12月21日(Mon) PM 0:10
今日も授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
それと同時に人々の喧騒が始まる。
まだ教室にいる先生はもうそこにいないかのように気に止められてもいない。
生徒は仲のいいもの同士で話し始めて、
それぞれが今一番したいことを始める。
帰る人や、勉強する人、連れ立ってどこかへ行く人、まだ寝ている人。
十人十色とは良く言ったものだと思う。
私もその十人に混ざって教室から出ることにした。
晴花はもうどこかへ行ってしまっていない。
私はカバンを肩からかけて、廊下へと出た。
廊下にいる人々もやはり騒がしく話している。
その中をすり抜けて、ある場所へと向かう。
というのも、今日もこれからの約束があった。
約束、というよりはほとんど習慣になっているのかもしれない。
少し緩んでくる口元を押さえながら、
2つのお弁当の入ったカバンをさげ直す。
そして、その重みを確かめながら、階段を上り、ドアを開けた。
今までの密封された空間とは違う
無限の広がりを持った世界がそこにはあった。
誰もいないそこに入るのは何だか淋しいような嬉しいような感じで、
何処か入るのをためらわれた。
でも、そんな気分も数瞬のことでその世界へと侵入する。
最初こそ自分が異物のように感じはしたけれども
今はこの世界の静寂が私を包み込んでくれているように感じる。
一つだけあるベンチに座ってカバンをおろした。
風が吹く。
私の髪を気持ち良く揺らして、通り抜けていく。
目を閉じてその感覚に入り込んでいた私に、ある音が聞こえてきた。
ある程度聞き慣れたきしむような音。
おおかたの予想がついていたのであえてゆっくりと目を開けた。
(やっぱり...。)
そのドアのところに立っていたのは成瀬君だった。
少し微笑んだような顔で私の方に歩いてきて
得にためらう様子もなくただ自然に私のすぐ横に座る。
「今日は早いんだね。」
「あ、霞瑞君。まぁね。」
私が横に向くと彼もこっちを見ていて、その後空を仰いだ。
「今日も晴れてて気持ちいいね...。」
「ああ、そうだな。」
「ね、お弁当食べよ。今日のはちょっと自信あるんだ。」
「それは楽しみだな。」
「うん。....はい。」
私はカバンの中に手を入れて、2つのうちの包みの青い方を渡す。
特にこれといった違いはないけど、そっちの方が少し量が多い。
霞瑞君は包みをほどいて、蓋を開ける。
「いただきます。」
彼は少し値踏みするように見定めてから、卵焼きに手をつけた。
次に唐揚げ。
食べている顔はとてもおいしそうだけど、
何も言ってくれないので、少し不安になるのを止められなかった。
我慢が途切れて促す。
「どう?」
「うん、すごくおいしい。」
「よかった。私も食べよ。」
私は笑うと自分のお弁当の包みを開けて食べ始めた。
何も言わず黙々と食べていたけど、それはそれで良かった。
話をしていないといけないような関係から一歩進んだような気がしたから。
........
そして、私より先に成瀬君が食べ終わる。
「ごちそうさま。」
「おそまつさま。早いね、食べるの。」
「男だからね。」
「そっか。....ふぅ、ごちそうさま。さて、どうしよっか?」
私が質問を投げかけるとすぐさま彼は笑った顔で答えた。
「俺は今日はピアノが聞きたいなぁ、なんて。」
「クラブはいいの?」
「いいさ。たまには。」
「たまにならね。ふふ。」
わざといじわるなような口調でいってみた。
彼は苦笑いのような笑顔で笑っている。
お弁当箱を2つとも片づけて彼がしているように上を見る。
やっぱり何事もなく空が広がっていて、このまま眠りたくなる。
きっとここで寝たら気持ちいい。
そんな思いに身を沈めながら、二人で少しの間座っていた。
何もない空間で座っていた。

