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 「オレも・・・」
 ごろんと寝転がる。
 いつもこうして、この湖のそばで空を見て昼寝をして、気持ちをほぐしてきた。
「オレもさ、親父に逆らえないんだ。いつも喧嘩して、怒鳴られて、殴られて。力で負けるとかそういう事じゃなくて、なんだかもう、逃げたくなって、喧嘩の後は黙って家を出て、ここに来ていたんだ」
「ここに?」
「ほら、緑がたくさんあって、水辺で寝転がっていると、なんだか力が注ぎ込まれてくるような感じがして。他ではこんな感じ、ないんだ。体の芯の方に、じわっと力がたまるんだ。親父の怒った目に吸い取られた気力みたいなものがさ」
 興味深そうにアルカは目を丸くした。
「…やっぱりタトは、何か能力があるのね。それに、神々にすごく、祝福されているんだわ」
 タトは、少し照れくさくなって笑った。
 アルカの包み込むような声でそう言われると、日を浴びているだけで、風に誘われるだけで、全身に神の祝福を感じられる気がした。
「なんで、喧嘩になるの?」
 先ほど一瞬見せた寂しげな瞳の色は消え、また面白そうに身を乗り出す。
「オレ、旅に出たいんだ」
 ふっとタトの表情が緩む。
 空を見上げると、そのまま吸いこまれて、そしてどこか遠くへ飛んでいってしまいそうだった。そんな空想を幾度しただろう。
 見知らぬ土地、見知らぬ人たち、風景。
 そこにはきっと、ここでは見られないような木や太陽や空や海が。そして、神も。知らないような温度も。
 全てを肌に感じる事が出来たら、どれだけ面白いだろう。話にしか聞いたことのない、突き刺すような太陽を、凍てつく風を、すべて受け止めてみたい。この、のどかで温和な気候では味わえない渇きを、知りたいと、乾いていると、熱いと思いたい。
 心に思い描くだけで、こんなにも胸が高鳴る。
「オレもさ、アルカと同じなんだ。この村に、オヤジに縛り付けられて動けない。壁とか縄とかに縛られているわけじゃなくて、心が…」
 そもそもは父が、タトへ旅への情熱をかきたてさせたのだ。
 父は母と恋ををして、一緒になるために連れて出てきた。長い間旅をし、ここに落ち着いたのだ。そのことを何度もタトに話し、今の薬の仕事は旅をしていた時に行商をしていた時からのもので、いつか役に立つようにと知識をタトに幼い頃から教え込んだのは、父なのに。ようやく旅に出られるような年になると、旅にことにも触れなくなり、旅に出たいと言おうものなら、問答無用で殴られたりもする。
 もう、父が旅に出た歳に並んだ。
(俺の歳には、親父だって旅をはじめたじゃないか…!)
 いつも、そう言いたくて、叫びたくて、のどまで出かかった声が、睨まれただけで押し潰されて…。
 ふっと、柔らかく髪をなでられた。
「タト、そんな辛そうな顔をしないで…」
 切ない声だった。
「アルカ…」
 震える自分の体を押さえるように、アルカは体をこわばらせ、それでも優しくタトの髪をなでた。なでるたび、指先からアルカの「気」が、タトに伝わるようにゆっくりと。
「私、タトのためになら、祈るわ。スゥサイ・エルになって、毎日…祈るわ」
 息苦しいものがなにかに吸い込まれるように、気持ちが軽くなる。
 アルカの指先が触れるたび、言葉を聞くたび、抑えられずに暴れ出してしまいそうな衝動が、優しく包まれる。そして、落ち着いた気持ちでいつかその日が来るのではないかと待ちわびるような気持ちが、心の奥のほうから生まれてきた。
 風が吹くたびに頬を、アルカの柔らかい髪がくすぐる。
「ありがとう…。なんか、いつか絶対、なんとかなる気がしてきたよ」
「タト…」
 嬉しそうな笑みを浮かべる少女は、見たこともないほど美しかった。
「俺には、アルカの夢の手伝いはできるのかな。何をしたら、うれしい?」
 この美しい少女のためなら、何でもしたいと、心からそう思った。
「タト…実は、私…今日ね」
指先をタトの髪で止め、アルカはタトの瞳を覗き込んだ。
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