼女を抱きしめそうになる。


「ふふーん、かなり愛されてるねえ、零一クン、よかったなあ〜」
はっと気づくと、にやにやした義人が私とを眺めていた。
よ、よかった・・・こいつの目の前で、ついを抱きしめてしまうところだった・・・!
そんなところを見られては、またしても義人にからかいのネタにされてしまう。
ちゃんも。よかったね、悩みを解決出来てさ」
「はい! 本当にありがとうございます、義人さん」
「俺からも、礼を言う。・・・相談に乗ってもらえて、助かった、ありがとう」
「いいってこと。だが、零一、ちょっと耳を貸せ」
義人に言われるまま、私は耳を寄せる。
「・・・?」
「こういう、滅多に怒らない彼女を怒らすと、かーなーり、怖えから、気をつけろよ」
今度の義人の忠告は、何故だろう、私もかなり同感だ、と思う。
「・・・確かに。俺も大いにその意見に賛成だ・・・」



その後、私とは義人の店を出て、デートを楽しんだ。
「ねえ、零一さん。さっき、義人さんと何を話していたんですか?」
う・・・それは言うわけにはいかない・・・。
しかし、言わないと、は不安がるだろう・・・。
「そ、それは・・・。君を大事にしろ、と釘を刺されたのだ・・・」
かなり曲解していると思うが、間違った事は言っていない、と思う・・・。
「そ、そうなんですか・・・えと、でも義人さんらしいです」
は照れたように、微笑む。
腕を組みながら、そのまま彼女は私に寄りかかる。
「私、高校生の頃から零一さんが大好きでした。だから、チョコも『氷室先生』に受け取ってもらいたくて、大きいのは受け取りづらいかなあ、って最初の年は小さく作ったんです。でも、内ポケットに入るくらい小さく作ってよかったなあ・・・2年目からはそれが目的で小さく作ってたんですよ?」
うれしそうに、幸せそうに微笑む
たまらなく彼女を愛おしく感じて、私はそのままふわりと抱きしめた。
「れ、零一さん、ここ、外です・・・」
「周りには誰もいない。君としばらくこうしていたいのだが・・・駄目だろうか」
「・・・いいえ、その、とってもうれしいです・・・」


バレンタインデーの背広の内ポケットは恋人がくれるチョコレートの特等席。
大切な君の為に今後、ここはずっと空けておく。
嫉妬してもらいたい、とはまあ、ほんの少しは思うが、君を怒らせたくはないからな。


『特等席』は、君の為だけに。




END


★「氷花佳人」のゆみか様よりいただいたバレンタイン&25000ヒット記念フリーSSです!
可愛く健気な主人公ちゃんと不安な想いの先生、そして二人を見守るマスターさん。
三者の気持ちが丁寧に描かれている素敵なSSなのです♪ありがとうございました!