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「第弐拾壱回 ゲーセン裏話 其の壱」
私は大学入学の年から大学院修了の年までゲーセンでバイトしていた。6年間である。バーチャファイター・KOF・ビーマニ・DDR。様々なゲームの興廃を間近に見てきた。今回はゲーセンの、あまり一般には知られることのない裏話を扱ってみようと思う。
プライズゲームというと聞き慣れないかもしれない。UFOキャッチャーなどのゲームを指す。クレーン式・ルーレット式・すべり台式。様々なプライズマシーンがゲーセンで稼動している。どうしても欲しい景品を見つけた場合、幾らまでならお金を注ぎ込もうと思うだろうか?もし500円以上掛かったら、店側の勝ちである。現在はどうか分からないが、2・3年前まで「プライズゲームの景品の単価は500円以内」という決まりがあったのだ。つまり500円以上する物は置いていないし、置いてはいけなかったのである。500円以上使ってしまった人…お店で買った方が安いよ、多分。 |
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「第弐拾弐回 教科書問題」
中学社会科の教員免許を持っていながら、まだ扶桑社の「新しい歴史教科書」を読んだことがない。目にしたことはあるんだが。
この教科書、なぜ問題になったかというと「戦争を美化しており、軍国主義にはしる恐れがあり云々…」と、中国・韓国が日本の左翼を通じて世間に問題提起したからである。平和的ではない内容だそうだ。朝日新聞・テレビ朝日等の特定の教科書出版社のみ標的にしたネガティブ・キャンペーンによって、この教科書の採択率は「つくる会」の予想を遙かに下回るものになった。
私自身この教科書を読んでいないで「そうなんだあ、平和的でない教科書はいけないね」とうさんくさい芝居でもって頷いといてやろう。では日本の教科書にまでわざわざ文句付けにきてくれたのだ。文句を言ってきた国がどんな教科書使ってるか見てみようじゃないか。昨年はワールドカップ共催のため友人として協力姿勢をみせた韓国。その歴史教科書には驚くべき「反日的内容」が掲載されている。さらには「奴隷史料館(だったかな?)」というものが存在し、日本人がどれだけ酷いことしてきたか、拷問の様子をマネキンでもって再現されている。韓国の子ども達はこれを見て育ち、「反日」という気持ち・感情・思想を絶やさないようにしている。「日本人は悪」という印象を持ち育っていくのだ。どこが平和的なのか。
日本の歴史教科書は、「愛国心を育てること=軍国主義にはしる恐れあり」というさっぱり分からん理屈でもって、戦争をオブラートで包むかのようにボカして記述し、授業で扱う時もサラリと終わる。まるで「腫れ物に触る」感覚だ。あまりにボカしすぎるんで「日本はアメリカと戦った」という事実すら理解せずに大人になる奴もいる。これを理想だというのなら、何故隣で行われている異常なまでの「反日的教育」を野放しにしておくのだろう。何故日本の政治家は文句をつけない?よその国のことだからか?よその国が先に日本に文句をつけたのだ。
※私は「つくる会」の教科書を認めているわけではない。何故か?読んでないからだ。私は文句をつけられて、それを言い返せるネタがあるにもかかわらず、文句を言わない日本の政治家に腹が立っているのである。 |
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「第弐拾参回 転落人生」
プロレスファンとしては何とも悲しい事件が起きた。「プロレスバカ」として有名な「剛竜馬」が、引ったくりをしてしまった。しかも元プロレスラーが3人がかりとはいえ民間人に取り押さえられたのだから更に悲しい。「剛竜馬」で検索かけて事件の経緯を調べてみた。
私はよく知らなかったのだが、新日本プロレスに所属していた頃は、藤波選手とタイトルマッチを行うほどの実力者だったそうだ。音楽業界と一緒で、プロレスにも「メジャー」と「インディー」がある。小さい団体まで含めると日本には10ぐらいのプロレス団体があるが、「メジャー」と呼ばれるものはそのうち3つだけ。それ以外は「インディー」。その差はホント酷いもので、かたやドームで試合をやる団体もあれば、かたや「○×ショッピングセンター駐車場」が試合会場の団体もある。かつて新日本時代に、6万人から歓声を浴びたレスラーが、吹きさらしの駐車場において通りすがりの客の前で試合をすることは、耐え難いものがあったのではないだろうか。
