「ルクス!こいつを殺れ!」
「な...。」
(そんなことをすればラークが無事なはずがない。)
「小賢しいわ!!」
奴が抵抗を試みている。
四肢を使ってラークを殴り蹴っている。
ラークは必死で堪えていた。
<fry>を使って木から奴を出さないようにしているのだ。
「早く!俺が耐えられるうちに!」
再びラークの叫び声。
「できるか、そんなこと。」
「バカヤロウ!そんなことを言ってる場合じゃないだろ!
 村人がどうなってもいいのか!?ぐっ、がはっ!」
ラークの少し違う声が聞こえた。
見るとラークの背中から何かが突き出している。
紅く染まった何か。
ゾディエの手だった。
ラークの血が噴き出し奴の手を紅く染め上げている。
「虫螻が、俺に触れることが許されると思っているのか?」
ゾディエの低い声。
だが、次の声はゾディエではなかった。
変わり果てた友の声。
「...くっ...死ね...。」
「!!」
ラークの小さすぎる声が奴の顔を豹変させた。
奴の表情は驚きの色になっている。
あるいは、恐怖。
刹那、閃光が二人を包む。
激しい爆音と共に突風がこちらにまで及んだ。
鼓膜が破れるかと思うほどの音響と振動。
俺は目をそちらから反らした。
土が舞い上がり砂嵐のようになっている。
(何が起こった?)
俺に分かったのはいきなり二人が爆発したことと。
それがおそらくラークがやったであろうことだけ。
噴煙が出来上がり、二人のいた場所は何も見えない。
俺は銃を抜いて、マガズィンを確認した。
左手がないので銃を口でくわえている。
そこにはL.Crystalが後3つ入っている。
俺はすぐにマガズィンを戻して口でスライドを引いた。
カシュッという音がして一発目のL.Crystalが送弾される。
少しの物音だけが噴煙の中の人の存在を証明していた。
認めたくはない。
だが、おそらくあそこに残っているのはゾディエだ。
ラークは自分の爆弾を自分の懐で使ったはずだ。
無事なはずがない。
ラークは自殺したのだ。
俺にチャンスを与えることと引き換えに。
俺は悔やんでいた。
もう少し早く行動すればラークは死ななくても済んだかもしれない。
その可能性はかなり薄いが...。
俺は土煙を見詰めた。
うっすらと黒い影が動いているのが見える。
俺は銃を向けた。
此処で外せば、間違いなく奴の<no distance>を喰らってアウトだ。
ホワイトダットが奴を捕捉する。
俺は素早く親指でハンマー(撃鉄)をたおした。
人さし指が小刻みに震えている。
生と死の境界線。
さっきよりもさらに濃くそれの存在を感じる。
俺は汗を若干かいた指に力を込めた。
その指が硬い金属のトリガーを引いていく。
ドンッ!
火薬の爆発に押し出されL.Crystalがものすごい勢いで飛んでいく。
目がその弾道を追う。
いや、追うまでもなく分かっていた。
俺の指に残ったかすかなトリガーのぶれの感覚。
それが「命中する」と教えてくれた。
(行けっ!)
俺の願いは通じた。
煙の層を突き破りL.Crystalは奴に命中した。
奴の右肩に深くめり込んでいる。
「くっ...何だと?」
奴は独りごちた。
致命傷にはならなかったらしい。
だが、L.Crystalが奴に決まったのだ。
もう<no distance>は使えない。
それだけでも効果は十分だ。
煙がゆっくりと消えていく。
奴の肩からは赤い血が流れ出ていた。
奴は俺を睨み付ける。
「こんな鉛弾一発で、俺を殺そうと言うのか?
 片腹痛いわ!」
もう俺には弾が残っていない。
青い男を殺した一発で最後だったからだ。
俺は奴を見据えた。
奴の全身は所々が焼けている。
(あの爆発で生きているだけで十分なのだが...。)
死ななかったのはきっと<no distance>を使ってどうにかしたのだろう。
やはり、ラークは何処にもいなかった。
完全に消えてしまった。
「貴様も殺してやるさ。」
「......。」
「そんな目で俺を見るなぁ!」
奴が右手を振り上げ、勢いよく振り降ろす。
俺は微動だにしなかった。
目を開いたままその場に立っている。
奴を見据えたまま。
何も起こらなかったのだ。
奴の<no distance>は発動しなかったのだ。
「なに!?何故<no distance>が発動しない?!」
俺は自分の手を見詰めているゾディエに言った。
「L.Crystalの力だ。」
奴が一瞬で振り向く。
その顔には驚愕と畏怖と憎悪の念が見える。
「何だと?あの忌々しい石がまだ残っていたのか!?
