『My sweet heart』


私は自分の手の中の小さな箱をしみじみと眺めた。
淡いブルーのペーパーに、銀色の細いリボン。

(よしっ、完璧だわ・・・。)一人頷く。

生徒としてあの人にプレゼントできるのは今年が最後。
来年の今頃は・・・、想像するのは少し寂しい。

校内は学園祭の準備で、どこもかしこも浮き立つような雰囲気。
私自身も演劇の練習が毎日のようにある。
相手が先生なのが密かにとても嬉しかったりするのだけれど。

ひとつ深呼吸をして、先生の数学準備室のドアをノックした。

「入りなさい、鍵は掛かっていない。」良く通る先生の声。

「先生・・・。」胸の鼓動を押さえながら中にはいると、先生は台本とにらめっこをしていた。

「どうした、もう練習の時間か?」

「いえ、あのまだなんですけど・・・。」

「そうか、なら丁度良い。ラストのせりふ合わせにつき合ってくれ。」

「あ・・・は、はい。」

私は手に持っていた箱を見つからないように鞄の陰に隠して、自分の台本を開いた。

『お願い、行かないで。やっと気が付いた・・・わたしはあなたを愛しているの!!だから・・・。』

芝居だと分かっていても、面と向かって『愛している』なんて口にするだけで恥ずかしくて堪らない。

「違う・・・、スカーレットはプライドが非常に高い女性だ。その彼女が何もかもかなぐり捨てて
 無防備にレットに想いのたけを爆発させるシーンなんだ。君のスカーレットは何というか・・・
 初恋に恥じらう奥手な女性、といった感じなんだ。もう一度、今のせりふを・・・。」

そうなのだ、スカーレットは火のように情熱的で誇り高い女性。
その彼女が自分から歩み去ろうとしている愛するレットに向かって放つ台詞。

まるで崖っぷちにいるような心理状態なんだろうと頭では理解できていても、
口にすると弱々しさが際だってしまうようだ。

何度か同じ台詞を繰り返し、やっとOKをもらい次に進む。

『いや、私は君の人生から去ることにする。』

何度聞いても背中に水をかけられたように身が竦む。
先生の声は微塵の未練も感じさせない、レットそのものといった風。

『待って、あなた・・・!!』

『さらばだ。』

次の瞬間私は思わず先生のスーツの襟元をつかんで、こちらに引き戻してしまった。

「どうした・・・次の台詞は・・・。」

驚きを隠せないように先生が私を見つめている。
(しまった、つい・・・。なんて言えば・・・。)

「ご、ごめんなさいっ!あの、先生・・じゃなくてレットが永久に自分の前からいなくなる、
 と思ったら、あの、・・・すみません!!襟掴んだりしちゃって・・・。」

自分でも支離滅裂ないいわけだと思う。

「そうか、でも今の君の瞳は力強くてなかなか良かった。この感じを忘れないように。」

はあ、良かった・・・。

「でも、先生はさすがですね。学生時代に演劇をやっていらっしゃったって前に伺いましたけど、
 まるで本当に突き放されたようで、いつもホントは泣きそうな気持ちになるんですよ。」

「そうか・・それはすまなかった。」

真剣な、微かな寂しさを漂わせたような口調で言われてドキリとする。

「い、いや、あの役の上での事ですから気にしないでください。私頑張りますから。」

「・・・・・・」

自分に注がれている先生の視線に気恥ずかしさを覚えて、私はあの箱を差し出した。

「はい!先生、お誕生日おめでとうございます。甘いモノは苦手かもしれないと思ったんですけど
 よかったら召し上がってください。疲れてるみたいですし・・・最近の先生。」

渡そうとした指先が触れたとたん、先生は箱を取り落としてしまった。

「きゃっ・・・!」

「すっ、すまない。私はその・・。」

赤みの差した頬で箱を拾い上げ、中身を確かめようとラッピングをほどいていく先生。
案の定中の小さな小さなケーキは、不格好につぶれてしまっていた。
自然に目の前の先生の顔がにじんできた。瞬きをするとほろりと雫が落ちた。

「あっ、つぶれちゃいましたね!私、作り直してきますね、今度また・・・。」

自分を奮い立たせるように大きな声で話しかけたとたん、ふわりと引き寄せられた。

「申し訳ない、君が一生懸命作ってくれたものを・・。紅茶を入れて今から食べることにしよう。」

「ダメですよ!こんなに崩れちゃってて、恥ずかしいし。ね、あの離してください。」

腕の中にとらえられた恥ずかしさにどぎまぎしながら必死に先生を見上げる。

「形が問題ではない。私の為に君が作ってきてくれた・・その気持ちが私は嬉しい。」

「こんなの、プレゼントじゃないですよ。ぐちゃぐちゃで・・・。
 やっぱり、論文とかにすれば良かったですかね。あはは・・・。」

無理に笑おうとすると、頬がひくひくしそうだ。

「私にとって、最高のプレゼントは今君がここに、私の腕の中にいることだ。
 君に逢えたこと、そのことが何よりの贈り物だと私は思う。」

「そんな、でも、・・・あの、嬉しいです。」

先生はやっと私を腕の中から解放して、膝を折って私を見つめ微笑んだ。

「さあ、早く食べて練習に行くとしよう。」

「はい!先生。」

来年の誕生日も一緒に過ごせますようにと祈りを込めて、私は不格好なケーキを皿に取り分けた。
その甘さは決して忘れられない、初めてふたりで過ごせた記念日の味になった。






fin.


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