12月1日(Tue) AM 7:00
今日もまた目が覚めた。
あの夢はここ5日くらい見ていない。
でも気分がすぐれないのには別の理由があった。
彼の言った言葉。
(「....雪..音?」)
ずっと頭の中に響いていた。
考えたからといって何がどうなるわけでもない。
でも、どうしても離れない。
窓からの光が部屋の中に満ちていくのをじっと感じていた。

駅前まで歩いてきた。
かばんがちょっと重い。
私は教科書を置いてくるというのができなかった。
もしかしたら今夜使うかも、そんな絶対にない理由で。
(でもテストも近いからなぁ。
 まぁ、テストが終わったらちょっとだけ置いていってみようかな。)
そんなくだらないことを考えていた。
朝の道はいつも通り。
少しだけ聞こえる人々の生活音が心地よかった。
(今日もまた晴花と会わなかったな..。)
でも...別の人と会った。
心臓の音が大きくなるのが分かる。
(成瀬君だ...。隣にいるのは?)
彼は一人の女の子を連れていた。
顔の横だけ少し長いショートカット。
彼女が「雪音」さんなのだろうか?
自分がわずかに気後れしているのが分かった。
話しかけるかどうかかなり迷ったあげく..。
(でも、あいさつくらい..。)
そして、「おはよう。」
「ああ、月下...おはよう。」
振り替えると同時に隣の女の子も振り向いた。
(あれ..璃乃ちゃんだったんだ..。
 成瀬君と知り合いなんだ..。)
少し成瀬君が暗いのに気づいたので、
「朝から暗いんだね。ああ、璃乃ちゃん、おはよ。」
「うん。音色ちゃん、おはよ。」
彼が少し不思議そうな顔をしている。
その疑問は璃乃ちゃんが解消してくれた。
「どうしたの?霞瑞。」
「あ、いや、知り合いなんだな..。」
私が肯定する前に璃乃ちゃんが答えた。
「うん。去年クラスがいっしょだったんだ。ね。」
「うん。そうなの。」
「そうだったのか..。」
全然知らなかったみたいな顔。
そしていろいろ考えているみたいだ。
私はその横顔をじっと見ていた。
昨日のことはもう気にしていないみたい。
(私もいつまでも気にしてちゃダメだな..。)
どうも明るくないムードを璃乃ちゃんが壊した。
「3人で学校までいこ。」
「うん。ほら、成瀬君も。早く。」
「ああ..。」
成瀬君も力なく答える。
私たちは歩き出したのだが成瀬君はあまり話さなかった。
何か思うことがあるみたい。
もしかしたら、やっぱり昨日のことが気になってるとか。
それとも、雪音さんのことを思っているのだろうか?
彼の見上げている先には空しかなかった。

「成瀬君さぁ..ほんとに退屈じゃない?」
静寂を壊したのは私だった。
音楽室。
今日も彼は来ていた。
椅子に座ってこっちを見ている。
何となくこんなことを聞いてしまったのだ。
「ああ、どうして?」
「だって、昨日も来てたし..。」
「迷惑かな?」
「迷惑って言うか..つき合ってくれるのは嬉しいんだけど..。」
言葉がつまってしまった。
何て言えば、何を言えばいいのだろう?
「けど?」「何か悪いような気がして..。」
横目で成瀬君を見る。
彼もこっちを見ていた。
「気にし過ぎだって。ピアノが好きだから来てるんだ。」
「そうなの?弾ける?」
その言葉に少しだけ気が楽になるのを感じた。
「少しはね。でも、聞いてる方が性に合ってるみたい。」
「そっか。うん、ならいいや。」
(まぁ、それならいいかな....
 それより、もうちょっとだけ練習もしなくちゃ。)
そう思い直してピアノの方を向いて指を置く。
静かに音がなり始めた。
いつもと同じ感覚。
たぶん、彼も。

