12月17日(Thu) PM 0:15
冬休みはもう目前という所まで迫ってきた。
そんなわけで今日の授業は既に終了。
お昼を簡単に済ませて私は教室を出た。
晴花は用事があるらしくて、こぼれんばかりの笑みで走っていった。
きっと、例の彼氏と遊びに行くのだろう。
なんだかんだ言っても好きなのだろうと思う。
でも、そういうことになると晴花の性格が余計に分かりにくくなってくる。
本気で人を好きになったことがない。
つまり彼氏も好きになったことはない。
でも一緒に出かけるのは楽しい。
それは好きではないの?
私には理解できない領域へと話は広がっているようだ。
まぁ、いいや。
人にはそれぞれの考えがある。
きっと晴花にはスイッチみたいなものがあるんだ。
自分の感情を交換できるスイッチ。
それを使いこなして付き合いを広めている。
私には到底できないだろうけど、少しだけ羨ましく思った。
廊下の人影は少しずつ減少の一途をたどっている。
チャイムが鳴ってから今までの間でここまで人がいなくなるなんて。
私が見渡す限りではお喋りをしている女子生徒が何人かと、
教室でゲームか勉強かをしている男子が数人。
それくらいしか見当たらない。
(彼ももう帰っちゃったのかなぁ?)
私はそんなことを考えて少し不安を覚えた。
それによってマイナスがやってくるわけではない。
ただプラスがないだけなのにどうして人はそれがこんなにも嫌なのだろう?
目的の教室までやってきて開いている扉から入る。
そこには数人の女子生徒がいただけ。
その中には去年の同じクラスの娘もいて軽く微笑んで手を振った。
彼の教室。
(きっとまだいると思ってきたのに。)
扉のところで立ったまま辺りを見渡したが、
それらしき人影をとらえることが出来ない。
障害になるものがあるわけでもなくて、いないのは一目瞭然だった。
そして、帰ろうとしたときにドアを見つける。
開いていて、カーテンがその辺りにたなびいているドア。
そこから出るとグラウンドの見渡せるなかなかに良いベランダがあった。
私は少し口元が微笑むのを必死で押さえてそろそろと歩み寄る。
その姿を見たわけでもないのに、私は彼に会う準備は万端だった。
ドアに手をかけてゆっくりと頭を覗かせる。
そこには、やっぱりいた。
その教室の壁にもたれて、パンをほおばる成瀬君。
何処を見るでもなく本当に絵に描いたような、ぼーっとしっぷりだ。
私のことなど目には映ってはいない。
どうも眼前の空さえも焦点を合わせてはいない。
では、何を見ているの?
私のことなんて見ていないの?
「ユキネさん」のことを思ってるの?
想ってるの?
私はそのまま倒れていきそうな格好のまま
私は不安で不愉快な考えを巡らせていた。
少なくとも成瀬君は私を傷つけたいなんて思ってはいない。
うぬぼれに聞こえるかもしれないけど、成瀬君のことは信じている。
ということはこれは既に私の問題になっていた。
私がすぐにこんなことを考えてこんな風に不安になっていたら、
成瀬君だって嬉しいとは思わない。
今はただ眠いだけかもしれないじゃない。
気持ち良くって目を閉じかけているだけかもしれないじゃない。
......でも、どうしてそんなに悲しそうなの?
私にも...聞かせて。
その理由を全部ぶつけて。
私にだって背負わせて欲しいよ。
成瀬君のそんな顔なんて、見たくないよ。
ねぇ、私を見て。
空なんか見てないで、私を見て。
私は自分の顔が気になって仕方なかった。
どんな顔をしているだろう?
成瀬君に見られたら気づかれないだろうか?
