「えーと、多分新入部員はこの6人で全部だ。
 2年生は今本当は4人いる。今は2人しかいないけど...。
 多分あの2人はこれからも来ない。
 3年は”大学受験だ”って騒いで引退していった。
 だから、当分この8人でやっていくことになると思う。
 まぁ、仲良くやりましょう。
 はい、一年生、そっちの端から自己紹介。」
小太りではない方、何だか哲学者を思わせる先輩が話していた。
その隣には小太りが立っている。
俺たち6人というのは、俺、大樹、正君、新木君、
とさっきコートで打っていた2人。
あの2人も新入部員だったらしい。
そして、先輩2人の前に俺たちは並ばされていた。
(この中の一番端...さっきのテニスやってた人達の上手い方だ。)
「成瀬霞瑞(ナルセ カズイ)。1−Fで中学もテニス部でした。」
そう言って礼を小さくしたのはなかなかにかっこいい男。
何処か物悲しげな雰囲気を受けるのは、
切れ長の目を完全に覆い隠す長い髪のせいだろう。
「水沢秋斗(ミズサワ アキト)。霞瑞と同じ中学で、
 俺もテニス部でした。クラスは1−Dです。」
彼は髪を真ん中で分けているプレイボーイのような感じ。
成瀬君と違って一般的に「カッコイイ」とされる顔をしている。
1−Dということは俺と同じクラス。
さっき言ってたのは水沢君のことだったのだ。
次は大樹の番だ。
「広田大樹です。中川正と同じ中学出身。もとテニス部でD組です。」
「中川正。もとサッカー部。クラスはA組です。」
淀みなく自己紹介は進んでいく。
(俺の番じゃないか。)
「霧島蒼真です。もとテニス部で1−Dです。
 この街には引っ越してきたばかりです。」
いつも思うけど、何で自己紹介のときは敬語しか出ないのだろう?
「新木研二(アラキ ケンジ)です。中学時代は野球部でした。
 クラスは1−Aです。」
やはり正君の言った通りだった。
新木君は今までの人と何か違う。
もっと渋い感じ...とでも言うのだろうか?
まぁ、取り敢えず不良そうな奴がいなくて助かった。
面倒くさいことはしないに限るからな。
「よし、じゃあ、経験者はとりあえずコートで適当に打ってて。
 未経験者はこっちで軽く素振り。」
哲学者のこの言葉で正君と新木君はそっちに行った。
俺と大樹はボールを持ってコートへ。
コートにクロスになるように俺と大樹、成瀬君と水沢君が入る。
コートは全部で6つ。
つまり、横で練習している女子と半分で3コートだ。
俺たちの人数なら十分過ぎる数だ。
なんたって10人で3コート。
ダブルスをするなら、コートが余ってしまうくらいだ。
そして、俺が構えた。
「いくぞ、大樹。」
「任せろ。蒼よりは上手いつもりでいるから。」
「ほえ面かくなよ。」
俺が軽くボールを打ち出す。
大樹は難なくそれを返してきた。
しかも、スイングに淀みがなく綺麗。
やはり、こいつは運動神経抜群だ。
黄色いボールのラリーは延々と続いていく。
そして、輝く太陽の下でコートを駆けずり回った。

       ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

春の風は少しずつ変化し始めた。
ピンクの鮮やかな色からブルーのさわやかな色彩へと。
その途中である今はとても自然な変化が綺麗だ。
水色にピンクをほんの少し落としたような自然に広がるあの感じ、
お互いが自己主張せず引き立たせ合うあの色。
所々に見えかくれする緋色もまた鮮やかで俺の心に響く。
身体いっぱい吸い込んでみたくなる。
そうすれば、自分が中からすっきりする気がして。
べつに、嫌なことがあったわけではないのだけれど、
時々衝動的にそんな思いが出てくる。
香菜多と再会してから−天川高校に入学してから約一カ月が過ぎた。
今は特に何ということはなく、勉強−クラブ−バイト、
勉強−クラブ−バイト、という日々をそれなりに楽しく送っている。
もう4月も終わりに近づいている。
