茶椀と穢れ

共用器・銘々器・属人器

 佐原眞氏は食器を「共用器・銘々器・属人器」という三つに分類する方法を用いている(1)

   共用器 ; 食事を共にする何人かが共用で使う食器
   銘々器 ; 食事をしていても、各自それぞれが使う食器
     一回の食事の間のみ属人性が与えられた食器(一時的属人性)
   属人器 ; 特定にある人物に属することが決まっている食器
  他の人は使わないという約束・了解が相互間に成り立っている食器
    恒常的な属人性が与えられた銘々器(恒常的属人性)

 論者によって食器の分類の表記は様々であるが、この佐原氏の分類法を採り上げた理由は、すべての食器を機能面だけでなく、性格面においても分類できると考えたからである。この分類法は、まず共用器と銘々器があり、そして銘々器の特殊形態としての属人器が存在しているという考え方によるものである。共用器には料理に添えられている取箸など、銘々器にはナイフ・フォークなどがある。
 属人器をみると、日本では箸とが属人器である家庭が多く、また湯呑み茶碗を属人器とする場合も多い。佐原氏によると属人器を使用している家庭は、日本全家庭の八割以上を占め、これを一切もたない家庭は一〜二割程度としている(2)。属人器は「他の人は使わないという約束・了解が相互間に成り立っている食器」と先述したが、ではこの約束・了解が破られたらどうだろうか。例を挙げると、家庭内で娘の食器を間違って父が使ったり、職場で同僚の茶碗などに口をつけてしまうことである。約束・了解が破られたと分かった瞬間、自他ともに奇妙にしらけた気分に巻き込まれる。それは犯してはならないものを犯したというような、禁忌・タブーの類を破ったときの驚きや嫌悪感につながるものがあるといえるだろう。


属人器考察

  -出現時期-
 持ち主の存在する食器は、古くは奈良時代にその例をみることができる。平城宮は八世紀の宮城と役所の営まれたところであり、土師器・須恵器が多く発掘されている。土師器・須恵器には、皿や椀に相当する食器が豊富にみられる。その中には「醴太郎」・「炊女取不得 若取者笞五十」や「弁完勿他人者」と墨書を残す墨書土器が存在している(3)。両方とも当人以外が使ってはならないということを表しているが、前者は更に「もし勝手に持っていったら笞五十発」という警告文まで付いている。このように多くの人々が字を覚え、自分の意志を文字で表現できるようになった奈良時代には、いち早く集団活動で自分の器が他人に使われることを嫌った人々が、その意志を墨書する習慣が始まっていたのである。これは当時個人持ちの食器が存在したいたことを記す一例である。他にもこのような食器は存在し、中世の乞食が非人施行に使うために携帯していた食器も個人持ちであり、属人器といえるだろう。
 また室町から安土桃山時代の説話を集めた安楽庵策伝『醒睡笑』には(4)

 「年の暮れになれば、家内上下の定器ども、侍従誂へんといふを聞いて、小児、かたはらに侍従をまねき、いはれけるやう、あこがをばいかにも御器を木薄に、底をくりて広く誂へて、と頼まれけるに、(後略)」 (巻之六 「児の話」第三話)

とある。新年を迎えるにあたって木製の食器類を新しくするのだが、そのこと聞いた小児が「私の器は薄く底深く刳るように注文して欲しい」と侍従に依頼するという内容である。個人持ちの食器でなければこのようにオーダーメイドすることは」できないわけであり、ここにも属人器の存在をみることができる。

  -箱膳-
 しかし上記の器が現在我々が家庭の食事で使用する属人器と直接関係があるかは不明である。我々が普段使用している属人器と関わりがあると考えられるのが「箱膳」である。箱膳には箸・飯碗・汁碗・小皿が入っており、箱も含めてすべて属人性をもっている。箱膳は蓋付きの四角い箱の形をしており、食事の時は蓋を開けて裏返しにして、その上に食器を出して並べるものである。
 箱膳の管理方法は、一回の食事ごとに食器を洗うことはせず、食事が終わったあと碗に番茶か白湯を注ぎ、器面についた食べかすを箸を使って落とし、それを一緒に飲む。またはただ食後に布で食器を拭くだけという例もある。これに対する不衛生という感覚は現代的なことで、かつて内井戸をもっている家ならともかく、湧水や流水を汲んで運ばなくてはならなかった家では、洗い水を倹約するということが必要だったのである。
 東京や大阪などの都市部における箱膳の使用期間は比較的短く、明治三・四十年代にはチャブ台が普及しており、箱膳は使われなくなっていた。チャブ台が普及した理由としては、衛生的であるというのが挙げられる。毎日食器を洗わない箱膳に比べると、チャブ台は主婦が毎食ごとに食器を一括して洗うことになるので衛生的である。また他の理由として家族構成が変わった、家族の人数が少なくなった、使用人がいなくなった、などがある。これは同じ地域でも勤めの家庭では早く普及しても、使用人の多い商家では箱膳の方が食事の分配に都合がよいこともあり、チャブ台への切り換えには職業差が存在していたことを表している(5)

