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「第拾壱回 東村山音頭」
これは先に採り上げた「徒花」こと志村けんを見事開花させた「奇跡の歌」である。その奇跡にあやかるために、この歌(ネタ)について採り上げてみた。このネタは笑いの基本である「三段落ち」になっていて、四丁目から始まって三丁目、そして一丁目になるのだが、「丁目」が若くなるにつれて歌詞がいい加減になっていくのである。合唱発表を終わろうとした指揮者いかりやに対し、「おいおいちょっと待てよ。まだ終わってないよ」と志村が割り込む。客も視聴者もこの台詞を今か今かと期待しているのだ。合唱団服を脱ぎ捨てハッピ姿(四丁目ヴァージョン)になり四丁目がスタート。この歌詞は原曲(本物)らしく、自分の地元を十二分にアピールしている。「次、三丁目行ってみようか」ということで三丁目バージョンのハッピにクロースアウト。三丁目の歌詞は、四丁目のそれと比べてあまり内容がないが、一応「音頭」の体裁を保ったものであった。何故か二丁目が無く一丁目になる。一丁目のハッピが出てくるかと思いきや、何とバレイ服。しかも股間部に白鳥の尾頭・羽根付き。さらに歌詞は「イッチョメ、イッチョメ、WOW!!」の連呼。もはや「音頭」のかけらすら存在しない内容である。最後に見かねた指揮者いかりやが、突っ込みを入れてコント終了。真似される方は、突っ込み役を仕込むことをお忘れなく。 |
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「第拾弐回 豊郷小学校」
今日本中で最も有名な小学校ではないだろうか。取り壊しか残すべきか。裁判沙汰から町長リコール、そして小学校校長の辞任までに発展したこの事件。メディアは連日のように報道したいた。特に「バールのような工具を持った作業員に暴行を受けて、廊下に倒れ込んだおばちゃん」のシーンは印象的だ。これを観た視聴者の抱く感情は「何て酷いことを。こんなことを命令した町長なんか辞めちまえ!!」と思うであろう。しかし私はこのシーンに疑問を感じる。先にアメプロ・レスラーについて採り上げた。レスラーは「テレビ中継の際はカメラ位置を把握する」のである。このおばちゃんも「カメラが何処でまわっているか、どうすれば視聴者の心を掴むか」を把握していたのならどうだろうか。「そんな疑問を抱く葛葉も最低だ!!」とお思いになるだろうが、これサヨクの常套手段。テレビで伝わってくるのは「反対派からの視点」ばかりである。この問題の本質は何か。「学校での主役は誰か?」をもう1度振り返ってもらいたい。テレビでこの学校に通う子どもたちの意見が流れたであろうか。「古いから新しいのにしよう」「有名な人が建てた伝統ある校舎を残したい」。両方の気持ちは確かに正しい。だが大人はあの学校を使わない。子どもたちからしてみれば「要らぬお世話」と思ってるのでは… |
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「第拾参回 靖国参拝について北朝鮮のコメント」
小泉総理が靖国を今年も参拝し、アジア諸国から反発をくらっている。靖国神社についてはそのうち採り上げるとして、今回は1月16日に出された北朝鮮の「小泉首相、靖国参拝についてのコメント」について述べたい。奴等の言い分はこうだ。「靖国神社はA級戦犯を祀ってあり、それに対し国家元首が参拝するということは、戦犯の犯した行為を正当化するものである」というものだ。中国・韓国も同じ内容のことを言ってきているが、それは敢えて目を瞑ろう(認めた訳ではない。後日触れるからである)。北朝鮮がこの文句を言ってくることに憤りを感じているのだ。「拉致問題」である。ワイドショーなどで頻繁に名が出てきた「辛光洙(シン・ガンス)」なる人物をご存じだろうか。メディアを持ってるすべての北朝鮮人なら、「辛光洙=英雄」という認識で捉えている。この英雄は何をして英雄になったか。日本人(原敕晁さん)を拉致して英雄になり、表彰までされているのである。つまり北朝鮮は拉致という犯罪を犯した人が罰せられるどころか英雄になれるおめでたい犯罪認識の国なのである。「日本という国では、戦争でどれだけ人を殺しても、戦争で死ねば靖国で神になれるのだ。A級だろうとB級だろうとケチくさいことは言わず、戦犯もみな神になれるのだ。我が国の認識に通じるものがある」とでも言ってくるならまだ話が通るけど。「アジアの人たちを大勢殺させた首謀者(戦犯)を神として崇めること」と「よその国の罪もない国民を拉致し、その功績を讃えられ英雄として余生を送っていること」。あとは言うまでもない。北の理不尽さについては、気が向いたらこれからも書いていく。 |
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「第拾四回 ナイトライダー」
「騎馬兵」のことではない。主人公マイケル・ナイトとドリームカー「ナイト2000」が、犯罪に立ち向かっていくアメリカの連ドラのことである。80年代後半に民放で放映された。これを観たすべての人が「ナイト2000」という車に憧れたのではないだろうか。黒のトランザム、銃弾を弾き返す特殊硬化塗装、オートドライブ、ターボブースト(川1本ほど飛び越えられる)、電波を送り鍵を開ける、タイヤをパンクさせる、ハッキングできる。そしてなにより凄いのが、喋るのだ。喋るっても「次の交差点を、左折です」のようなチンケなものじゃない。スーパーコンピューター「Knight Industry Two Thousand (頭文字だけ取って、通称キット)」は相互の会話ができるのである。時には作戦のアドバイス、時にはマイケルを茶化すジョークなど、まるで人が入っているかのような車なのだ。このドラマが放送終了してから約12・3年が経つ。今の車はどれだけこのドリームカーに近づいたか。 |
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「第拾伍回 とある密談…」
ビックマッチを控えたAジムとBジム。両オーナーが何やら電話で密談を…
A 「今度のビックマッチについてだ。うちは第1Rから派手にいかせてもらう。」
(今年の我が国の動向についてだが、うちは1月から派手に動くよ)
B 「どう来るんだ?」
(靖国参拝か?)