 ..ん!?ぐ、ぐわぁぁうぅぅうああ!」
奴が悶え苦しむ。
いきなりの出来事に俺は呆然としていた。
そして、思い出した。
あの赤い女の事を。
確かあの女もこんな様子になって、そして死んだんだ。
(じゃあ、ゾディエも...。)
だが、そうにはならなかった。
奴はずっと下を向いて何かを呟き、苦しんでいた。
しばらくその状態が続く。
しばらくと言っても数十秒のことだっただろう。
俺には途方も無く長く感じたが...。
そして、奴の額から石が出てきた。
青い石。
その石は奴の手のひらに落ちると間もなく、
ピキッと言う音を立て割れた。
幾つものかけらになった。
奴の額からは血が滴り落ちている。
それは手のひらに溜り、青い石を一層綺麗に見せていた。
俺は我に帰る。
(こんなことをしている場合ではない。
 奴を早くたおさなければ...。)
俺は奴に向かって言った。
奴もその気配を掴んだのかゆっくりと顔を上げる。
その顔は幾らかやつれ、疲れ果てていた。
「<Force>のない貴様などすぐに殺してやる。」
「何だと....?」
「?」
奴の様子がおかしい。
下を向いて笑っている。
肩が小刻みに震えているのが分かる。
そして、奴が顔を上げた。
その顔はさっきとはまた違った。
殺気に溢れ目は一段と鋭くなっている。
「ほざけ!<Force>がなくとも貴様になど負けぬわ!!」
奴が突っ込んできた。
俺は銃を投げ捨てる。
どうせ後2つL.Crystalが入っているだけだ。
奴の右のストレート。
俺は左手で払うように受けた。
少しの痛みが左手を襲う。
奴の突きの痛みではない。
手首を失ったときの痛みだ。
俺は右回し蹴りを繰り出す。
が、奴はそれを左手で受け止め右足で蹴ってきた。
右足が離れないためにうまく受けることが出来ない。
綺麗に入った。
「ぐうっ...。」
かなりの激痛が左腹を襲う。
今までの奴等など比にもならない。
それほど重い蹴りだった。
「俺たちが村を出てどんな思いをしたか、貴様に分かるか!?」
俺は思わず片膝をついていた。
「分かってたまるか!背約者の考えなんて!」
奴の蹴りが俺の頭を狙っている。
とっさに左手が出た。
だが、受け切れずに少しだけずれる。
そのせいでビシビシと痛みが伝わった。
(折れたかもしれない...。)
「俺たちが生き残るには「力」が必要だったのだ!
 人を超越した「力」が!」
左手の包帯から血が滲んでいる。
手首の傷が開いたのだ。
当たり前かもしれない。
本当なら今日立っていることも不思議なくらいなのだ。
簡単には血は止まってくれそうにはなかった。
俺は右に移動して後ろへ下がった。
(左手がないってのは不便だな...。)
「人を超越した力だと?貴様は何様のつもりだ?
 俺たちの先祖が隠れて生きるための<Force>を受け次いで
 生きていけるようにしたのに、それを村人自ら壊してどうする気だ?
 ジジィが死んだのは貴様等のせいじゃない。
 だが、こんな騒ぎを起こせば人がこの村を発見するのも早くなる。
 それが次の対策を立てる前だったらどうするつもりだ?!」
痛みが身体の自由を奪っていく。
それに完全に支配される前に前に向き直した。
奴が移動しているのを視界の隅ぎりぎりでとらえる。
俺はその方向−右に向きを変えた。
頭がその方向を視力で感じる。
その時既に眼前には奴の右手があった。
「貴様等のことまで考えている余裕など何処にある?
 俺にとってはこんなぼろい村にがどうなろうと知ったことではない。
 俺はこの世界を我が物にする。
 そうすれば悲しみなど絶対に起こらない。
 全てが俺のもの、全てが俺の思い通り。
 この夢のためならどんな犠牲も厭わぬ!」
「夢だと!?貴様のその野望が夢か!?