今日の練習も終了。
こんなものかな?と思って振り向いたら寝ている彼がいた。
「あ、まただ。ほら、起きて。」
(本当によく寝るんだから...。)
「うん?あ、ああ、ごめん。」
「練習は?」「うーん..もう終わろっかな?」
「えっとさぁ..。」「?」
何か言いたいことがあるみたい。
何でもないことだろうけど、少しだけ何かを期待する自分が嫌になる。
「一緒に帰らないかな?と思って..。」
嬉しかったのですぐに答えてしまった。
「いいよ。一緒に帰ろ。」
「え?」
驚いている彼。
私がこう答えるとは思っていなかったみたい。
「じゃあさ、下駄箱で待ってて。片づけたら行くから。」
「ああ、わかった。」
そう言って立ち上がり部屋を出ていく成瀬君を見ていた。
片づけをはじめる。
早く終わってほしくて仕方がなかった。

階段をかけ降りる。
私の足音だけが聞こえる。
少し手間取ってしまった。
鍵を返しに行ったら先生が話しかけてきた。
調子はどうだ、とかどうでもいいことだった。
とにかく早く帰りたくて、適当に話を切り上げて職員室を後にした。
下駄箱に一つの人影。
落ち着いて息を整えてから近寄った。
「お・ま・た・せ。」
「ああ、じゃあ...行こっか。」
「うん。」
二人で並んで歩き出した。

「成瀬君と帰るの、初めてだね。」
成瀬君があまり話さないので私から口を開いた。
「そうだね。」
「何か新鮮だなぁ。」「うん。」
彼の行動が少しぎこちない気がする。
どうしたというのだろうか?
「どうかしたの?」
「あ、いや,..。」
やっぱりちょっと変だ。
もしかして、照れてるとか?
そう思ったら言わずにいられなかった。
「なに?照れくさいとか?自分から誘っておいて。」
少し意地悪に言ってその後少し笑えた。
成瀬君はちょつとぶっきらぼうに答える
「そういうわけじゃないけど..。」
「ふふ、冗談よ、冗談。」
「.....。」
「このごろ寒いね。」
「ああ、もう12月だもんな。」
「ねぇ、冬って、好き?」
彼をのぞき込むように訪ねる。
「ん?ああ、そうだな、好きだよ。」
「私も。私って、私が生まれた年の最後の雪の夜に生まれたんだって。」
「へぇ、でいつなの?」
「2月19日。」
「そうか、もう少し先だな。」
「そうだね。その前にクリスマスだね。」
「クリスマス..か..。」
心に引っかかった。
その話し方は何かを思っている、と。
私が何かいけないことを言ったのだろうか?
クリスマスがどうかしたのだろうか?
「クリスマスがどうかしたの?」
「え、いや、楽しみだなって。」
こっちを向いていつもの顔で成瀬君は答えた。
そう言われてはもう何も聞けない。
極力明るく保って答えた。
「うん。すっごく楽しみ。今年も楽しいといいなぁ。」
成瀬君の顔はやっぱりどこかを向いていた。
今は空に輝く月。
(私が知らない成瀬君がたくさんいる。)
そう思った。
いや、知っている彼の方が少ない。
だから、彼と同じ所を見る。
同じ事を思えないかと思って。
「月、きれいだね。」
「ああ、そうだな..。」
簡潔な答えだけが返ってきた。
それから別れるまで会話らしい会話は存在しなかった。

12月3日(Thu) AM 8:10
いつもの道を歩いている。
いつものように歩く成瀬君を見つけた。
「お・は・よ。」
「ああ...、おはよう..。」
やっぱり、声が少し暗い。
どうも、かなり朝に弱いらしい。
でも、それだけでもなさそうだ。
「また今日も朝から暗いね。どうかしたの?」
「朝からテストテストって聞いてしまったからな。」
「聞いてしまった。ってもうみんなとっくに知ってるよ。」
少しだけ呆れてしまった。
なんたってテストは7日からだから。
「そうだろうな。」
「いつ知ったの?今日じゃないよね?」
彼の顔を見る。
少し心配になってきた。
「2・3日前...。」
「...。成瀬君...今からがんばるの?」
「いや、腹をくくるよ。」
「もうダメだね。」
「璃乃にもそう言われたよ。」
いかにもダメというポーズをとって見せた。
勉強はきっと得意じゃないんだ。
(あれ..そういえば..)
「あ、そういえば璃乃ちゃんは?」
彼は、はっとしたようだ。
どうしたというのだろう。
そして思い出したかのように答えた。
「図書館へ行くんだとよ。」
「そっか、じゃあいっしょに行こ。」
「ああ。」
最近は私も大胆になってきた。
普通に、いっしょに行こ、とか言えるようになったのだから。
二人を包むように吹く優しい風が心地よかった。

