「くだらないな。」
奴がそう言って突っ込んできた。
(くっ...逃げ切れない。)
奴の右手が段々と近づく。
これに触れられたら....死。
(たまるかぁ!)
俺は左肩を引いて奴の右手をかわす。
そのままの勢いで一回転して左回し蹴りを奴の腹にたたき込む。
その方向に少しだけずれるシース。
俺が期待したほどのダメージはないようだ。
「ちっ...気が変わった。もう少しだけ遊んでやるよ。」
そう言って奴が懐から小瓶を取り出した。
中には白色の粉末のものが入っている。
奴が蓋を開けて右手に取り出す。
そして、おもいっきり握った。
「くくく...。」
「...?」
何をしているのか分からなかった。
だが、答えはすぐそこまで迫っていた。
「な...何..?」
くらっとする。
(まさか...これは...。)
俺には大体予想がついていた。
これは毒ガスだ。
奴が手の中のものを分解して出しているのだ。
おそらく...塩素。
「気づいたか?勘の良い奴だな。」
「はぁはぁ...塩素だろ?」
「御名答。その通りだ。この白色の粉末はNaCl。
 こいつを分解すると、ナトリウムと塩素の単体が得られる。
 こいつは身体に有害だぜ。」
俺は急いで後ろへと下がった。
(どうすればいい?考えろ。考えるんだ。)
「苦しくなってきたか?」
俺は銃をしまって、ナイフを抜いた。
そして、それを瓶めがけて一直線に投げる。
操られたようにナイフは瓶を吹っ飛ばした。
「なんだと?」
「へっ..これで塩素はもう出ないな。」
「じゃあ、いますぐ死ぬか?」
奴の目つきが変わった。
今までとは全然違う。
その目を見ていた次の瞬間には奴は目の前にいた。
右手が振りおろされる。
俺はそれだけを必死で避けた。
だから、次の攻撃を避けることが出来なかった。
奴の左手が俺の腹に食い込む。
激しい痛みが襲ってきた。
「くはっ...。」
「止めだ。」
奴が右手を俺の顔に当てようとした。
(ここで死ぬのか...。ルナ...。
 ...いや、まだ死ねない。)
俺は左手を出して奴の右手のひじの下を掴む。
そして、力の限り下へと引っ張った。
「何?」
奴は体勢を崩して前かがみになる。
だが、奴はその勢いを逆に利用して左ストレートをはなってきた。
鈍い感触と激しい痛みが腹と全身を襲う。
「くっ...。」
かなりきいた。
気を失いそうになる。
でも、(此処で倒れるわけにはいかない..。)
俺は左手を決して緩めずに奴を見上げる。
シースは左手を構えていた。
また何かを繰り出そうとしているのだろう。
(やられる前に....やってやる。)
俺は右手を開いて掌底を作った。
そして、それをそのまま奴の顎へと押し出すように突き出す。
予想以上に上手く入った。
手のひらがかなり痛い。
鈍い音が響いた。
おそらく、奴の顎が砕けたのだろう。
苦痛でシースの顔が歪む。
俺が左手を放すと、奴はそのまま後ろへと倒れてしまった。
消え入りそうな息をしている。
すごく苦しそうだ。
だが、俺の方ももう限界に近い。
いや、とっくに越えているのかもしれない。
「はぁ..はぁ..はぁ..。」
「..く..そ...。」
口を少し変に動かすシース。
やはり、顎が無事ではないようだ。
「悪い..な...。」
俺は左腹と水月の痛みを堪えて言った。
「はぁ.....はぁ...。」
喋るのもままならないようだ。
俺は目を北に向けて先を急ごうとした。
「..はぁ..殺せ...。」
「何だと..?」
「止めを...はぁはぁ..刺せと..言っている。」
顎が通常とは違う動きを見せる。
もうあまりもたないだろう。
奴がこっちを見上げて言う。
冗談ではないようだ。
「..断る。」
「何...だと..?」
「おまえだって分かってるんだろ?