そんなことを思ったので、少しでも笑顔にしようと勤めて
そうしながらゆっくりと歩み寄った。
そして、いつもとは違うことをする。
「What are you doing now?」
私は英語で話しかけた。
成瀬君はびっくりしたように少しむせてこっちを向く。
驚きと少しの笑顔がこっちを向いた。
そして、不満を感じない不満の声を上げる。
「いきなり英語で話しかけることないだろ。」
「ちゃんと英語で答えて。ほら。」
「わかったよ...えーと、I am doing nothing in particular。」
何だか納得が行かないような顔で渋々答える彼。
私はその顔を見て笑って、少し安心した。
もう、いつもの成瀬君だ。
もう....いつもの私だ。
「英語はできるんだね。」
「このくらいはね。」
少しばかり得意げに答える成瀬君。
私はそのすぐ横を指差しながら言う。
「横、座ってもいいかな?」「どうぞ。」
スカートの下に手を回してスカートが変にならないようにして座る。
そして、足を横に折り曲げるようにして座った。
いわゆる女の子座り。
そして、後ろのコンクリートの壁にもたれた。
そして、空を見てちょうど陰を出たのかあまりの眩しさに目を閉じる。
光の匂いがするほどに気持ちのいい陽光だった。
「いい天気だね...。」
「そうだな...。で、何をしに来たの?」
「用がなくちゃダメ?」
「いや、そういうわけじゃないけど..。」
いたずらをするように彼に聞く。
案の定、少しばかり戸惑った様子をあらわにしている。
その仕草が可笑しかった。
「冗談よ。今からどうするのかなーって思って。」
「また音楽室へ行くつもりだったさ。」
「そっか...。」
一通りの会話が終了。
でも、この瞬間が嫌いではなかった。
終わりと同時に静寂と次の会話の始まりがやってくるから。
そのどちらも私は好きだった。
黙って空を見ているだけでも、成瀬君となら苦にならない。
それどころか、喜んで一日だって座っていると思う。
私が何気なく横を見ると成瀬君はうとうとしていた。
後数十秒そのままにしておいたら完全に熟睡しているだろう。
でも、私の視線に気づいたのかちょっとだけ目を開ける。
「ねぇ...。」
「ん?...何?」
眠そうな目でこっちに向く彼。
「成瀬君ってさぁ、音楽に興味ある?」
私がその言葉を発すると同時に彼の顔は少しだけ反応した。
どんな動きだったかは分からない。
でも、確実に何かを感じて何かしらの反応を示していた。
私にはそれがはっきりと見てとれる。
私以外の人にはきっと分からなかった。
それは多分、私が成瀬君のことを本気で好いているから。
何を無くしても彼を放したくないと思っているから。
何があっても離れたくないと思っているから。
「どうして?」
私は先に思ったことを悟られないように平静を保つ。
でも、その仕草が逆に伝えてしまいそうでまた平静を保とうとする。
そして、また仕草がぎこちなくなる気がする。
「初めて会った頃に言ってたじゃない。」
「そういえば...。」
懐かしさにも似た感情をその瞳に溜めながら、成瀬君は空を仰いだ。
私はその横顔から目を離さない。
「昔の知り合いにさ、ピアノの上手い人がいたんだ。
 その人に感化されたって言うのかな。」
「そっか...。その人って...女の子?」
「ああ、そうだけど...。」
女の子....。
それが「ユキネさん」なの?
