サポート生活
先日、あるHPで懐かしい言葉と、ちょっと寂しい話を聞いた。
「ラブワンなくなっちゃったんだねー」
そうなんだ…なんかカンペキに忘れちゃってたな…って。
いままでは形だけ残ってたみたいだけど、とうとう全部消えちゃったみたい。
そういえばみんなが僕のHPで集まるようになってから3回くらいしか行ってない気がする。
行っても…なんか寂しい感じしない?「今は何にもないんだなぁ」みたいな気がして。
自分が今こんな風に管理人ぶってられるのもその古巣でいろいろ学んだから。
それがもう乗り捨てられたように荒らされてるのってみたくないよね。
まぁこんなんサポートとしてはダメダメだけど人間ヤなもんは普通見たくないもん。
えー…お世話になったラブワン。追悼感謝の意をこめて、語られなかったサポートの話を…。
僕がサポートに志願したのは忘れもしない、高1の8月1日。
3日もかけて書いた敬語ベタベタの志願メールをmarryさんに送ったのがこの日だ。
そりゃぁもうガチガチに緊張したさ。あんなに緊張して書いたメールって初めてだったね。
返事は…確か一週間後くらいに来たと思う。そのとき僕は京都にいたっけ。
快くサポート加入を許してくれました。「分室」はやっぱりサポートがいなかったみたい。
えーと、今だから言えちゃう。パスワードは「のりたま」だった。ちょっとカワイイ(笑
今でもこの「のりたま」だけは「はじめまして」や「あっちょんぶりけ」とかと同じくかなり速く打てる。
だから、違反者なんかが出てくると
「あーったくコイツ違反しやがってコンチキショーめ首洗って待ってやがれよテメーよっしゃ『の…り…た…ま』と」
と微妙に頭の中のテンションと指の叩くキーがつり合ってない不思議な感じはしたが、次第に慣れた。
サポートの仕事は実に簡単。
「参加規約に基づく自分の理念の範囲を逸脱しているコメントを注意、削除すること」。
まぁ乱暴に言えばね。でも担当する場所では「サポートの判断=管理人の判断」になるわけだから、つまりこゆこと。
朕は国家なり状態(笑) いやそれでも丸く治まるのならいいんじゃないかな〜
ってことを当時は考えてた。今じゃもう考えられんくらい過激な思想だったねぇ。
すっごいダレてる現在の僕。昔はルールの鬼だったのよ。大っ嫌いだねあんな人間(ぉ
サポートは、困ったこともある。
特に失敗をするととんでもないことになる。しかも僕だ。とっても頻繁に起こる。
僕は夜なんか結構寝ぼけてることが多い(今も)。
その中で一仕事しようとなると、集中力も判断力も常人の30%くらいしかないので
削除する記事を選択するチェックを間違えて平気で別の人の記事を消したりなんかはお茶の子サイサイだ。
特に、一番デカイ失態を犯したのは…そう。就任早々のことだった。
一部の分室の人は知ってるよね…
僕は今までの発言:ログをきれいに真っ白に消し去ったことがある(爆
当時たしか記事番号がン千番のキリのいいトコまで行ってて皆さんがハイテンションになってるときだ。
ひとっつも記事が見当たらない。行ってみたら真っ白け。サポート星野は真っ青に。
なんとか謝って(あんましマジメに謝ってないけど)許してもらいましたとさ。あービックリした
こんなサポートとかやってると、当然問題解決に踏み切らなければならないことだってある。
それが一時期すんごい手強くて長引いて困りに困ったことがあった。
そんな時は、もうBBSに行くのが一つも楽しくない。単純に不安があるだけ。
「どんな返事来てっかなー」は平和な状態。問題のあるときは「また荒らし来てたらやだなー」。
それが原因で2〜3日置きに様子見、また2〜3日置きに様子見みたいな感じで姿を現さない時期があった。
楽しみの一つが失われたという意味では、やはり伊達にサポ志願注意文に「ツライです」とは書いてなかったなと思った。
そんな中、とうとうその日はやってきた。
閉鎖だ。
サポートは一足先にその事実を知らされてたのだ。
去年のクリスマスだった。
メールは昼の1時ごろに送られてきた。
サポートメンバーはメールリングで繋がっており、一人のメールが全員に渡るようになっている。
内容は「閉鎖の報告」、「その理由」、「これからについて」だった。
淡々と、そして丁寧に語られる理由などは、その文面からも読み取れるように
あの巨大サイト「LOVE LOVE ONE PIECE」を管理され続けただけあった。きれいな文章だ。
理由等について詳しく言うようなことはさすがにできないが、めでたいことだったのでよいだろう。
その日以来、製作を始めていた自分のHPの目的を変えた。
「みんながここで集まってくれればバラバラにならない」
なんとなく使命感に燃えて、ラブワンにも顔を出さずにしばらくは黙々とHP作成をし始めた。
…とともに、何だか通いづらくなった。
自分だけとんでもないことを知ってて、みんなは何事もなくいつも通り楽しくおしゃべりしてる。
やがて少し時間がたつと、具体的な時期なんかも決まってきて余計気まずくなってきた。
ある日、閉鎖(参加型コーナーの)の時期に関して相談があった。
参加型だけ先に閉鎖しあとは展示場だけ9月まで続けるか、それとも限界まで掲示板等を存続させるか。
そのメールが来た時にはもう既にどなたかが返事をされてた。
marryさんが大変でしたら早い閉鎖でいいと思います、と。
僕は大それた事をして、それに反対した。
できる限りのサポーティングはするので、任せて欲しい。
ギリギリまで続けてもらいたいということを言ったと思う。
…が、残りのサポートの方は全員「早い閉鎖を」との意見。数日遅れての返事だった。
当時、当時は、……ちょっとズルいと思った。
皆さん正しいことを言ってるというのは頭で分かってた。でも…終わっちゃうんだよ?
なんか僕一人だけダダこねてるみたいでカッコ悪かったし…。
ま、自分だけブツクサ言っても全体で決めたことだ。閉鎖への方向で作業は進んでいった。
もうその後のことは知らない。僕はBBSのサポート。管理のことはまるっきりかやの外。
僕は一刻も早く自分のHPを作り終えて、引越しして雰囲気に慣れてもらうことしか考えなかった。
年が明けたときに少し顔を出して、また沈む。次にでてきたのは…1月26日。
初代HP「とりび」の開設の日だ。
それ以来、まったくアチラには行かなくなった。
あと覚えてるのは…最後の言葉かな。お堅い言葉だったと思う。
閉鎖は確かに寂しかったけど、意外とさっぱりしてたな…なんて、思い返せば何とでも言えるんだよね。
そして我らが「いらイカ分室」のリンクは取り外され、
規定通りBBSをお気に入りに入れてなかった僕はアクセスできなくなった。
…3年間?
「ご苦労さまでした」と、一言言いたいですね。ホント。
―あとがき―
やー、メチャクチャ殴り書きになっちゃってごめんなさいね。
これ書くのに約…4日。昨日は書けてないから実際のところ3日か。短っ(笑
そもそも始まりは…4行の自己紹介だったんだよね。
HNと、年と、実は受験生だってことと、よろしくの一言だけ。
最初はちょっとハブだったような気がする今では(笑
でもある日、ある方から僕のカキコに対するお褒めのメールが来て…以後ずーっと調子コイてる僕です
これからもまぁできるだけ長いお付き合いお願いします。がんばろ。