
さよならは言わないで
TAKE NO FAREWELL
ロバート・ゴダード
Robert Goddard
扶桑社ミステリー(上・下)
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建築家ジェフリーは殺人を報じる新聞記事に驚愕する。人妻コンスエラが毒を盛り、夫ヴィクターは助かるが姪が死亡。このヴィクターの家こそ彼の出世作だった。依頼主の妻として出会ったコンスエラ。愛のない結婚生活に耐える彼女といつしか激しい恋に落ち、駆け落ちまで約束するが、直前に建築家としての野心のため彼女を棄てる。一人の女性の夢を踏みにじった罪の意識は12年後の今も消える時はなかった・・・・・彼女に殺人など犯せるはずがない。そう確信した彼は事件を調べ始めるが、あらゆる証拠は彼女の犯行を裏付ける!
何でゴダードという作家は、こんな作品を描けるのだろう?と読みながら何度思った事か・・・。そしてエピローグを、何度読み返した事か・・・。
1920年代のイギリスを舞台にした、ゴシック・ロマンミステリィ。建築家のジェフリー・スタッドンは、妻との満たされない生活を送っている。全てが上手くいくはずだった自身が選んだ道。素晴らしい女性との愛よりも、建築家としての野心を選んだのに、あの若き日の最高傑作を超える作品は産み出せない。つのる後悔の念と罪の意識。
かつて愛した女性を救う為事件を調べるが、彼女への疑念は消えず、そしてその全ての原因は自分の卑劣な行いにあると悩む。そして調べていくうちに浮び上がる現在の真実、過去の真実。
緊迫した情勢の中で、ゆったりと感じられる様に物語は進む。このリズムと情感は、やはり戦前のヨーロッパを舞台にしたミステリィだからこそ、という気がする。そうした中で、過去の悔いに生きる男の行動は、けっしてヒーローの行動とも思えない。だが、それだけに読者により近い、悩める普通の人間の行動だと思われる。
とても上質の小説を読んだ実感が有る。良かった。
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死者の代弁者
SPEAKER FOR THE DEAD
オースン・スコット・カード
Orson Scott Card
ハヤカワ文庫SF(上・下)
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宇宙に進出しはじめた人類が初めて遭遇した地球人以外の知的生命体、それが昆虫型異里人のバガーだった。だがコミュニケーション不足のため戦争となり、最終的には双方の種族に不幸な事態を招いてしまった。その事件から三千年、銀河各地に植民して領土を広げていった人類はついに第二の知的生命体に遭遇した。あらたに発見した惑星ルジタニアに入植しようとしたところ、森に住んでいる動物ピギーが高度の知性と能力を持っているとわかったのだ。今度こそバガーのときのような過ちは繰り返すまい‥‥‥人類はピギーと慎重に交渉しはじめたが!?
「エンダーのゲーム」の続編。「エンダーのゲーム」を読まなくても充分に楽しめるけど、エンダーのゲームを読んでからの方が感動も深いと思います。
基本的には異文化との接触と、夫婦・家族の愛情をテーマとした作品。ビギーとの接触は、全く価値感が異なるが対等な二つの文化の接触というより、何やら未開地の野蛮人との出会いを描いているようで少々気になりますが、エンダーの生き方というのは、その最大の理解者である姉と共に感動的です。
自らの贖罪の為に「死者の代弁者」を名乗り、思いを残して死んだ人の気持ちを代弁するエンダー。彼が最初に代弁したのは、彼が滅ぼしたバガーであり、それが為に本来は英雄であるはずのエンダーの社会的な地位は地に落ちてしまう。「死者の代弁者」とは、ある種の宗教の様でも有り基本的人権のような一つの権利の様でもある制度。
人が人を理解する事すら難しいのに、全く価値観の異なるエイリアンを理解する事など、到底不可能な事だろうと想像するが、それをこの様な形で表すカードの理想主義というのは、特に昨今の民族間の不和による大量殺戮事件が続く中、やはり貴重な物だという気がする。
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処刑室
THE CHAMBER
ジョン・グリシャム
John Grisham
新潮文庫(上・下)
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1967年、サム・ケイホールはKKKの一員として、ユダヤ人弁護士の事務所に爆弾を仕掛けた。この爆発で弁護上の双子の息子が即死。サムは起訴され、死刑判決をくだされた。事件後20年、ミシシッピ州刑務所の死刑囚舎房に収監されているサムの元へ、若い弁護士が訪れた。彼は、サムの実の孫だったのだ!死刑執行日までわずか4週間。アダムは祖父の命を救うことができるのか?