インディー生活の先に待っていた下り坂はさらにお粗末。東スポ(怪しいが…)の情報によると、AV出演・ホモビデオ出演、更に立ち上げたインディー団体の金を持ち逃げしたとのこと。そしてこの引ったくり。光に限りが見えた時、その引き際を間違えるとこんなことになる、教訓のような事件であった。
※この「徒然…」初のリクエスト企画。「漢の中の漢」さんからのもので、「剛竜馬」を採り上げてみました。 |
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「第弐拾四回 夜伽」
いつかは辞書引かなきゃと思ってた言葉がこの「夜伽(よとぎ)」。どうもこの言葉の使われ方が、あまりにも幅が広いというか…
というわけで重い腰を上げ、調べてみました。どこにでもある国語辞典からです。
@看病・通夜なので、夜、寝ずに付き添うこと、またその人。
A女が、男の寝室につかえること。
使い方を間違えると、とんでもないことに。わたしゃA番がええ。 |
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「第弐拾伍回 受信料」
苦学生だった頃、毎年6月はNHKが受信料の取り立てにやってくるので嫌いだった。だからやって来そうな時間帯(午後3時〜6時頃)は部屋に居ないようにしていた。「払いません」と言えばそれで済むのだが、どうもそれだと気が引けるし、「テレビ持ってません」とか言っても、何も知らない学生に対して、「テレビ持ってると払わなければならない」、「じゃあ部屋に入って確認させてもらう」など強気に出てくる。そこで対策を立ててみた。
受信料の支払いは、確かに放送法に書いてある(何条かは忘れた)。しかし先に記した「テレビ持ってると払わなければならない」というのは間違い。正確には「テレビを受信機として使っている人は払わなければならない」のである。つまりテレビを「ゲームをするため」、あるいは「ビデオを再生するため」だけに使っている人は払わなくてもいいのだ。「パソコンのモニターを持ってるから、受信料払え」とは言われないだろう。それと同じことなのだ。これでいつNHKが来ても安心。私はこの方法をする前に卒業してしまったので、誰か試してみてください。 |
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「第弐拾六回 W-1とは何か?」
またプロレスの話なのだが、今プロレス界に問題提起しているのが、新生全日本プロレスとK-1の合同興行「W-1(レッスル・ワン)」である。フジテレビがバックアップして迫力ある興行にしている。先月に2回目の興行が行われたのだが、1・2回とも疑問符が付く内容のものであった。
いかなる団体の興行にも、客を来させるための切り札として「黄金カード」というものが存在する。かつての全日本プロレスだと「三冠タイトル戦の三沢VS小橋」みたいなものだ。2回目のW-1のメインイベントは、2002年の黄金カードと言ってもいい「ボブ・サップVSアーネスト・ホースト」。ホーストのローキックをもらいながらも突進するサップ。昨年だけで2回対戦して、サップの連勝。「ホーストのリベンジなるか?」とせっかく温めたこの黄金カードを、どうしてW-1のメインであのような形で使ってしまったのか?セコンドは乱入する、凶器を使う。完全な八百長だ。あの2回目の興行の試合中、最もお粗末な試合だったのではないだろうか?
新生全日本プロレスは、今年が存亡を左右する年だと言われている。懐事情の厳しい全日本にW-1は「金の成る木」なのだが、あの2回目の興行で「これがW-1だ」というのなら、恐らく先は長くないであろう。 |
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「第弐拾七回 バロメーター」
私が6年間バイトしていたゲーセンは、セガやコナミのようなメーカーが直営するような店ではなく、一企業が出店していたものであった(私が辞めて4ヶ月程で閉店しました)。その企業の社長はちょいと宗教(神道)に走ってて、あまり発言にも賛同しにくいものが多いのだが、唯一納得し賛同できる発言として「トイレは特にキレイにしておけ!!」である。
何を言いたいのかというと、「トイレがキレイな店は、トイレをキレイしてるぐらいだから、他の部分も一生懸命掃除している」ということが言いたいのである。つまり「店の衛生度はトイレで測れ」ということだ。これをずっと言わ続けられたから、この思想が染みつき、自分もトイレをバロメーターにしてしまっている。変なことを植え付けるつもりはないが、ちょっと店のトイレを気にしてみては?