今このことが聞けたら何て楽だろうと思う。
でも、聞けるわけはなかった。
「弾くのはピアノだけ?」
「ああ、でも前はさ、曲を書いたりもしていたんだけどね..。
 色々教えてもらったし..。」
「その人は...どうかしたの?」
「えっ?」
彼は明らかにおかしかった。
もっと率直に言葉に変換するなら「ヘン」だった。
妙に辺りに響き渡るような声。
いつもなら少なからず意識して驚いた所のようなものがあるのに、
みじんも今回の言葉には感じられなかった。
そして、思いついたままに口を動かす。
「どこかへ行っちゃったとか?」
「ああ...そうなんだ....急にね。」
成瀬君がどこか思いついたように言ったのを私は見逃さなかった。
ドラマみたいにそんな所に気づかないことはない。
私はこんなにも思っているのだから。
でも、それを口にするかはまた別の話。
そして、言わないでおこうと決めた。
「ユキネさん」のことを口に出さないように...。
「そっか...。私その人となら仲良くなれそう。
 成瀬君と仲よかったんでしょ。」
「ああ、そうだな..。」
それっきり言葉を忘れてしまったように二人はただ黙りこくっていた。
何も口に出さない。
耳を刺激するのは人々の遠い喧騒と
思い出したかのように吹く風のざわめきだけ。
私は彼が口から言葉を発するのを待っていたのだけれど...。
成瀬君は何も言おうとはしなかった。
私が待っていたのは、彼から聞きたかったから、
と言えば聞こえは良いのかもしれない。
本当は、自分が傷つきたくなかっただけ。
それ以上でも以下でもない。
本当のことを知ると自分が傷つくのではないか、
という不安を打ち消すことが出来ずにいるだけ。
私は....憶病だから。
私はそのまま座っていたけど、どんな風景だったかは覚えていない。
何かを考えているようで、何も考えてはいないのに、
頭は無理やり詰め込まれたようにパンパンだった。
そして、何気なく横を見る。
彼の表情が知りたくて。
そして、目があったりしてどぎまぎすれば、
恥ずかしいけど、恋人同士という実感が持てるかもしれない。
そんな期待を持って振り向くと、そこにいたのは眠りこけている成瀬君。
私の期待だけが遠くへ流れていって、
後に残ったのはやり場のない淋しさと、可笑しい気持ちだけ。
その幸せそうな寝顔を見ていると、
その顔をこんなにも側で見ていられるだけでも、
幸せかもしれない、という気になってくる。
それほどまでに、私はこの成瀬君が好きなのだった。
私は一人で「クスッ」と笑うと立ち上がって、
自分が着ていたコートを脱いだ。
今年買ったばかりの白いロングコート。
ロングと言っても女性用だから、男の子には小さいかもしれない。
そんなことを思いながらにコートを成瀬君の上に優しく掛けた。
少しばかり寒そうに見えたから。
その顔が寝返りをうって、真っ直ぐこっちを向く。
「じゃあ、私は音楽室に行くから。」
そう耳打ちすると、そんなはずはないのに彼は少し頷いて、
聞き取れない言葉を口走った。
また可笑しくなって、一人で笑う。
そして、ベランダから教室に戻り、廊下へと出た。
一段と人の減った廊下は何だか淋しい。
自分のスリッパの音がやけに響く。
一直線に音楽室へ向かった。
なにか、思いっきり明るい曲が弾きたくて仕方なかった。

「レ」の音が高々と鳴って、私は自分の指を無理やり止めた。
そこは曲の終わりでも、キリの良い場所でもない。
曲の途中で、ちょうどこれから良い所という所。
でも、何だかこれ以上弾いていても無駄に思えてきた。
指が弾いているだけで、これでは上達はない。
自分の出来ることをやっても自分にプラスにはならないから。
だから、指を止めた。
考え事をしている最中ではピアノを真剣に弾くことなど出来ない。
現在の時刻は3時を少し回った所。
私が練習を始めてから2時間近くになる。
成瀬君は起きただろうか?
(起きたらきっとここに来るはずだけど...。)
まだ来ない、ということはまだ起きていないのだろうか?
本当に良く寝る人、と少し感心してしまう。
私は指を吸いついていた鍵盤から離すと、
身体も同様にして椅子から離して、立ち上がった。
窓際に歩み寄り、赤く色づくガラスに手をつく。
少し冷たいガラスが私からだんだんと体温を奪っていく。
指先から凍りつきそうに感じても、私は手を放さなかった。
(ピアノの上手な人....か。)
成瀬君の言葉が心にひっかかっていた。
いや、ひっかかっていたなんていう生易しいものではない。
鷲掴みにしてそれ以外考えられなかった。
どうして、あんなに切なそうな顔が出来るの?
