8月8日(Sat) AM 8:00
波の音でゆっくりと目が覚める。
光が差し込んでこの空間を満たしていた。
横のベッドには...誰もいない。
(いない?春奈は?)
服を着替えるのも忘れリビングへと向かった。
ドアを開ける。
ソファに座っていた潤と平山が振り向いた。
「よう、おはよう。優人。」
「優人君、おはよ。」
あいさつを返すのも忘れ潤に尋ねた。
「春奈は?」
潤がゆっくりと俺をはさんで反対側を指さす。
その指し示られた先には....。
「は..春奈...。」
「優人、おはよう。....どうしたの?」
夢だった。
(俺は何を気にしていたのだろう...。)
目の前にいたのはキッチンに立っている春奈だった。
「もうすぐできるからさ、服着替えてそこに座って。」
春奈が左手でテーブルを指さす。
右手で何かを炒めているようだ。
「あ..ああ。」
服を着替えに部屋へ戻る。
階段を上る足が少しだけ重い。
部屋のドアを開けて入る。
そのままドアを閉めてそこにもたれるようにして立っていた。
カーテンが風に揺れている。
(本当に...夢だったのだろうか?)

太陽はいつものようにすべてを照らしている。
波がその光を反射して不規則に輝いていた。
その中で俺は一人バルコニーに座っている。
朝食を食べても考えることは尽きなかった。
海では、みんなが泳いでいる。
頭が痛い、そう言って俺だけ抜けてきたのだ。
こうしているからどうなるというわけでもないのだが。
「...まだ痛い?」
「ん..ああ、春奈か。大分よくなったよ。」
目の前には水着の春奈が立っていた。
「そう、よかったね。」
そう言って微笑む。
どこを向いたらいいのか分からなかった。
春奈が水着を着ているから。
「じゃあさ、優人も泳ご。ね?」
そう言って俺を引っ張る春奈。
水着は着ているから別に構わないのだが...。
(考えてもしかたない。たかが夢じゃないか。
 ...春奈は....いなくなったりしない。)
俺は忘れて遊ぶことに決めた。
楽しくしたかったから。

「ふぅ、気持ち良かったね。」
後ろからそんな声が聞こえる。
俺と潤がリビングでくつろいでいると、
春奈と平山がシャワーを浴びて出てきた。
夕食も食べて、することがもう特にない状態。
年に一回ぐらいこんなにゆっくりした時間があっても
いいのではないかと思う。
横に来た春奈が口を開いた。
「ねぇ、優人、散歩しに行かない?」
「ああ、いいな。」
「ゆっくり行って来い。することは何もないからさ。」
潤が言う。そういえばそうだ。
あとしなければならないのは寝ることだけ。
でも、本当はあまり寝たくはなかった。
また、あんな夢を見そうで..。
「優人、早く行こうよ。」
「ああ。」
俺はソファから立ち上がる。
潤と平山を残して部屋を出た。

外は月で思いのほか明るかった。
海や砂浜が昼間とはまた違った表情を見せている。
すべてが紺色に染まった空間。
その中を二人で歩いていた。
砂を踏む感覚が足から伝わってくる。
「夜は涼しいんだね。昼間は暑くてしょうがないのに。」
「そうだな。」
涼しいと言っても春奈の格好が大いに関係あると思った。
彼女が着ているのはTシャツとスパッツだけ。
露出度が高くて嬉しいのやら、困るのやら。
「来てよかった。...結構楽しいでしょ?」
「そうかなぁ。」
春奈が驚いた顔をする。
「え?」「うそ、すごく楽しい。」
「なんだ、びっくりしちゃった。」
「春奈もいるしな。」
自分の言ったことがかなり恥ずかしいことに気づいた。
春奈はそれに少し間をおいて答えてくれた。
「...ありがと。」
空には星が輝いている。
月に負けじと光っているのだ。
都会の四角く切り取られた空では見ることができないほど。
空がこんなに広いなんて今まで知らなかった気がする。
「なんかいいね。こういうの。」
「え?」「なんでもないよ。」
春奈を見るとこっちを向いて少し笑った。
俺はいつでもその顔を見ると和んでしまう。
つくづくほれてるな、と思う。
数十分歩いてから戻った。
なんだかんだ言っても疲れていたのかもしれない。
部屋に戻ったら間もなく眠ってしまった。