 笑わせるな。人の死の上に成り立つ世界に何の意味がある?
 貴様のくだらない野望のせいで姉さんを殺したのか?
 俺がお前を殺す理由はそれで十分過ぎる!」
その時垣間見た奴の顔−それは何かを云いたげなものだった。
俺の言った言葉を否定する言葉か何か。
俺は頭をかがめ左手で払う。
それ以外に考えている暇はなかった。
痛みが駆け巡り血が噴き出す。
(しまった...ぐっ..。)
かなりの痛みだ。
(腕を切ったときも凄かったが、それだけで終わらないとはな...。)
だが顔をしかめる俺には次が用意されていた。
奴が右手で俺の左手を掴む。
そのまま俺を下へと引っ張った。
身体ごと倒れそうになるのを足に力を込めて耐える。
だが、奴のねらいはそれではなかった。
俺が頭を上げて視界に奴の姿を納める。
「俺がリレットを殺した...?そうだ、その通りだ!
 あの女は俺が殺したんだ。
 最強かつ最大の虐殺部隊を作り上げるために!」
(...?何か様子が変だ?
 まるで、自分に言い聞かせているような...。)
だが、俺には考える猶予などなかったのだ。
その瞬間、奴の左手が風を切って振り降ろされてきた。
それが狙っているものは、俺の左手。
身体が傾いているせいでガードも回避もできない。
もとより掴まれているので避けることなどできなかった。
ゴギッ!
「!!」
ひどい傷みが身体の神経という神経に関与している。
鈍い音が俺の手を折った。
関節でもない所で曲がっている。
肘よりも少し手首よりの所。
もう一つ関節が増えたかのようだ。
俺は歯を食いしばる。
気休めにすぎないとは分かっていたが、そんなものにさえ頼りたかった。
血がまた出ている。
冷や汗が身体を伝う。
完全に折れている。
いや、複雑骨折を起こしているだろう。
俺は揺らぐ頭で考えていた
(何をするのが先決だ...?)
いまいちはっきりとしない。
だが、何をすべきかは分かった。
俺は身体ごと左半身を思いっきり後ろへ引く。
油断していた奴の手から俺の左手がするりと抜け落ちた。
そのままの勢いで後ろへ何歩か下がる。
それだけなのに息が切れていた。
「はぁ..はぁ..はぁ..。」
「どうだ?腕が折れるのは痛いだろ?
 その痛みもすぐに消えるさ。お前が死ねば、な。」
無意識のうちに右手が左手を掴んでいた。
痛みを刺激しないように肘の辺りを掴んで。
奴は容赦なく突っ込んできた。
そのスピードにはほとんど衰えが感じられない。
本当の意味での化け物だった。
(ちっ..視界が暗いな...。痛みも半端じゃないし...。
 くそっ...認めたくはないが...かなりきついな..。)
俺は右手を左手から離し肩の後ろに回す。
馴染んだグリップを掴むと引き抜くまま奴に投げた。
はっきり言って苦肉の策だ。
奴にこんな攻撃が通じないことなどはっきりとしている。
時間を少しでも稼げれば良かったのだ。
予想通りに事が進んだ。
奴は右手でナイフの刃を摘む。
奴の顔の真正面で、動じる様子もなく。
ちっ、と心の中で舌打ちした。
分かってはいたものの簡単にやってのける所を見るとせずにはいられない。
多少の期待もかけていたのだ。
「貴様の愛用しているエモノで殺すのも良いかもな。」
奴がそう言ってナイフをくるっと回す。
右手で柄をぎゅっと握った。
そして、奴はすぐ近くに迫りそのナイフを振り上げた。
もう避けることはできない。
ましてや、カウンターなど不可能だ。
ならば出来ることは何だろうか?