今日もまた終わった。
授業も練習も。
ということは下校しているということになる。
そして隣には成瀬君がいた。
ここ3日全部彼と帰っている。
照れくささも消えかけてきた。
「なぁ、月下。」「ん?なに?」
いきなり声をかけられた。
ちょっと驚いてそっちを向く。
その時彼は前を向いてしまった。
「月下はさぁ、テスト勉強してる?」
「うん。月並みにはね。」
「そうだよなぁ。」
「今からがんばれば、なんとでもなるよ。」
がんばって、という感じを込めて彼に言う。
「そうなのかなぁ。...ところで、勉強って得意?」
「ん?うーん..まぁまぁ..かな?」
本当は−あまり嬉しくないけど−凄く得意。
いつも上の方にいる。
彼はきっとそれを知らないのだと思った。
「はぁ、どうしようかな。」
「何度も言ってるけど、がんばるのみよ。」
「やっぱりか..。」
月並みなことしか言えなかった。
私はいまいち人に気を使うとかが苦手だった。
駅で別れるまでずっと取り留めもない会話が続いた。
何も大事なことは聞けなかった。

部屋に入って制服を上だけ脱いでベッドに寝転んだ。
天井だけが見える。
何を考えているわけではない。
何も考えていないわけでもない。
ずっと天井を見ながらぼーっとしていた。
ずっと彼のことを考えていた。

12月5日(Sat) AM 11:45
授業も終わって何をしようかと考えていた。
外は久しぶりの雨。
友達は教室から減り始めていた。
(成瀬君の所へ行ってみようかな?)
そう思ったらカバンを持って教室を出ていた。

目的の場所に着くと璃乃ちゃんが出て来た所だった。
「あ、音色ちゃん。今帰り?」
「あ、うん。そうだよ。あのさ..成瀬君..いる?」
「うん、呼んであげよっか?」
そう言って璃乃ちゃんは教室に入ろうとする。
それを何とか止めた。
「ちょっと待って。」
「どうかしたの?」
「あのさ..霞瑞ってここから呼んで、ちょっと隠れてて。」
「?..うん。」
私は少し意地悪なことを考えていた。
ドアのところに立って璃乃ちゃんに合図を送る。
「霞瑞。」
「璃乃、どうし...。」
後ろを向いて彼がそう言いかけた。
そして、その顔が驚きに染まっていくのが分かる。
うまくいった。
「あ..れ?」
「どうしたのかなぁ?私が「霞瑞」って呼んじゃダメ?」
意地悪に成瀬君に言う。
彼の表情がおもしろかった。
「あ、いや..そういうわけじゃなくって...。」
そして、もう一つの意地悪をした。
「璃乃ちゃんじゃなくて、残念?」
「バ...そんなんじゃないよ。...今日、練習は?」
少しむすっとして彼が尋ねる。
「さすがに今日まではできないよ。あと2日だもん。」
「そりゃそうだな..。」
「それと..ね..。」
後ろの方を見た。
彼もその辺りを見る。
「霞瑞。」
璃乃ちゃんが顔だけをのぞかせている。
成瀬君の顔から力が抜けていくのが分かった。
「はぁ...やっぱりな。」
「ふふ、霞瑞、おもしろかった?」
「べつに..。」
璃乃ちゃんと成瀬君のやり取りを見ていた。
そして本当の用件を告げる。
「でさ、成瀬君、一緒に帰らないかなぁ、と思って呼びに来たんだ。」
「ああ、構わないけど..。」「じゃあ行こ。」
でも、その場の雰囲気で3人で帰った。