良かった、感動した。解説にも書いてあったけど、デビュー作の「評決のとき」に近い感じの作品。グリシャムの作品は、テンポ良くどんどんと話が展開して行って、キレの良い作品が多いが、「処刑室」はどちらかと言えばスローペース。でも緊迫感は素晴らしく、何よりも古きアメリカ南部の人種差別的な社会環境と、そこで育ち影響を受けざるを得ない無学な人間の人生を、なんと残酷に、しかし感動的に書いていることだろう。
KKKの元団員サム・ケイホールは、昔起こした弁護士事務所爆破事件の犯人として死刑判決を受け、その8年後に執行停止処分が解かれ、処刑される事となる。死刑を猶予させる為に与えられた時間は、僅かに4週間。それを担当するのは、弁護士になってまだ間がない新人アダム・ホール。実はアダムの父エディは、サムの行為を恥じて自殺したサムの実の息子であり、アダムはサムの孫だった。という訳で、アダムがケイホール家の過去、即ち自分自身の先祖の事を知ろうとする事に主眼を置いて物語は進行する。アダムにそれを語るのは、彼の叔母リーだが、リーも又心に深い傷を負いアル中になっている。
人を不幸にしてしまう無知と偏見。死刑囚となり、刑務所内でじっくりと考えたが故に、自己の今までの愚かしい行動に、自分自身が嫌悪感さえ抱くようになるサム。
読む前は、無実の死刑囚である祖父の汚名を晴らすために、優秀な孫が獅子奮迅の大活躍で真実を明らかにし、祖父は釈放されメデタシメデタシとなる話だとばかり思っていたが、だいぶ違う展開でした。それでも、この作品は非常に面白いし、感動的でも有る。機会が有ったら、是非読むことをお奨めします。
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スキップ
北村薫
新潮文庫
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昭和40年代の初め。わたし一ノ瀬真理子は17歳、千葉の海近くの女子高二年。それは九月、大雨で運動会の後半が中止になった夕方、わたしは家の八畳間で一人、レコードをかけ目を閉じた。目覚めたのは桜木真理子42歳。夫と17歳の娘がいる高校の国語教師。わたしは一体どうなってしまったのか。独りぼっちだ−でも、わたしは進む。心が体を歩ませる。顔をあげ、≪わたし≫を生きていく。
期待にたがわず良かった。何となく、もっとSF・ファンタジィっぽい雰囲気なのかと思っていたけど、全体的な印象は優等生的な青春物語、という感じかもしれない。
17歳の女子校生の私、一ノ瀬真理子は目が覚めると42歳の高校教師になっていた。夫も娘もいる。25年の歳月をスキップしてしまったみたい。さて、どうなるのやら・・・という訳で、よくSFなんかで過去に戻る話(グリムウッドのリプレイの様な)はあるけど、未来に行く話は案外と少ないかもね、なんて思っていたけど、これって普通に考えれば記憶喪失なんだよな。でも確かに当人にとっては、その間の記憶は全くない訳で、タイムスリップと同じです。昔、F・ブラウンが同様のテーマのショート・ショートを書いていて、何気に恐ろしく、気の毒に思った記憶が有るけど、この小説の主人公はあくまでも前向きです。そこが素晴らしい。彼女は優等生すぎるけど、そういうのが本来は大切な事なのでしょう。
純粋な人間が、真剣にしかも楽しく生きていく有様を描いて、読者に感動を与えてくれる名作だと思います。
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蝉しぐれ
藤沢周平
文春文庫
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朝、川のほとりで蛇に噴まれた隣家の娘をすくう場面からはじまるこの物語。舞台は藤沢読者になじみ探い海坂藩である。清流と木立に囲まれた城下組屋敷。淡い恋、友情、そして悲運と忍苦。ひとりの少年藩士が成長してゆく姿をゆたかな光のなかで描いたこの作品は、名状しがたい哀惜をさそわずにおかない。
まさしく上の解説の通りです。江戸時代の武家社会を舞台にして、「青春」と「成長」を描いた素晴らしい作品です。自分で75点と評価しておいて言うのもなんですが、この作品のリリシズムは、もう何とも言えない良さがあります。75点なんて付けて申し訳ないくらい。
主人公が少年の時に、藩内の抗争から一家に着せられる汚名。尊敬する父親の死。それに落ち着いて立ち向かう少年と家族、友人たちとの変わらぬ友情。年上の女性に対する慕情と、隣家の娘に対する淡い恋。そして、少年は青年となり、大人になって行く。