今日も空は深く晴れている。
頭のすぐ上に広がる紺碧の空間は手で掴めそうなほど
低く空の底まで透き通っている。
少しの風は今はもう桜の花びらを運んでいたりはしない。
その代わりに、色々な匂いを連れていた。
草花、木々、水、大気、色々な香りを運んでいた。
そんな快晴微風の超テニス日和に俺たちはまたクラブをしていた。

「行くぞ。」
「来い、蒼。」
大樹とシングルスをしていた。
2年生は既に帰って、
3つのコートに1年が6人という何とも贅沢な状態になったからだ。
そして、何をしようか迷っていた。
基礎的な練習でもいいがさっきやったばかりだ。
そこで、「試合でもするか。」という水沢君の声。
その一言で満場一致が起こった。
6人のトーナメント。
一回戦は俺と大樹、成瀬君と水沢君、正君と新木君ということになった。
3試合同時進行。
既に俺たちのとなりのコートでは水沢君がサーブを打った。
俺も左手にボールを持ち、それを空高く上げる。
そして、右手の力を抜いて後ろに引いた。
夕日を後ろから浴びて影になるボールを見て飛ぶ。そして、
振り抜いたラケットは芯でボールを捉えた。
手にかかる激しい振動とともに、ボールはまっすぐ飛んでいく。
ラインぎりぎりに食い込んだボールを大樹が俺のバックへ返す。
「ちっ..やっぱり上手いな..。」
追いかけながら愚痴る。
自然にこんな言葉が出てくるということは、余裕があるか、
半分諦めているか、そのどちらかだ。
バックハンドでストレートを狙おうとした。
でも、少しタイミングがずれてフワッと浮き上がる。
あまり高くはないが、チャンスボールには違いなかった。
そして、下にボールの入り込む大樹。
「しまっ..。」
俺の言葉が最後まで出るのを待たずに、大樹のラケットが降りおろされ、
轟音を出しながらスマッシュが俺の逆サイドにたたき込まれた。
ボールは後ろの防球ネットまで跳ねていく。
「ふ〜、やっぱり強いな。」
俺は呟いた。
そして、奴はそれを聞いていたのだろう。
「まだまだ甘いな、蒼。」
「へいへい。」
ボールを拾い上げ、コートの左側に立つ。
大樹は既に構えていた。
俺は地面でポーンポーンとボールを打つ。
「今度こそ...。」
キッとした目つきでこっちを見ている大樹。
狙うは大樹のバックの隅。
ボールを手で掴み、半回転させると、左手で高く、できる限り高く、
ボールを夕空に向かって投げ上げた。

(もう少しだ...。)
気合を入れてボールを打ち返した。
相手は成瀬君。
既にこの試合は決勝戦だ。
ゲームカウント5−4で勝っている。
俺のサービスゲーム。
今のカウントは30−40。
あと3点連続でとれれば俺の勝ち。
1点とられればタイブレイク。
タイブレイクまでやっている体力は既にどこにもなかった。
ボールをサイドへ打ち返す。
そこにもういた成瀬君のボレー。
でも、コースを狙えなかったのか、俺の右正面だった。
(このロブで決める。)
俺はボールを高く打ち上げた。
そのボールは成瀬君の頭を越えてコートに落ちる。
そして、デュースとなりそこから気合で押し切る。
というはずだった。
が、予想は大外れだった。
1つ目はロブが低く、あまり飛んでいなかったこと。
2つ目は成瀬君がすぐに下がっていたこと。
つまり、俺のロブボールは
絶好のチャンスボールへと豹変していたのだった。
彼は右手を引いてしっかりとボールの軌道を捉えている。
「やべぇ!」
構えはしたが、時既に遅し。
豪快かつ豪速のスマッシュボールが俺のバック側、
つまり左側を風を切って通り抜けていった。
サイドライン上でバウンドして後ろへと飛んでいく。
そのボールの行く末を目で追っていた。
(ちょっと無理だろ。)
そう思いつつ、走った。
でも、追いつけないことは誰の目にも明らかだった。
そして、俺の目は別のものを捉える。
正確には別の人。
「香菜多!?おい!あぶねぇ!」
ボールがまっすぐ落下して行く先...
