コラム(学歴・入試編)
ここのコラムは、資料なしで、経験と伝聞と憶測(?)によって作成されていますので、注意してくださいね。
なお、ここに書いてあるのは独断と偏見に基づかれて書いてあります。
反論は基本的に認めません。
なぜならそれが偏見というものだから。
抑え目に書いてはいるけれど、読む人にとっては、非常に気分を害すると思うので、「自分は寛大だ」と思う人だけ読んでください。
そうじゃない人は精神衛生上の健康を保つため、すぐ下をクリックして戻りましょう。
やっぱり、読むのをやめる
学歴社会
学歴社会とは、学歴によって、就職先や出世の度合いが変わってくる社会制度(但し、コネや学閥を除く)、というのが私なりの定義。
私の場合、学歴というものは、
外から与えられた課題(ここでは勉強)に対して・・・
どれだけ真面目に取り組めるか
目標を達成しようと努力するか
物事を考える力は高いか
という尺度なのではないか、と思っている。
だから、中学生までの基礎的な勉強はともかくとして、高校生の勉強は、極端な話をすれば、実生活に役立つ必要はない。その課題を与えることによって、生徒間の上記3つの能力の振り分けさえできればいいのである。
そして、その学歴を見極めるのに(言い換えれば大学の格の差を判断するのに)使われるのが、(主に大手予備校が発表する)大学の偏差値である。
しかし、この偏差値というものはなかなか曲者(くせもの)で、受験にどっぷりと浸かっていない限り、偏差値による大学のランキングというものはわからない。一般の人にとってみれば、現実として、知名度ランキングになりがちである。
うちの大学で、山形県出身の友人がいたのだが、彼は、近所に東北大学合格と引っ越しをすることを知らせに行ったら、
「あら?山形大学受からなかったのね。優秀って聞いていたから残念ね。でも、頑張ってね」
と言われたそうだ。その友人は驚きよりもあきれてしまった、と言っていた。その近所の人は山形大学こそが東京大学の次にいい大学、という認識だという。この例は極端かもしれないが、ではここを見ている方々で、たとえば次の大学を偏差値順に正確に並べられる人がいるのだろうか?
一橋大学・法
東北大学・法
早稲田大学・法
日本大学・法
専修大学・法
学習院大学・法
実は管理人である私も、答はわからない。また、仮に発表通りに並べることができたとしても、私立大学の方が、偏差値が高めに出るので、偏差値の数字順に並べても、大学のランキングとはならないのである。
というのも、例えば受験科目が2科目だけ(受験生はその科目だけ勉強すればいい)の学校と、センター試験で5科目全てを穴がないように勉強しなくてはならない国立大学とでは、同様の尺度で比較しようがないためである。ちなみに、私立大学の偏差値60は、国立大学の55程度ではないか、と感覚的に思っている(非常に個人的な意見です)。
大学生の学力低下が新聞などを賑わすことがあるが、特に私立大学や(学生集めのために)入試科目を減らしてしまう国公立大学のように、勉強する課程において、苦手科目を切り捨てていくことが現実として出来てしまう入試制度に問題がある、
と思う。
高学歴の苦悩
普通の会話では決して自分から言うことはないが、私の学歴は一般的に高い、と言われる。
大卒ということもあるが、その大学名からも高いと言われる。
高校の時は、「学歴が高い」というのは全てにおいて有利に働くと思っていた。
受験戦争と呼ばれるような熾烈(しれつ)な闘いは私の場合なかったものの、いつの間にかそう思うようになっていた。
確かに、就職の時に有利に働いただろうし、周りの扱いもなんとなく違うような気がする。(他の大学を出ていたらこうじゃないだろうな、という)大学名というか学歴による「威光」は確かに存在する。その意味では
社会生活に有利に働くことは多いようだ。
しかし、それは諸刃の剣(もろはのつるぎ)のような感じも受けている。
というのも、学歴が高い故に、
1.勝手に余計な期待をもたれるせいで、期待されているレベルが他の人よりも高く、落胆される度合いが大きい
(社会に出てからの能力なんて学歴によってそんなに差があるものではない)
2.同じことをしても(できても)、お前は出来て当たり前、と思われる。
3.余計なひがみをうける
(ちょっと何かを言うと、相手にどうせ私は高卒ですとか、○○大学だ、とか言われてうっとうしい。そのせいで私は無口である)
4.他の人に学歴を聞けない
(聞くと自分も聞き返され、大学名を答えると、「何だ、それが言いたかったのか」と言われる。上の3の理由にも似ている。実際は、何か話題を引き出すために聞きたいのだが、聞くとかえって面倒になるので大学2年生の頃から聞かなくなった。)
という弊害があるのである。
特に1と2はキツい。
同じ苦労をしても報われにくいのである。
そんなのは被害妄想だと言われるかもしれないし、そう言われると反論する根拠もない。
ところで、私はそうではないが、能力の高い人は、報われにくい分、報われるまで他の人以上に努力する、という人もいるかもしれない。
つまり、その本人の性格によっては、「より高いレベルを周りから求められる事が、努力する原動力、さらに上へと昇りつめるエネルギーになっている」のかもしれません。
弊害はありますが、やはり高学歴は有利な点の方が7:3くらいの割合で多いです。
高校生の時に予想していたよりも、イヤな事は多いですが、学歴は一生ついてまわるものですから、選択が間違いだったとは思わないようにしています。
これを読んだ方は、頭の片隅にでもいれておいてくださいね。
そして、これを読んだ高校生は、ぜひ高いところを目指してくださいね。
大学生の学力低下
最近、大学生の学力低下が、特にメディアで叫ばれている。
とはいえ、いつの時代と比べて低下した、というのはないようだ。
そして、それが対象にされるのは、いつも算数が対象である。
よく言われるのが、
分数の計算が出来ない大学生。
確かに、そんなのも出来ないようでは話にならない。
そして、小学校や中学校の
いったん中止。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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Music:ハンガリア舞曲 第5番(ブラームス作曲)