A 「ああ、まず定石通り、右のストレートからだ。」
(そうだ。昨年同様、首相自ら参拝する)
B 「よし分かった。左に軽く流すことにするよ。今回は早いラウンドから来るなあ」
(分かった。例年の通りこちらは「遺憾の意」を表明する。しかし1月とは早いなあ)
A 「あいつは8ラウンド目で勝負したいそうだが、それじゃマズイってんで1Rにしたんだ。」
(首相は8月に参拝したのだが、やはり現在の情勢に配慮して1月にしたんだ)
※( )内の台詞に深い意味はない… |
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「第拾六回 意外な歴史史料」
「懐かしの映像特集」をテーマしたテレビ番組が時々流れる。先日ドリフターズの懐かしい映像を目にした。いつ見ても、落ちが分かってても笑えてしまう。志村けんにもいかりや長介にも毛があった…いやいや、それよりも注目すべきはセットや衣装。ドリフに限らず、テレビのセットはその時代の姿を写している。長介のサラリーマン姿を見ても、あんなコテコテのサラリーマンをもう町で見かけることはない。昭和のサラリーマン姿であり、大袈裟かもしれないが、昭和のサラリーマン像を映してる歴史史料なのである。
昭和の史料としてもう一例。誰もが知ってる「ドラえもん」。野比家の電話はどこにあるか覚えているだろうか?玄関に入ったすぐの所に置いてある。では「サザエさん」の磯野家の電話はどこか?玄関入って廊下を進んだ所にある。いずれも「入ってすぐ」の所だ。これは作品が登場した時の「家庭電話の普及率」に関係がある。当時一家に一台家庭電話があった時代ではなく、電話のある家に、その家の近所の人宛の電話も架かって来た。電話の家の人は「誰々さん、電話だよ」とその家の人を呼びに行く。「はい分かった」とその人が家に来る際、電話が家の奥に置いてあっては不便であろう。だからわざわざ家の中に入らないで済むように、「入ってすぐ」の所に置いてあるのだ。このようにアニメも重要な歴史史料。他にも探してみてほしい。(そしてネタをください) |
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「第拾七回 えんがちょ」
「タッチ」「今、誰々さんが持ってるよ」「キャーこっち来ないで!」。汚い物を触っちゃって、その手を他人になすり付けると、だいたいこの遊びが始まる。小学生の頃よくやった。今でも小学生はやっている。「バリア」なるものも存在した。それをすると触られても大丈夫になる。地方によってその掛け声は様々。この遊び、誰から教えてもらった訳でもなく、汚い物触った手で触られたから、今度は自分が触り返す。そうすると自分は清潔になる。それの繰り返しをしてる簡単なルールである。つまり「感覚的な汚れのバトン渡し」みたいなものである。これ、外国人は理解できないのだ。原因は「感覚的な汚れ」である。日本人は目には見えないが、汚れていると感じてしまう不可思議な感覚をもっている。他人の使った箸を使うことになったらどうだろう。完全に消毒し「絶対に無菌」の太鼓判を押された箸であっても、どこか敬遠してしまう。目には見えない汚れを感じてしまっているからだ。これも「他人の使った箸は汚い」と誰からかに教えたれたわけでもなく、自然と身に付いていた知識である。井沢元彦氏はこれを「穢れ」と呼んだ。日本人はこれからもこの「穢れ」に束縛さつづけるであろう。 |
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「第拾八回 週刊 御意見番」