私はこういう話は大好きです。
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戦争の犬たち
THE DOGS OF WAR
フレデリック・フォーサイス
Frederick Forsyth
角川文庫(上・下)
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独裁者キンバ大統領が恐怖政治を敷く西アフリカの新興国ザンガロに、有望なプラチナ鉱脈があることを、イギリスの大資本マンソン合同鉱業は探りあてた。その報に接した瞬間、マンソン社の会長ジェームズ卿の頭の中に、おそるべき陰謀が組み立てられた。それからほどなく、パリに住む白人傭兵のリーダー、キヤツト・シヤノンのもとへ、卿の使者が送られた。巨額の報酬と引きかえに提示された依頼は、ザンガロに軍事クーデターをおこし、大統領キンバを抹殺することだった。ジェームズ卿の狙いは、プラチナ採掘権の独占にあったのだが、それを知るのは一握りの側近のみだった・‥。
流石にフォーサイス、すごい構成力と人間愛。計算し尽くされたプロットと、個性的な登場人物たちの性格描写。そこに一流のジャーナリストとしての視線が有り、筋の運びとタッチに緊迫感が有る。更にこの作品からは、作者のアフリカに対する非常に深い思い入れみたいな物を感じる。
アフリカを一度知った者は、その魅力から離れられないと言うけど、フォーサイスも、この作品中で彼を代弁する傭兵隊長シャノンも、又シャノンの計画に参加する他の傭兵達も、皆アフリカが大好きという感じがすごく良く滲み出ている。その大好きなアフリカを、私利私欲により食い者にする一部の為政者と、超大国・先進国・多国籍大企業等に対する反感と批判が、文中に溢れている。
傭兵というのは何だろう?金で雇われた兵士が、本気で命を掛けて戦えるのだろうか?以前から疑問だった。しかし、傭兵はけっして金の為だけに戦うのではない、という事をフォーサイスは登場する傭兵の一人ランガロッチの口を借りて主張する。「ほんとうは金じゃないよ。金のために戦ったことなんか、一度もないぜ」
そうだろうね。幾ら金が欲しくたって、たった一つの命を金なんかの為だけには捨てられやしない。どんな建前であろうと、自分の信念に有った意義を見出せない事には、そこまでは出来ない。
色々な点で、実に面白い作品だと思います。
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ダレカガナカニイル・・・
井上夢人
新潮文庫
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僕、西岡悟郎は28歳独身。警備保障会社に勤める、まったく普通の人間だった。あの日までは。あの8月2日の夜、一体僕に何が起こったのだろうか−僕の新しい職場は山梨の小さな村、新興宗教の道場の警備だった。ところが道場が火事になって教祖が死に、職を失って東京に戻ると僕に異変が起こった。僕の頭の中に誰かがいるのだ−井上夢人のデビュー作、多重人格ミステリー。
LOVE STORY。いささか切ない気持ちに、なってしまった。
オウム真理教を思わせる新興宗教の道場。反対派住民との衝突。警備に雇われた僕は、訳も判らずに不思議な現象に巻き込まれる。頭の中で、何かが話しかけてくる。僕は気が狂ったのか?頭の中にいるのは、本当に火事で死んだ教祖なのか?警察は教祖他殺の疑いも有るとしている。現場に戻ってみた僕は、そこで教祖の娘葉山晶子と再会する。
という風に話が進むが、この葉山晶子という女性が素晴らしい。主人公の西岡悟郎は彼女に一目で惹かれるものを感じるのだが、この二人の関係が何とも可憐な印象です。主人公は、どこにでもいそうな平凡な人物かも知れないけど、好青年だし、晶子は清潔で純情可憐な乙女で、気持ちの真直ぐな美女。その二人の結びつきが良かった。ミステリィの要素も確かに有るけど、それよりも主人公と晶子、そして頭の中にいる何者かとの関係が面白かった。
書き出しが主人公の病室から物語が始まるのは、結末を想像させてしまい今一つの感じですが、それでもラストシーンは意外で、成る程と納得すると共に、寂しくなってしまう。読んだ後でいつまでも余韻が残る素敵な作品でした。
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千尋の闇