あんな顔なんて、しようと思って出来るものではない。
自分の心が深く傷ついてなおそれを隠そうとしないと出来ない表情だ。
じゃあ....成瀬君のキズってなに?
「ユキネさん」のこと?
離れていっただけなら、何でそんなに悲しいの?
私の考えは際限なく広がり、その端からだんだんと消えていく。
自分を咎めつつも、考えることを止めることが出来ない。
そして、音が鳴った。
耳障りだが、すでに聞き鳴れてしまった音。
ドアがゆっくりと開く。
それに気づいてからゆっくりと目をそちらに向けて、
私が見たのは、白いコートをたたんで手に持っている彼だった。
「あ、おはよ。起きたんだね。」
「ああ、コートありがと。」
「ううん。いいよ、別に。」
私が首を横に振ると彼は少し笑って、止まった。
表情が固まって何かを感じて、考えているようだ。
「?」
私の不思議そうな表情を読み取って、彼が動き出す。
辺りを軽く見渡して、私を見つめる成瀬君。
そして、自分だけニ呟くように言った。
「...練習、してないんだな。」
「あ、うん。ちょっと休憩。」
「そっか...。」
思わず、無意識のうちに嘘をついている私。
そんな自分の本性を知りたくなくて、
自分の本性の片燐が見え隠れししているようで、
吐き気がするほど、自分を嫌いになった。
でも、私は平静で何事もないように振る舞う、振る舞っている。
そんな自分も,...嫌いだった。
「じゃあ、始めようかな。」
ピアノに近寄って、座る。
指を鍵盤に当てて、決められた通りに動かして、
音楽を奏でて、自分が陶酔する感覚を待った。
(どうして....?)
そして、手は止まった。
それに従って、音楽も止まる。
永遠に繋がるかに見えた演奏は一瞬で終わった。
「どうかしたの?」
さも不思議そうな顔。
ためらう私。
本当に、本当に口にしても良いのだろうか?
「さっきからね、少し気になってたんだけど....。」
「ん?」「どうしてなの?」
私の質問の意味が分からないと言った様子の成瀬君。
あるいは、分からない振りを無意識にやっているか。
「なにが?」
「どうしてやめちゃったの?..音楽。」
「え...。」
「さっきの人に関係するんだよね。」
「ああ...。」
成瀬君の言葉はそこで止まった。
続きは...ない。
何かに吸い込まれて、絶望して、諦めて、全て悟ったような顔で、
成瀬君はその場に立ちすくんでいた。
開いてはいるが何も見てはいない目。
機能してはいるが何も聞いてはいない耳。
動くことは出来るが動かない口。
感じるはずなのに感じない肌。
全て止まった。
私の質問は、彼の心の中心に関わることだったらしい。
そして、歩み寄る。
彼の顔を覗き込んで、声を掛けた。
「成瀬...君?成瀬君。大丈夫?」
私の声に反応を示さず、その数瞬後に彼の目は生き返った。
意識が返ってきたようで、彼は私を見ている。
何も分からないと言った顔で、私を見ている。
その間は経ったの数秒もないのに、凄く永く感じた。
きっと、成瀬君にとってはもっと長く。
「ん...ああ、大丈夫。」
「そうは見えないよ。」
私がそう言っても、彼は意見を変えようとはしなかった。
彼なりに私に気を使ってくれているのだと思う。
そう...思いたい。
「本当に...大丈夫だから。ごめん。」
「あやまらないで。人に言えないことだってあるよ。
 いくら、恋人同士でもさ..。」
私は....卑怯だ
こんなにも当然に生きているのが可笑しいくらい卑怯だ。
こんな風に言われれば、成瀬君はきっと自分が悪いと思う。
そして、私に気を使うだろう。
でも...気を使ってほしいわけではなかった。
ただ、私を見てほしいだけで...。
「...気になる?」
そしてまた、私は言葉を発する。