 こんなことが許されるか、そうでないか。
 そんな奴を裁けるほど俺は傲慢ではないつもりだ。
 生きて...償うんだな。」
「...また..繰り返すかも...しれんぞ.。」
俺は振り返って奴の目をまっすぐ見詰めていった。
「その時は、死ぬより苦しませてやる。」
「くくく...そうか...。」
「それと、プレゼントだ。」
俺は懐からL.Crystalを取り出した。
奴の横に膝をつく。
「何を...する気だ..?」
俺は質問には答えなかった。
そのまま無言で奴の右手にL.Crystalを差し込む。
奴の皮膚を突き破りL.Crystalが奴の身体に入る。
そして、そのすぐあと、跡形もなく溶けていった。
即効性があるらしい。
それも、異常のようなスピードの。
「ぐっ...何だこれは...?」
「そのうち分かる。じゃあな。」
そして、振り返って先を見た。
光に照らされて道がかなり見える。
後の3人はどこまで行ったのだろう?
追いつかなければおちおち寝てもいられない。
先を急ぐことにした。
たまに目に入る陽射しが俺の身体の痛みを取り払ってくれる。
少しずつ脚が軽くなっていくのを感じてやまなかった。

「あ..ルクス。」
「よう、クレミィ。」
俺は幸運にも3人に会えた。
この馬鹿に広い森の中で。
その時は既に日は落ちていた。
俺は暗くなるまで歩き続けていたのだ。
体の節々が痛むがどうしようもない。
コンパスで方向を確かめながら歩いていた。
とはいえ、こいつらと本当に合流できるとは思っていなかった。
木の麓に3人が座っている。
俺を一番に見つけたクレミィだけが立ち上がった。
俺はそこまで行くと、どさっとその場に座り込んだ。
ラークがこっちを見ている。
「おかえり。」
「ただいま帰ったぜ。」
「無事でなによりだ。..倒したんだな。」
「ああ...それが...。」
「?」
ラークのいかにも不思議そうな顔。
他の2人も聞きたそうに覗き込む。
「...シース...だったんだ。」
「な...シースだと?」
「ああ。」
ラークの顔色が白に黒を混ぜたように変わっていく。
ダット、クレミィも同様。
「シースがいたんだ。しかも強力な<Force>に覚醒して。」
「あいつらの事だろ?村を出た奴等。」
「そうだ。」
.......
シース、ヴェア、ゾディエ、そして...リレット。
俺たちより2・3才年上の奴等だった。
つまり、今は19・20才くらい。
こいつらは俺たちが7才のときに村を飛び出しやがった。
理由はいまだ分からない。
俺たち村人はその夜、血眼になってそいつらを捜した。
森はかなり広い。
あのころは今以上だ。
子供が4人で迷って生きていられる広さではない。
だから、村人総出で探したのだ。
でも、見つからなかった。
夜が明けても何一つ分からなかった。
子供が飛び出してから30分もしないうちに探し始めたのに。
結局、諦めてしまった。
村人全員が死んだと思っていた。
もし生きていて森を出たとしても<guard>が働いている限り
奴等が自分たちで帰ってくることはない。
そう考えてすっぱり諦めたのだ。
だが...奴等は戻ってきた。
<guard>の効力が消えて奴等の記憶が戻ったから。
村人の能力を求めて。
しかも、シースは<decomposition>という<Force>を得ていた。
おそらく他の奴等も覚醒しているだろう。
村を出たときに覚醒していたのはリレットの<place>だけだったから。
と言っても、<place>がどんな能力なのかは知らないが。
......
