(昇なんか好きにならなきゃよかった...。)
雪の降る道を今歩いている。
足の裏に伝わる雪は結構な量だった。
自分の雪を踏む音以外何も聞こえない。
(クリスマスだから家まで遊びに行ってあげたのに...。)
そして、そこには別の女の子がいた。
自分が付き合っていると思っていた彼の家に、だ。
つまり、間接的にフラれたということだろう。
そうはっきりと言ったわけでも言われたわけでもないけど、
そんなことは分かりきっている。
立ち止まって首からネックレスを外す。
小さなクリップのために付けるのにも外すのにも
手間のかかるタイプのアクセサリーだった。
(馬鹿みたい..。こんなのまで付けてきて...。
 クリスマスにふられるなんてね...。)
私は空を向いて歩いていた。
白い雲と青い空が交互に見える。
雪は既に止んでいて散歩にはすごくいい天気だった
でも、上を向いていて前など見ていなかった。
そのために前からの人影に気づかなかった。
ドン!
「きゃっ。」
「あ、ごめん。」
そして私は大きく転んでしまった。
地面の雪にしりもちをついて埋もれてしまった。
あっちの人はかなり慌てているようだった。
ぶつかってすぐに言葉をかけてくる。
どうも焦っているみたいだ。
「大丈夫?」
「はい。私は....あれ?」
自分のからだの違和感に気づく。
どこかが痛いと言った症状ではなく、何か足りない。
ネックレスがない。
(手に持っていたはずなのに...。)
「どうかしたの?」
彼が私に尋ねる。
私の表情を読み取ったのだろう。
でも、焦ってしまった私もうまく答えられなかった。
「ネックレスが....。」
「探すよ。どんなの?」
彼がしゃがんで私の目を見る。
「あの..銀の羽根に赤い石がついているんですけど...。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
そう言うと彼はその辺りを探し始めた。
(急いでるんじゃないのかな..。
 私が自分で探すのに...。)
私も地面を見始めた。
そんなに飛んでいくはずがない。
近くに落ちているはずなのだ。
彼は必死で探してくれている。
(でも、きっと私のためじゃないんだろうな...。)
そのときに私は少しの驚きを覚えた。
彼がこんなことをするのが私のためではないことは明白だった。
その部分ではない。
私がこんなことを思ってしまう理由。
その部分が私の驚いたわけだった。
そんな理由は一つしかない。
私は妙に彼を意識している。
一目ぼれなんて信じたことはなかった。
でも、私は彼に一目ぼれしていたことに気づいた。
...ふられて数分後なのに...。

11月25日(Fri) AM 6:30
また夢を見た。
こういう朝は寝覚めが悪い上に二度寝ができない。
だからカーテンを開けにベッドから出て窓際に行く。
カーテンのすき間から光が漏れてフローリングを輝かせている。
そのために今日の天気はもう分かっていた。
カーテンを勢いよく引き開ける。
「...まぶしい。」
思わず目を薄くする。
外には空が透き通って広がっていた。
「また...あの夢..。」
(3年も経つのに..未練がましいな私も..。)
私の意識のように朝の街もまだ朦朧としている。
白く霞がかった建物。
この景色は嫌いではなかった。
全てが綺麗に見える時間帯。
自分の意志で起きるのならば良いのだけれとも、
強制的な目覚めだから感動が少しだけ引いてしまうのだった。
朝日で体が温かくなってきたので服を着替える。
いつも着ている黒い制服。
幾度となくこの衣服に身を包んできた。
制服に着替え終えると
お母さんが朝食を作っているキッチンへと降りていった。

