『来訪者』



「きゃっ・・・」

私はキッチンから聞こえる今日何度目かの小さな悲鳴に思わず耳をそばだてた。
手伝ってやりたいが、おもてなしの用意ぐらいちゃんとできなかったら尽に笑われちゃう!
と言い張る彼女に根負けしてリビングで本を読んで待つことしかできない。

私たちが皆の祝福を受けて結婚式を挙げてからやっと一月ほどがたち、
新居(といっても、私のマンションに彼女の荷物が入っただけだが。)もようやく片づいたので
今日は私にとっても義弟となる尽君が遊びに来るというわけだ。

彼は彼女の弟らしく非常に、なんというか、その、好奇心が旺盛で平気で学園の廊下で

「姉ちゃ・・・じゃなかった。奥様はお元気ですか?ケンカしてません?」

などと聞いてくるからたまらない。他の生徒の手前慌てた顔も見せられず、対応に困る。

ピンポーン・・・ドアチャイムが鳴った。
約束の時間には大分早いがもう着いたのだろう。玄関へ向かう私の背中に

「え〜っ、もう来ちゃったの〜。尽ったら・・・。」

という彼女の困惑したような呟きがふってきた。

「今、ドアを開ける。良く来てくれ・・・!?・・・」

とそこには尽君にもまして好奇心旺盛な男が立っていた。

「ようっ!ヒマだから遊びに来てやったぞ〜。ん?なんだ、その苦虫を噛み潰したような顔は。」

よりによって同じ日に・・・。
私たちの新(婚)生活についてツッコミを入れる人間がもう一人来訪するとは・・・。
パタパタとスリッパの音をさせながら彼女もキッチンから走り出てきた。

「あれっ?マスターさん!こんにちは〜。遊びに来てくださったんですか?」

「そうなの。差し入れ持ってね。なのに零一ったら君との愛の巣に俺みたいな
 一人もんを入れるのはイヤだって言って入れるの渋ってんだよー。」

そんなことは一言も言ってないだろう!!という抗議の叫びを何とか飲み込む。

「まあ、上がってくれ。」

「はいはい、お邪魔します。」

「じゃ、零一さんとマスターさんはリビングでお茶でも飲んで待ってて下さいね。
 私、今紅茶入れてきますから・・・。」

キッチンに彼女が消えるとあいつがいたずらっ子のような顔で私の脇腹をつついて囁く。

「・・・れ、零一さんだって・・・。どうですか?ご気分は。くくくっっ。」

「・・・結婚したのだから当然だろう!・・・笑うなっ!」

最初からこれでは先が思いやられる。

「こんにちは〜。ねえちゃ〜ん?せんせえ〜?」

来た・・・。もう一人の来訪者が・・・。

「良く来てくれた。いらっしゃい。」

「お邪魔します。あ、何か良い匂いする。」

「朝から一生懸命作っていたようだった。様子を見てくると良い。」

初めてあったとき小学生だった彼も今では高校生。背も非常に伸びて彼女をとうに追い越した。
姉である彼女を非常に慕っているのだろう。結婚式の時に真っ赤な目をしていたのが印象に残る。

「は〜い、お待たせ。」

やがて彼女と尽君が大皿に綺麗に盛り合わせられたオードブルと、皿やグラス、
クラッシュアイスをいっぱいに詰め込んだワインクーラーなどを運んできた。

「おお〜っ、がんばったねえ。これこの中で冷やしても良い?」

あいつが持参したワインのボトルを指し示す。

「辛口の白なんだけど、酸味がきつくなくてフルーティーだから飲みやすいよ。」

「ありがとうございます。たいしたものは作れなかったんですけど、どうぞどうぞ。」

私たちのためにオードブルを取り分ける彼女を見て尽君がぼそっとつぶやいた。

「・・・昔はチョコすら俺に手伝ってもらってたのになぁ。姉ちゃんも進歩したよ・・・」

「こら、尽!余計なことは言わなくて良いのよ!」

「はいはい、で、メインは何なの?」

「ビーフシチューよ。お祝いに珠ちゃんから圧力鍋もらったから作ってみたの。」

そんな姉弟のやりとりを笑って眺めていたあいつがきりだした。

「ねえ、零一って結婚してから変わった?学校で。」

「う〜ん、そうですねえ・・・アンドロイドっていう噂はもう消えたかな。
 たまに姉ちゃんお手製の弁当持ってきてるみたいだけど、絶対見せてくれないんだ。これが。」

「つ、尽っ!あんたお弁当見せろだなんてそんなこと零一さんに言ってるの?」

「だって、姉ちゃん卵焼きすら焦がしてたじゃん。」

「大丈夫だ。栄養のバランスの取れた彩りも美しいものを作ってくれる。」

「幸せだなあ、零一は。俺にもたまに作ってくれない?」

な、何て事を言うんだ!こいつはっ!そんなことを言ったら・・・。

「はい、いいですよ〜。じゃ、今度二つ作りますね。」

ほらこれだ・・・。根っから世話好きの彼女が断るはずがない。
わかっててからかうんだからな。まったく・・・。

「うそうそ、冗談だよ。ヤキモチ君に恨まれるのゴメンだから。」

「誰がヤキモチ君だ!誰が!!」

何のかんのと突っ込まれながらも場は和やかに進み、酔いも回ってきた頃だった。
彼女とあいつがキッチンに後かたづけに立ち、リビングに二人きりになったとき、
尽君がしみじみ言った。

「でもさあ、先生が姉ちゃんと結婚してくれて本当に嬉しかった。今の姉ちゃんは
 本当に幸せそうだもん。あの頃の姉ちゃんはすっごく嬉しそうなときもあれば
 こっちの胸まで切なくなるほどしょんぼりしてるときもあってさ・・・。
 ああ、片想いって辛いんだなあ、って思った。あの頃俺はまだ小学生でろくに
 姉ちゃんの助けにもなれなくて・・・。あ、先生の誕生日くらいは何とか調べたけど。」

「・・・私も今がとても幸せだ。私たちは教師と生徒という立場だったから、当時の私は
 何度も彼女に対する想いを封印しようと思った。しかし、恋しい想いというものは
 決して堰き止められることなく強く流れ出すということを知ったんだ・・・。」

「うわっ、学校の奴らが聞いたら赤面しちゃうようなこと、サラッというんですね〜。」

「他言無用だぞ。」

「もちろんですよ。口止め料高いけど。」

二人で大笑いしているところに彼女とあいつが戻ってきてきょとんと見ている。

「良かったな、零一。ホント今のお前、いい顔になったよ。」

低く暖かみのある声であいつがそう呟いて、私の肩をポンポンと叩く。
ゆったりとした優しい時間が私たちの間を流れていった。





fin.


★すっかり遅くなってしまいましたが10000ヒット記念フリーSSです。
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