PAST CARING
ロバート・ゴダード
Robert Goddard
創元推理文庫(上・下)
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一九七七年の春、元歴史教師のマーチンは、悪友からの誘いに乗ってポルトガル領マデイラへ気晴らしの旅に出た。思えば、それが岐れ目だった。到着早々、友人の後援者である実業家に招かれた彼は、半世紀以上前に謎めいた失脚を遂げた、ある青年政治家にまつわる奇妙な逸話を聞かされることになったのだから・・・!稀代の語り部が二重底、三重底の構成で贈る、騙りに満ちた物語。
現代の元歴史教師が、不遇のまま亡くなった20世紀初頭の政治家エドウィン・ストラフォードの回顧録から、彼の失脚の謎を追い求めるうちに出会う運命の気まぐれと人間のさり気ない悪意。
読むうちに、この政治家の悲劇を思うとページを捲るのも気が重くなったが、それもホンの短い間でした。そんな小さな不運や謎などを超越したストラフォードの生き様と誇りと悟りは、読む進むうちに私にまで勇気を与えてくれる。しかし人生とは如何に不公平なものか・・・。多くのものを得るに相応しい高潔な人物が不遇なままで人生を終え、卑怯者が地位や名誉や栄達を手に入れる。
しかしその人生を嘆くでもなく、真実を見極め愛を全うする誇り高い生涯を思うとき、感動せずにはいられない。
謎を追いかける元歴史教師のマーチンは、通俗的な本人が自覚する通り心の弱い人物です。おいおい、と思うところも有りますが、これこそが私に近い凡人の生き様でしょう。そうした物語の中、ヒロインと言えるエリザベスの毅然とした一生にも又、感動を覚えます。
20世紀初頭のイギリスを主な舞台として、運命の明暗と、それに翻弄されながらもけっして屈服しない誇り高き男を描いて感動を呼ぶ傑作ミステリィです。
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ドラゴンになった青年
THE DRAGON
AND GEORGE
ゴードン・R・ディクスン
Gordon R. Dickson
ハヤカワ文庫FT
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「アンジーを返せ!」ジム・エッカートは激怒した。最愛の人アンジーが、霊体プロジェクションの実験中、誤って異次元へ転送されてしまったのだ。呆然とする科学者に業を煮やしたジムは、アンジーを追い自ら異次元へ−だが、着いたところは、ドラゴンが排掴し魔法が幅を効かす中世さながらの暗黒世界。気がつけば、巨大なドラゴンが彼に親しげに話しかけている。それもそのはず、ジムは醜悪なドラゴンに変身していたのだ!
しかも、アンジーは<暗黒の力ある者たち>に囚われていた・・・!?SF界のヴェテランが描く英国幻想文学賞受賞作!
こういうのをユーモア・ファンタジィと呼ぶのでしょう。最初、読んだ時には驚いた。これを読むまでは、ファンタジィのほとんどが、なんというか真面目な話だったのです。それが、この作品はひねりの効いたユーモアで、尚且つそれが馬鹿馬鹿しさを感じさせない。
勿論恋人を救う為に意を決して飛びこんだ異世界で、気がつくとドラゴンになっていた、なんて発想自体が、勇ましい気分でいるのに気が抜けてしまう様な馬鹿らしさでは有りますけど・・・。
魔法使いにしたって、バランスと自分の勘定残を考えながら魔法を使う。ザンスのシリーズの様に語路合せの世界の面白さとは、又違った楽しさがあります。品の良い上質の、ユーモア溢れるファンタジィです。 |

ななつのこ
加納朋子
創元推理文庫
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表紙に惹かれて手にした『ななつのこ』にぞっこん惚れ込んだ駒子は、ファンレターを書こうと思い立つ。わが町のトピック(スイカジュース事件)をそこはかとなく綴ったところ、意外にも作家本人から返事が。しかも、例の事件に客観的な光を当て、ものの見事に実像を浮かび上がらせる内容だった一。こうして始まった手紙の往復が、駒子の賑わしい毎日に新たな彩りを添えていく。
第3回鮎川哲也賞受賞作。何やら得体の知れない作品の様で、すごくつまらないかもしれない・・・とは思ったものの、この続編にあたる「魔法飛行」(現時点では未読)を買ってしまった関係で、やはり続編から読むのはチョットね、と思い購入した作品。但し表紙がキレイだったので、大外れは無いだろうとは想像しました。(案外と関係が有るものです)
