「異邦人」

俺は道行く人を眺めるのが好きだ。
雑踏にぼーっと目を向けて時間をつぶすことが好きだ。
色んな服装、色んな表情、見飽きることがない。
たまに綺麗なおねーちゃんが通るとちょっと鼻の下延びちゃうけど。

今日もいつもと同じように通りを行き交う人を見ながら店の前を掃除してると
ちょっと不安げに辺りを見回してる男の子がいる。
手にメモらしきものを持ってるから、場所か人か、なんか探してるんだろう。
俺ってこういう時、八割方声をかけられるんだよなあ。
そんなに人が良さそうな顔してないと思うんだけど。

てくてくとその子は俺のほうへ歩いてくる。
ほらね?ビンゴだ。

「たのもう!」

た、たのもう!?
一瞬脳内白紙状態。

「ちとものを尋ねるが、この『はばたき学園』とやらはいずこにあるか?」

なんだこの時代がかった言い回しは!
新手のドッキリだろうか?でも俺芸能人じゃないし。

俺がぽかんとしたまま硬直しているのを見て、その子は困ったように眉根を寄せた。

「ご、ごめんなさい。私が日本語少し変?わからない?」

とたんにたどたどしい口調になる。
いや、私が、じゃなくて私の、だと思うんだけど。
日本語がたどたどしいっていうなら外国帰りとかなんだろうか?

「えーっと、君もしかして日本語不慣れ?俺、少しなら英語ダイジョブだよ?
 仏語とか中国語とかって言われちゃうと俺も困っちゃうんだけど」

そう切りだすと彼はパッと顔を輝かせて流暢な英語で語り始めた。
自分が日本に来たばかりであること、メールで知り合った友達に日本語を覚えるなら
時代劇が良いと勧められたこと、時代劇の言い回しは日本語会話の本とちょっと違うこと・・・

そりゃあ違うはずだって!というツッコミを入れたいのをじっとこらえた俺は
一生懸命話すその子の額に汗がにじんでいることに気付く。

「あー、立ち話もなんだから俺の店来ない?外よりは涼しいよ。
 ぼったくりの店なんかじゃないから安心しな。ほら、ここだからさ」

戸惑い気味のその子の背を押して、店のドアを開く。
俺って面白そうな人とはとことん話してみたいタチなんだよね。




「まあ、適当に座ってよ。何か冷たいものでもあげよう」

店の中を興味深そうに見回しているその子に声をかける。

「すみません、お気遣いかたじけない。ありがとうございます」

日本語になるととたんに堅いな、と俺は苦笑した。
きんと冷えたペリエにレモンをたっぷり搾ったものを差し出すと、
彼は両手で受け取って、ぺこりと頭を下げた。

「英語のほうが楽だったら無理に日本語使わなくてもいいんだよ?」

「いえ、ゆっくりなら、大丈夫です」

ペリエを口に含んだ彼は酸味に少し驚いたように身震いをした。

「酸っぱすぎるかい?シロップ入れる?」

「No・・いえ、平気。汗が、えーと・・・」

「汗が引く感じ、かい?」

「はい!」

笑顔は内気さが見え隠れする控えめな感じ。
つられて俺も笑う。

「えーっと、はばたき学園を探してるの?なんで?」

「あの、その・・・友達が、通っているので。メールだけのおつき合いなのですけど」

恥ずかしそうな表情に俺は思わずピンと来た。

「彼女?あー、ステディ?」

「ち、違う!ステディなんかじゃありません!彼女は、そんな・・・」

まだお会いしたこともないんです・・・と消えるようにその子は言って俯いた。

「色々な、素敵な伝説がある教会があるというので、見たいな・・・と」

「もしかして時代劇見ろって教えてくれたのもその友達かい?」

「はい。僕が間違えて出したメールに、お返事を下さって」

言葉をゆっくり選んで丁寧に話すその子の日本語は、とても優しく耳に響く。
きっとそのメールをくれた女の子のことが、ちょっと気になってるんだろう。
顔の見えない相手に淡い想いを抱く・・・俺がとっくの昔に忘れちまった部類の感情だなぁ。

「実際に会ってみないの?」

彼はとんでもない!というようにかぶりを振る。

「ダメ、ダメです。僕は上手にお話できません。何を話せばいいのか・・・」

「俺とは会話できてるじゃない。大丈夫、君の日本語ゆっくり慌てずにしゃべれば
 とっても綺麗だよ。その、時代劇風じゃなければもっとわかりやすい。
 そうだなあ、時代劇は昔の日本の風俗を知るのには良いと思うな。多分」

「少し、恐いんです・・・どうしてなのかよくわからないけれど」

それは君が恋してるかもしれないからだよ、と心の中で呟く。
恐れの伴わない恋なんかない。相手が自分をどう思ってるのか気になって仕方がない。
でも確かめるのはもっと恐い。色んな想いが波のように交差して悩むもんさ、少年は。

「焦ることはないよ。そうだなあ、どうして恐いのかもそのうちわかるよ。
 で、こんなお兄さんでよけりゃ人生相談にはいつでものってあげるしね」

「ありがとう、ございます。あの、聞いても良いですか?」

「いいよ、何?」

「どうしてこんなに親切にして下さるのですか?僕、知り合いがほとんど日本に
 いないのでそう言って下さるのはとても嬉しいのですが・・・」

彼が真顔で聞くので俺は思わず吹き出した。

「そうだなあ、商売柄人様の悩みはよく聞かされるし・・・。
 君、面白そうだから。無論、良い意味でだけどね」

冗談ぽく言うと彼の瞳が輝く。

「はい、では悩み事が出来たときは・・・。悩みがないときでも来てはダメですか?」

「いつでもおいで。ああ、そうだ。君の名前まだ聞いてなかったね」

「チハルです。蒼樹 千晴・・・よろしくお願いします」

カウンターのスツールからすっと降りて、自然な動作で差し出された右手を軽く握り返した。

「よろしくね。忙しいときは手伝ってもらうかもしれないけど」

ペリエのグラスに触れていたせいか、ひんやりとした感触。

「じゃ、汗も引いたところで、はばたき学園までの地図書いてあげよう。
 気をつけていっといで。あそこの教会の地下はアンドロイド製造工場だって噂もある」

本当に?と彼は目を見開く。

「俺が昔作った噂なんだけどね」

あなたもとても面白い方です・・・そう言ったその子の顔は
さっきまでの堅さが取れたとても良い笑顔だった。









fin.


★平●均様のサイト「HIMURO WORKS」様にて、ちはるんのお誕生日企画が
開催されていたので「はいっ!!」と応募しちゃいました〜。
ご褒美はSS内の優しい色づかいのちはるん&マスターのイラストでございます!ふふふ♪