8月9日(Sun) AM10:00
今夜は夢を見なかった。
それだけでもかなり気が楽だ。
枕元の時計を見る。
(...10時!?)
昨日は確か10:30には寝たぞ。
つまり11時間以上寝ていたのか?
通りでだるくないわけだ。
(春奈は....まだ寝てるよ。)
横で安らかな寝息を立てている春奈を見つけた。
起き上がって春奈に顔を近づける。
...本当にかわいい。
いくら見ても飽きない美人もやっぱりいるものだ。
このままずっとこうしていたかったのだが...。
パチッ
彼女がいきなり目を開く。
かなり驚いて後ろに倒れそうになった。
「優..人?..何やってるの?」
春奈がさも不思議そうに尋ねる。
いきなりなことで返答に窮してしまった。
「あ..いや..。」
「え..私に何かしようとしてたの?」
「ちがう。ちがうって。」
「.......。」
大きな身ぶりで無罪を訴える。
でも、春奈の怪訝な顔は直る気配を見せなかった。
まずいかも。かなり本気だ。
どうすればいい?
考えろ。考えるんだ。
「...ふ.ふふふ。」
「え?」
突然春奈が笑い出した。
何がどうおかしいのかさっぱり分からない。
「ふふふ、おもしろいね。優人って。」
「...どういうこと?」
「優人が起きるちょっと前から私は起きてたの。」
「な...。」
「全部分かってたよ。ねぇ、私ってそんなにかわいい?」
(こいつは....。)
俺一人が馬鹿にされていたのだ。
無性に腹が立ってきた。
ほれているとかそんな類のことはどこかに行ってしまった。
そして微笑んでいる春奈に言ってしまったのだ。
「....かわいくない。」

「で、朝に何があったわけ?」
バルコニーにある椅子に潤と座っている。
陽射しがきついのは言うまでもない。
横の潤が尋ねてきたのだ。
もちろん、俺と春奈についてのこと。
あの後春奈の機嫌が少し悪くなってしまったのだ。
何故あんなことを言ってしまったのだろう?
「ちょっとね。」
「そのちょっとを話せっつってんだよ。」
彼女たちはと言えばすぐそこでビーチバレーをやっている。
すごく楽しそうだ。
....話しちまうか...。
「実は...。」「ああ...。」
.........
「..あほだな。」
「やかましい。」
(話さなきゃよかったか...。)
一瞬でそう思った。
「まぁ、一年前から今まで、おまえたちが
 付き合ってたこと自体が間違いだったんだよ。」
「言いたいこと言いやがって...。」
「彼女本当にかわいいもんな。
 ..なんで優人なんか好きになったんだろ?」
不思議そうな顔の潤。
失礼極まりない男だ。
それに....。
「...ちがう。」
「何が?」
「春奈が俺のことを、好き、って言ったことは一度もない。」
「そうなのか?」「ああ...。」
...沈黙。
何を言えばいいんだ?
別に俺はこいつに人生相談を持ち掛ける気はないぞ。
「..真剣な話になってきたから真面目に言うぜ。」
「今まで真面目じゃなかったのかよ。」
「まぁな。..多分、彼女、そんなに怒ってないと思うぜ。
 優人、さっさと謝って仲直りしてこい。な。」
「ああ...。」
実はいい奴だったのかも...なんて思ってみたりもする。
「でもさ...。」「ん?」
まだ何か言うことがあるのだろうか?
「いい景色だよな..。」
浜辺で遊ぶ二人を見ながら潤は言った。