私はカギを鍵穴に滑り込ませた。
少し引っかかって収まったカギをゆっくりと左に回した。
カチッ..と鳴ってドアが開く。
私は引き開けると霞瑞君を入るように促した。
「ちょっと寒いね..。さぁ、入って。」
「ああ。」
入っていった彼について私も中にはいる。
カーテンが全て閉まっていて薄暗い。
気温が低いのはもとより、薄暗いのはそれをさらに低くしているようだ。
「あ、カーテン開けて。すぐ温かくなるから。」
彼がカーテンを開けてくれている間に、私はピアノを開けて音を確かめた。
何事もないだろうけど、万が一弦が切れていたり
音が大きく狂ってしまっていたら困る。
ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド ....
一つずつ人さし指で確かめた所、おかしい音はないみたいだ。
「うん。大丈夫。」
私がピアノの前のいすに座って、彼の方を見たら、
霞瑞君はいつものようにいすに座ってこっちを見ている。
「さて、今日もがんばろう。」
「あのさ、発表会で曲って何を弾くの?」
「うーん、まだ決めてないんだよね。
 とりあえず私の得意な交響曲でいこうかなって。」
「とりあえず?」
私の何処か曖昧な答えに彼が聞き返してくる。
「うん。今回はさ2月にあるやつの練習みたいなものなんだ。
 だから先生は、好きな曲を弾きなさい、だって。
 決めてくれた方が楽なのに。」
「そっか。」
「うん。....よし。」
少し深呼吸して真剣に鍵盤を見つめる。
こうなると音はだんだんと聞こえなくなってくる。
ピアノの、自分の紡いでいる音を除いて。
そして、鍵盤に手を当てて、弾き始めた。
気持ちのいい音が私を包み、この部屋を満たしていく。
幾千の音の羅列が一つのメロディーを創り上げて、
何かの色を持っているようにも見える。
黄色や緑、たまに白や黒。
時々で変化し私の周りを色づけ、染め上げていく。
いつもよりもっと気分がよくて、
自分の中でも評価するに値するくらいいい演奏だった。
その理由は分からない。
どうして今日はこんなに調子がいいのか分からない。
ノクターンが一層好きになった。
そうして、曲にもやがて来る終わりが、来た。
私は最後の音を楽譜のないほど伸ばして、余情を楽しむ。
目を閉じて、少しずつ薄れていく音に耳を傾けていた。
完全に音は途切れて、私の目も開く。
何だか嬉しくて、私は彼を見たけれども、
その次の瞬間私は立ち上がって、霞瑞君の側に歩み寄っていた。
驚いた...のかもしれない。
いや、そうに違いないはずだった。
でも、私は急いで駆け寄ったわけではなかった。
そこに出来上がっていた彼の空間を壊さないように最新の注意を払って
ゆっくりと音もなくすぐ側まで寄った。
でも...彼は気づいていなかった。
私なんてここにいてもいなくても関係ないと
間接的に言われている見たいだった。
その自分の不愉快な考えをかき消したくて、跡形も残したくなくて、
彼にそっと優しく声をかけた。
「霞瑞....君?」
「えっ...?」
成瀬君は本当に気づいていないかのように私を見た。
「どうしたの?」
「何が..?」
「何がって...。」
彼の答えに私は戸惑った。
これをどう言えばいいのか、と。
そして、ポツッ....
彼の手に滴り落ちた感情の結晶、雫。
成瀬君の目にたまっていた涙が頬を伝って、零れた。
「....涙......。」
呟く霞瑞君。
「ねぇ....どうして泣いてるの?」
もう一度尋ねる私。
彼は今気づいたようで、ひどく混乱しているようだ。
私を見ていたのに、視線を反らし、あっちを見てこっちを見て
そして、俯いた。
私は何の言葉をかけていいか見つけることがかなわなくて、
ただ、ただその場にあった沈黙をそっと抱いていることしかできなかった。
そして、彼は頭を上げ、私と目を合わせて、
そして下を向いてカバンを引っ掴む。
「ごめん....俺帰るね。」
「あ、霞瑞君....。」
立ち上がって走り去っていく彼の背中に
そんな言葉しかかけることが出来なかった。
ドアが開いて、そのまま閉まることはない。
彼が通った間で開いたまま何も起こらない。
そこを見てはいるが、私は像を結んではいなかった。
(何が....あったの?)
何も分からない私に答えは返ってこない。
ただ、質問だけが、この空間の中を跳ね返って、出ていこうとはしない。
ずっと立ちすくんで、見つめて、見詰めていた。
たとえ何も分からないということを
私は完全に気づいていたとしても....。

12月22日(Tue) AM 6:35
私は今日もまたこんな時間に目が覚めた。
こんな時間、と言ってもそんなに早い時間でもない。
でも...何だか少しも寝ていなかったような気がする。
身体は眠っていても頭は完全に起きていて、
ずっとしきりに何かを考えている。
考えたってどうにもならないことは分かっている。
そんなことは私が一人で答えが出せるのならば苦労はしない。
でも....考えずにはいられなかった。
湧き続ける泉のように止めることなどできない。
自然に無意識のうちに考えている。
(成瀬君は...一体何を抱えてるの?)
そう聞きたくて聞きたくて、聞きたかった。