「奴等が多分ババァの言ってた”その身から出た錆”だ。」
俺が思い出したかのように言う。
「そうだな...背約者だからな。
 それより、あいつら...生きてたのか....。」
「ああ..どういうつもりか村を潰そうとしている。
 次は多分....。」
「ヴェアか...リレットは女だからな。」
ラークが顔をしかめる。
俺は銃を取り出してマガズィンを抜いた。
やはり、弾が切れている。
「ルクス...やっぱり殺すのか?」
「殺すかどうかは分からない。
 だが、奴等が引き上げない限り....。」
代わりのマガズィンを取り出す。
俺は勢いよくそれを銃に挿入した。
かちっという音が森にこだまする。
「倒し続けるだけだ。」
俺の決意はずっと森の奥深くへと響いていった。

     5th day
木漏れ日がちらちらと俺の瞼を照らす。
その変化で目が覚めた。
今夜も何もなかったようだ。
クレミィとラークが立っている。
2人は目を開けた俺に気づいて後ろを向いた。
「よう、起きたな。」
「おはよう。」
こっちを見て挨拶する2人。
俺もそれに応えた。
「ああ、おはよう。」
ラークが動いたおかげで
陽射しが木々の間をぬってまっすぐ俺の目に飛び込む。
あまりの眩しさに思わず目を閉じた。
森の中は少しだけ濃い緑色。
かなり視界が広い。
何もかもが光を反射して輝いている。
つまり何が動いてもすぐに分かってしまうということ。
(こんな日は見つかりやすいな....。)
あまり敵との戦闘は避けたかった。
人を殺すことを避けたいのも事実だ。
でも、あの兵士全員が戦いを望んでいるとは思えない。
かといって、奴等は俺たちを見つけたら間違いなく攻撃してくるだろう。
つまり、避けるためには見つかってはいけない。
敵味方を問わず犠牲は少ないに越したことはない。
でも、思った通りにいくのならば何も困らない。
望まぬ事が起こるのが世の中なのだ、と。
俺はすぐに知った。

少しの足音だけが聞こえる。
風もなくて木々も話を潜めているのだ。
4人で順調に歩いていた。
何事も起こらないと思っていた。
だが、次の瞬間この静寂をノイズが壊す。
ドン!
突然、俺の前の木の皮が弾け飛ぶ。
そして、銃声だったことに気づいた。
(しまった!見つかった!)
「いたぞ!あそこだ!」
兵士の叫ぶ声が聞こえる。
「隠れろ!木の陰だ!」
ラークの言葉でとっさに二人ずつに分かれる。
声がした方に木があるように陰に入った。
俺と一緒に隠れたのはクレミィだった。
銃声とどこかに当たる音が立て続けに響く。
兵士はかなり勢いよく乱射しているようだ。
(まずいな...長引くと集まってくる....。)
そうやって施策を練っているときだった。
バンッ!
「キャッ!」
そんな声がして横を見た。
クレミィの足元に弾が当たったのだ。
土が破裂し、埃が空に舞う。
突然、目の前が真っ赤になった。
紅いフィルターを通して見えるのはいつか見た景色。
今ここで見ている景色ではない。
敵は3人。
ルナが撃たれた夜の景色だ。
「ぁ...................。」(ルナ!)
一瞬で分かった。(ルナ!)
柔らかく、温かいその指で...。(ルナ!!)
ルナの手の感覚が、体温が、あの小さな声が、頬に触った柔らかい指が。
すべてが戻ってきた。
フラッシュバックを起こしていた。
そして、元に戻ったかと思うと、頭が真っ白になっていった。
「......。」
「....ルクス?」
「.....殺してやる........。」
「え....?」
敵の弾はいまだ木に命中し続けている。
木が弾けて鈍い音を立てる。
ラークとダットも苦戦しているようだ。
「..ルクス..?..大丈夫?」
「...クレミィはこのまましゃがんで待っててくれ。」
「..う、うん。」
彼女は小さく頷く。
俺は銃を構えスライドを引いた。
ガシュッ、という音がして一発目が送弾される。
右手で持ち、人さし指をトリガーにかける。
...敵の弾が一瞬止まった。
また、フラッシュバック。
俺は木から飛び出し、予想の所へ銃口を向ける。
「馬鹿!飛び出すな!」
ラークが叫ぶのが聞こえる。
だが、そんなものは何の意味もなさない。
俺はそのまま構えた。
敵が隠れるのが見える。
すべてがスロー。
すべてが予想通り。
俺はすぐに4回引き金を引いた。
ドンドンドンドン!