北村薫の「空飛ぶ馬」のシリーズと同系列の、身近な謎を解くタイプの連作ミステリィ。主人公の「私」入江駒子の考え方や行動が、北村薫の女子大生のそれと似ている様な気がする。出てくる人も悪意の無い人が多くて、案外と世間は捨てたもんじゃない、なんて思ったりする。
連作ミステリィなんだけど、駒子の19歳から20歳に向かう複雑な時期の成長物語でもあり、様々な事件が起きる度、彼女はひとつ大人に向かっていく。それは又、この作品中に何度も何度も出てくる「ななつのこ」という架空の話の中の主人公の少年はやてとも重なる。
「白いタンポポ」という作品が、感動的で実に良かった。女性作家らしい、緻密で思いやりに溢れたほんのりした気分にさせてくれる作品でした。
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ネゴシェイター
THE NEGOTIATOR
フレデリック・フォーサイス
Frederick Forsyth
角川文庫(上・下)
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石油資源は確実にあと数年で涸渇する−モスクワとヒューストンで二人の男がその不吉な予見に怯えていた.彼らの不安に追い討ちをかけるのが米ソの大幅な兵器削減条約であった。もし批准されれば軍と産業界の一部にとって痛烈な打撃となる。二人の男、ソ連国防軍参謀長と、テキサスの石油王は、それぞれ独自の方法で密かに行動を開始した。その頃、合衆国大統領子息が何者かに拉致されるという事件が発生した。モスクワとヒューストンでめばえた陰謀が、スペインの田舎町に引退したはずの交渉人を人質解放の任務へと引きもどすことになる。
石油資源の涸渇、軍縮による軍需産業の衰退、イスラム世界に勃発する原理主義。これら当時のHOTな話題を巧みに組み合わせて、一大陰謀事件を作り上げていくその手腕は、本当に素晴らしい。そうした中で、事件に隠された謎を追いかけていく孤独な一匹狼の交渉人の姿は、全く読者を物語に引きずり込まずにはいられない。
この元グリーンベレーの活躍は、CIA・FBIを始めとする各国諜報機関や警察の無能さを際立たせているようで、そこは納得できない点では有るけど、綿密に計算されたプロットと迫力で、1級の冒険小説となっている。交渉人クインの人物造形も、心に過去の傷を負う心優しきタフガイという、ハードボイルドの典型の様な主人公で、共感を覚えます。
東西冷戦の末期の社会情勢を背景にしてはいるけど、今読んでも古さを感じない、読み出したら止められない、本当に面白い小説だと思います。
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緋色の記憶
THE CHATHAM
SCHOOL AFFAIR
トマス・H・クック
Thomas H.Cook
文春文庫
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ある夏、コッド岬の小さな村のバス停に、緋色のブラウスを着たひとりの女性が降り立った−そこから悲劇は始まった。美しい新任教師が同僚を愛してしまったことからやがて起こる"チヤタム校事件“。老弁護士が幼き日々への懐旧をこめて回想する恐ろしい冬の真相とは? 精緻な美しさで語られる1997年度MWA最優秀長編賞受賞作。
非常に重厚な筆致で描かれたミステリィ。今や老境に達した弁護士が回想する、自身の若かりし頃の思い出、そして起きた恐ろしい事件の真相。
現在からフラッシュバックで浮かび上がる、かつての出来事。この手法が実に効果的で、真相が徐々に明らかになって行くと同時に、老弁護士の忌まわしきはずの思い出が、何故か心に染み渡る程美しい。「チップス先生さようなら」を思い浮かべてしまった。全然似ていない話なのに・・・。
事件そのものは、痛ましい事件ではあるものの、ミステリィのネタとしては派手な部類ではない。凶悪な事件もなく、悪人が出てくるわけでもなく、意図的な悪意が有った訳でもない。誤解が招いた悲劇でしかない。それでも起こるこうした事件は、人の心の不可思議さと運命のいたずらを思わずにはいられない。それと共に、思春期の少年の、安定した周囲の全てのものに対する反感と未知へのあこがれを思い、尊敬に値する父親の情愛と、それに対する子供の反発を思う。
エンターティメントであるミステリィというよりも、ミステリィの形式をとった文学作品という印象を受ける作品でした。 |