日曜の朝8時、TBS系列で放送している「サンデーモーニング」の名物コーナーのこと(8時45分頃開始)。私はこのコーナーが大好きである。球界の大御所、大沢親分と張さんが1週間のスポーツトピックスについて採点・評価する内容である。張さんは稀に別会場からの「合成映像中継」を行うこともある(説明が難しいから是非一見を)。「採点・評価」とはいっても、良かったら「あっぱれ!!」、悪かったら「喝!!」という簡単な絶対評価なのではあるが、球界の大御所の発言だけに重く聞こえてしまう。この「週刊 御意見番」は司会の関口宏が、トピックを中吊り形式にしたプレゼンで行われるのだが、最初はプロ野球ネタから始まる。シーズン中はほぼ「喝!!」の連呼だ。次に大リーグネタ。昨シーズンはイチローネタはほぼ「あっぱれ!!」であったが、新庄ネタはすべて「喝!!」。鬼の張さんは黙っちゃいない。「喋りじゃなくプレーで魅せろ」と何回聞いたことか。その後は相撲・ゴルフ・マラソンなどと続いていくが、コーナーの最後のトピックにはお約束のように関口が質問する台詞がある。「マスターズ・リーグ、まだやってるんですね…」と。すると大沢親分が「アンタ、毎週毎週失礼だね。ちゃんとやってますよ。有り難いことにサンデーモーニングは全面バックアップしてくれてるんだから」と注意する。コテコテだが、何故か毎週期待してしまうやりとり。先週は初めて親分が関口に「喝!!」を与えた。 |
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「第拾九回 シフト」
「F1からM3へ」。時代の流れは今こうなっている。F1とは「Female1」の略で「女性第1世代」とでも訳せるか。20歳から34歳の女性のことを指す。M3は「Male3」の略で50歳以上の男性のことである。今までは「F1をターゲットにした商品開発・市場戦略」が成功の絶対条件であった。それが「F1からM3」へシフトしたのだ。いわゆる「オヤジ」を対象にしたケータイ・歌などが次々とヒットしているそうだ。中島みゆきの「地上の星」も一例であろう。コンビニ大手「セブンイレブン」も50代をターゲットにしたCMを放送している。
漫画・アニメ・ゲーム界もターゲットをシフトしている。かつての対象は子どもであった。しかし現在の対象は、標的にしてた当時の子ども、つまり今の20代である。ゲームメーカーのナムコが「ヒットするゲームはどんなものか、こっちが聞きたい。今の子どもが何を求めているか分からない」と新聞のインタビューに答えていたのが、今の漫画・アニメ・ゲーム界すべての本音だと思う。だからみんなかつての標的を求めて「リメイク」に走る。我々が見ていた漫画・アニメが、未だに店頭に並んでいるのはそのせいだ。 |
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「第弐拾回 天才の歩んできた道 其の弐」
昭和10年生まれ。岡山県岡山市出身
明治大学から東映フライヤーズ・ピッチャーへ。しかし試合中の怪我のため、プロ生活を断念し映画俳優となり、悪役俳優として名を馳せる。「網走番外地」「人生劇場」「飢餓海峡」「仁義なき戦い」など、東映映画全盛期に悪役俳優として悪の限りをつくす。
昭和58年、悪役商会を結成。当時のグループ入会条件は 「700回以上殺されて、2000人以上殺した悪役俳優であること」だそうだ。
時には悪役だから、時には悪役なのに。そんな第二のキャラと引き出し、「AC公共広告機構〜他人の子も叱ろう 大人を逃げるな」「キューサイ青汁」「寅壱」「みすず高野豆腐」など多数のCMに出演。「まず〜い!! もう一杯!!」のフレーズは有名。
現在は警視庁の青少年健全育成推進ポスターのイメージキャラに。「刃物を持つな、勇気を持て」のキャッチコピーは、テレビの中で諸悪の限りを尽くしてきた人だけに、何んとなく笑いと重みと温かさを感じる。
悪役商会のコンセプトの一つに「今までやったことのない仕事をやろう」というのがある。その中にボランティアも含まれる。「俺達悪役だから、画面でいっつも悪いことをしている。たまには良いこともしたいね」刑務所・老人ホームなどから依頼がくるそうだ。パンツ一丁になって窓ガラス洗いを真剣にやる。水戸黄門などの劇もやる。やられ役はお手の物だ。会結成以来20年間、ボランティアはずっと続けているそうである。悪役一筋、1000回死んだ男、悪役商会のリーダー、八名信夫の通ってきた道である。 |
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