恥ずべき言葉。
そして、それを無意識のせいにしている私。
「そりゃ気になるよ。成瀬君のことだもん。
 でも...無理には聞けないよ。」
「.....。」
「...ごめん。忘れて、ね?」
私は自分の中で一番の笑顔をしたつもりでいた。
成瀬君の顔が少しずつ苦痛のようなもので歪んでいくのを
見ていたくなかったから。
私から聞き出してはいけない、そう本能が訴えてきた。
彼が自分で言ってくれるのを待つしかない、と。
そうでないと、彼との関係がなかったものになってしまう、と。
知りたいという欲望よりも失いたくないという願いの方が大きかった。
でも...完全に前者を捨て切れたわけではない。
「いつか、ちゃんと話してくれるよね。待ってるから..。」
「...ごめん..。」
私の言葉に俯いたまま答える成瀬君。
「いいよ。私だって成瀬君に何もかも話してるわけじゃないんだから。」
それは事実ではあったけど、意味の上から言ったら変なものだった。
人に秘密があること自体は何ら問題はない。
秘密がまったくない人間の方がかなり心配だ。
でも...今はそんな屁理屈を並べたいわけではない。
つまり、本心からは外れているということ。
彼の気を楽にするのと同時に、私自身を納得させ、
その言い訳として使うだけの空虚な言葉。
そして、きっと彼もそれに気づいている。
「さぁ、始めなくちゃ。」
自分でいった言葉なのに”わざとらしい”と思った。
もう一度、鍵盤に手を当てる。
弾き始めてすぐに今日は変だと再確認した。
指は全然思うように滑らず、力のは入り方もまちまち。
音も一定感を持たず、あちらこちらへと飛んでいる。
こんな演奏なら弾かない方がましだ。
成瀬君だってきっと”変だ”と気づいてしまう。
彼だって曲を書いたりしていたのならそれくらい分かるだろうから。
そんな心配で彼を見た私の瞳に映った成瀬君は、
上の空で私のことなど見てはいない。
曲も...耳に入りはしない。
ただ、そこにいるだけ。
そんな感じを漂わせて、夕日の中に独りで座っている。
夕日が地面に落とした自分の影を見つめて、
一心不乱に、何かを必死で考えているようだった。

12月20日(Sun) AM 11:00
今日私が目覚めたのはこんな時間だった。
今までしたことがないくらいの寝坊。
どんな休みの日であっても、今までは9時には起きていたから。
既に街に染み渡った朝は昼への変革を遂げようとしている。
開いたカーテンから漏れる町の景観はいつも通り綺麗で、
代わり映えがなく、どこか面白みにかけていた。
起き上がる身体もどこかに気怠さを残し、
一日の生気を一滴残らず吸いつくしていく。
眠い頭を軽く振ると、くらくらとした目眩が今度は襲ってきた。
近くにあった机に手をつく。
そして、少ししたら視界にもやっと光が戻ってきた。
ドアを開けて、廊下へと出る。
誰もいない家は静かで、どこかに悲しさを含んでいる。
透明な雰囲気が私の中に入ってくる。
私の抵抗などどこ吹く風で少しずつ身体が重くなってくる気がする。
風邪をひいたわけでも、ケガをしたわけでもない。
ただ、良く寝ていないだけなのに...。
帰ってから、すぐに布団に飛び込んだ私は
暗い天井をただ、何をするともなく見つめていた。
そして、意識などしなくても頭には嫌いな感情があふれてくる。
霞瑞君の秘密、ユキネさん、昨日の言動、
全てがいっしょくたんになって私に襲いかかってきた。
そして、起き上がることさえかなわずに私は天井を見続けていた。
記憶があるのは3時まで。
少なくともその時間まで私は起きていた。
尽きることのない考えを独りきりで抱いて。
そして、その結果が今日のこの体調。
何処をどう見間違えても「いい気分」とは言えない。