「おはよう、音色。」
「あ、晴花..おはよう。」
「何か暗いよ。どうかしたの?」
「うん..ちょっとね。」
学校への朝の道を歩いていた。
そこで後ろから声をかけられた。
彼女は川上晴花。私の中学からの友達。
同じ天川高校の2年生で、さばさばした性格の持ち主。
ショートカットの髪が彼女の性格に良くあっていると思う。
男女を問わず友達の多い娘だった。
きっと、高校で出会っていたらこんなに仲はよくなかっただろう。
自分でも彼女と仲がいいことにたまに違和感を感じる。
私とは少し違うタイプだった。
でも、そのおかげで彼女に教えてもらうことはたくさんあった気がする。
朝はよくここの辺りで会う。
「音色さぁ、今日も音楽室に行くの?」
晴花がいつものように唐突に尋ねてきた。
「ん?まぁね。後1カ月くらいで発表会だから。」
「たまにはさ、息抜きしようよ?」
おねだりする娘のような話し方。
晴花がこっちを向いて話している。
遊びに行こう、と言いたいらしい。
そこに簡単に答える。
「うーん、来年になったらね。」
「つまんないなぁ、まぁいいや。行こっか。」
晴花が不満そうな声を上げた。
でも、本気ではないことは私も何処かで分かっていた。
「うん。」
息抜きもしたくないわけではない。
(でも、こんな気分でどこかへ行っても、おもしろくないだろうな...。)
風が少しだけ吹いている。
幾度となく2人の間を通り抜ける。
空はさっきと変わらず晴れている。
温かな陽気がこの辺り一帯を包んでいた。
(空はこんなに晴れてるのに...。)

「音色ってさぁ..好きな人とかいないの?」
「!」
晴花の唐突な質問に吹き出しそうになる。
お昼休み。
お弁当を食べている所だった。
つまみかけた卵焼きが箸からするりと落ちる。
そして、もと合った場所に戻った。
「何よ、いきなり...。」
私は目の前の晴花に少し不満そうに答えた。
「音色にそういう浮いた話はないのかなぁ、と思って。」
こっちを向いて楽しげに微笑む晴花。
晴花の質問は当たらずしも遠からずだった。
(好きな人..いないわけではないけど...。)
でも...
「いないよ。」
簡潔な私の答え。
でもそれで話は終結に向かわなかった。
「本当に?前はどうだったの?」
「前は...。」
言葉に詰まってしまった。
これでは質問を肯定したも同然。
私は気づいたがそのときには既に遅かった。
「いたんだ、彼氏。」
「いたけど...もうなんでもないよ。」
「ふーん。」
晴花の質問はいつもこうだ。
脈絡のない話をしてくる。
でも、今日のは少しだけ違う気がしていた。

また、今日の授業も終わった。
音楽室へ行くため帰る準備をする。
ここ2週間ぐらいの生活パターンになっていた。
「音色、本当に行かないの?みんなカラオケ行くって言ってるよ?」
「ごめん、本当に。また今度ね。」
「言い出したら聞かないね。じゃあ、がんばってね。」
「うん、バイバイ。」
そう言って他の娘と合流する晴花を見ていた。
自分で決めたことなのに自分が彼女たちにほっていかれた気がする。
少しだけそのままでいたあとカバンを持ち上げた。
(じゃあ、がんばろうかな。)
自分に言い聞かせるように心でつぶやく。
一人廊下へと出た。

