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8月8日(Sat) AM 7:00 一生でおそらく一番寝覚めの悪い朝を迎えた。 というか、一睡もできなかった。 午前3時からずっと春奈の顔を見つめていた。 少しの間何も考えずにそうしていた。 すると、春奈も起きたようだ。 俺に気づいて微笑む。 「おはよう、優人。」 「あ...ああ、おはよう...。」 「..どうかしたの?」 「ちょっとね。着替えて、先に行ってるよ。」 「うん。」 さっさと着替えて部屋を後にした。 リビングではちょうど潤と平山も起きてきた所だった。 「おう、優人。」 「おはよう、優人君。」 「ああ、二人ともおはよう。」 潤はソファに座り、平山はキッチンへ。 お湯を沸かしているようだ。 (本当に夢だったのだろうか...?) ドアのところに立って今までの5日間を思い出す。 あんなに夢ってのはリアルなのだろうか? ずっと考えていた。 答えは存在しなかったとしても....。 一言も話さなかった。 朝食から今まで。 理由は頭が痛いということにしておいた。 考えても考えても、尽きない。 (あれは、夢ではなかったのでは?) 頭の中はそうだったが、納得できるはずもない。 では何か? 俺はまたもう一度此処にいると言うのか? 8月8日に戻ってきたと言うのか? 本当に頭が痛かった。 そろそろ... 「...まだ痛い?」 俺は、夢ではなかった、と確信する。 声の感じ、イントネーション、柔らかなアルトまでも同じ。 そんな夢は存在するはずがない。 俺の時はどういうわけか、繰り返しているのだ。 「まだ痛むの?」 「あ...いや、その..。」 「?」 春奈の顔を見すえる。 不思議そうだった春奈の顔が少しかわった。 「君は...凪原春奈..だよな?」 「え?..何言ってるの?優人変だよ。」 「いや、何でもないんだ。..ごめん。」 「うん....それよりさ、一緒に泳ご?」 「ああ。」 立ち上がって春奈の手をつかむ。 どこへも行かないように。 (...君は...春奈なのか?) 5日前と同じように俺はリビングにいた。 5日前、と言ったが俺にはまだ信じられない。 でも..もうすぐ二人がやってくる。 「ふぅ、気持ち良かったね。」 予想通りの言葉と共に...。 こんなこと、起こった事がなかったからな...。 ...当たり前か。 誰かに言うべきなのだろうか? でも誰に? 信じてくれるはずなど、ない。 それに何て言えばいいんだ? 「俺、もう5日前にここに来た」 意味が分からないじゃないか。 ...そういえば、俺がいた時間はどうなったのだろう? もし、繰り返しているとすればだが...。 そして、もうすぐ... 「ねぇ、優人、散歩しに行かない?」 「あ..ああ、いいよ。」 もう頭が変になりそうだ。 いや、既に幾らかはおかしくなってきているに違いない。 俺の知っていると言葉を言う春奈、潤も平山も。 こいつらは気づいてないのだろうか? 「ゆっくり行って来い。することは何もないからさ。」 「優人、早く行こうよ。」 「...ああ。」 どうすればいい? ..どうすればいい? ....ドウスレバイイ? 俺たちは外へと出た。 既に見覚えのある景色。 月と海のためだけの世界。 そして、春奈の言葉までも...。 また、二度目の言葉を聞くのだ。 「夜は涼しいんだね。昼間は暑くてしょうがないのに。」 「....ああ。」 「..優人..何かあったの?」 少しの動揺を覚える。 俺の考えていたのと全然違う言葉。 俺の行動のズレがそのまま彼女の行動のズレへと繋がるらしい。 「..なんでもないよ。」(言ったってどうしようもない。) 「なんでもなくない。..私には言えないこと?」 まっすぐこっちを見つめる春奈。 見透かされそうで怖かった。 「本当になんでもないんだってば。」 少し春奈がうつむく。 その横顔がとても寂しそうだ。 そして、かき消されそうな言葉で俺に告げた。 「...信じる。信じるけど...。」 「..けど?」 うつむいていた顔を上げ、 さっきより少しきつい表情で俺を見る春奈。 「私には...嘘つかないで..。」 (俺は..どうすればいいのだろうか?) 今日何度目か分からない思いが込み上げる。 表現し難い後ろめたさに襲われた。 「..約束するよ。」 「うん...帰ろっか。」 「ああ。」 帰ってすぐ俺は泥のように眠ってしまった。 頭を休ませたかった。 寝れば何とかなる、そう信じていた。 ...明日になることを...祈りながら...。 8月9日(Sun) AM10:00 同じ時間に目が覚めた。 