  -属人器の成因に関する諸考察-
 属人器の成因について、その研究は大きく二つに分けることができる。「ケガレ論」・「非ケガレ論」と呼べるものである。
 井沢元彦氏や石毛直道氏は、属人性の成因として「ケガレ」という観念を挙げている。井沢氏は、日本人しか割り箸を使わないことや、洋食器にはなく和食器のみに属人性をもっている例などから、属人器の成因を実体のとしての汚れではなく感覚としての汚れ「ケガレ」によるのものだとしている。またケガレは古代から日本の中に存在しており、日本人特有の感覚の中にしか存在していないことから、ケガレは日本古来の宗教のようなものと捉えている(6)
 佐原眞氏も井沢氏と同じく日本の洋食器に属人性がないことを指摘し、箸・飯茶碗に限って他人に使われることに不潔・不快を感じるという心理を日本人はもっていると指摘しているが、その心理を「ケガレ」とは明言していない(7)。石毛氏は上記の箱膳の管理方法や、共用器に盛られている料理を取る際に使う中立の箸である菜箸の存在、葬式の出棺の際に故人の茶碗を割る習慣などから、箸や食器には使用人の人格が投影されており、それが交わることは「ケガレ」が伝染してしまうように感じる「独自の清潔観」を日本人がもっていると述べている(8)
 一方神崎宣武氏や秋本芳夫氏らは、上記のようなケガレ観・清浄観とは別の見方を示している。神崎氏は食器の流通の点からその成因を求めており、石毛氏による箱膳の出現から他人の食器に「ケガレ」を感じ、現在の食器の属人性に発展していったという論に対し、何故箱膳の中に箸・茶碗と一緒に入っていた汁碗・小皿は、現在属人性をもっていないのかと反論している(9)。そして、それぞれが属人器と銘々器に分かれた理由として当時の流通の問題を挙げ、箸・茶碗は多品種が個別で売られていたのに対して、汁碗・小皿は比較的少品種が組売りで売られていたからと述べられている。つまり汁碗や小皿は、大きさや柄の変化が乏しく、家族の人数分の違いを揃えにくかったということである。この理由として神崎氏は、皿に関しては半端もの(歪みができたもの)の出る割合が低く、個別売りにする必要がないからであるとしている。
 秋本氏は人間工学の関係機能論から指摘し、身長に適する理想の食器の寸法には以下のような関係があると述べている(10)。( )内の数字は使用者の身長が170pの場合の長さを表す。

      碗   ; 碗の口径=使用者の身長の7%       (11.9p)
    湯呑み ; 湯呑みの口径=使用者の身長の5%相当 (8.5p)
      箸   ; 箸の長さ=使用者の身長の15%       (25.5p)

 銘々の大きさの違う手に合わせれば、箸の長さや碗の径は違ってくるのが当然なことであり、家族めいめいが一番手頃な箸、手頃な茶碗を使おうと思えば、箸や茶碗も銘々持ちにしなければならないとしている。日本人は碗一つ買うにも、必ず手に取って、その感触的な要素を吟味している。手が嫌だという食器は、仮に値段が気に入っても買おうとはしない。経済的要素よりも触覚的要素を重要視するこの習慣からも、属人性の要因に人間工学が関係していると指摘している(11)


  -参考文献-
(1) 佐原 眞 『全集 日本の食文化 第九巻 台所・食器・食卓』雄山閣出版 1997 p.160
(2) 前掲(1) p.175
(3) 佐原 眞 『食の考古学』東京大学出版会 1996 pp.145-146
(4)  「醒睡笑」(巻之六 「児の話」第三話) 前掲(1) p.180
(5)  石毛直道 『講座 食の文化 四 家族の食事空間』味の素食の文化センター 1999 p.400
(6) 井沢元彦 『穢れと茶碗』祥伝社 1994 pp.74-81
(7) 前掲(1) p.176
(8)  前掲(5) p.397
(9)  神崎宣武 『「うつわ」を食らう』日本放送出版協会 1996 pp.133-134
(10) 秋本芳夫 『全集 日本の食文化 第九巻 台所・食器・食卓』雄山閣出版 1997 p.157
(11) 前掲(10) p.152





トップへ
戻る