「寒いね。」
「ああ、そのうえに雨だからな。」
「雪にならないかなぁ。」
心で思ったことをそのまま口に出していた。
雨の中を帰るっていうのもまたいいかもしれない。
景色が全部違って見える。
空を見上げた。
やっぱりいつもと違う。
「あっ...。」「ん?」
璃乃ちゃんが何かに気づいて成瀬君がそれに答えた。
よく見ると..雪だった。
空からゆっくりと舞い降りる光の粒。
「...雪だ....。」
「..きれいだね...。」
3人が全員空を見て立ち止まっていた。
私の願いをかなえてくれたのだろうか?
そして私はもう一言だけ言った。
「積もると...いいなぁ。」

外は白く輝いていた。
雪が月明かりを反射している。
いつの間にか雪はやんでいたようで足の裏の感覚が心地よい。
勉強の合間に降りてきたのだ。
外は静まり返っていて自分の息づかいが聞こえる。
(成瀬君もきっとこうしてるな...。)
根拠などどこにも存在しなかった。
でも、そう確信していた。

12月7日(Mon) AM 8:10
今日からテスト。
この時期は学校に早く来てしまう。
何故かは分からないのだけど。
(とにかくテストがんばらなくっちゃ。)
そうやって自分に気合をいれるためかもしれない。
既に席に座って外を見ていた。
晴花はまだ来ていない。
(当たり前か...。)
教室にもまだ3人ぐらいしか人がいなかった。
これからの数十分で増えてくる。
窓から登校してくる生徒が見える。
明るい顔の人、少し寂しそうな人。
色々な人が歩いている。
眠そうな人は昨日遅くまでがんばっていたのだろう。
その中に彼を見つけた。
彼というのは一人しかいない。
そう、成瀬君だった。
隣には璃乃ちゃんがいる。
二人で楽しそうに何かを話している。
ずっとその光景を見ていた。

「音色、テストどうだった。」
テスト終了の合図と共に晴花が寄ってきた。
まだ一日目なのにどうもこうもないと思う。
だから、思っていたことをそのままに言った。
「まぁまぁ..かな。」
「とか言ってまた成績いいんでしょ。」
「じゃあ何て言えばいいのよ。」
私は晴花を上目づかいに見た。
「ごめん、怒らないで。そんなつもりじゃないから。」
「ううん、別に怒ってないよ。」
私がそう優しく言うと、晴花の顔も緩んだようだった。
「そう、じゃあさ、帰ろ。」
「うん。」
晴花に誘われるがままついていく。
お昼すらも過ぎていない午前の教室。
光が差し込んで人々に力を与えているみたいだった。
鞄を反対の肩に背負い直す。
まだ教室にはたくさんの人が残っていた。

外は少し気が楽になった人々で溢れていた。
かなりのざわめきがこの辺り一帯を埋めている。
「晴花はどうだったの?」
「そんなこと聞かないで。憂鬱になるから。」
「そっか。」
いつも通りあまり芳しくなかったらしい。
晴花は私の少し先を歩いている。
その足についていくのがやっとだった。
太陽は照っているのにまだ寒い。
まだ、と言っても冬は始まったばかり。
これからこんな日々が続くのだと思うと少し嫌になる。
地面から冷たさが移動してくる。
足が痛いのを我慢して歩き続けた。

「ふぅ..。」
とりあえず今日の分の勉強が終わった。
昼からずっとし続けているのに今はもう夕方。
ベランダに出て手をつく。
自分の息が白くなって空にかき消される。
寒さが身にしみる。
でも、今はなぜか気持ち良かった。
そして、今思うのは一つだけ。
(今日は成瀬君に会わなかったな....。)
いつもいつも会っているわけではない。
それに、3年前からつい最近まで一度も会っていなかった。
なのに、一日会わないだけでこんなに気になるなんて。
少しだけ自分から離れて自分を見ていることに気づく。
自分を客観視している。
そのことが分かって何だか笑いが込み上げてきた。
自分のことを突き放せるようになった。
それだけ自分も大人になったのだと思った。
少し急いで出てきた月を見る。
(成瀬君も見てるかな...。)
質問の答えは返ってこない。
冷たい乾いた風が吹いていた。