※ちなみにバイト先のゲーセンで、トイレ掃除が一番不真面目だったのは私である。 |
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「第弐拾八回 フォーミュラ1」
春になると野球が開幕になり、待ち遠しく思っている人が多いと思うが、最高峰の自動車レース「F-1」も春に開幕する。10年前だったら私もこの開幕を待ち遠しく思ったのだが…
10年前と比べれば、F-1カーの安全性・信頼性は進歩を遂げた。だが私に言わせれば進歩しすぎた。今のF-1では、資金のあるチームは良いマシンを作り、貧しいチームはそこそこのマシンを作る。ドライバーのテクニックは勝敗に関係ないのだ。かつては運転する色々な動作を手動で行っていた。シフトチェンジもマニュアルだった。90年のモナコGPではアイルトン・セナの車に車体カメラが搭載されており、走行中のセナのハンドリング・シフトチェンジを間近に観ることが出来た。それは正に神業。あの「マニュさ」がたまらない。今のF-1では、あそこまで忙しい動作をしなくても、機械がカバーしてくれているのだ。そこが何かつまらない。今のF-1では、信号が青に変わった瞬間にドライバーがする動作は「青になるまで押し続けていたボタンを放すこと」だけなのである。
唯一、現代のF-1での見所は、ピットでの給油とタイヤ交換。この作業で順位が入れ替わるし、そしてこの作業はいまだに「マニュ」だからである。 |
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「第弐拾九回 葛葉」
私のハンドルネールである。ハンドルネールを持つとしたら、私は前々から「漢字表記のもの」と決めたいた。では何にしようかと考えていたら、このネームが頭に浮かんできた。
このネームには元ネタがあり、数年前にセガサターンから発売された「真・女神転生デビルサマナー」の主人公から拝借さしてもらったものである。このゲームの舞台も「電脳」がメインであり、「電脳の中で名前」としてはピッタリだと思ったので、これに決めた。ふと何気なく「葛葉」と入力してヤフーで検索してみると、「葛葉峠」なる名前が引っかかった。自分のネームと同じ名前の峠がある。気になって詳細をみてみると、国道148号線の途中にあるとのこと。何とあの「国道148号線」である。長野に住んでる人は知ってるであろう。白馬から糸魚川へ抜ける道であり、延々と洞門が続いている道であり、そして私が同乗していた軽自動車がトラックと正面衝突した道である。このネームとの出会いに必然性を感じた瞬間だった。 |
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「第参拾回 歳」
我が高校の友人が久々に正月に集い、飲み屋に直行することになった。同い年なのだが、一人は横浜で保険会社勤め、一人は一年フランスに留学に行ったため今がM2の院生。飲み屋での雰囲気は数年前と変わらなかったのだが、2次会で行ったカラオケでは、その雰囲気は数年前のものとは違っていた。みな選ぶ曲が古いのだ。私が子どもの頃の曲を歌う。「最近の曲に付いていけない」、「70〜80年代の曲の方が落ち着く」、「接待のための練習」と理由は様々であるが、最先端の曲から脱却・逃避しているという点で同じだ。そこでちょっと悩んでしまった。25歳で「こっちの道」に走るのは、誰もが通る道を歩んでるだけのことなのだろうか、それとも25歳にしては「早すぎる悟り」なのだろうか。
私の周りにも「つぼ八」「船栄」「養老乃瀧」などの飲み屋には行きたくないと言う友人が出始めた。「チャラチャラしたのがイッパイいて嫌だ」というのが一番の理由。落ち着いて飲める場所が理想なのだそうだ。私は「飲めるクチ」なので安い店が好きなのだが。
25歳は「ニイちゃん」とも「オッサン」とも思われる頃である。自分の素行を振り返って、どっちに偏っているか気にしてみるのもいいかも。先日3年生の女の子が私の袖のニオイをかいだ時の会話。「ああ、このニオイ、いい…」、「うん、どうして?」、「だってお父さんのニオイだもん」。言葉を無くしたのは言うまでもない。 |
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