階段を滑り落ちないように気をつけて降りる。
一階にもやはり誰もいなくて、
私はテーブルの上に置いてある朝食を見た。
お母さんが作っておいてくれたらしい。
ただ、それが何のメモもなく置いてくれてあるだけで、
すごく精神的に私は救われた。
服を着替えて、有り難く頂く。
今日は特に予定もしたいことも、しなければならないこともない。
一日を適当に過ごそうと思った。
したくなくなるまででいいから勉強をして、
ピアノでも弾いてみて、小説でも読んでいればいい。
霞瑞君はどうしているだろうと思ったけど、
なぜか電話をするのははばかられた。
というわけで、また一日が始まる。
とくになんてことのない、平凡過ぎる一日が...。

今日は出かけることにしていた。
その理由は...霞瑞君。
といってもデートではないのが寂しい。
というのもプレゼントを考えて、
マフラーとかどうかな?とか思ったりしたから。
そして、第一案が最終案になってしまった。
そのための毛糸を買いにいく。
色とかはその場で決めればいい。
少し「重い」かな?なんて思ったけど、でも私は彼が好きだから、
という理由でそれは考えないことにした。
家を出て、商店街へ。
でもそれほどの距離があるわけでもなくて、数分で着いてしまい、
買い物にも数十分しかかからなかった。
何だか悲しいけどまぁいいや。
今から作り始めよう。
クリスマスに渡そうと思ったら、今日からでも遅すぎるくらいだから。
と、考えて少しの不安が頭によぎった。
(...間に合わなかったらどうしよう?)
編み物は得意だから大丈夫、なんて思ってたけど...。
家に帰って、さっそく本を開く。
買ってきた毛糸を取り出して、霞瑞君は何をしてるかな?
なんて想いながら毛糸を、音楽を紡ぐように、編んでいった。

プルルルルル...プルルルルル...
聞き慣れた電子音が耳元で不機嫌に響く。
あれほどしたくなかった電話を私は今していた。
今日という日はほとんど終幕を迎え入れ、明日へと変わろうとしている。
そんなにも遅い時間ではないが、確実に霞瑞君はいる時間だった。
数回の呼び出しの末に...ガチャ
「はい、成瀬。」
「あ、霞瑞君。..私..音色。」
「あ...。」
「どうかしたの?何か暗いなぁ。」
「いや、何でもないんだ..。ちょっと眠くなってきたから...。」
「まだ9時半なのに。霞瑞君らしいね。」
私は一人で「クスクス」笑った。
成瀬君は元気がないようで私に合わせて苦笑いをしている。
それが、ものすごく悲しく感じる。
「で、なに?」
「あのさ..クリスマス..ひま?」
「クリスマス...。」
声が明らかに変わった。
「何か用事?」
「いや、暇だよ。ちょうどよかった...。」
「そう..じゃあさ、買い物に行こうよ。ね?」
「ああ、いいよ。」
「天川駅の噴水の見えるベンチに...6時でいい?」
「OK。..遅れずに行く。絶対。」
「うん、約束だよ。...じゃあ、おやすみ..。」
「ああ、おやすみ。」
「バイバイ...。」
「バイバイ。」
「また、明日ね...。」
「なんだよ、何度も。」
「なんでもないよ。じゃあ。」
「ああ..。」
耳から受話器を外して、少し見つめる。
もう既にツーツーという音が聞こえてきていた。
私が受話器を置く前に霞瑞君はすぐさま置いていたということ。
なんだか、すれ違っているようで、やるせない。
きっと...成瀬君はそんなことに気づいていない。
そんなことをする気もなかっただろう。
でも...そんな細かい所に気がついてしまう、私は。
それを見ない振りをしておけばいいのに
そういうことに限って、ずっと忘れることが出来ない。
(何かあったのかなぁ...?)
と、心配をしてしまう。
それが心配なら、まだいいけれども...。