横には春奈が眠っている。 少し落ち着いた。 そして、よく考えてみた。 もしかしたら、幸運だったのかもしれない。 それは、今近くに春奈がいるから。 あのままの日々が続いていたら、俺の隣には空白しかなかった。 そう、この日々から今抜け出せば春奈は生きているのだ。 「...春奈...。」 「...何?」 「!...起きてたのか?」 (そういえば....。) 布団から頭だけを出して、春奈が聞いてくる。 「少しは楽になった?」 「ん..ああ。」 「よかった..。」 春奈の顔が緩むのが分かる。 心配してくれていたみたいだ。 「起きてさ、朝食にしよ?」 「うん、着替えたら行くから。優人はリビングで待ってて。」 「ああ、分かった。」 そう言って部屋を出る。 いつ抜け出してもいいように春奈に接しておきたい。 おれは..彼女を守りたい。 「それ!..ほら、優人、いったよ。」 「ああ、任せろ。」 俺と春奈、潤と平山が組んでビーチバレーをやっている。 よし、スパイクのチャンスだ。 走り込んで大きく飛ぶ。 手を振りかぶり、大きく振った...のだが。 (あれ?) そこにボールはなかった。 少しばかりジャンプが早かったようだ。 「...何やってんだよ。優人〜〜〜。」 潤の罵声が聞こえる。 春奈は横でくすくす笑っていた。 (やってしまった。) 「優人君、もう一度やる?」 平山がおもしろがって聞いてきた。 (くそ...。) 「やる!今度こそ。」 「来い、叩きのめしてやるよ。優人。」 潤が身構える。 見てろよ。そっくりそのままその言葉、返してやるぜ。 そんなこんなバレーは日が傾くまで続いた。 たき火をたいている。 流木を集めて。 前に見たときより皆の顔が穏やかな気がする。 「花火でも持ってくればよかったね。」 「そういえばさ、ここに来る途中に小さな店ならあったぜ。」 「え、どの辺り?」 ...... 俺は2日前を思い出していた。 春奈のいない浜辺、春奈の靴、静寂...。 また、春奈はいなくなってしまうのだろうか? ずっと、春奈を見つめていた。 「..どうかした?」 不思議そうに聞いてくる春奈。 その横顔が火に照らされている。 俺は優しく微笑んで答えた。 「なんでもないよ。」 8月10日(Mon) AM 5:30 物音で目が覚めた。 そうだ。春奈が着替えているのだ。 少しだけ待ってから春奈が部屋を出ようとする所で 服のすそを引っ張ってやった。 「きゃっ...優人か、びっくりした..。」 「おはよう。」 「おはよう。起こしちゃった?」 「まぁね、どこへ行くの?」 (分かっているのだが...。) 「朝日が見たいなぁ、って。」 少し微笑んで言う春奈。 「俺も行ってもいいかな?」 「もちろんいいよ。部屋の外で待ってる。」 「わかった、すぐ行くよ。」 春奈が外へ行くのを待ってから服を着替える。 自分もほぼ同じ行動をとっていることに気づいた。 部屋は暗く、青白い光で満たされている。 やることを済ませ、部屋の外へと出た。 忘れていた。 少しだけ涼しかったのだ。 服をもう一枚もってくるのを忘れたので、 自分の着ている薄い上着を春奈のTシャツの上から掛けてやる。 「あ...ありがと。」 5日前は照れくさかったのに、今はさらに愛しさが募る。 空から降る雪のように...。 一度失った大切な人だから..。 「あ...。」 春奈が水平線の先を見ている。 日の出だ。 「..優人との..一生の記念になるね...。」 「ああ...。」 朝日は昇ってきていた。 春奈と見る、二度目の日の出。 ログハウスに戻った。 何ら変わりはない。 「まだ2人とも起きてないみたいだね。」 「そうみたいだな。」 「私はもう一回寝るけど...どうする?」 「俺も寝るよ。」 「そっか、じゃあ、部屋に戻ろ?」 春奈について部屋に戻る。 すべてが5日前に似たり寄ったりだ。 でも、少しだけ変化も見られてきた。 未来は....変えられるかもしれない。 春奈のいる未来を迎えられるかもしれない。 そう思い始めた。 おきたら、11時を回っていた。 (確か、ほかの3人はもう起きているはず...。) 起き上がって、風に揺れるカーテンを開ける。 いつも通りの光だ。 その光を全身に浴びる。 人間にはこんな時間が必要なのだと思った。 全身に生気がみなぎっていくのが分かる。 そして、リビングへと向かった。 「おはよう。」 「よう、優人。」 「優人君って..よく寝るんだね..。」 「ああ、まぁね。」 テーブルの方を向く。 春奈がいた。 「おはよう。はい、座って。」 テーブルの上にはご飯が並べられていた。 