歩きなれた道。
もう目をつぶっても行けるのではないだろうか。
誰もいない廊下にスリッパの粘り着く音が響く。
扉が見えてきた。
音楽室。
ドアを引き開けて中へと入っていく。
少し薄暗いのはカーテンが閉まっているせいだ。
カーテンをすべて開ける。
部屋いっぱいに少しだけ色のついた光があふれた。
その中を泳ぐようにピアノの前に行き、座る。
家にもピアノはあるがグランドピアノではなかった。
そして学校のもののほうが弾き心地がよかった。
だから毎日通っているのだ。
ピアノを開けて音を確かめる。
ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド 
(今日もいいみたい...。)
そして少し深呼吸してから弾き始めた。
この瞬間が大好きだった。
サビでもメロディーでもなく曲の始まり。
この時私は音と一体になる。
すべてを忘れて流れに身をゆだねる。
でも、時々怖くもなってしまう。
このまま、弾き続けるのではないだろうかと。
私の生が尽きるまで..。
だから、曲の合間に休憩を必ず取ることにしていた。
そして、練習中だった。
扉が開くのに気づいたが、曲を終わるまで弾く事をやめなかった。
...扉の方を向く。
一人の男子生徒が立っていた。
こっちを何かを考えながらじっと見ている。
その時に気づいた。
(あ..あの人だ...。)
「....?」
彼が口を動かすのが見えたが聞き取れなかった。
どうも、何かをつぶやいたらしい。
私は何を返せばいいのか分からなかった。
「あっ...。えっと、何でしょう..?」
「あ..ごめん..。」「?」
彼は何を謝っているのだろう?
「いや、ピアノの音が聞こえたから..。」
「そう...ですか。12月に発表会があるんです。」
「そう..か。君は2年?」
「はい。あ、月下と言います。月下音色。....あなたは?」
自分にしては思い切った事をしたと思った。
初対面の男の子の名前を聞くなんて。
「あ、ごめん。成瀬霞瑞。俺も2年なんだ。」
「そうですか。どこかであってたかも知れませんね。
 これから、よろしくお願いします。」
どうも緊張しているみたい。
口調がどうしても固くなってしまう。
そして小さく礼をした。
「ああ、よろしく。」
彼がまっすぐこっちを見たので目が合わないように時計を見た。
そうしたら..
「あ、邪魔しちゃったね。俺、帰るね。」
「いえ、さよなら。」「ああ、さよなら。」
引き留めたかったがどうやっていいか分からなくて
彼が帰っていくのを見ていた。
後ろ手にドアが閉まるのをずっと見ていた。
私の頭の中は真っ白だった。
(また逢えた..成瀬霞瑞君か...。
 同じ学校しかも同級生だったなんて...。)
思わず顔がほころんでくるのが分かった。
でも、そうもしていられない。
練習をしに来ているのだから。
次の曲はピアノがすごく軽い気がした。

11月30日(Mon) AM8:15
学校への道を歩いている。
晴花に今朝は会わなかった。
駅前の道を少しゆっくりと歩く。
その先に見覚えのある人影があった。
誰だか分かったので後ろから歩み寄って声をかける。
「成瀬君、おはよ。」
「ああ、月下。おはよう。」
彼は振り返って答えてくれた。
まさかこんな風に話せるなんて...。
4日ぐらい前までは考えもできなかったのに。
「朝に会うの初めてだね。」
「そうだね。」
その場の雰囲気で並んで歩き出す。
彼の顔をのぞき込むようにして尋ねた。
「ねぇ。」「なに?」
「いつもこの時間なの?」
「ああ、だいたいね。」
「じゃあ、今までも会ってたかもしれないね。」
「そうだな。」
そんなことでさえ少し嬉しい。
これからはこの時間に出ようと思った。
でも本当によかった。
話せるようになれて。
全く合わない人だったらきっと辛かっただろうから。
「学校まで、一緒に行こ。」
「ああ、いいよ。」
二人の時間ができた。
そう思って成瀬君を見た。
少しだけその横顔が切なかった。

「音色。」「なに?」
お昼休み。お弁当を取り出そうとしていた。
その時に晴花に声をかけられた。
「ねぇねぇ、今朝の彼は誰なの?」
「今朝の彼って?」
自分が気づかない振りをしているのに気づいた。
そんなのは一人しかいないことも分かっている。
でも、何となく隠したかった。
「とぼけちゃって。今朝一緒に登校してた人よ。」
「うーん、友達。最近知り合ったの。」
「とか何とか言っちゃって。彼氏なんじゃないの?」
「違うよ。そんな風には思ってないよ。」
(たぶん、少なくとも彼は...。)
晴花が残念そうな顔をするのが分かる。
「なーんだ。つまんない。」
「なによ、それ。」
「だって、音色かわいいのにどうして彼氏できないのかなぁ?
 って心配してあげてるんじゃない。」
「大きなお世話。自分はどうなの?」
「私?私はまだつき合ってるよ。」
「ならそれでいいじゃない。」
簡単に晴花の相手をする。
今日の私少し変だなって思った。
窓の外を見る。
晴れている空だけが見えた。