武器製造業者
THE WEAPON MAKERS
A・E・ウ゛ァン・ウ゛ォークト
A.E.Van Vogt
創元推理文庫
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地球でただ一人の不死人へドロックは,イシャー帝国と武器店という二大勢力から死刑を宣告されて,ついに巨大な宇宙船の中にたてこもった。この宇宙船は、人類の夢を託した恒星間動力船第一号である。ところが、ケンタウルス座めがけて飛ぶへドロックは,別の銀河系から大宇宙船団を組んで侵入してきた超生物の一群に出会った。蜘蛛の婆をした不死身の超生物と戦って,単身地球文明を救わなければならぬ。しかも彼には,まだほかに不死人としての悲願があった・・・・・・
センス・オブ・ワンダーの作家ヴォークトの傑作。たいして厚みのある作品ではないのに、複雑なプロットが進行して、不死人へドロックの秘密と彼の理想が明らかにされていく。
巨大な権力を持ち、地球を支配するイシャー王朝。何度かの戦争を経て、地球はこの帝国の支配下にあり安定した情勢にある。しかしながら、帝国は完全なる独裁政治を行う事は出来ない。何故なら一般庶民に武器を提供し、圧制に抵抗する万年野党とも言うべき勢力武器店があるから。
現実的ではないかもしれないけど、為政者とその監視者としての地位を明確に規定したこういう政治制度も面白いかと思う。今は何となく民主主義が完全なる制度で、批判は許されない様な雰囲気すら有るけど、人の作った制度である以上完全なものは有り得ない。絶対君主制の方が上手く機能する場合もあるでしょう。ただ批判を許さない制度というのは、とことん悪くなる可能性が高い訳で、そういう点で、為政者よりもある意味では強い力を持つ万年野党という発想は面白い。
勿論、この作品はそういう世界を描いているけど、基本はエンターティメント。不死人ヘドロックの活躍が、単純に壮快です。 |

鉄道員(ぽっぽや)
浅田次郎
集英社文庫
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娘を亡くした日も、妻を亡くした日も、男は駅に立ち続けた・・・。映画化され大ヒットした表題作「鉄道員」はじめ「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」「オリヲン座からの招待状」など、珠玉の短篇8作品を収録。日本中、150万人を感涙の渦に巻き込んだ空前のベストセラー作品集にあらたな「あとがき」を加えた。第117回直木賞を受賞。
流石に平成の泣かせ屋「浅田次郎」。涙なくしては、読むことが出来ない短篇集です。色々なご意見は有りましょうが、やはり私は表題作が1番ずん!ときました。
鉄道員という職業に意地と誇りをかけて、妻子の不幸にも涙ひとつ流さずに、愚直なまでに勤め上げた男の生き様と、それを暖かく見守る周囲の人々。そんな彼のもとに現れる少女は、まさしく神の使いなのでしょうか・・・。子を思う父親の心情と、父親を慰める娘の心根が何とも感動的じゃあないですか。きっとこうなると思いつつ、その通りに話が進み、それでいて涙が溢れてくるなんて。
「ラブ・レター」だって、現実感は全くないけど綺麗な話じゃあ有りませんか・・・。兎も角、この本は絶対に通勤電車の中では読まない事をお奨めしますぜ。 |

燃える男
MAN OF FIRE
A・J・クィネル
A.J.Quinnell
新潮文庫
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かつては外人部隊で勇名を馳せたアメリカ人クリーシイも今や五十歳目前、虚無感に陥りかけていた。そんな彼が、とあるイタリア人実業家の令嬢ボディガードに雇われ、十一歳の少女との心の交流を通じて人生に希望をとり戻してゆく。だが娘は何者かに誘拐・惨殺されてしまった。
怒りに燃えたクリーシイは、たったひとり復讐に立ちあがる! −クィネルのデビュー作、待望の登場。
まるで心を持たないかの様な、クールで危険で人付き合いをしない男が、無垢な少女との心のふれあいの中で、人間性を取り戻していく。二人は気が合った。少女は寂しく、彼の人生も虚しかったから・・・。お互いに人の心がわかったから・・・。そんな時、少女が彼の目の前で何者かに誘拐され惨殺される。この時の彼の無力感と怒りは、どんなだったろうか・・・。