そこには防球ネットの扉を開ける香菜多がいた。
(何でこんな所に...。)
ボールが飛んで来ていることに全く気づかない。
”危ない”と言ったこともあまり意味はなかったようだ。
(何故あの距離で気づかない?少しでも避ければ大違いなのに...。)
もう時はなかった。
黄色いボールは香菜多の額に直撃する。
その勢いで香菜多はその場に座り込んでしまった。
「いったーい。」
「おい、大丈夫かよ?」
俺はボールではなく、香菜多のすぐ側にしゃがんだ。
彼女は右手で額を押さえている。
その目からは涙が少し出ていた。
でも、どうやら、見た所では外傷はなさそうだ。
「なんでいきなり女の子にボールをぶつけるわけ?」
香菜多が涙目で俺を見上げて訊ねる。
その顔はいかにも不満そうだ。
「香菜多が勝手に入って来たんだろ。
 そこにたまたまボールが飛んでいっただけだ。
 ...って、何でここにいるんだよ?」」
「この高校の生徒がここにいちゃ悪い?」
地面を指しながら屁理屈を言う香菜多。
ここ、と言うのが少しずれている。
こんな事を言うということはかなり怒っているようだ。
「高校じゃなくて、コートのことを言ってるんだよ。」
「分かってるわよ。...ちょっと見学したかっただけ。」
少し淋しそうな顔でそう呟く香菜多。
俺はそれ以上何も言えなかった。
「ごめん。大丈夫?」
後ろを見ると成瀬君が走り寄ってきていた。
香菜多もそっちを向いて立ち上がる。
「うん、大丈夫。...試合はあれで終わり?」
そうだった。
今のスマッシュでタイブレイクに入ることになったんだ。
(かなりまずいな...。)
もう走れねぇ。
「ん?どうしたの?」
悲しみに沈む俺に言葉をかけたのは香菜多だった。
俺は極力明るく振る舞う。
自分の顔が見えたら、きっと引きつっていただろうと思う。
「いや、今からタイブレイク。」
「へぇ..頑張ってね。」
「あ、ああ。」
香菜多の笑顔を恨めしく思いながら、成瀬君とコートに戻った。
見れば、香菜多の周りには大樹や正君が集まっている。
その仕草は、俺たちの試合などどこ吹く風...。
(ぃや、その方が好都合かもしれないな...。)
多分勝てないだろうと踏んだからだ。
彼はまだまだ走れるようだし。
俺は取り敢えずラケットを両手で持って構えた。
試合を捨てたりはしないが、勝てるとも思えない。
できる限りのことをやるだけ。
成瀬君がボールを上げる。
黄色いボールは俺にまっすぐ向かってきた。

「霧島君の彼女、可愛いな。」
「な!」
俺は着替えも途中に振り返った。
部室は6人でちょうどいいくらいの広さ。
(先の言葉を言ったのは...。)
多分正君。
俺は全員に向けてはっきりと言った。
「彼女じゃない!幼なじみだ。」
「同じようなものだろ?」
俺が反応して振り返った先には、新木君。
何てことのない顔で鞄をごそごそやっている。
「全然違うだろーが!大樹も幼なじみだぞ。大樹はどうなるんだ?」
「大ちゃんにはちゃんと彼女、いるよ。」
今度こそは正君。
そっちに首だけ振り向いた。
でも、俺が何か言う前に大樹がクレームをつけている。
「バカ、言うな。」
「いいじゃん、北浦花桜利(キタウラ カオリ)ちゃんだっけ?」
正君が大樹の言葉を聞かずに言い切る。
大樹はもうそれ以上何も言わなかった。
そして、その言葉に応えたのは水沢君。
「あ、知ってるぜ。確かC組で一番可愛いとか聞いた。
 あの娘、本当に可愛いよな。男がいるってのは広田だったのか..。」
それを発端にして話は明後日の方向へそれていった。
俺はもう何を言う気にも慣れずに、制服を上から着た。
冷たい感覚が妙に心地いい。
話が一段落つくまでその場で待つことにした。

既に暗さの満ち満ちた道を歩いている。
俺と大樹と香菜多の3人で。
「何で俺、蒼に負けたんだろ?」
さも不思議そうに大樹が呟く。
先の試合のことを言っている。
ようは”負けたのはおかしい”と言いたいわけだ。
見た目とは違って、少しばかり根に持つタイプのようだ。
俺は何か気に入らなくて言い切った。
「実力の差だ。」
「運が悪かったな、うん。」
大樹は俺の言葉など聞く耳持たずといった感じ。
全くもって聞いていない。
俺の横で香菜多がクスクス笑う声が聞こえた。
「笑うなって。」
「ごめん。でも、何だか楽しいんだもん。」
香菜多は上を向いてゆっくりと告げた。
アルトより少しだけ高い優しい声で。
心なしか歩調もいつもよりのんびりとしている。
「でも、成瀬君は本当に上手いな。
 タイブレイクでまだあんな動きをするんだから。」
「俺なら勝てたと思うぞ。」
大樹の不機嫌そうな声。
さっきから何の変化も起こってはいない。