中身のない終業式が長い時間を経て終わりを告げた。
たった今から冬休みだと喜ぶ級友達。
私も嬉しかったけど、その中に心から混じれなかった。
晴花とも何故か一線を引いて私は相手をしていた。
教室に戻っても、何かを話す気分にはなれない。
何を話していいのかも分からない。
いつもなら際限なく出てくる話題が一つとして出てこなかった。
何人かの友達が「何か暗いよ。何かあったの?」と、
優しく声をかけてくれたけど「ごめん。心配しないで。」と、
愛想笑いのような引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。
自分でも理由が分からないから、言おうにもどうしようもない。
ただ、窓の外を見ているほかなかった。
やがてホームルームが始まる。
面白みなど微塵もない時間。
その時間が過ぎ去ると同時に私は教室を後にしていた。

「一人になりたい」そう願っていたのかもしれない。
あるいは、限界のない広がりのような
抽象的なものを求めていたのかもしれない。
どちらだとしても、私の頭に浮かんだのは一つの場所だった。
青と白と灰が混じり合う空間。
人間の領域と自然の世界の境目。
この学校でそんな場所といえば一つしかない。
私はもう手に馴染み始めたドアの取っ手を掴んで押し開けた。
少しずつ開いていくドアからは予想以上の光が漏れてきた。
何だか嬉しくなって思いっきり、勢いに任せて開ける。
大きく広がった空が私を包み込んでいった。
数歩進んでちょうど真ん中に立った。
空の中心にいるみたいで、このうえなく気持ちいい。
私の存在など微々たるもので、空の偉大さを思い知らされる気がする。
仰いで、目を閉じて、耳を澄まし、手から力を抜いた。
果てしなく私の横を通り過ぎて何処までも飛んでいく風達。
私に微かな香りを残し、空高く舞い上がっていく。
透明なはずなのに、少し白に色づいているイメージが見える。
しっとりとした、春でも夏でも秋でもない、冬の風。
私の一番好きな季節の薫風。
身を委ね切ってこのまま消えてしまってもいいとさえ思った。
そして....予想していた時が来た。
ドアがひとりでに開いていく。
少しきしむ音を不機嫌そうに立てながら、開いていく。
私はそちらを見た。
やはり....彼が立っていた。
その瞳は何かを決意したようで
昨日の彼とは明らかに別人であった。
「音色。」
「...霞瑞君...。」
私の方を見て彼はベンチを指差す。
私は頷きもせず、そちらへと歩いた。
二人で、横になって座る。
二人の間に出来上がっている微妙な空間を気にしながら...。
「また晴れてる。今年の冬は天気がいいね。」
「あ、ああ。」
「後は冬休みだけだね...。楽しみだなぁ。」
「うん。」
「それから...。」
「そんなことを話に来たんじゃないんだ。」
そんなことは私だって分かっていた。
でも、考える前に口が走っていた。
此処まできたのに「やっぱり聞きたくない」と。
でも...後戻りをしたら、彼は離れていく。
それは予想ではなく、確信だった。
確信だということも、確信していた。
「分かってる...。昨日、ううん、今までのことだよね。」
「ああ。」
「音楽をやめたわけもね。」
「ああ、そうだな。どこから話せばいいかな...。」
言葉を濁らせる霞瑞君。
それをきっちりと正す私。
「全部。最初からはなして。」
「わかった...。....俺には彼女がいたんだ。 
 彼女、桧弓雪音(ヒユミ ユキネ)とは中学2年になった春に知り合った。
 明るく、元気のいい娘。
 俺は12月24日、クリスマス・イブに彼女に誘われて
 買い物に行く予定になっていたんだ...
      *  *  *  
3年前 12月24日(Tue) PM 5:40
(しまった。寝過ごした。確か待ち合わせは....5時半!やばい。)
3時ごろから少しだけのつもりだったのだ。
服を替え、顔を洗い、パンを食べ、歯を磨いて、髪を整えた。
これらに既に15分弱かかっている。
カギを閉め走った。
日はほとんど傾いているが何故かにぎやかな気がする。
外は雪だった。
既に10センチ近く積もっている。
走りにくいったらなかった。
(もう30分過ぎ....。)
走りながら考え事をしていた。
そのせいで...ドン!
「きゃっ。」
「あ、ごめん。」
そこを歩いていた娘とぶつかってしまった。
まったく前を見ていなかった。
「大丈夫?」
「はい。私は....あれ?」
「どうかしたの?」
「ネックレスが....。」
どうも彼女が手に持っていたネックレスが飛んでいってしまったらしい。
「探すよ。どんなの?」
「あの..銀の羽根に赤い石がついているんですけど...。」
「わかった。ちょっと待ってて。」
こんな事をしている場合ではないのだが放って置くわけにもいかない。
どう見たって俺が悪いのだから...。
少し遠くに落ちているのを見つけるまで数分かかった。

