「慕 恋」
第二話
(1)
午前中は忙しい。子供2人を幼稚園、小学校にそれぞれ送り出しすぐに洗濯。
階下から姑の声がかかれば、店に降りて行き接客・・と言っても菓子箱に出来立ての色んなお菓子を詰め込んで包装するだけなんだけど、まだ3年しかやってない私は苦手なのである。
主人は店の奥で一日中菓子と睨めっこ。その道45年の義父には遠く及ばない。
私は客足が途絶えるのを待って、すぐに2階に駆け上がる。パソコンに向かうためである。最近始めたネットサーフィンもだいぶ慣れてオークションですでに50回は取引をした。九州のこの片田舎から都会に住んでいる人に物を売ることなど常識では考えにくいがネットの中では都会も田舎もない。
私は今の夫と東京で知り合った。私は東京っ子なのだ。本当は・・・。
私は高校を卒業し服地関係の会社に就職した。自分をそれほど美人とは思わないが何故か重役や取引先の社長に好まれ、3年ほどで気が付くと新宿の店舗の責任者になっていた。男社会で女としての主張を押し通す「術」をも身につけた頃、同じビルにある「菓子職人の学校」の生徒として上京していた夫と知り合い2年の同棲の後に結婚し、予想もしなかった東京から900kmも離れたこの地に嫁いできた。甘い新婚生活など殆ど感じる暇もなく、家業の雑用係りとしての毎日が続いた。職人の世界は予想以上に上下の関係が厳しく、たとえ親子でも職業上の秘匿性は異常なほどの厳しさである。父、息子であっても礼儀や作法は厳しく、私が自家の菓子の全てを見たのはつい最近の事である。
別にいじめにあったとは思いたくないが、夫は母親にも頭が上がらず、姑と私のいさかいは見て見ぬ振りの立場をとるのが殆どであった。
と、その時「メール着信」のメッセージ。
来た。彼からだ・・・・・。
この瞬間が今、一番幸福を感じる。メールは東京からなのだ。オークションで偶然に知り合いとなってしまった「彼」からなのだ。
「ハイ!美々・・・元気?・・・」これが彼のメールのいつもの書き出しだ。
最近この文字を見ると、急に東京の空気の臭いや水道の水の臭いが脳裏に現れるようになった。嫁いで約10年とはいえまだ自分の中に、東京の血が流れていることを思い知らされる。さっそくメールをオープン。そこには信じられない言葉があった。「来週、近場に出張となりました。いよいよ逢えるかな?」
ついにメールだけの仲ではなくなりそうだ。私の身体の中に10年以上は忘れていた「熱い血」が流れ出したような気がした。
階下からは客と話す夫の声。この瞬間に私は、来週、彼に合うため出かける「理由」をどうするか考え始めていた。
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