(決まっている...玉砕の覚悟..だろ。)
俺はまだこの場面で前に進み出た。
奴とあと数pで接触する。
そんな場面で俺の右手は掌打を作っていた。
手のひらを開いて指を揃える。
そのまま奴の腹に当てた。
まだ、押したり突いたりはしない。
今してもそれほどの効果はないはずだった。
俺の狙いは別の場所にあったのだ。
「!」
奴の顔にはっきりと迷いの色が浮かんでいる。
ナイフを手放すべきか迷っているのだ。
ここまで接近しているとナイフでは扱いにくい。
距離をある程度とってこそ使える代物なのだ。
だが、離れる場面があればナイフがあった方が有利でいられる。
その決断を決めかねているのだ。
これは誰であろうとも迷う。
いくら戦闘にたけた者であってもだ。
完全なるケースバイケースなのだ。
そこで奴は攻撃をやめなかった。
此処で俺を殺せる自信があったのだろう。
奴の巨体がもう少し前に出る。
その瞬間を俺は逃さなかった。
俺はできる限りの力で右手を突き出す。
奴の前に出る力を利用して。
バキッ!!
奴の顔が苦痛に歪む。
完全にはいった。
鈍い音を立てたのは奴の腹。
奴の前進する瞬間に手を前に突き出せば勝手に肋骨が折れる。
このタイミングはかなりシビアだが...。
何とかうまくいったようだ。
奴があの時に身を引いていればその力を利用して
奴を後ろに倒してやればいい。
あとは顎でも踏めば絶対に助からない。
そういう技なのだ。
ナイフが手から抜け落ちて俺の横で乾いた音を立てる。
そのまま奴は後ろへと倒れた。
砂ぼこりを舞上げ大の字で地面に仰向けになる。
奴の肋骨は完璧に折れた。
根元からぽっきりといっているはずだ。
もしかしたら臓器のどれかに刺さったかもしれない。
どちらにしても、立ち上がることもできないはずだ。
今ここにいるのは俺とこいつだけ。
運よく兵士が残っていてこいつを助けない限り
ゾディエが死ぬのは時間の問題だった。
虫のような息をしているゾディエ。
俺はその隣に近寄った。
痛む左手を右手で抑えながら。
ある程度の距離をとって、奴の攻撃を喰らわないように。
奴なら何かを隠し持っていても不思議ではない。
戦っている最中にはそんな気配はなかったが一応。
俺は奴に尋ねたいことがあった。
さっき見せた奴の不自然な言葉。
「本当にお前が姉さんを殺したのか?」
奴がはっとしてこっちを向く。
その顔には少しばかりの驚きが見え隠れしている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「それと同意だ...。
 俺のしたことに対する反発の中で...リレットは死んだ。
 俺たちを毛嫌いする奴等の...方が多かったからな..。」
「何故そのことを言わなかった?」
「言っただろ..同意だ、ってな..。くっ...。
 俺は彼奴のために...国家を創るんだ...。」
奴の表情は一言を発するごとに苦痛で歪む。
やはり折れている。
手加減をするつもりはなかったからだろう。
だが、今となっては少しだけ悩んでいた。
奴のしたことは正しいとは言えない。
正しいはずがない。
俺も奴も”守りたい”だけだったのでは?
死んだ人間のためにその人が望む事をしてやりたかっただけなのでは?
俺にとってのルナは奴にとってのリレット。
お互い愛する人が死んでその人のために行動していた。
それが偶然に相対峙してしまっただけなのでは?
(でも...俺にどうしろと言うんだ?奴は間違ってる。
 俺にとっての正義は奴にとってもそうであるとは限らない。)
結局そうだ。
戦いによって決断をしてきたのだから
勝った俺が奴のことをどうこうはできない。
俺は何百人もの村人を守りたかっただけなのだから。
そう割り切ることにした。
考えても悩み苦しむだけ。
俺は後ろを向いた。
背中から奴の息づかいが聞こえる。
まだ生きようとしている。
まだ戦おうとしている。
だが、身体が動かないのだとその音は告げていた。
俺は奴等の基地を見た。
何かしらの爆発物でもあればすぐに壊れるようものだ。
もぬけの殻だから残しておいても害はないのだが...。
(気分のいいものじゃない。
 どこかに爆弾でもあればいいのだが...。)
俺はそこに近づく。
ドアが一つだけ見える。
おそらく唯一の入り口だった。
左手から手を離しドアノブに掛ける。
ひんやりとした金属の感触が忘れていた心地よさを思い出させた。
そして、力を込めて回そうとする。
だが、そこで...。
俺の耳に聞こえてはならないもの、聞きたくなかった声、
予想外の音響が飛び込んできた。