そのまままっすぐ飛んでいく鉛の弾は4人、すべての兵士に命中。
おそらく全員即死。
(あの夜と同じだ...。敵の動きが完全に分かる...。)
「やった...のか?」
ラークが呟く。
「おそらく...。」
ダットもラークと同じような顔で答えた。
3人が恐る恐る木の陰から出る。
やはり、全員死んでいるようだ。
そして、そこへ近づきかけたときだった。
「見事だな...。」
俺の前に木の陰から男が出てきた。
黒いコートを羽織った170p位のやせた男。
男が右手をぱちんと鳴らす。
そして、不思議なことに兵士がいなくなっていた。
(そんなすぐに動ける傷ではない。
 いや、むしろ、死んでもおかしくない傷だったはず...。)
もう一度男の方を向く。
(おそらく...。)
「ヴェア...だな。」
「ほう、覚えていたか...。シースはどうした?」
「既に倒したさ。」
「あの役立たずが。無能力者に負けるとは...。」
「くっ...。」
「まぁいいさ。」
そう言って奴は右手を横に上げる。
それにつられてコートの右側が持ち上げられる。
その下の服も黒だった。
「村人はすべて生け捕り、もしくは死。
 我が使命、実行させてもらうぞ。」
「黙れ!誰がそんな事をさせるか!」
4人が一斉に銃を抜く。
だがヴェアは右手を前に差し出しただけだった。
左胸を狙って何十発もの弾丸が飛んでいく。
でも、奴に弾丸は一つもとどいてはいなかった。
弾丸を阻んでいたのは...。
「..人?」
「なんだ...?」
俺とラークが呟く。
そこにいたのは大勢過ぎる兵士。
「そうだ。兵士たちだ。これが俺の<doll>の力。
 人間そっくりの「人に似て非なるもの」を作り出す能力だ。
 さぁ、俺のかわいい人形たちよ、やれ!」
何体ものヒトが襲いかかってきた。
俺たちはその時、一番前が俺、その1m程後ろにラーク、
そして、ダットとクレミィがほぼ同じところに立っていた。
俺とヴェアとの距離は7mぐらい。
そこからヒトが襲いかかってくるまでにそう時間はかからなかった。
だが、予想外の事が起こった。
俺には一体も向かってこなかったのだ。
すべて俺を通り抜け、後ろの3人を狙う。
(何十人を相手に3人で勝てるはずがない。)
やっとそこに気づいた俺は後ろから奴等に飛びかかった。
左右に殴り飛ばし何とかクレミィを助けようとした。
後の2人よりも彼女が一番心配だった。
いくら<Force>を持ってはいても普通の16才の娘が
戦い抜ける状態とは思えない。
「ルクス、向く方向が違うだろ?」
だが、俺を呼び止める声が響いた。
俺がとっさに後ろを振り向く。
その時既に3人はほぼ取り押さえられていた。
「どうして俺を残した?」
俺はその方向のヴェアに尋ねる。
自分のその言葉に殺気がこもっていることも十分承知していた。
「おまえには特別なプレゼントがあるのさ。」
「何だと?」
俺の言葉にこたえるように奴は手を高く上げる。
その手をパチンと鳴らした。
奴の視線の向いている方向。
その木の陰から出てきたのは...。
「...ルナ...?」
「...ルクス...。」
ルナだった。
あの夜と同じ格好。
いつもと同じ顔。
少しだけはにかんで笑っている。
少しずつ俺に近づいてくる彼女。
髪が優しく揺れる。
俺は何もできない、微動だにできなかった。
(ルナが生きている。ルナが目の前にいる。)
完全に混乱していた。
いや、冷静に考えれば混乱する必要などどこにも存在しなかった。
彼女はもうイナイのだ。
俺の手の中で息を引き取ったのだから。
でも、色々な思いが駆け巡って、冷静さなど微塵もなかった。
罠だと分かっていながら、現状を守りたい俺がいた。
奴の罠にかかってでもルナと一緒にいたいと願っていたのかもしれない。
「私...寂しい。..だから...ルクスも..来て。」
そう言いつつ近づいてくるルナ。
俺は進むこともたじろぐこともできない。
まっすぐ彼女を見詰めるだけ。
俺の記憶にいつもいるルナの顔を。
(俺はどうすればいい?)
考えている間にルナは目の前にいた。
「..ルクス...。」
ルナの手がゆっくりと俺の首に巻きつく。
途方も無く後方から3人の声が聞こえる。
内容など全く聞き取れない。
何か必死な感じだけが伝わった。
彼女の柔らかい指の感触。
間違いなくルナだった。
少しずつ、少しずつ力がこもっていく。
ルナは表情をほとんど変えない。
食い込む指。
「くっ....。」
「..ルクス...。」
息が辛い。
視界が歪む。
俺はこんな所で死ぬのか?
(...そんなわけにはいかない。)
それはどうしてだ?
(ルナと約束したんだ。必ず戻る、って。)
目の前のルナと、か?
(...違う!)
