
「あなたは・・・外の人?」
「君・・・は?」
少女の体をまとう白い布は、濡れて日に透けそうで、目をそらしてしまった。
「私はアルカ。ここで、スゥサイ・エルになるために勉強をしているの。あなたは外から来たの?」
警戒の心などみじんもないような無防備な笑顔で、アルカはゆっくりと湖の畔まで近づいた。タトは少女の目の前に腰を下ろした。
「オレ、近くに住んでいて・・・君は、ここの巫女なんだ」
「神子よ。神の子。その見習なの」
さぁと風が、アルカの腰まである髪をさらった。
風は大気を司る二等神アサンティスが手のひらから生み出した、いたずらな三等神ファイアスが、妖精たちを自由気ままに走らせて起こさせるものだと、そういうことは子供でも呼吸をするように知っていることだった。その神々と語ることの出来る神子たちは、近寄りがたい神聖な存在であり、畏怖、尊敬され、またいつでもキアラナイの中の一番奥にいて、直接接することの出来ない存在であった。しかし…。
「神の子はね、何か特別な能力があるの。小さなうちからここに来て、スゥサイ・エルになるために勉強を続けてきたわ」
目の前の少女は、妖精のように美しく、白い透明な肌と深いその瞳は神秘的であったが、目を奪われる人懐っこい笑顔は、外にいる少女たちのなんの変わりもなかった。
アルカはぱしゃぱしゃと無造作に手のひらを水面に這わせる。
白く長い指が、波の間を踊り、その指が、つつ…とタトに近づき切れた口の端に近づく。
触れたか触れないかと言うところで、なにか熱っぽいものをタトは感じた。
「これが私の能力なの。ケガを癒すこと。でも・・・」
両手を大きく広げ、まるで踊っているかのように水の中でくるっと回った。
「これは、誰でも持っている能力だと思うの。私には、あなたの方が特別に感じられるわ」
タトはアルカに見とれつつ、少し首を傾げた。
「あなたは、なにか能力があるでしょ?私、そういう人が分かるのよ」
薄い唇が、音楽を奏でるように透明な声を発する。
「さぁ、そんなことはないと思うけど・・・?」
「そんなことないわ。絶対。何かあるのよ」
亜麻色の髪が、昼の太陽を受け輝く水面と溶け合っている。
アルカの声の力強さと優しさに、失っていた自信が体の心からじんわりと埋められていく気がした。暖かく心が膨らむ。
「ふふふ。うらやましいわ、タトが。私はここから出られない。厳しい規則に縛られて、身動きがとれない」
寂しげな表情をアルカは浮かべた。
「アルカ・・・そんなにここは、厳しいのか・・・?」
「規則がね・・・」
ふと、タトはアルカの髪に絡んだ水草に気づいて手を伸ばした。
「きゃ・・・!」
「え・・・あ・・・・・・え、ごめん、その、水草が・・・。他意は全然なくて、その」
あからさまに体を反らし、タトの手から逃げたアルカに、タトのほうが慌ててしまった。
「・・・ううん。ごめんなさい。規則が・・・規則が体に染み込んで、逆らうことすらできないの」
「アルカ・・・」
「異性に触れてはならない。それはここではとても大切な規則だわ」
「そ・・・うか、ごめん。知らなくて」
目を伏せて謝るタトに、慌ててアルカは首を振って近づいた。
「違うの、私は嫌なの。こんな風でいるのはおかしいと思うの。巫女以外の人と触れ合ってはならない。外からの情報に耳を貸してはならない。お祈りを1日の大半していなくてはならない…。数え上げたらキリがない…。でも・・・」
深い色の瞳が、タトを見つめる。
泣いてしまいそうな瞳だ。
「アルカはイヤなのに、スゥサイ・エルになる勉強をしているのか…?」
「…神々とお話をしているのは好き。エルの心に触れた瞬間、すごく、嬉しくて…幸せだった。でも…」
こぼれそうな涙を抑えるように、アルカは顔をそむけた。
「スゥサイ・エルになってしまったら、タトのように外に出ることもかなわない。毎日ただひたすら、お祈りをし続けなければならない…。それは、イヤなの。だって、エルはヒトが勝手なお願いをするたびに、辛い気持ちになっているのよ。それが、私にはわかるの。そんなことより、表に出て、走り回って、神々の愛情を自分の肌で感じることができたら、どれだけ嬉しいだろうって!」
思わず声の大きくなってしまったことに慌てて、はっと息を吸い込む。
キアラナイのほうから、誰かが来るようなけはいはない。
ふっと小さく息を吐いた。
「……でも、そんなことは言えない。逆らえないの……」
薄い唇が、なにかに耐えるようにきゅっと結ばれる。