俺はあえて無視することにした。
付き合っていたらキリがない。
「今度こそは勝ってやる。」
「無理だな。」
また無視。
大樹もなかなかにしぶとい。
でも、会話(半分喧嘩)は意外な終結を迎える。
彼女から直々のストップがかかったのだ。
「はいはい、いがみ合いはおしまい。
 それよりもさ、ゴールデンウィークに何処か行かない?」
「え?」「え?」
俺と大樹は同時に驚き、言い、香菜多を見た。
そして、俺が次の言葉を続ける。
少しだけこの男に勝った気分。
「何処か、ってどこ?」
「それは今から決めるの。」
香菜多は俺と大樹を交互に覗き込んでいる。
その甘えるような笑顔がすごく可愛かった。
俺も大樹も結構真剣に悩む。
行く、ということは大樹も既に賛成しているはずだ。
つまり、後の問題は”何処へ行くか”ということだけ。
でもそれは俺たちにはちょっと大き過ぎる。
(何も思い浮かばねぇ...。)
平凡な所しか浮かばない。
遊園地、買い物、動物園、カラオケ、etc...。
どこもかしこも今一つな気がする。
「ソウ君との再会も祝ってさ、ね?」
香菜多は先よりも良い笑顔をする。
よっぽど出かけたいらしい。
「いや、行くのはいいんだけど....。
 ところで、誰が行くの?」
「え?それは...私、ソウ君、大ちゃんでしょ。
 それと誰かと一緒がいい、っていうなら別に構わないけど...。
 でも、あんまり大人数はちょっとね..。」
(一緒に行きたい人...ねぇ..。)
俺は何も得に思い浮かばないために大樹に話を振ることにした。
「大樹は誰かいないのか?」
「あ?俺は別にいないよ。」
表向きは何の変化も見えない大樹。
でも、こんなとき奴は少しばかり動揺しているはずだ。
やはり自分で彼女のことを出したりはしないらしい。
でも、大樹の考えはすぐに裏目に出る。
「花桜梨ちゃんは?連れてってあげたら?」
香菜多の言葉に今度は困った様子をあらわにする大樹。
「花桜利は別にいいよ。」
「えー、なんで?いいじゃない。一緒に行こうよ。
 ね、決定。大ちゃんから言っておいてね。」
一言で自分の主張だけした香菜多。
こういう押しの強い一面もあるんだなと少し感心してしまう。
「おい、香菜多。ちょっと待てって。」
「あとは場所だね。」
「.....。」
先の大樹のように何も聞こうとしない香菜多。
大樹は既に何も言わないようになってしまった。
香菜多には何を言っても無駄だと踏んだのだろう。
先の彼女はある意味凄いものがあった。
でも、元はと言えば俺のせいか?
俺の一言で大樹の彼女まで行くことになってしまったのか?
うーん....あまり考えないでおこう。
でも、もし仮にだぞ、そうなんだとしたら、
大樹がさっきからこっちを恨めしそうに見ている理由はそれかもしれない。
(悪い...。)
俺は本気で悪い気になって謝ることにした。
アイコンタクトで何とか伝えようとする。
(でもきっと伝わらないんだろうなぁ...。)
大樹の視線がそれを言いようのないほど証明していた。
でも、何故大樹はあんなに嫌なんだ?
何で香菜多はあんなに嬉しそうなんだ?
いまいち俺には分からない。
「で、何処に行こっか?」
香菜多の質問に対する答えを模索し続けていた。
でも、これといったものが見当たらない。
はっきりと言えばあまり行きたい所はなかった。
大樹に聞いてみようとしたが、そのぶすっとした顔を見てやめた。
「買い物でも行くか?」
適当なものがないために出たなおざりな答え。
でも、こういうときに限って予想は大きく外れるのだ。
「それいい。買い物して、映画見て、カラオケ行って、御飯食べて。
 いい所があるんだ。ね、それにしよ?」
いきなり大きくなる香菜多の声。
圧倒された俺はただ「あ、ああ。」と頷くしかできなかった。
大樹は特に何も言わず”どちらかと言えば肯定派”といった感じ。
「じゃあ、決まり。細かいことは花桜利ちゃんと一緒に
 また今度決めよ。...楽しみだね。」
「ああ、たまにはいいかな。」
「うん。」
一段落ついた会話を横へとのけた。
そして次に持ってきたのは静寂。
楽しい会話も好きだけど、
何の声もない空間で過ごすことも同じくらい好きだった。
香菜多もそれを知ってか知らずか何も言わない。
ただ歩く3つの靴音だけが聞こえる。
暗い空間にどこまでも響いていく。
闇は少しずつ濃さを増してきている。
空とアスファルトの境界線が少しずつ薄くなる。
風につられて仰いだ空で、輝く星を見つけた。
何万年も昔の輝きを今俺が受けているのだ、と
柄にもないドラマチックなことを考えていた。
きっと香菜多も見ているであろう星の下で...。