この物語の、ここまでの内容を知らずに読んでいたら、自分でもさぞかしショックだったろうと思う。やはり若い命が失われるのは、ましてや卑劣な人間の欲望の為に失われるは、実に腹立たしい。だがそれ故に、その後のクリーシイの無謀な復讐劇が、気分的にはスッキリする訳です。そしてその気分は、彼を応援する人々の気持ちと共通する。
作中で彼が徐々に人々に認められ、40歳を過ぎてから人間的に成長して深みを増していく辺りも面白い。人付き合いが不器用だった人間が、素朴な人々と付き合う内に、本来の魅力を発揮していく。
基本的には、タフで暴力的な男の物語ですが、映画「ランボー」の様な面白さが有る作品だと思います。予想以上に面白かった。 |

夜の蝉
北村薫
創元推理文庫
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呼吸するように本を読む主人公の「私」を取り巻く女性たち−ふたりの友人、姉一を核に、ふと顔を覗かせた不可思議な事どもの内面にたゆたう論理性をすくいとって見せてくれる錦繍の三編。色あざやかに紡ぎ出された人間模様に綾なす巧妙な伏線が読後の爽快感を誘う。
第四十四回日本推理作家協会賞を受賞し、覆面作家だった著者が素顔を公開するきっかけとなった第二作品集。
「空飛ぶ馬」に続く「円紫師匠と私」シリーズの第2作品集で、「朧夜の底」「六月の花嫁」「夜の蝉」の3つの作品から構成されている連作短編集。連作短編集の形をとってはいるものの、この作品はこれで一つの形を作っている。「空飛ぶ馬」では登場しない姉が、脇役ながらもこの作品の主題に相応しく、重要な役柄で登場する。
謎解き、という点では別に左程の興味をそそられる訳ではないけど、女子大生の私の感性と落語家の円紫師匠の人柄、そして彼らを取り巻く人々の生き方・感じ方が興味深く、著者の博学な点も嫌味がなくて、サラサラと読めてしまう。
メインテーマは姉妹の情愛か?美しい姉と、何となくその姉に引け目を感じ距離感を感じていた「私」の心の通い合い。それは「私」の成長の証でもある。確かに、空飛ぶ馬からこの作品にかけて、「私」は成長している。その若い女性の伸びやかに成長する姿を、身近な謎解きを絡めて書き上げた気品のある作品だと思います。
特に夜の蝉の記憶には、幼い頃の記憶の切なさを感じました。いい作品です。 |

リオノーラの肖像
In Pale Battalions
ロバート・ゴダード
Robert Goddard
文春文庫
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ミアンゲイト館でいったい何が起こったのだろう、かつては笑声に満ちていた家族の館に? ソンムの会戦で帰らぬ人となった父。自分を生んだ直後に世を去った母。館の客人を見舞った殺人事件一
リオノーラ・ギャロウェイは生きる情熱を、館にたちこめる謎を解くことに捧げたのだが、ある日・・・・
重厚なミステリー・ロマンの傑作。
格調が高い本格ミステリィ。パワーストック卿ハロウズの孫娘として育てられたリオノーラだが、その毎日は陰惨で孤独で、深い謎に包まれたものだった。陰気な老人で、リオノーラを悲しみに満ちた視線で見つめる祖父。激しい憎悪を隠そうともしない祖母。リオノーラを無視するかの様に振舞う使用人たち。それはリオノーラが私生児だからなのか?
祖父が亡くなり、そして祖母が亡くなった時にリオノーラの前に現われた男から語られるハロウズ家の物語。明らかになっていく謎。
イギリスの地方貴族の邸宅を主な舞台とした物語は、どことなく郷愁を誘い、話の内容からすれば本来は暗い情景で有っても不思議はないのに、何故か晴れ渡る青空が目に浮かぶ。登場人物がそれぞれ回想を語る形式で綴られる物語は、幾層にも重なった謎の解明を効果的に映し出す。
戦争と当時の社会が生んだ悲劇。運命に翻弄された人々ではあるけれども、リオノーラ・ハロウズの清らかで毅然とした生き様が、哀しく胸を打つ。
「リオノーラ、幸せにおなり・・・・」の言葉が、これを語った人物像とともに印象深かった。確かにリオノーラは、幸せになったに違いない。その両親の分まで・・・。 |

ラプソディ
RHAPSODY
プロフェシィ
PROPHECY
デスティニィ
DESTINY
エリザベス・ヘイドン
Elizabeth Haydon
ハヤカワ文庫FT
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「ラプソディ 血脈の子」「プロフェシィ 大地の子」「デスティニィ 大空の子」と続く3部作。 |