今日もまた音楽室に来ていた。
昨日と同じ事を昨日と同じようにしていた。
これが私の毎日だった。
そして少しの期待も抱いていた。
(成瀬君..また来ないかな。)
思いはしてもそんなことを言うこともできない。
自分の想いに気づいてほしかったけれど
自分の想いを否定されるのが限りなく怖かったから。
だから私はいつも受け取るほうだった。
そうすれば心が痛むことはあっても、自分が傷ついたりはしない。
ずっとそう思って生きてきた。
一通りのことをし終わったのでピアノの前に座る。
少し紅い光を反射して黒くピアノが光る。
鍵盤に手をかけた。

数分がたっただろうか?
曲の途中で扉が開いた。
最初は先生かと思ったが...。
曲が終わってから扉の所にいる人に声をかけた。
「あっ、成瀬君。こんにちは。」
「こんにちは。いつもいるんだね。」
そう言って成瀬君は少しだけ笑う。
「もっとうまくならないといけないから。」
何とも言えない感情がこみあげてくるのが分かる。
彼の顔を見ていられなかった。
どうしようもなくて鍵盤に目をやる。
「今でも十分うまいのに..。」
「まだ私なんか。..今日はどうしたの?」
「いや、手持ちぶさたでさ。聞いててもいいかな?」
何て答えたらいいのだろう?
いいに決まっている。嬉しいに決まっている。
でもそうはっきりと言えないのが私なのだ。
「恥ずかしいから、少しだけなら..。」
「いす、借りるね。」「そこの使って。」
私が指さした椅子に成瀬君が座る。
私はピアノの方に目を戻した。
彼のこっちを見る視線が気になってしかたがない。
緊張する胸を何とかなだめて白い鍵盤に手を当てて弾き始めた。
たまに彼の方を見る。
考え事をしているようだったり目を閉じていたり。
..気持ち良さそうだった。
でも、もっと驚いたのが自分。
成瀬君が聞いているからだろうか?
いつもよりずっと上手い気がする。
そのまま、私はずっと弾き続けた。

気づけば成瀬君は机にもたれるように眠っている。
その安らかな寝顔をずっと見ていたかった。
でも、そうもいかない。
「成瀬君。成瀬君起きて。風邪、ひいちゃうよ。」
彼が少しだけ目を開いてこっちを見る。
まだぼーっとしているようだ。
そして彼がつぶやくのが聞こえた。
「....雪..音?」「えっ?」
「あ..ごめん。また..。」
「また?」
「いや、なんでもない。ほんとにごめん。」
成瀬君の口から出た言葉。
雪音...さん?
誰なのだろう?彼女なのだろうか?
また、って何?
成瀬君は何とも申し訳なさそうな顔をしている。
でも黙っているわけにもいかない。
「...風邪。ひきますよ。」
自分の言葉かたくなっているのに気づく。
気になっている。
確実に。
「ああ、ありがと。寝てたのか..。」
「ええ、退屈でしたか?」
何とも当たり障りのない言葉。
自分の聞きたいことなど何一つ言えない。
「いや、そうじゃなくって、なんていうか..、
 すごく気持ち良かったから。ヒーリングってやつみたい。」
「そうですか。ありがとう。」
「....。」「.....。」
沈黙ができてしまった。
彼の表情はずっとさっきから止まっている。
深く思い悩んでいるようだ。
「...どうか、しましたか?」
「いや、なんでもないんだ。...そろそろ帰るね。」
ちょっと焦ったように成瀬君が答えた。
「月下はどうするの?」
「私は..、もう少しだけ..。」
うつむくような格好で答える。
「そうか..。さよなら。」
「はい。さよなら。」
そう言って音楽室から出ていく彼を見ていた。
少しだけ、とは言ったけれども練習する気にならない。
ずっと成瀬君の座っていた椅子に座って外を見ていた。
暮れていく空を見ていた。