電車に乗り天川駅まで急ぐ。
どうあがいても10分はかかるので息を落ち着けることにした。
(雪音...待ってるだろうな..
 あいつはほとんど遅れたりしないからな...。)
手の中のプレゼントを見る。
ガラスでできた音符の形をしたイヤリングだった。
その赤い箱を見つめながらいろいろな事を考えていた。
(最初は何て言おうかな...謝るか..
 でも許してくれなかったら...
 それでも謝って許してもらうしかないよな....
 今日はクリスマスなんだし...誕生日なんだし...。)
独り言をつぶやくように考えを巡らせる。
いつの間にか今日の予定へと変化していた。
(飯食って...どこで食べようかな?金は持ってきたし...
 ショッピングでもして、
 プレゼントも渡さなきゃな...それから....)
自然と顔がほころんでくる。
くそ、あそこで昼寝なんてするんじゃなかった。
急ぐ俺の気持ちとは裏腹に電車はゆっくりとホームに止まった。

外に出る。
あたりはクリスマス一色だった。
雪の白とイルミネーションですごく綺麗だ。
あたりを見回す...いない。
雪音は....まだ来ていなかった。
(珍しいな..雪音が...。)
待ち合わせ場所に座って待つ。
周りの景色が変わるのを見つめていた。

約1時間が過ぎた。
(遅い...。電話でもしてみるか...。)
公衆電話に入る。
かけたのだが機械の言葉が聞こえただけだった。
雪は少しづつ降り積もり、寒さと風が体温を奪っていく。
また...約2時間が流れた....。

既に10時になりそう。
そろそろ限界だった。
いつの間にか雪は止んでいたようで満月が雲間から光っている。
(もう少し....もう少しだけ...。)
人の波だけが少しづつ減り始めていた。
(雪音の家へ行ってみるか...。)
そう思って歩き出す。
でも、もう意識を保つのがやっとだった。
そんな目が見つけたものは....。
雪の中に埋もれた赤いものだった。
(何だあれ....。)
いつもなら気に留めない。
でも...手を伸ばし拾い上げる。
箱...プレゼントだった。
書いてあった文字は.......
to Kazui  from Yukine
何が何だか分からなかった。
どうして?何故こんな所に?
雪音はどうしたんだ?
答えなど見つからない。
見つかるはずもなかった。

家の中も冷えきっている。
暗闇の中にランプが点灯しているのを見つけた。
留守番電話!
電気もつけず走り寄っておそるおそるボタンを押した。
ピーーーーーー 一件デス。 ガチャ..
「あの...桧弓美恵です。あ、雪音お姉ちゃんの妹の...。
 霞瑞さん。今何してるの?何してたの?...お姉ちゃんが...
 お姉...ちゃんが...。
 今、病院。...中央病院に...いるから..。」
ガチャ... サイセイヲシュウリョウシマス。
自分と雪音のプレゼントを持って飛び出す。
カギをかけている暇はない。
(雪音....雪音が....。)
足がすごく遅い。すぐにもつれる。
ボールを追いかけるあの駿足はどこへ行ったんだ?
距離がまったく縮まらない。
でも....走り続けるしかないのだ。