海には2つの赤色が映っていた。
一つは沈む寸前の日。
もう一つは俺たちの前にある火だった。
潤が「海に来たらたき火だろ」
とかいうくだらない一言を言ったせいだった。
でも、こうして囲むとなかなか悪くない。
炎が揺れるのを見ていると落ち着く気がする。
「...なんか、こういうのいいね。」
春奈もそう思っていたようだ。
平山が春奈に答えて言った。
「花火でも持ってくればよかったね。」
「そういえばさ、ここに来る途中に小さな店ならあったぜ。」
「え、どの辺り?」
潤が言ったことに平山が尋ねている。
「ここから車ですぐの所。」
「私全然知らなかった。買ってこようか?」
「ダメだ。もう暗くなる。事故が起こってからじゃすまない。」
「わかった。」
会話にも一通りの区切りがついたようだ。
平山は少しがっかりしているが、潤の言うことももっともだ。
この辺りは山にそった道で曲がりくねっている。
言っていた店というのもこの辺り唯一のコンビニだった。
風が炎を優しく揺らす。
それに乗って火の粉がいくつか舞った。
紅い粉が自由に空を泳いでいる。
夜空を照らす蛍のようだ。
春奈もそれにつられて空を見上げている。
花火などなくてもよかった。
春奈とこうしていられるのならば...。
 
8月10日(Mon) AM 5:30
何かの物音で目が覚めた。
部屋の中で何かが動いている。
(一体何が....と言っても春奈しかいないか...。)
まだ日は昇っていないようだ。
すべてが薄暗い。
彼女が電気をつけないのは俺が起きないように、ということだろう。
でも、それも無意味だったわけだ。
布団から頭を出す。
それに気づいたらしく彼女もこっちを向いた。
一瞬目が合う。
どうも春奈は着替えの途中だったらしい。
(ん?....着替え?...。)
「!」「うわっ、ごめん!」
春奈が驚いた顔をすると同時に布団に潜り込んだ。
(なんだってんだ?こんな朝から。)
布団の中は完全に暗かった。
その中に彼女の半裸な姿が浮かんで仕方がない。
心臓がかなりの速さで脈を打っている。
彼女に聞こえるのではないだろうかと思った。
春奈の小さい声が聞こえる。
「...ごめんね、優人。もういいよ。」
「あ..ああ。」
布団をめくる。
そこにはいつもの春奈が立っていた。
「起こしちゃった?ごめんね。」
「いいけど、なんだってんだ?こんな朝から。」
さっき心で思った言葉を繰り返した。
「朝日が見たかったの。起きないと思ったし..。」
「......。」
いかにも申し訳なさそうな春奈。
こんな顔で言われてはもう何も言えない。
「潤君たち、起きちゃったかな?」
「大丈夫だろ。それより、一緒に行ってもいいかな?」
「うん。」
起き上がって、春奈が部屋を出たのを確認してから服を着替える。
カーテンを開けると青白い光が部屋の中を満たした。
今日も晴れている。

日が照っていないと夏も涼しいものだなと実感する。
一枚だけ持っていた長袖を上から羽織っている。
春奈の方はランニングだけで少し寒そうだ。
(しょうがないなぁ...。)
自分の上着を脱いで先を歩いていた春奈に掛けてやる。
「あ....。」
「涼しいだろ?」
「...ありがと。」
春奈がこっちを向いて、はにかむように微笑む。
慣れない事をしたためか照れくさくなってしまった。
ただでさえ薄暗いのに話すことがない。
ずっと静かだったのだが...。
春奈の足が...止まった。
「あ...。」
その視線は海の先、水平線を向いている。
そこには太陽が昇ってきていた。
朱く空を染めていく太陽。
すべての生物を照らす太陽が上ってきていた。
「..優人との..一生の記念になるね...。」
「ああ...そうだな。」
初めて見た日の出ではなかった。
だが、春奈と見た初めての日の出だった。

ログハウスに戻る。
さっきと何の違いも見られない。
「まだあいつら起きてないな。」
「そうみたいだね。」
(このまま起きているのもな....。)
「私はもう一回寝るけど...どうする?」
「うーん..俺もそうする。」
「そっか、部屋に戻ろ。」
「ああ..。」
(一生の記念..か。その場の勢いだったのかな...。)
布団にくるまって考えていた。
横から春奈の安らかな寝息が聞こえてくるまで...。

次に目覚めたら11時を回っていた。
当然潤も平山も春奈も起きている。
リビングに行くと全員がこっちを向いた。
「優人君って..よく寝るんだね..。」
微妙な表情で平山が言った。
「ああ..。」
(朝に一度起きたせいだ...。)
「はい、早く座って。」
春奈がテーブルの横に立って言っている。
テーブルの上には朝?ご飯が置かれていた。
「いい奥さんになれるね。」
「馬鹿なこと言ってないで早く食べて。」
椅子についてパンとハムを食べる。
今日で4日目だ。