俺は右足をゆっくりと持ち上げ、ルナとの間に入れ、
力の限りに蹴飛ばす。
「はぁ..はぁ..。」
「人形」は吹っ飛んでヴェアの足元に転がった。
「な...貴様!」
「ヴェア、貴様は許さない!ルナを...弄びやがって!!」
俺はヴェアに向かって走った。
ヴェアは焦ったように手を振りかざす。
「く..やれ!人形ども!!」
その言葉に応えて、何十体もの人形が後ろから走ってくる。
だが、ひるんでいる暇はない。
(このまま、まっすぐ....。)
何も考えるな。
考えているだけ時間が無駄だ。
ひるむな。
前にのみ道は存在する。
ヴェアが何歩か急いで下がる。
そして、足元の人形を蹴った。
「おまえも行かないか!」
それはルナの人形だった。
いや、そこはかとなくルナに似ているだけ。
俺の前に両手を広げて立ちはだかる人形。
俺は背中からナイフを抜いた。
「ルナ...すまない!」
俺は勢いに任せて向かってきた人形の肩を
左から右に振り払うようにナイフの取ってで殴った。
人形は何の抵抗もなかったかのように右方向に吹っ飛ぶ。
もう俺とヴェアの間には何もなかった。
勢いを緩めずにそのまま...。
「ちっ..殺してやるよ。ルクス。」
奴がそう言って銃を持って構える。
銃口をまっすぐこっちに向けて。
「死ね。」
俺はその瞬間にナイフを投げた。
森の光の合間をくぐって銀の刃が飛ぶ。
奴が引き金を引く、その間際、刃が奴の右肩に突き刺さり、
照準が少しずれる。
奴の鉛弾は俺の左肩を少しかすった。
「くっ...。」
俺は右肩を突き出し奴にタックルする。
奴は勢いに負け、倒れた。
銃を構えるヴェアの右手を蹴飛ばす。
銃は金属音を立て森の中へと転がっていった。
俺はすかさず奴の右肩をナイフを力の限り、踏む。
ナイフの刃が身体を貫き、地面にまで達する。
嫌な感覚が足から身体へと伝わっていた。
「ぐあっ...くっ、てめぇ...変わったな...。」
「お前らのお陰だよ、背約者め。」
いきなりヴェアの表情が変わった。
「......頼む..助けてくれ...。」
「命乞いはあの世でしろ。」
「ちっ...娘一人守り切れ..なかった分際で...。」
「黙れ。自分の犯した罪の重さ、その身を以て味わい、償い、そして、
 ...死ね。」
俺は銃を抜いて奴の心臓に向ける。
その一秒先には奴の時間はなかった。
俺の撃った弾が一直線に奴の胸を貫いている。
銃口からは少しの白い煙が出ていた。
俺はナイフのグリップを力一杯握り、そして、引き抜く。
肉を切るときとはまた違った音。
生々しい音が耳にまとわりついて離れない。
俺はナイフを木になすり付けて血を落とした。
血を拭くような余分なものなどない。
後ろに迫っていた人形たちが陽炎のように消える。
そこには何もなかったかのように...。
「ルクス!」
3人の足音。
俺は頭を上げ銃をホルスターにしまった。
そして、ゆっくりと振り向く。
そこにはルナによく似た人形もなかった。
3人が俺の目の前で立ち止まる。
「大丈夫..なのか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「そうか..それなら何よりだ。」
「ああ。」
俺は何気なくそう答えた。
でも、いつもとの相違が存在していたのかもしれない。
自分には気づかぬ、微小の雰囲気が。
「どうした?」
ラークが俺を覗き込むよう尋ねる。
「ん?何がだ?」
俺はさっぱり分からなかった。
自分が問われているのだということ以外。
「いや、何でもない。」
「そうか。もう少し先を急ごう。」
「あ、ああ。」
ラーク、他2人も返事をする。
だが、ラークはまだ少し不思議そうな顔をしていた。
何でもないことはない。
おそらく俺の表情から例えようのないものを読み取ったのだろう。
掴み所のない何かを感じていたに違いない。
でも、彼がそれ以上に尋ねてくることはなかった。
俺は先頭を切って走った。
もう少しで森を抜ける。
太陽の織り成す光の絨毯を踏み締めながら走る。
木漏れ日が俺たちを照らし行く先を示してくれた。
ちらちらと目に入る陽射しがやけに心地いい。
見渡せる森の中をずっと走り続けた。