病院。
一人だけ見つけた看護婦に部屋の番号を聞く。
できる限り音を立てないように急いだ。
入った先には2人の娘がいた。
美恵ちゃんがこっちに気づいて振り向く。
「...霞瑞さん...何してたの?
 ..おねぇちゃん待ってたんだよ?
 霞瑞さんが...霞瑞さんがちゃんと時間に来てたら.....。」
美恵ちゃんがこっちをまっすぐ見ている。
俺は何も言うことができなかった。
美恵ちゃんとベッドをはさんで反対側に座る。
「ごめんなさい....私も
 ..もう何がなんだか分からないの....。
 病院の先生の話だと、おねぇちゃんの歩いていた所へ...
 車が突っ込んで来たんだって...。飲酒運転だったって...。
 それから病院へ運ばれて..1時間...くらいで....。」
一通り言い終わると美恵ちゃんはまた泣き出してしまった。
つまり俺が遅れた間に事故にあったらしい....。
(何てことを.....俺は.....。)
ベッドの中に手を入れる。
雪音の体はひんやり冷たかった。
その死を疑う余地もなく証明していた。
彼女の手を握りしめる。握り返してはくれない。
その体温さえも感じられない。
彼女の時が止まったと同時に俺の時も止まってしまったと感じた。
涙がこみあげてくるかと思ったが....
(泣けない....涙もでない...。)
泣きたかった。大声を上げて。
俺が壊れてしまうほど。
いっそ壊れた方が楽かもしれなかった。
雪音を少しうらやましく感じる。
少なくとも彼女はこんなにつらい思いをしなくてもすむのだから。
愛しい人をなくす悲しみ...。
これからの孤独...。
耐えられそうにもなかった。
思い出したかのようにプレゼントを取り出す。
ガラスでできたイヤリング...。
付けてやると満月の光を反射して光っていた。
その顔はとても綺麗で安らかに眠っている。
今起き上がってきそうな気さえした。
イヤリングをつけてやってもやっぱり目を覚ましたりはしない。
認められない。認めたくない。
どうしようもなくて雪音のプレゼントを開ける。
そこには2つの銀のブレスレットが入っていた。
それぞれには内側に文字が刻印されていた。
片方はKazui.N、もう片方はYukine.H。
俺はKazui.Nと刻印してある方を取り出す。
そして雪音の右手首を持ってはめた。
外れないように力いっぱいしめる。
そして彼女の手をまた布団の中にしまった。
左手でもう一つのブレスレットを持つ。
右手にはめこれもまた思いっきりしめた。
不意に涙があふれる。
止めることなどかなわない。止める気も起こらない。
前かがみにベッドにもたれて泣き続けた。
このまま雪音の所へ行けたらいいのに....そう思った。
俺はずっと雪音と一緒にいた。
窓から満月が見えなくなり...太陽が昇ってきても....。
     *  *  * 
 俺は一番大切な人をなくした。俺のせいで...。
 俺の時はそのとき止まった。音楽もそのときに止めた。」
その時、私の言葉はどこかへ飛んでいってしまっていた。
少なくとも口から出てくるほど近くには存在していなかった。
霞瑞君の過去...。
今まで時おり彼が見せてきた切ない顔の裏側にあった事実。
私には想像もできないほどの苦しみ。
聞いてしまった後になって、彼に悪いことをした、と気づいた。
私がそういう風に持っていったのではないにしろ、
結果的に彼が私に告げる形になってしまったのだから。
下を向いたまま何もいわない霞瑞君。
私も何も言わない、言えない。
でも、こんなに気まずい空間にずっといられるほど
私の精神は出来てはいなかった。
「...だから..私のことを間違えて...。」
「そう....雪音、って呼んだ。
 考えてみれば失礼な話だよな...。」
「.....。」「.....。」
「...結局...」「え?」
霞瑞君を横目で見詰めながら口から出た言葉。
その先を言って良いものかどうか迷っていたが、
少し混乱していた私に冷静にものを考えることなど
出来ているはずがなかった。
「結局、私は霞瑞君にとって何?雪音さんの代わり?」
「そんなことはない。誓って言える。
 ..最初から最後までそうじゃなかったとは言えないけど...。」
「...けど?」
言葉を濁らせた彼を、促す。
少しの間を取った後、返答が来た。
「今は音色に側にいてほしいと思ってるのも事実なんだ。
 勝手なことを言ってるのは分かっているつもりなんだ...。」
嘘偽りやいい加減な気持ちでないことは雰囲気や表情で痛いほど分かる。
でも....簡単に答えることなんて出来る?
ただでさえ整理がついていないのに....。
「....ねぇ、明日...暇?」
「え?..ああ。」
「じゃあ、私が霞瑞君の家に行く。そのときに答えるから。」
「...分かった。そうしよう。」
出来るだけ引きつらないように努力した笑顔で彼に言った。
霞瑞君も笑っていたが、私と大差ない心境だったと思う。
そんな感じがありありと出た顔だった。
きっと私の顔にも...。
「じゃあさ、今日は先に帰って。私も一人で考えるから...。」
「ああ、そうする。....バイバイ。」
「うん。さようなら。」
軽く手を振った私を見ると、彼は身体を翻した。
そして、振り返ることなくドアを開けて外へと出ていく。
一カ月ほど前から何度となく体験したこの状況。
彼が帰り、私だけが狭い淋しいこの空間に取り残されるという、この状況。
でも、でも....今日はとてつも無く淋しい、寂しい。
手を伸ばしてすごく彼を引き留めたかった。