4日目ともなってくるとすることがなくなってきた。
いつも以上に照った太陽の下、石などを運んでいる。
重労働という言葉では全然足りない。
どうしてこんな事をしているかと言うとバーベキューの用意だ。
今日の晩ご飯らしい。
でも、それも何時間もかかるものではない。
3時ごろから始めたのだが、4時には終わってしまっていた。
だからこれ以上ないほど暇だった。
砂浜に用意したコンロを置いたまま家の中へと戻った。
中では春奈と平山が野菜などを切っている。
包丁の鳴る音と話し声が聞こえた。
キッチンに行く。
何ともほほ笑ましい光景だった。
潤が平山に声をかける。
「綾、どんな感じだ?」
「まぁまぁ上手いでしょ。..いつっ..。」
何かあったのだろうか?
後ろから見ているのではよく分からなかった。
潤と春奈がのぞき込んでいる。
「綾、大丈夫か?」
「うん..ちょっと切っただけ。」
どうも平山が指を切ったらしい。
「優人、その辺にばんそうこうなかったか?」
「探してみる。」
その辺りを探してみる。
だが、どこにも見当たらない。
救急箱を探すのに数分かかった。
中からばんそうこうを取り出して潤に渡す。
潤がそれを平山の指にはった。
「これでよし。」「ごめんね。」
「いいから。」「それと...。」
「ん?」「焼き肉用のタレ、忘れてきちゃった。」
平山が少しはにかんで言う。
「いいよ、俺が買ってくるから。」
そう言うと潤は立ち上がって車のキーを持って出ていく。
二人はまた料理に戻った。
俺だけすることがなくなってしまった。
「優人、もしかして暇?」
春奈が背中越しに尋ねる。
「もしかしなくてもな。」
「じゃあさ、箸とか運んでおいて。」
「了解。」
とりあえず仕事ができた。
言われた通り食器をつかむ。
外で車のエンジン音が聞こえる。
食器を外のテーブルへ運ぶ。
淡々と仕事をこなしていく。
その間に空に一つ、星が輝き始めていた。

「ふぅ、もう食えない。」
潤がいかにも満足そうな顔をしている。
「潤、もうないから安心して。」
そう、さっき潤が食べたタマネギでバーベキューも終了。
かなり暑い。
夏なのに火をたいているせいだ。
「もう..後一日だね。」
「ああ、明日が終わったら帰るだけだ。」
春奈が少し寂しい顔をした。
平山もそれに答える。
「楽しかったよね。」
潤が体を乗り出してきた。
「明日はもう一回泳ごうぜ。来年までの泳ぎ納め。」
それ以外することがないから...まぁいいか。
「優人、片づけるか。」
「ああ、そうだな。」
そして潤が立ち上がろうとした。
と、その時だった。春奈が..
「待って。もうちょっとだけここにいよ。ね?」
「あ..ああ。」
そう言われては断れない。
断る理由もない。
俺たちはまた座って炎を見ていた。
何の言葉もない空間。
その真ん中で燃える深紅の火。
空に舞う星。
すべてが心地よかった。

部屋にいる。
まだ9時半なのだがすることがない。
よって、寝るということになってしまった。
つまり、こんな部屋に春奈とふたりっきり。
いつもはすぐ寝てしまっていたから気がつかなかったのだが...。
(こんなに照れくさいとは...。)
それぞれのベッドにどこを見るともなく座っていた。
いきなり春奈が口を開く。
「あと...一日しかないね。」
「ああ..旅行ってのは時間が早く経つよな。」
「うん..優人がいるから...。」
「え..。」
その瞬間、春奈はくすっと笑った。
「なんてね。おやすみ。」
そう言って自分のベッドに潜り込んでしまった。
(なんだよ..なんてね、が余計だ...。)
俺も布団をかぶる。
手を伸ばしてコードを引っ張り電気を消した。
暗闇が来た。
寝つけるはずもないのだが...。
春奈が寝ついていないことも気づいていた。
いつもの寝息が聞こえてこなかったから。
波の音だけが聞こえる。
「ねぇ....。」
その中に混じって春奈がささやくような声を出した。
「やっぱり起きてた。」
「気づいてたんだ。...そっちに行ってもいい?」
「え?」
いきなりのことに変な声が出てしまった。
「ふふふ..冗談。ちょっと期待しちゃった?」
「からかうなよ..。」
「優人の反応っておもしろいから。
 ..さて、寝なくちゃ。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
俺はまだ眠れなかった。
時間のせいもあるがそれだけではない。
窓からの光に身を委ねる。
かなり自分が安らいでいることが分かった。
水の底から輝く水面を見上げるあの感じによく似ている。
光の筋が不規則かつ永遠に揺れる光景。
月を見てもの思いにふけっていた。
春奈が寝ついたのはそのすぐ後のことだった。

