「櫻の木の下で」 vol.2(前編)
滝櫻の花びらがひらひらと散る季節になった。
私の一番のお気に入りの場所。
ここでフルートを吹くと、すごく落ち着いて感情が込められるような気がするから
個人練習の時はいつもここにいる。
「おーい!!がんばってる〜?」
校庭の向こうから大声で奈津実が叫びながら走ってくる。
「チア部の練習どうしたの?」
「ん?今ちょっと休憩。」それにしても、と奈津実が続けた。
「今年もおんなじクラスになれて良かったよね。でもさ〜担任が二年連続で
ヒムロッチとはねえ。今年こそぎゃふんと言わせて・・・」・・・と背後からくすくすと
静かな笑い声が聞こえた。驚いた私たちが振り返るとそこには一人の女性。
二十歳過ぎくらいだろうか?瞳がとても優しそうで、控えめな化粧が理知的な印象だった。
「ごめんなさい、立ち聞きのようになってしまって。あの、あなた吹奏楽部?
氷室先生、今どちらにいるかご存じ?」
フルートを持っていたせいか彼女は私に向かって訪ねた。
「えーっと、数学準備室か音楽室だと思うんですけど。」
「ありがとう、じゃさがしてみるわ。」そういうと彼女は校舎の方に歩み去った。
後に残された私たちはちょっとぼーっとしてしまう。
「きれいだったね〜今の人。すっごくオトナって感じ。ヒムロッチのこと探してたけどOBかな?」
「うん、多分そうだよね。」
「あれっ?もう10分たったんだ。やばっ、もどんなきゃ!じゃね〜。」
奈津実が走り去ったあと、私はなぜか微かに胸が痛くなるのを感じながら練習を続けた。
その夜、奈津実から電話があった。
「もしもし?アタシ。まだ起きてた?」いつもより低いトーンの声に少し不安が募る。
「あのさ、今日の彼女いたでしょ?チア部の練習終わったあと、ヒムロッチと彼女見ちゃったの。
音楽室ですっごく楽しそうに話しててさあ。」私の胸がまた微かに痛む。
「うん、それで?」
「ずっと張り付いてるわけにいかないから、帰ってきたけどアンタがんばんないと!どーするよ?恋人とかだったらさあ。卒業するまで想いを告げられない、なんて悠長なこといってないで・・・」
「うん、ありがと。きっとただの卒業生だよ。」私は自分自身に言い聞かせるようにつぶやき、
あとはとりとめもない話をして電話を切った。
次の日、全体練習のために音楽室へ向かうと輝くような音色のフルートの調べが聞こえてきた。
驚いてドアを開けると演奏していたのは昨日の彼女。そしてそばには氷室先生もいる。
「ああ、君か?ちょうどいい。紹介しよう、彼女は私が初めて教師としてこの学園に着任したときの吹奏楽部部長で今春、一流音楽大学の器楽科を卒業した。楽器も同じフルートだ、色々教えてもらうといい。」
彼女は全体練習のあと、丁寧に私の演奏をチェックしてくれた。とても優しくて的確な指導だった。
先生は私たちの練習が終わるまで待っていてくれて、車で送ってくれることになった。
車内では彼女が着任当時の先生の初々しい話をしてくれた。今の先生からは想像もつかなくて楽しかったけれど、
私の家の前で二人を乗せて走り去る先生の車を見ながら、自分のうちに芽生えた「嫉妬」と呼べるような感情に戸惑い、優しい彼女に対してそんな感情を抱く自分がとてもイヤだった。
それから毎日のように彼女は学園を訪れて、吹奏楽部の練習に参加し、私の個人レッスンをしてくれた。
一週間ほどたつと、生徒達の間では彼女が先生の恋人だという噂が立ち始める。
ある程度予想は出来たことだったけれど、私は体がぐらりと揺れるようなショックを覚えた。
to be continue・・・→vol.2後編へ