パン、ハム、目玉焼き、コーヒー。 「ありがとう。春奈ならいい奥さんになれるよ。」 5日前と同じ台詞を口にする。 「ば、ばか。何言ってるの。..ほら、早く食べて。」 そう言うと春奈はあっちを向いてしまった。 何か照れていたようだ。 (変わってきている....?) 後ろを振り向く。 潤と平山がこっちを向いてにやにやしていた。 今晩のバーベキューの用意。 二度目だと手際がいい。 「優人、張り切ってるな。」 潤が石を運びながら言った。 「まぁな。」 そんなこんなで用意も早く終わってログハウスに戻る。 中に戻ると二人が料理をしていた。 (そういえば...。) 潤の奴が話しかけると....。 「綾、どんな感じだ?」 「まぁまぁ上手いでしょ。..いつっ..。」 遅かった。 もう少し早くに気づいていれば止められたのに。 自分の記憶力の悪さを呪う。 「綾、大丈夫か?」 「うん..ちょっと切っただけ。」 「優人、その辺にばんそうこうなかったか?」 「OK。」 潤に言われると同時に分かっていた。 確か、あのタンスの2段目だったはず。 引き出しを開けて取り出し潤に渡す。 「ほら、ばんそうこう。」 「早いな。..ほら。」 「ごめんね。それと、タレを忘れてきちゃった。」 平山がはにかんで言う。 「俺が買ってくるよ。..大丈夫だよな?」 潤が平山に尋ねる。 平山は小さくうなずいた。 「うん、平気。」 「じゃあ、行ってくるから。」 そう言うと潤はキーを持って出ていく。 二人が料理に戻るのを見てから言った。 「この食器、運んでもいいんだよな?」 春奈の背中が答えた。 「うん、お願い。」 俺は食器を持って外へ出る。 潤の車がちょうど出ていく所だった。 その後ろを見送りコンロへ。 そこに食器を置いて椅子に座った。 空は相変わらず晴れている。 ずっと続けばいいのに、と思いながら、 早く変わって欲しい、と願っていた。 「ふぅ、もう食えない。」 潤が満足そうにふんぞりかえっている。 よく食う奴だ。 「潤、もうないから安心して。」 火が真ん中で燃えている。 おそらく同じように燃えているのだろう。 でも、これは違うように見えた。 それだけで、少しだけ安心する。 何が変わったというわけではない。 でも、変化があると信じられる気がしたのだ。 炎はすごく綺麗だ。 全員が見入っている。 「もう..後一日だね。」 「ああ、明日が終わったら帰るだけだ。」 春奈が少し寂しそうな顔をする。 「でも..いいよね、こういうの..。」 春奈が炎を見つめて言った。 「ああ...。」 「もう少しだけ、このままでもいいよね?」 全員がそのつもりだったようだ。 何の言葉もない空間。 前回よりもっと安らいでいる気がする。 いつしか、考え事をしていた。 どうして、こうなったのか...。 何かの理由があったのか? 何かの前触れがあったのか? 相互的な作用によるものなのか? 不毛の考えだけが巡っていた。 まだ9時半。 前と同じ時間に部屋にいる。 そして、目の前には春奈がいるわけだ。 お互いのベッドに向かい合うように座っている。 「楽しかったね。」 「ああ、来てよかった。」 沈黙...。 こんな状態で何を話せと言うんだ? 緊張してそれどころではない。 「...寝よっか?」 「そうだな...。」 二人して布団に潜り込む。 天井だけが見える。 寝つけるはずがない。 こんな早い時間では、いつもなら風呂に入るくらいだ。 横の春奈も眠っていないはずだ。 そうしたまましばらくのときが流れた。 「ねぇ....。」 「ん?何?」 「あの...そっちに行ってもいい?」 (そういえばこんなこともあったな..。) 何か恥ずかしそうだな..。 確か前はこれで一杯食わされたんだった。 ...そうだ。 「いいよ。」 「えっ...。」 「ほら..。」 そう言ってベッドの横へずれてやる。 春奈は困った顔をしていた。 (ちょっと意地悪だったかな?) 「おやすみ。」 寝ることにした。 だが....少し経ってからのことだった。 フワッ.. 何か柔らかいものが自分のすぐ近くで舞っている。 布団が持ち上げられベッドがギシッと鳴った。 (まさか...。) 左を向く。 春奈が赤い顔をしてすぐ隣にいた。 窓からの月光に照らし出され白く輝いている。 すごく..綺麗だった..。 そして、消え入りそうな声で春奈がつぶやく。 「今夜だけ....だからね。」 「ああ..寝ようか。」 俺は仰向けになって寝ていた。 それに寄り添うようにこっちを向いている春奈。 目を閉じて、少しだけ口を開いて...。 耳元での春奈の寝息が、妙に心地よかった。 |