8月11日(Tue) AM 8:00
ゆっくりとした目覚め。
ほぼ理想に近い。
窓からの光と波の音....。
少しの強制もない朝だ。
春奈は...こっちを向いて寝ている。
目を閉じて、少しだけ口を開いて...。
たまらなくいとおしくなった。
このまま永遠に寝かせておきたかった。
俺だけのものにしておきたかった。
.....
自分の考えの恥ずかしさに気づく。
口に出しては絶対に言えない台詞だ。
(コーヒーでも飲んでゆっくりしよう。)
できる限り音を立てずに部屋を出る。
外は誰もいないかのように静まり返っていた。
階段を降りてキッチンへと向かった。
やかんに水を入れ火にかける。
カップを取り出しコーヒーを入れ、沸騰するのを待った。
窓から砂浜が見えた。
誰もいない浜辺は太陽の光を反射している。
数分後やかんが笛のような音を立てる。
お湯を注いでベランダへ行こうとした。
でも、何かが前に立っていてベランダは見えない。
その視線を遮ったのは春奈だった。
彼女はドアのところに立っている。
少しこっちに微笑んでくれた。
「おはよ、早いね。」
「おはよう。まぁね。...コーヒー飲む?」
「うん、もらおうかな。」
「砂糖とミルクは?」
「両方。」「了解。ベランダで待ってて。」
もう一つのカップを取り出す。
オーダー通りにいれてお湯を注いだ。
彼女はベランダの手すりにもたれている。
何かを見ているのだろうか?
その外いっぱいに広がる夏を感じているのだろう。
そのしなやかな髪が優しくたなびいている。
両手でこぼさないようコーヒーに持っていってテーブルに置いた。
「熱いから気をつけて。」
「うん、ありがと。....ふぅ。」
春奈は一口飲んで柔らかい息を漏らす。
俺も一口。
「一つだけ言ってもいい?」
「何?」
「私、もう少しだけ苦いのが好きなんだ。」
コーヒーを指さしながら春奈が言う。
「分かったよ。次からはそうする。」
「ありがと。」
春奈がコーヒーを飲むのを見ていた。
一口飲んでは小さな息を漏らす。
「天気が崩れなくてよかったね。」
「ああ、今日も暑いな。」
照りつける太陽を見ながらつぶやく。
白い光がすべてを平等に輝かせている。
太陽は既に少し高い所まで上がっていた。

バッシャーン!
前からいきなり水をかけられた。
「優人、なにぼんやりしてるの。」
「いや、楽しいなと思ってさ。..うわっ。」
もう一度。
「やり返してみろ。」
今度は潤か。
こうなったら......
......
「はぁ、はぁ...。」
「ふぅ...楽しかったね。」
4人が4人とも泳ぎ疲れている。
そりゃそうだ。
12時から3時間も泳いでいれば疲れもする。
砂浜に寝て空を見上げていた。
背中に感じる砂が心地いい。
後で洗うのが面倒だ、なんていう奴がばかをみるのだ。
こんなに気持ちのいいことなど他にそうあるものではない。
ほとんどこの旅行も終わりに近づいている。
空を見上げながらそんなことを考えいていた。
全員多分そんな思いだったのだろう。
誰も何も言わなかったが何となく分かった。
言葉の無い時間が良く感じる。
よっぽど仲が良くないとそうはいかない。
気まずさが漂って居心地の悪い時間になってしまう。
そういう意味で俺たちはすごく良い関係だった。
見上げる空の雲の流れが速い。
少しだけ、風が出てきていた...。

「また俺の勝ちだな。..あれ?どうしたのかな?潤君。」
「うるさい。もう一回勝負しろ。」
「いいぜ。何度でも勝ってやるよ。」
4人で大富豪をしていた。
勝った人が大富豪とか決まっていくあのゲームだ。
もちろん大富豪は俺。
その下に平山、春奈と続き最後が潤。
こいつはゲームにとことん弱い、そう思った。
まず、すぐ顔にでる。
これでは何にもならない。
次に、2手先までしか読めない。
これではお話にならない。
途中から哀れになってきたので潤の気が済むまでやる、
ということになったのだ。
でも、それもかなりかかりそうだった。
こいつのことだ。
どうせ勝つまで続けるだろう。
まぁ、とこかで適当に負けてやるか。
でも、勘はいいからきっと気づいて「ワザと負けるな」
とか言うんだろうな。
変にプライドが高いから困ったものだ。
結局こいつがやめるまで1時間以上かかった。
....
そして、最終日も既に暮れてしまった。
もうすることはなくても仲のいい者同士。
時間など勝手にすぎて行く。
こんなときは何をやっても楽しいものだ。
何をするともなく盛り上がっていた。
だが、10時ごろになってくると忘れていた疲れがやってくる。
解散ということになり部屋に戻ることにした。
俺はすぐ眠ってしまった。
昨日のようなこともなく..。
波の音だけが...響いていた。

ふと目が覚める。
まだ眠りが浅かったようだ。
午後11時半。
(ほとんど眠っていなかったな..。)
眠い目で辺りを見た。
何ら変わりはないように思った。
では、どうして起きてしまったのだろう?
何かを感じたというのが誇張の無い正しい表現だと思う。
そして、横を何気なく見る。
...春奈がいない...。
(下で星でも見ているのだろうか?)
何の疑問もわかなかった。
自分が何かを感じたことに。
春奈がいなくなっていることに。
起き上がり、一階へと向かった。

そこにも春奈はいなかった。
妙な胸騒ぎが俺を襲う。
あの夢を思い出した。
必死で忘れようとするがくっついてどうにも離れない。
そんな奮闘が続いた。
(きっと...外にいるんだ...。)
そう思い込もうとする。
そう思い込みたかった。
砂浜へと飛び出る。
そこにも春奈の姿は見えない。
(いったい..どこへ...。)
その時だった。
時は完全に止まった。
世界から色が消えうせ、夜の色をすべて黒に塗り替えていく。
砂浜の上には一つの静物。
月明かりに照らし出され砂の上で一段と目立っている。
春奈の小さな靴がそこにあった.....。
そう、海に入っていったのだ。
何のためかは分からない。
.....あの夢は予知夢だった。
どうしようもなく靴をつかむ。
限りない冷たさが俺を包んだ。
一人で海で泳いでいたのだろうか?
いまにでも、その波間から出てくるのでは?
(そうだ!きっとそうだ!)
俺は海へと走っていく。
濡れることなんて構わない。
春奈を探して...。
ずっと一心不乱に探し続けた。
そして、数分が流れた...。
もう春奈がいないことも俺は気づいていた。
でも、認めることがどうしてできるだろうか?
「春奈!春奈!..春奈....春..奈...。」
何度叫んだだろうか?
声が出なくなってもどうでもよかった。
何かを言っていないと自分の考えに押しつぶされそうだった。
...ハルナハモウイナイ....
そして、「明日」は「今日」にかわった
.................はずだった。

「!!!」
目が覚めた。
背中には粘性の汗が吹き出している。
パジャマが肌にくっついて気持ち悪いったらない。
気分がどうしようもなく悪い。
何が何だか分からなかった。
布団を脱いでベッドに座る。
(俺は確か...。)
横には春奈がいた。
(春奈!)
どうして....。
ささやかな寝息を立て彼女は眠っている。
(夢だったのだろうか....?)
時計をつかんだ。
信じられない「現実」がそこにあった。
これを受け止めろと言うのならあまりに運命は残酷だ。
驚愕して声もでない。
俺の時は止まった。
完全に、完璧に、疑う余地もなく。
自然の時は進んでいるというのに...。
そこにはこう書かれていた。
 AM 3:03
   8/8 
そして時は...................
...............繰り返している。